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‘25-2-25“America- Country of Lawsuits”

2025-02-24 21:31:57 | Megu's Sports
★Megu’sSports

・アメリカは,訴訟が多い国。 カリフォルニアには、175,883⼈の弁護⼠; アメリカ国内には48,373⼈の損害賠償請求訴訟弁護⼠がいるそうだ。ベイエリアのビルボードは、損害賠償請求訴訟弁護⼠の広告が至る所にある。と⾔うことは、損害賠償を求めて訴訟を起こす⼈が多いのだ。その中で、お⾦⽬当てで訴訟を起こす⼈も少なくない。ほとんどのケースは、お⾦がかかるので、裁判にいく前に決済される。私が初めて経験したのは、10年ぐらい前に、⾞の事故を起こした時。仕事場の駐⾞場から左折して(アメリカは、⽇本と⾞線が反対)、右折・左折ができるセンターレーンに入ろうとした。左から来た⾞が、規則よりも距離のあるところから(約60m)左折レーンに入ろうと、結構スピード出してセンターレーンに⼊ってきた。そこで、私の⾞が、その⾞のパッセンジャー側にぶつかった。保険の情報を交換するのが、普通。だけど、⾞の保険、持てない⼈もいたりするので、警察を呼んで、レポートした⽅が良い。この事故の後、保険会社から電話があり、相⼿の損害賠償請求訴訟弁護⼠から、損害賠償の請求が来たと。保険会社のアジャスターによると、この弁護⼠はビルボードによく出てる弁護⼠で、年末も近づいているから、お⾦⽬当てだという。それでも、ʻ調査をしなくてならない。調査によると、相⼿は怪我がひどいと⾔っているほど、ひどくない;医療の請求も、⼯作されているようだと⾔うことで、請求額よりも低い⾦額で決済された。それでも、私の保険料が2−3年ほど、上がった。有名な話は、マクドナルドでコーヒーをこぼして、コーヒーが熱過ぎと⾔って、訴訟を起こした⼈がいた。また、隣にとまっている⾞の⾊が気に⼊らないからって、訴訟を起こした⼈もいるそうだ。このようなことが、常に起きている。⽇本って、弁護⼠の数もアメリカほど多くないでしょ。うちの⼤学からは、⼀年に⼀⼈でるか出ないかって保じゃなかったっけ。滅多に訴訟を起こさない国で育ったものとしては、信じられないものである。

・⾃分のミスの責任を⾃分で負わない;責任を他⼈に向けるって⾔う⼈が多い。もちろん、実際に損害賠償が必要な場合もあるけど、お⾦⽬当てで訴訟を起こす⼈の気がしれない。アメリカって、⽇本と違った良いところも、たくさんある。だけど、訴訟だったり、Black Lives Matterなどを利⽤して店を襲って物を取ったりと、システムを利⽤して利を得ようとしている⼈が多っかったりする。⾃分が、このような⼈々の“副作⽤”に巻き込まれると、腹が立ちます⽴ちますね。

‘25-2-16“日産の問題”

2025-02-17 20:12:02 | Massy's Opinion
  • Massy’s Opinion 
さて、日産とホンダの統合問題が協議終了に成った。先日、樫の会と言う経済理論勉強会の丸山理事長とお会いする機会があった。その日は、別の野球の話を懇談しようと言う会だったが、理事長が「Massy さん、日産どうなるんですか?」ワイフが何時も「Massy さんどう考えておられるのかしら?...と言う話をしているんですよ」と言われた。アメリカの大統領交代の問題、日本の石破総理の問題、八潮の陥没問題等大きな問題が多く日産の問題等は余りニュースにならない。一般の人も「もう日産はいい車は作れないな...」程度にしか考えて居られないだろう。

