まりはな屋

地方都市で、清貧生活  

迷宮

2015年05月05日 23時02分17秒 | きれいになりたい?
アパレル関係の新聞を読んでいると新しいブランドを立ち上げた理由として

「自分の着たい服がなかった」ということが度々語られている。

度々語られているところをみると、誰が立ち上げても着たい服が見付からない人が多いのだろう。

「わたしたちの着る服がない」と嘆くのは40代から50代、昔だったら簡単に

「おばさん」という生き物になってフッァッションを手放す自由があったのに。

美魔女だの美熟女だの、意欲があればきれいでいられるというサンプルがあると

なんだか自分も、うっかり手放してはいけない気がして、頑張らないといけないような

若く美しくあることで得られる特権を放棄してはいけない気になってしまう。

もっとも若かった時からそんなに特権を手にしていたわけではないのだけど。

異性の視線とか、下心からの親切とか、そんなに得ていたわけではない。

だけどいざ、本当に失う状態になってみると今更ながら、失うのは惜しい!と

妙にいやしい気持ちになってしまう。

同年代のすべてがそうだとは思わない。

個人差はあるでしょう。

ただファッションに関して言うなら、多かれ少なかれ

もう、何を着ても似合わないとか

何着ていいかわからない、といった嘆きがあるんじゃないかしら。

去年まで似合っていた服が急にちぐはぐに思えたり。

これでいいか、と思って出かけたのに出先のデパートの鏡で見て

なに、この格好!?と我ながら呆れたり。

体型は変わらないけれど、ミニスカートは確実に似合わないし

30代まで平気だったレースやフリルもまったく似合わない。

といって、ミセス向けの洋服って別な意味で装飾過多。

結局、ある程度の年になったらとにかくシンプル、に尽きるのだが

じゃあユニクロが似合うかというと、なんだか貧乏臭くなる。

ユニクロを馬鹿にしているのではない。

ユニクロをセンス良く着こなすには、それなりのセンスが必要なのだ。

どこかへ出かけようと思っても、着ていく服がない。

出かけるために来ていく服を買いに行くための服もない。

もうお出かけなんかしたくない。

悪循環。

誰かセンスのいい人に、お金を渡して「これで一式買ってきて!」と頼みたい気分。

しまいには、「おしゃれになんの意味があるの?」なんて哲学的な問いかけをして逃げ出そうとする始末。

これでもアパレル関係の仕事をしているなんて信じられない。

アパレルも色々だけれど。

余談ながら、今年は麻が流行っているらしく、あちこちで「フレンチリネン」というタグを見かける。

ただのリネンじゃなくて「フレンチ」がつく。

フレンチリネンて、「北海道牛乳」みたいなもんだろうか。

おしゃれからますます遠くなる・・・





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