新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

12月25日 その2 自民党政権だけの問題か

2023-12-25 14:43:17 | コラム
混乱している現状を政治家だけの所為にしていて良いのか:

現在私が情けない事だと見ているのは「我が国には生産能力、技術力、品質管理等々で世界の水準から見ても高いのにも拘わらず、内需が伸びず、円安に苛まれ、経済の成長が止まったままである事。

しかも、国際市場では先進国なら兎も角、新興勢力にも負け気味。そこで打った手が「たいした収入や税収になるとも思えない観光業に依存しようとした政治の貧困」なのです。

一所懸命に観光に注力した結果でover tourismを招来し、観光地の混乱や交通渋滞などなどで地元住民を悩ましているのでは、もう笑うしかないのでは。しかも、今日の観光地での好ましくない状態は「オウンゴール」であって、インバウンド様たちの責任だけではないのかも。

このような状態を招いたのは、必ずしも世襲政治家の岸田文雄総理だけの責任ではなく、今日まで続いた自民党政権の問題ではありませんか。

先日、野田佳彦元総理が面白い指摘をしていました。それは“「成蹊で小学校から大学までを過ごしているにも拘わらず選挙区が山口県」か、と思えば「東京開成で3浪(私は2浪だと聞いていましたが)東大を失敗して早稲田に行った人の選挙区が広島」はおかしくないか、そんな事だから世襲は???だ”と決めつけていました。故小渕恵三元総理も東京の北区に豪邸がありながら、選挙区は群馬でした。

私の持論は「責任を世襲も含めた国会議員たちだけに押しつけてはならない。現状を招いた議員を選んだのは選挙民であり、我が国の民度の問題でもある」という気がしてなりません。

このような状態では、労働者階層を主体にしたトランプ氏自身が言われる支持層が彼を選んだ民度を云々する資格はないだろう」なのです。だからと言って、立憲民主党(=旧民主党)にもう一度やらせるかという問題にも撞着するのでは。

オーバーツーリズムと物価上昇

2023-12-25 06:59:40 | コラム
約1年振りの築地場外でオーバーツーリズムを体験:

「場外」と言ってしまったが、もう何年も前から「場内」は移転してしまっていたのだ。

その地域は予想通り報道通りの大混雑で、目的地まで歩くのも一仕事だった。その混雑を招いていたのは外国人観光客なのだが、圧倒的多数を占めていたのは、失礼な言い方になるのを恐れずに言えば「白くない外人」だった。それでも英語ではない言葉で語り合っていた白人の一家にも出会ったが、小さい女児の手には分厚い英語と思しき観光案内が握られていた。そういう便利さが「オーバーツーリズム」とやらの原因になっているのだろうか。

最も印象的ではあったが、当然の事だと感じたのが、有名な寿司屋のランチの値段だった。昨年の倍どころではなく約4,500円に達していたのだった。事情通の解説では「中国の漁船が我が国の海域にまで進入して乱獲するので、供給の絶対量の不足による価格高騰もあるが、光熱費等を含めて諸材料費の高騰、人手不足(人件費の上昇)が販売価格の上昇となって現れた」となっていた。特に驚く話でもない気がした。

この4,500円を$1=¥142で換算してみれば$31程で、ラーメンがこれくらいに達していると聞くアメリカの大都市の相場から比べれば、さほど高額ではないと思う。だが、その寿司屋から続々と出てくるアジア乃至はイスラーム教圏内国の人たちにとっては、決して安価ではないと思う。それほどまでに「寿司」が諸外国での人気が高いようだと再認識させられた、場外の一時だった。

でも、路上での、あの諸々の水産物や肉類の立ち食いの店に、インバウンド様たちが群がっている光景が好ましいのかどうかは、私には疑問にしか思えなかった。英辞郎には“over tourism”とは「ある地域を訪れる観光客が多過ぎるために、その地域の環境に悪影響を及ぼすこと」とあった。政府はそうなってしまっても、外貨を稼げる「インバウンド様」に来て頂きたいのだろうか。何処か何かが違う気がするのだが。


我が国、それとも産業界の劣化か

2023-12-24 07:49:30 | コラム
ダイハツ工業の問題を深刻に捉えている:

このダイハツ工業の問題が大々的に報道され始めて思った事は「国交省、自動車産業界、及び我が国の他の製造業界の経営陣にも奮起を促したい。世界市場における「我が国の信用を毀損しないように」という点だった。

明26日には工場を停止させられると報じられているダイハツ工業が「新車の安全のテストで不正を行っていた」との事件(なのだろう)の報道に接して、我が国の経営の手法乃至は経営者(または中間の管理職)たちがここまで劣化していたのかと、暗澹たる気分にさせられていた。

私は20年以上も「世界に冠たるはず」だったアメリカの製造業が何故没落したのかを、その内部にいて十分すぎるほど見てきたし、その原因も突き止めていた。主たる原因は繰り返し指摘したことで「労働力の質の低さ」であり、折角「世界最高の研究開発能力が新製品を創造しても、それを商業化する技術が劣悪で活かし切れず、我が国だけではなく新興勢力にも追い抜かれてしまった」点なのである。

この「アメリカの『職能別同労働組合』に所属する現場の労働者たちの質が製品の質の劣化を招き、世界市場におけるアメリカの力を弱めてきた」と私は主張し続けてきた。その辺りの問題を1994年に当時のUSTR代表者、カーラ・ヒルズ大使はいみじくも「識字率の向上と初等教育の充実なくしては日本に追いつけない」と、質の問題を指摘されていた。

非常に尤も告発であったが、我が国では素直に「そうか」と信じた方は少なかったと思う。こうだと理解し認識できるようになるためには、じっさいにアメリカの生産現場に入り(とは言うが、一般的には外部の方の見学を受け入れない)、その製品を販売してみない事には分からない事態なのである。

一方、「我が国では労働力の教育水準は高く、その質も均一であり、アメリカと比較する必要もないほど優れているのである。故に品質の点だけを取っても世界市場での競争力が高くなったのだ」と私は確信していた。これは、我が国とアメリカの紙パルプ産業界の現場を見てきた経験と、アメリカの製品を世界で最も受け入れ規格が厳格で、品質に対して過剰なまでに細かい要求をする我が国への輸出を担当してきたから言える事だ。

だが、今回のダイハツ工業や、22年3月に発生していた日野自動車の「エンジン排出ガスの燃費不良問題」や三菱電機等々を見れば、何れも現場の労働力の問題ではなく、その原因は管理職か会社側にあるようにしか見えない。即ち、私が今日まで考えたことがなかった経営陣か、製造現場を管理する役職者たちが関与した案件のようなのである。労働力の質が高いか低いかの問題とは思えない点が、極めて深刻なのではないかと思うのだ。

見方を変えれば、「出来上がってきた製品を規定した通りの検査をせずに、市場に送り出してきた」という事は、市場どころか需要者を欺いてきたという悪質なやり方だという事。これでは、当方が何かと言えば指弾してきた「経営者の劣化」だけではなく、中堅の管理職の質まで危うくなってきたという問題かと思ってしまう。自分たちで作った製品に自信があるから検査を手抜きしたのか、コスト節約か知らぬが、由々しき事態だ。

しかも、ダイハツ工業も日野自動車もトヨタの傘下にある企業である。「世界に冠たるトヨタの管理能力とはこの程度だったか」と、大いに気落ちさせられた。そんな事ならば、労働力の質が低かった方が未だましだ。我がW社では組合員たちの意欲と士気を鼓舞して、世界の何処に行っても負けない製品が出来るように仕上げたのだから。中間の管理職や経営者に、事ここに至れば「そんな事をしてはいけない」と説き聞かせるのか。

私が気になっていたことは、事が発覚してから豊田章男会長がテレビ(だけだったのかどうは不詳)に登場されて謝罪されるまでに間が開きすぎたという点。まさか、事態を確認して会長にまで報告するのに手間取っていたのならば、「何をか言わんや」である。佐藤新社長以下が傘下の企業での実態を把握できていなかったのならば、これはまた別の問題ではないか。

斎藤国交大臣は「実態を速やかに把握して、当該車両はリコールにしたら」と発言しておられた。だが、手抜き検査の車両をどうやって処理するのだろうか。繰り返して言う「国交省、自動車産業界、及び我が国の製造業界の経営陣にも奮起を促したい。世界市場における『我が国の信用を毀損しないように』して欲しい」と。