・新聞の記事によれば、日産の再建計画のスピードが無い、ホンダは子会社に成るなら良い...とかいろいろ問題がある様だ。しかし、今の日産の実態を見れば、もっともっとメーカーの経営者は広い視野で考えて欲しい物である。僕は、国内最大を誇った東京日産のOBである。「メーカーとディーラーの関係は異質であるが、対等であるべきだ」と思って居る。これは、1960年代から考えて居た事。そしてディーラーもその意味の自立性を持つべきだ。と言う考えである。日産の社内は、「士農工商」の儘である。そして、日産の国内営業の人々の定年後の天下り先はディーラーである。するとメーカーの優越性をよく解って居るので、メーカーの言う儘に成ってしまう。ディーラーの「自立意識」なんか全然考えやしない。これでは、一番不幸になるのは、売る車の無いセールス、そして、整備客の居ない整備工だ。メーカーが9000人の人員整理をしたら、その10倍位の販売関係の人員がいらなくなる。世の中は人手不足、人手不足と言って居るが、国民も甘えている人が多い事は無いのか?休日は増えるし、勉強はしないし、これでは日本の生産性は上がらない。強い販売力は、強い人間の集団でなければ駄目だ。僕は,小商人の家に生まれ、親父は52歳で小さい会社を残して死んだ。僕は、生活の安定を考えてサラリーマンを勤め上げた。親父が死んだ後の会社は、お袋や、ワイフが良い社員たちと頑張ってくれた。ご近所に同業者の親父の先輩が居たが、朝、8時半にオートバイが店先に出て居ないと、僕の処へ「弘...オートバイが出てないぞ」と会社に電話が掛かって来た。「商人は、店は何時も開けておくもの...」と言う意識が強かったものだ。そして同業者の中でもそういう先輩が居て心配をして呉れた。最近の世の中は、余りにも競争が激しすぎて自分勝手になり過ぎてしまったようだ。日産の問題は世の中の次の時代への移り変わりのスタートにしたいものだ。

・今日週刊ポストが発行されて、ゴーンへの取材が出て居た。興味があり直ぐ買いに行ってきた。多分彼は「俺は、立派にリバイバルをした...」と言う主張をして居るのだろう。確かに海外生産を増やしたかも知れない。然し、日本の工場を殆ど売却してしまった。日産の保有不動産は取得時期が古いから取得価格は安いので、利益は出ただろう。自分の給料を高くした。新しい時代の排ガス対応の方針は電気だけ...残した文化は、資産売却と役員の高額な報酬だけだ。ゴーン以降の経営者の給料を見たら解る。

・もっと駄目なのは国内の販売体制だ。販売店のマインドは自立心がない。まあ、残念ながら期待する復活は難しいだろう。

‘25-2-11“P,S  サヨウナラ五十嵐健二投手”

2025-02-10 21:09:07 | Massy's Opinion
★Massy’s Opinion
*前回 健坊が亡くなって、標記の思い出を書いたが、大学野球部時代の事が、懐かしくなり、次から次えと色々な事が思い出されて来た。僕が野球を始めた時の事は随分と書いたが紙面に残そうと思うと、つい奇麗な言葉に成ってしまう。出来るだけ有りの儘に書いて見よう。
*成蹊時代 始めてオフイシャルな野球部に入った。丁度、学制改革の時代で、成蹊は7年制旧制高校だったので、1年生が新制中学の1年生となった。野球部も中学は軟式、高校から硬式ボールとなって居たが、部員は少なく中学生は、高校生の練習を手伝わされる様な状態だった。
部室は学校の北側に在ったが、隣がラグビー部の部室だった。従って、ラグビー部の連中とは仲が良かった。まあ、部室と言っても更衣室と言う方が合っているだろう。狭いし、臭いし確か板の間だった。
*慶応高校時代はグランドが無く、通称嵐が丘(現在の矢上)出来たばかり、部室もなかった。今の日吉台グランドと比較に成らない。
大学の野球場は、グラウンドも神宮とほぼ同じ大きさだったし、合宿所も一部屋2段ベットで4人ずつ、ふろ場も15人位は入れたかな、食堂もあり、隣には、ラグビー部の同じ様な合宿所があった。食堂、風呂はラグビー部と共用である。まあ、ラグビー部と野球部では練習の終わり時間も違うし、たまに野球部の下級生が風呂に入って居る時に、ラグビー部のレギュラーが入って来ると言う様な感じだった。
*食事は、リーグ戦が始まる前は、「一汁一采」飯はどんぶり1杯、沢庵、昆布の佃煮が大きめなどんぶりに入って居て、これは自由、但し、無くなったら終わりだった。
僕らが入った時、4月半ばすぎると新入生が入って来る。或る時、僕らが食堂行くと。一人の大男が黙々と飯を食っていた。どんぶり3杯食べていた。「おい、君一人一杯ずつだぞ...」「そんな言うても,わしゃしらんぜ。腹減ってもうてな...」人数分しかないから、賄の松ちゃんに頼んで特別に我々の分を出して貰った。このデカい男は、通称ゴジラ後に阪急へ入ってホームラン王、コーチ、二軍監督OB会長と死ぬまで阪急一筋凄く性格の良い中田君だった。
リーグ戦が始まると、「一汁二采」位に成る。これだから早慶戦の前夜のすき焼きは凄いご馳走だった訳である。確か、当時の三田倶楽部会長の山岡鎌太郎先輩が四の橋のご自宅に一軍の選手を集めてすき焼きの夕食会を開いて呉れたがご子息が僕の同級生だった関係で特別にその夜は呼んで頂いた。それ以降、早慶戦の前夜食は合宿で「すき焼き」会を遣る様に成った。今はあれから70年も経つのでどんなやり方になって居るのか?
*成蹊から慶応に来た連中は結構多い。唯、野球関係は少ない。僕の1年上の人で野球部の人が一人居たがかなり早く亡くなってしまった。大学野球部に入ったが、すぐ辞めてしまった。成蹊の野球部で慶応に大学で入ってラグビー部に入り、ロックで全日本の選手に成ったNさんと言う人が居た。成蹊の時から「おい、マス煙草を買ってこい」とかこき使われた。野球でもNさんの滑り込みはトー・スライディング専門で相手のグラブめがけて滑り込む。ラグビー向きだなあ...と言う人だったが、すき焼きの日は「おい、マス今日はすき焼きだろ...汁だけ残して置け...」と言われる。今度は汁だけ残すのが大変だった。Nさんと同期、要するに一浪したラグビー部のOさんが入って来た。成蹊時代は、一級上、僕はOさんと「さん付け」で呼ぶと,人の居ない処へ呼ばれて「おい、マス、さん付け止めてくれ、浪人して居るのが、ばれてしまうじゃないか」「そんなこと言ったって、つい出ちゃいますよ...Nさんには何て言っているんですか?今まで,オイNって呼び捨てでしょ...」「しょうがないじゃないか、さん付けだよ」それでいて「マス、早慶戦の切符5枚持ってこい」「そんなのできませんよ...」色んな事が有ったが、今思い出すと楽し想い出ばかりだ。健坊もあの合宿の「すき焼き」が想い出深いんだろう。体調壊すまで牛肉を合宿に届けていた筈だ。

‘25-2-4“Diary 217”

2025-02-03 20:39:05 | Massy's Opinion
★Massy’s Opinion
・1/2 megumi帰米
例年通りのスケジュールで、メグは帰米した。今度は羽田発で、僕は足の調子が悪く、「エアーポート内は歩くので送りに行かないよ」と言って居た。ワイフはどうしても送りに行きたいと言う。最後まで揉めていたが、結論は送り行くのは止めにして、我が家の門前で別れ...
今度は、6月頃に帰国すると...正月は、ごく簡素化した正月。それでも、お三が日はおせちとお雑煮が出た。

・1/10 ペース・メーカー 検診 
ペース・メーカーを装着して2度目の検診。自分で血圧を測り、来院届を出し約1時間の待機。診断医師は手術をして呉れた医師ではなかった。今回は心電図も取らず本当にペース・メーカーの作動状況のチェックだけ、電池の残量は8年と...前回と全く同じ「異常ないですよ...」で終わり。何はとも在れ、ひと安心。次回は7月と言う事。

・1/11 パンダ 昼食会
「日産 何とかしようよ...」と言う事で、元東京日産の会長、社長、僕と後二人、計5人で半年ぶりの昼食会。結論的に。もう間に会わないな...と言う事に成った。僕のブログ「自動車販売の波に乗って90年」を3年前に書いたのだが、余り人の知らない事も書いてあるが、もう一つ迫力が無い。結局、流れに任せるしかあるまい。。。時がたち過ぎた...と云う結論。
「又、この次にこのメンバーで会いましょう...」と言う事で雑談をしてお開き。

