新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

東京オリンピックパラリンピックは開催されるのか

2021-05-15 09:09:32 | コラム
開催国と開催都市に揺るがない決意があるのか:

マスコミの論調を見ていると、開催反対派の声や準備不行き届きの状況を殊更に取り上げているものが多く、明日にも開催中止となるような雰囲気であると感じる。その一方では、開催できなかった際にIOCに取られる(敢えて「取られる」と表現するが)違反金の額や、IOCは抜かりなく保険をかけているが、我が組織委員会はそこまでの手を打っていなかったという報道もある。そうかと思えば、多くの地方自治体は各国の選手たちの事前合宿練習の場の提供を「感染拡大の危険」を取り上げて辞退している。

組織委員会長の橋本聖子氏は無観客開催という、開催に向けての言わば最終的な決断を先送りしている。昨日は何処のテレビ局だったか失念したが、出場させるべき選手の予選会を開催できず(開催不可能な状態にあるというのか)にいる國が多いと報じていた。これらの報道を見ていると、マスコミは野党に同調して開催させたくないと主張したいとしか思えないのである。

何方かが指摘しておられた事は「サッカーのようにオリンピックに依存せずWorld Cupを以て、その分野の究極の世界選手権としている競技もあるが、大多数の種目では運動選手(アスリートというカタカナ語もあるが)はその種目での最高と位置付けられている世界選手権が4年に1度しか開催されないオリンピックであるから、4年乃至はそれ以上の年月をかけてそこを目指して精進してきたのだから開催されないとあれば、その失望落胆がどれほどのものであるかを考慮する必要があるだろう」だった。解る気はする。

菅首相は「開催する」と言い切ってしまわられたので、今更引くに引けないお立場だろうが、その1年延期は前任者の安倍晋三氏が決定されたものであり、覆すことは出来ないのだろうと思ってみている。そこに、菅首相自身で「開催するかしないかを決める権限はIOCにしかない」とも認められたのであれば、IOCに従うしか選択肢がないことになるのだ。

そこにまた、高橋洋一教授にして内閣参与の、我が国におけるCOVID-19の感染状況を「さざ波」に例える見解が出てきたので、反対派が騒ぎ立てる格好の材料となってしまった。尤も、元厚生労働省医系技官の木村盛世氏は「さざ波」は自分が言いだしたことと主張されたそうだが。テニスの錦織圭は「1人でも感染者が出るのなら中止を」と言ったとか。アメリカの有力地方紙も中止を勧告したし、バッハ会長を「ぼったくり」とまで指摘した新聞もあった。

私は自分一人で「何もIOCをまるで神格化でもしたかのように崇め奉って、そのご託宣を迷わず鞠躬如として承る必要などあるのか」との疑問を呈してきた。「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」と福澤諭吉が言われたではないか。トーマス・バッハ氏は私には単なる一人の外国人以外の何者でもないとしか見えない。私は我が国ははもう好い加減に彼らの前にひざまずく必要などないのではとすら考えている。どういう配慮があったのか知らないが、バッハ会長の訪問を延期させてしまった。

私はそれならば、スイスでも何処でも赴いて「IOCの考えは那辺にあるのか。違約金などは現在のような不可抗力リスクに遭っている時期でも徴収する意向なのか。我が方には“force majeure”を宣言する権限を与えよ」くらいの交渉をしてもバチは当たらないと思っている。何れにせよ選択肢は二つしか与えられていないのに、菅首相は決定権はIOCにのみあると言ってしまった。現時点での私の閃きは「何が何でも開催する」と出ているが。主催都市の小池百合子都知事は開催を引っ提げて国政に復帰という観測もあった。