12月23日 その4 杞憂に終われば良いのだが

2023-12-23 15:33:19 | コラム
どうも生来心配性なもので:

最近のマスコミ各社の大谷翔平の有史以来の大型契約と、昔だったら修身の教科書にも載せただろうと思う、皆のお手本にしたいような立派な身の処し方と、山本由伸のMLBの投手としての最高の契約額の過剰な持て囃し方を見せられては「あれでは、やり過ぎではないのか」と、ついつい気になってしまうのだ。そこで「何故、気になるのか」を述べていこうと思う。

第一は「あの異文化の環境に身を投じた場合に、どれだけ早く慣れていけるか」という問題がある。これは英語が解らないというようなことではなく、「あの世界では飽くまでも個人が主体であり、何をするのにも本人が自分の責任で危険を冒してまでも、雇用主と契約した内容通りにやり遂げねばならならないのだ。それは、生存競争ではなくて、寧ろ自分との戦いだと世界だ」と、どれだけ早く悟れるかが鍵になってくる点なのだ。

第二は「この辺りの難しさ、即ち、『皆で一丸となって』という我が国独特の美風とは異なる、全ての問題を個人の責任で処理せねばならないという異文化の世界を、自分で経験した事がない方には、容易に解って貰えないだろう」と思うのだ。即ち、外部から過大な期待を押しつけるなという事だ。

大谷はAngelsではその目に見えない場合もある障壁を乗り越えたようだった。だが、ナショナル・リーグの強豪のDodgersでは、もしかすると話が違うかも知れないのだ。と言うのは、東海岸のMead社と西海岸のWeyerhaeuserでは、大分文化が異なっていたのだから。

次に個別の選手について語っていこう。

大谷翔平:
彼はAngelsという彼を杖とも柱とも頼る弱いティームにいたので、彼にだけ打たせなければと、申告も含めて敬遠が多かった。だが、相手は大勢に影響がないと判断したのだろう場面では「1点くらい」とでも思うのか、走者無しだと勝負してくれていたので、ホームランを打てたように見えてならなかった。だから、彼が悠々とダイアモンドを一周しても、本塁に帰ってくるのも大谷だけだったという場面が多かった気がするのだ。

悲観論者としては、Dodgersでは敬遠がなくなるだろうし、相手の投手たちも本気で勝負してくるだろうから、Angelsの時のように打てるのかと少しだけ疑問に思っている。そう危惧する理由は、大谷は巧いバッターではなく、鍛え上げた力と物凄いスゥイングの速さで悪球も打つし、反対方向にも思い切り飛ばすのだから、スカウティング通りに、巧くコースや変化球で攻められたらどうなるのかという懸念がなきにしもあらずと見る。

ではあっても、MLBの投手たちに大谷の弱点を突くだけのコントロールがある投手がどれ程いるかという気もするのだ。彼らは「自分たちが持っている最高の球種で『打てるものなら打ってみろ』とばかりに勝負を仕掛ける型ばかり」なのである。物凄い投球も来るが「大谷に向かってそんな所に投げては、打たれるのは当たり前」のコントロールの失敗も多い。大谷はこれまで対戦が少なかったナショナル・リーグの投手たちとやり合うので、どれだけ早く慣れてみせるかを期待したい。

山本由伸:
「彼をマスコミの持ち上げすぎるのは宜しくない」とは既に指摘した。私が山本で気になる点がある。それは、以前から聞いていた事で、全くウエイトトレーニングをしないという現代のトレーニングの手法を取り入れていない点なのだ。彼はその代わりに色々な形の体操はやっていると報じられている。それでも、あれだけの完成度が高いMLBがさいこうのひょうかをした投手になって見せたという事だが、本当にウエイトトレーニング無しで良いのだろうか。

ではあっても、あの身長で体を開いて上体を突っ張った形での投球フォームで良いのだろうかと恐れている。MLBの中4日や時差を乗り越えての移動や、通訳がいても言葉は何とかなっても、異文化の世界に慣れて、契約通りの成績を残せるのかと、少し心配になるのだ。敢えて言っておくが、ダルビッシュはアメリカに渡って直ぐに「ここでは野球ではなく、何か異種の格闘技をやっているのかと思った」と喝破したほど、baseballと野球とは異なる異文化なのだ。

より具体的に言えば、私には山本の投球フォームには、リリースポイントと球筋が打者に見えすぎる気がしてならないのだ。だから、時々あんなバッター(敢えて名前を挙げればポランコだが)にもと思わせる、雑なバッテイングをする打者にも打たれるから、勝ち数の割に負けが多いのだと見ている。

スカウティングに優れているMLBに行ったら、弱点を研究し尽くされて打たれるのではないかと、一寸だけ恐れているのだ。言うなれば、彼は体格とトレーニング方法の壁お乗り超えて、異種の競技での勝負に勝たねばならないのである。山本由伸が異文化の世界でも立派な成績を残して、私の心配を打ち消してくれるのを期待しよう。


12月23日 その3 お恥ずかしながら再度の「訂正版」です

2023-12-23 08:01:49 | コラム
彼らマスコミを信じていて良いとは思えないが残念だ:

不信論の根拠として取り上げたい最近の例の一つに「朝日新聞がパーティー券の売り上げからの環流の件を『安倍派は裏金』と報じ、他派閥だと『不記載』とした事」がある。朝日新聞は「安倍の葬式はうちが出す」と言ったほど、故安倍晋三元総理をあからさまに憎んで見せていた。その安倍氏亡き後でも、このように安倍派は「裏金」扱いにして、他派を「不記載」として見せたように、露骨に安倍派を貶めるような報道をするのだ。

この新聞社がこのような手法を採るのは何時もの事だが、これでは報道機関としての責任を放棄していると指摘するしかない。困ったことに、「落ちぶれたとは言え朝日新聞は未だに発行部数では第2位にあり、産経新聞を上回っていて、この世には未だこの新聞を崇め奉っている朝日教の信者がいるという事実を示している。その信者の方々は朝日新聞が報じていると信じてしまうだろう事」が恐ろしいのだ。

私が指摘したい情けなくも残念な問題点は「事はそれだけに止まらず、この裏金扱い報道をいともアッサリと真似をして使ってしまう新聞やテレビ局がある事」なのだ。彼らは当初は「キックバック」とカタカナ語から始めたが、それが還流になり、割り戻しになり、遂には「裏金」に昇格させたのだ。

彼らは高井弁護士の指摘を待たずとも、実態が裏金ではないことくらい承知していたと、私は真剣に疑っている。だが、彼らは「センセーショナル」な報道を選択して話を刺激的にしたかったのではないのか。彼らは朝日教信者以外も「裏金」だと信じさせたいのだ。マスコミは「事態を正確に伝えていない」と批判されても仕方がないのではないのか。

朝日新聞の「裏金」扱いに追随した新聞もテレビも、意図的に国民を(国家をも?)欺いている責任を追うべきではないのか。だが、彼らにそのような素直さを期待できないのではないか。朝日新聞も追随する毎日新聞も、傘下にテレビ局を置いている。罪なき一般の視聴者は彼らを信じてしまう危険性は高いのではないか。私は正常に報道していると思うのは産経新聞のみだと見ている。

彼らは動もすると恣意的に真実を歪めて報道する傾向があると見ている。故に、私はこれまでに何度か「私の主張はテレビと新聞が伝えたことに基づいている」と但し書きを付けてきた。何が言いたいのかだが、彼らマスコミは彼らにとって都合が良いように、視聴率が取れるか、発行部数が維持できるような伝え方をしておいた後で「世論調査」を実施するのだ。

言うなれば「このような報道をして視聴者を適当に洗脳しておいてからご意見を承ろうとする」のである。そんな具合だから、岸田総理は彼らの手法を読み切って、支持率が低く出ても動揺されないのかとすら疑っている。

この度の「裏金」と「不記載」と使い分けた朝日新聞の手法を見て、改めてマスコミ批判を展開する気になったのだ。今回ここに述べてきたことは最新の週刊新潮で櫻井よしこさんが詳細に問題点と今日までの朝日新聞批判論を展開しておられるので、私如きの駄文よりも遙かに明快である。未だお読みでない方は480円を投じられてのご一読をお勧めする。