今年の正月は例年とは大分趣が違った。厳しい寒さ、90歳を無事に迎えられた、と言う達成感。先が無いと言う不安感、周囲に起こる世界不安、色々な物が大きく動いて居る。スポーツだけが、素晴らしいゲームが多かった。ライス・ボール、箱根駅伝、ラグビー、あれらの関係者は充実した達成感に浸っただろう。今年は、激動の1年に成ると思う。最近、トランプの言う事が良いと感じる様に成って来た。石破さん、人柄は良いと思うが、リーダ-としてはスピードが無い。自分で、自民党をブッコワスと言って不信任される位の根性が無いと駄目だろう。フジテレビの問題も酷い組織運営だ。僕だったら、役員会全員退任、後任は社員の中から、立候補して社員の選挙で新体制を作る。株主さんには社員選出の体制を理解、支援して居た抱く位の事をしないと駄目だと思う。兎に角、「委員会の多い組織運営」では、いい経営は出来ない。
  

'25-1-28“Annual Tokyo Visit” 

2025-01-27 22:01:33 | Massy's Opinion
★Megu’s Sports
*今回の年末年始の東京訪問。母ちゃんが、家にいたことが大きい。昨年は、大腿骨骨折で入院していた。正直言って、母ちゃんの年で、下半身の骨折をすると、そこから状態が悪くなって、回復までいかないことが多い。ので、手術前の80%程のキャパシティだけど、そこまで回復できて、改めて、母ちゃんは強いんだなって思った。

*今回は、中11日の訪問。会計士とのミィーティングやファミリービジネスの会食などがあって、その中で、友達と会ったり、ネットワーキングをしたりと、あっという間だった。
*母ちゃんのご飯:普段、台所に立つ時間が短いんだけど、私がいる間は、ほとんど毎日のように、私のリクエストに沿ったご飯をつくってくれた。もちろん、私も手伝いましたよ。最近あまり、手料理をしてないと言っても、料理の腕は落ちていない。一番、印象強かったのは、お雑煮。昨年は、私が初めて、お雑煮を作ってみたけど、それに比べると、かなり美味しい。
*親父:帰国した翌日は、親父と母ちゃんのリハビリで、理学療法士のK君が来る日。K君とは、数回会っている。私が、週2回オンラインで、親父と母ちゃんのリハビリをしている。オンラインだと、一緒にできるエクササイズが限られているので、in-personでできることをK君に頼んでいる。はじめに、今、私が、オンラインでやっていることをみてもらった。親父は、2人から注意を払ってもらって、機嫌が良く、“100歳まで生きる方法”をテレビ局に売ろうなどと言っていた。その数日後に、いつもお世話になっている行きつけの医者に処方箋をもらいに行った時も、調子も良く、またそんな話をしていた。足が痛いとか、弱くなってるとかでこの1年ほど、外出が少なくなったせいか、気が短く、いつも母ちゃんにあたっている。母ちゃんも、言われたことを直そうとしないから、それもわかるけど。改善しようって言うマインドセットを持つことは、大切。だけど、人は、変えようと思っても変えられない。それが、わかっていても、変えようとするのが人間なのか。人を、そのまま受け入れられたら楽なんだろうな。と言うことで、悪循環で、解決策が出てこないのに、イラつくと同時にもどかしく思わざるを得ない。

*Future Opportunities: 理学療法士のK君と話をしていて、彼のクライアントは70歳から90歳ほどとのこと。リハビリを週一でやっていれば、結果が出ると思ってる人や、やる気がない人なども少なくないと。で、プログラムがマンネリ化することも。私も、オンラインのセッションで、チャレンジなことは、マンネリ化を避けること。特に、器具やケガで、できるとこが限られてきたりして。理学療法士の学校で学ばないことが、実際の仕事場で役に立つ。どれだけ学校で、エクササイズのプログラミングを学ぶのかな。私が、よく使うのはエクササイズのRegression。特に、高齢者の中では使えるもの。アスリートや若者ができる動き、例えばバーピーなど、の動きを分解して紹介し、一つの動きに作り上げていく。高齢者にとって、床から上がり下りができることって、柔軟性、コアと全身のストレングスが要求されるので、大切。そのほか、“楽しい”セッションをする(これは、私ももっと工夫がいること)、プロとして、どのようにバーンアウトやマンネリ化を防ぐとか、学校ではあまり学ばないのではないか?今後、そのようなことを伝えられるプロジェクトをしてみたいななんて思っている。と言うことで、Happy New Year, Everyone!


