Fish On The Boat

書評中心のブログです。記事、それはまるで、釣り上げた魚たち ------Fish On The Boat。

『鍵のかかった部屋』

2020-07-21 22:48:13 | 読書。
読書。
『鍵のかかった部屋』 ポール・オースター 柴田元幸 訳
を読んだ。

アメリカの作家、ポール・オースター、
その初期のニューヨーク三部作の最後の作品。

妊娠中の美人の妻を残して疾走した男、ファンショー。
彼は自分の残した原稿の処遇を「僕」に委ねる。
そういった切り口で始まる小説です。

この先、ちょっとネタバレになります。

前二作の『ガラスの街』『幽霊たち』と
同じことに再々度挑んでいるのだろうなあと読んでいてわかるのです。
しかし、終盤にかけての展開から、
またしても主人公が混沌と不分明の彼方に行ってしまうのかと推測したところで、
なんとその流れを打ち返してきた。

こうやれたことで、
著者はひとつの大きな壁を乗り越えることができたように思えます。
自分の胸や頭につかえていた大きな岩石くらいの重い問題に、
三作を費やして正面から挑み、
突破口を見つけたというよりか、
ひとつ上の次元をみつけて超えたような感じがあります。
その結果として、その後、
いろいろな作品を書きあげていったポール・オースターがあるのかもしれない。

……という、ベタな解きかたではありますが、
超えなければならない壁との格闘って、
自身の根幹に関わる問題なぶん、
必然的にベタな様相に傍からは見えがちじゃないでしょうか。
その泥臭い闘いを、
ニューヨークという洗練された大都市を舞台に虚構のかたちで練り上げた。
この舞台設定と創作性でもって、
自分だけのものだったはずの問題を作品へと昇華し、
芸術性と普遍性をもたせることができたのだ、と僕には感じられました。

やってることは個人的で、
自分を救わんがため、という目的が9割だろうなあと思えるんですが、
それが逆にクリエイターとして(人間としても)素直な態度であって、
だから、うまくモノづくり(小説づくり)に繋がったのかもしれません。

それにしても彼の文章ってじりじりと書いている感じがして、
その緻密な繋ぎ方が魅力の一つであると思うのだけれど、
そういう書き方でやっていたら、
次に何を書こうかと準備していたものを
忘れてしまわないのだろうか……(しまわないんだろうな)。

こういった小説を読むと、
僕もフロンティア開拓一辺倒かつ自分を救済みたいに、
一本書いてみたいなという気分が立候補したそうにもじもじします。
まあ、それはそれで、書かないというわけでもなく、
かといって明言もせずにおきます。



Comment
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする