Fish On The Boat

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『ソクラテスはネットの「無料」に抗議する』

2020-07-29 19:55:55 | 読書。
読書。
『ソクラテスはネットの「無料」に抗議する』 ルディー和子
を読んだ。

古代ギリシャで活躍した、
哲学者の始祖ともいえる哲人ソクラテスとその時代をあえて中心に据えて、
現代の行動経済学や進化生物学、脳科学や心理学での知見を重ねつつ、
現代社会や現代人の特徴を分析し、
良い面や悪い面を浮かび上がらせて考えてみる本でした。
温故知新的ともいえる論説エッセイです。

書名にある『ソクラテスはネットの「無料」抗議する』は
本書の中盤くらいまでの大きなテーマです。
マルセル・モースの『贈与論』を引きながら、
贈与や販売以外でのモノのやり取りは、本来あるべきではないことが示される。

例外として、たとえば現代のオープンソースのアプリケーションなどが挙げられていました。
それらはフリーで誰もが手に入れられはするのだけれども、
入手したいろいろな人によってアプリが改善され、
さらなるバージョンアップがどんどんなされていく、
という、フリーの一番の目的であり、長所がまっさきに目につく仕組みになっている。
そこに参加する人たちは、なぜフリーで労力や知識を提供するのか?
それは、頭脳明晰かつ面白い人たちと協働できることが楽しい、
といった理由がもっとも多いそうです。
フリーで改善のための労力を提供するシステムが無理なくできあがっている。

贈与や販売以外でモノを手に入れることは、現代人にはありふれてしまいました。
僕の経験でいえば、子どものころから音楽CDをカセットテープやMD、CD-Rにダビングする、
というのが最たるものでした。
もちろん、CDを貸してくれた友人にはお礼をしたりする。
互恵性はそういう形で成り立ちはするものの、
肝心の著作者にたいしては「無料」で通してしまっているし、
そこに良心の呵責などもなかったです。

パソコンが普及し、インターネットをみんなが使うようになると、
パソコンソフトをコピーしたり、
それこそアンダーグラウンドのサイトにいろいろなソフトが
ダウンロードできるようになっていたり、
もうちょっと時代が進むと、
ファイル交換ソフトが登場し、音楽ファイルやソフト類など、
なんでも「無料」で手に入れたり交換したりできるようになった
(僕は交換ソフトにはほぼ手を出しませんでしたが)。

こういったことからわかるように、
現代人はモノに備わる霊性に対する気持ちがとても希薄で、
もはや食べものに対してでも、
「命をいただいている」感覚だってほとんどないでしょう。
そこに疑問を呈し、
現代人の人類としての劣化をみるのが本書です。

また、後半部では、
論理とは、議論で相手を説得するための性格が強く、
真理を解説するのではなくて、
説得するために考案するものだ、
とさまざまな論文に依拠しながら解説しています。
もちろん、ソクラテスやプラトンが使う論理である、
「真実の発見のため」という用途は否定されているわけではありません。
著者が言いたいのは、「真実の発見のため」の影に隠れているけれど、
「説得のため」という論理の用途のほうが、
実はよく使われていることに注意しよう、ということだと思います。

そうして、その流れで認知バイアスにも踏み入っていきます。
確証バイアス、ヒューリスティクス、損益回避性などがそれでした。
個人的には、損益回避性の認知バイアスには苦労しているなあと気づきましたね……
(ギャンブルなんかそうですからね)。

最後に一言でいえば、
モノに込められている(あるいは、そう感じる)霊性から、
自らの心理を背けないことが大切だ、ということになります。
前にも記事に書いたことがありますが、
その例として言えるのがトレーサビリティです。
「カボチャに、これを作った人の名前と顔写真がシールで貼ってあるなあ」
ということがスーパーによってはあるんですが、
そうか、この方が作ったのか、と顔が見えて、
ちょっとそのカボチャに特別な温かみを感じもするし、
その農家の方の生活に想像を働かせたりしやすくなります。
そして、「ありがとう。」という感謝の気持ちが生まれもする。
同時に、その農家の方との心理的なつながりが、
一方的かもしれませんが、うっすらではあっても生まれるのです。

そして、互酬性だとか互恵性だとか言われる心理も大切だと説かれています。
感謝としてお礼をする、というのは人間に備わっている性質です。
何か頂いたら返す、という返報性はみんなに備わっています。
一方で、同じような性質の暗黒面として、復讐があります。
「目には目を」の精神もそこにあるのです。
良い面も悪い面も、お返しする性質としてレシプロシティと呼ばれるそうです。
これも、考えていくべきことだとして、
本書で著者が考えを深めてくださいます。

と、まあ、以上ですが、
内容ほど堅い読み物ではないです。
いろいろなトピックがちりばめられていて、
刺激をたくさん受けつつ、そして得るものもある、という種類の本でした。
もっと深読みしたい人は、この本から各方面へ食指を伸ばすとよいと思います。

「優れた戦略家は狡猾なウソつきである」
なんて言葉も飛び出して、なかなか歯に衣着せぬところもおもしろかったです。
また、古代ギリシャ事情にもちょっと詳しくなれます。



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