‘25-1-21“サヨウナラ 五十嵐健二投手”

2025-01-20 20:50:02 | Massy's Opinion
★Massy’s Opinion
*僕の大学時代の仲間。身長185cm位あったかな。兎に角、大きかった。慶応高校では、バスケを遣っていたと思う。僕は、4回生、五十嵐君は5回生、5回生は、キャプテンが黒松君キャッチャー、彼は幼稚舎からで五十嵐君とバッテリーを組んで居た事が有った筈だ。兎に角、「どうして野球をやらないの?」と言う事を色んな人から言われた筈である。投げ方は、アンダー気味のサイドスロー。上背があるので、スリークオ-ターにさせた。ボールは早くなり絶好調の時期があった。当時の慶應は藤田さん(元巨人監督)ダントツのエースで投手は25人位居たかな...兎に角、慶応高校は5回生が甲子園へ出たし、一チーム13人位が大学野球部に入って来たので、一大勢力となって居た。健坊も直ぐ皆と打ち解けていた。当時のS監督は最後の軍隊帰りの超スパルタでグラウンドでは 笑顔も見せない怖い監督だった。練習ではフリーバッティングの後レギュラーバッテイングになるが、大体2線級の調子の良い投手が使われる。ある日健坊を推薦して登板させた。当時のチームは、30年卒が主体の強力打線だったが、チーム内では大体誰が好調か解って居る。僕がキャッチャー遣ったが30年生が、レギュラーが、「マス、カーブなしだぞ...」「イン―コースは駄目だぞ、ぶつかったらヤバイからな...」「オッちゃんの機嫌が悪くるからな...」「いや如何しようかな」と思って居たが、鬼より怖い上級生の注文通り、言う通りにしてしまった。マア、コテンコテンと言うほどではないけれど打たれた。健坊の役目が終わったら、「マスさん、如何してあんなに打たれたんですかね?...」「俺のリード悪かったんだよ。ボールは良かったよ...」健坊は何か納得の行かない顔をしていた。さりとて、「レギュラーの言う通りのボールを投げさせたんだから」とは言わなかった。あの時の健坊の顔は今でも眼に浮かぶ。
*健坊のうちは、五十嵐冷蔵言う大食品会社で芝浦に大きなビルと冷凍倉庫ある。今や大会社に成り、海外にも多くの支店を持って居る。僕が最後に務めていた日産特販の側である。五十嵐冷蔵は広い敷地中でレストランやって居たが、その時も良く相談に来たし、ヤナセにも高校、大学野球関係の連中が10人位居たので、開業後は頻繁に利用させて貰った。
*社長のお兄さんは、野球が好きで五十嵐冷蔵はプロOBなども入れてチームを作って居た。僕が東京日産の監督をしていた当時は港区のBクラスだった。今はAクラスだが、もう健坊はアメリカ留学から帰って来てらはゴルフに夢中だった。5年位前に代々木上原駅前で偶然出会ったのが最後だな。
*僕ら時代の慶応野球部では早慶戦の前日の晩飯は「すき焼き」だった。これは、復活早慶戦の時の主将で、僕らの時代には三田倶楽部会長の山岡鎌太郎さんが自宅に選手を呼んで「すき焼き」をご馳走してくれた。その名残が早慶戦前日の合宿食堂で「すき焼き」をやる様に成った。五十嵐君は、卒業後牛肉10キロか20ろキロを毎シーズン合宿に送って居た。今は環境も大きく変化し五十嵐君も亡くなり如何なって居るのか?寂しい限りだ。





‘25-1-14"ペース・メーカー”

2025-01-14 10:15:07 | Massy's Opinion
★Massy‘s Opinion
”ペース・メーカー“
*今から3年前、定期健康診断で「心房細動」と言われて精密検査を受ける様に掛かり付けのお医者様に言われた。もうその3年位前から不整脈の傾向は指摘されていた。幸い近所に二ユーハート・ワタナベ国際病院があり、そこへ精密検査に行ったら、即ペース・メーカーを入れると診断され即刻入院翌日に手術を受けた.挿入されたペース・メーカーはBiotronikと言う独逸製のもの。1週間で退院したが、その時に「ベッド・サイドに置いておいてください」とモニター、を渡された。
驚いた事に僕に挿入されたペース・メーカーの状態が画面に出る。データーは会社か?施術した病院に行くのか解らないが、兎に角、即刻対策が打たれるようになっているのだ。
今の新しい病院は、兎に角、電子化が進んで居り、大体、病院の中心部に大きなAIがあり、其処へ血圧、採血、尿検査、レントゲン等のデーターは送られ、医師はそのデーターを見て、診察、判断をして患者に面接と言う仕組みになって居る。幸いさる1月10日に3度目のペース・メーカーチエックを受けたが、「後8年電池は持ちます」と言われた。普通電池の耐用年数は10年らしいが、これは、ペース・メーカーの事で、他の血管とか臓器が持つ訳ではない。
*さて、咋今の自動車業界、カリフォルニア規制で、ガソリン車は駄目、電気自動車やハイブリッドと大事な機関の問題が定まらない。この時代の流れに対応できない自動車メーカーは大変だ。テスラの様に販売台数は激減するだろう。多くの新車に依存していたディーラーは存続が危険な事態になる。僕は、近未来の自動車は、「今のスマート・ホーンに4ッの車が付いたもの」に成ると思って居る。今まで、京大の塩地先生の研究で色々な先生方とお会いする機会があったが、コロナ禍により集まり情報交換をする機会も無くなってしまったが、僕は、機関の問題と自動運転の問題は、切り離して考えるべきだと言う持論だったが、自動運転化の方向は色んな事が進んで来ている様だが、視点はドライバーに対してが、中心だ。事故、故障が整備会社に届くような視点はない。要するに、ペース・メーカーのバイオメトリックのモニターの様な考えは、頭の中に入って居ないのだ。僕が知っている、アドビの在アメリカ人に話したら、「パパ、確かにそうですね...」タクシーメータ―等を扱っている会社の昔の仲間に話したら、同じような答え。
*自動車メーカーも大変だが、ディーラーも大変、整備工も成り手が居ない様だ。これからのディーラーは、ガソリンもデイーゼルもハイブリッドもコンピュターも解る人間を育てて行かなくては生き残れないだろう。中古車も解らなくては駄目だ。

'25 - 1-7  “Diary216”

2025-01-05 22:08:24 | Massy's Opinion
‘25-1-7 “Diary216”
★Massy’s Opinion
* ’24 年の振り返えり。
・家庭 ワイフの転院・退院 ‘23年12月8日家の中で転倒、大腿骨折救急車で河北病院に搬送、翌日手術。前回も殆ど同じ部位を骨折して居るので、リハビリテーション病院を持っている河北病院に入院をお願いした。手術も翌日に出来た。「手術が即出来ると言う事は他の部位に異常がない事」と自らを慰めた。恵も恒例の年末帰国で帰って来たので見舞い等は良くやってくれた。1月21日予定通り河北リハリ病院へ転院、60日の入院後退院と言う様な出来事があり正月は全然それらしい記憶がない。瞬く間に24年の新春を迎え、そして24年の一年は11月には家の外壁塗装等工事もやり気持ちだけは慌しく過ぎて行った。
*生活パターンの変化
と言う様な環境変化で、僕は介護2級、ワイフは支援1級の介護老人二人暮らし、自身も体の老化は激しく庭の掃除も十分には出来ない。幸い近所の娘さんが買い物と夕食の準備はして呉れている。掃除もボランティアー人にお世話に成っている。本当に良い人達に感謝の言葉しかない。
介護保険でワイフと二人週2日リハビリを受け、恵のリハをオンラインで週2日受けて居る。とてもいい理学療法師で恵ともリハの部位がダブらないように打ち合わせして居る。生活変化と言へば、週4日のリハビリ漬けと言う様で、外には出掛けられなくなった。
生活パターンは大きく変わつた。空き時間はMLBのテレビ放送とyou tubeに大きく依存している。
*90歳の誕生日
こんな暮らしの中で、9月10日。満90歳の誕生日を無事に迎える事が出来た。最近は満年齢で数える方が一般的になって居る様だが、菩提寺の安蓮社さんが呉れる暦は、僕の生まれは92歳三碧木星となって居る。多くの友人は居なくなるし、寂しい限りだ。免許証も更新せず、愛車Figaroも売却した。良く乗ったもので、30年乗っていた。お祝いのメールや電話を沢山頂いたが、兎に角,お袋の年までは頑張ろうと思って居る。
*六球会
コロナで中断されていた東京六大学野球の60歳以上のOB戦神宮球場で12月に開催された。慶応は対明治戦10対1のコールドで敗戦久し振りで神宮球場へ行ってきた。慶応、好投手吉田君(豊多摩)が急逝されて、若手(と言っても60歳過ぎ)が投げたが満塁で長打が出て、大量得点された。山下大輔君がDHで大谷君の様な活躍を期待したが、大分年齢を感じさせる走りっぷり。東大が早稲田にコールド勝やっぱり懐かしいな...きちんとゲームが出来て各校の幹事に感謝。
*トモズ 忘年会
12月26日わが社のテナント”トモズ“さんの専務が監査役に担当役員が交代したので御礼と恵の顔合わせを含めて銀座の「天厨菜館」で忘年御礼の会を開催。皆、東京マラソンに出たりしている人たちで、気持ちの良い忘年会が出来た。人の縁に感謝である。
*恵の帰国
帰りは羽田発、昨年もワイフの入院で見送りには行かなかった。今年も僕達夫婦のコンディションで見送りは止めにした。無事に予定通り帰米出来た。
*時代の変わり目
昔の仲間から、「日産特販は楽しい会社でした。プロ経営者だの企業再生のカリスマだのと短期的な処置しかできない輩が増えすぎましたね。孫子の代まで考えるオーナー社長や商店主と仕事をするのが楽しいと感じるようになりました(笑)」とFacebookにコメントが来た。 
大学野球部の後輩であるに淑徳大教授の真田幸光と言う先生が居る。外国情勢含めたニュースを毎週届けてくれる。新年1号は柔らかい表現だが同じ様な事を感じてレポートされている。僕も全く教授の意見に同感である。次の機会に論じよう...



"2025年1月1日”

2025-01-01 00:34:53 | Massy's Opinion
明けましておめでとう御座います。
旧年中は、色々有難う御座いました。
本年は、多難な変化の年に成ると思いますが、元気で頑張りたいと思って居ます。
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             株式会社 増田商会
             代表取締役 増田 淑
               取締役 増田 恵
               取締役 増田 弘


'24-12-31 “2024 Highlight” 

2024-12-29 22:38:12 | Megu's Sports
★ Megu’SSports

*Travel: Tokyo (4月); Atlantic City, NJ(9月); Spain (10月); Tokyo (12月)
*Race: 2x Ironman 70.3; 2x Olympic/Standard Distance; 1x World Championship

・Trave: 4月に、東京へ行った時、桜の季節の終わり部分を堪能することができた。多分、1996年にアメリカに来て以来、初めてかな。日本の桜は、特別。カリフォルニアに、桜の木はあっても、日本のような並木がない。花吹雪とか、マジカルだよね。

・今年の”Racecation”は、Torremolinos, Spain。レースの後、隣町のMalagaを拠点に、Granada,
Seville, Rhondaを訪れた。一番、楽しんだのは、Caminto Del Rayのハイキング。絶壁の脇にBuild-inされたトレール。岩のフォーメーションの美しさは、なんとも言えない。一緒に旅をした友達は、教会とか古い城をに興味がある。GranadaとSevilleに行った時は、教会と城を見るだけと言う感じだった。私は、どちらかというと、街を歩いて(または、走って)探索するとか、地元のプールに行って、帰りにカフェによるとかしながら生活の一部を味わうって方が好き。どんな旅の仕方が好きなのかって言うのも、旅をしながら学ぶこと。昨年も、スペインに行ったけど、違う場地域。当たり前だけど、食べ物も、違う。昨年行ったPontevedraは、小さい街で、どこへ行っても、食べるものが、美味しかった(レース前日に行ったチャイニーズは、そこそこ)。今回の旅では、印象に残るほど、“おいしい”って思ったのは、Sevilleで食べたタパスだけ。それにしても、観光客の多さには、驚かされる。もちろん、東京もだけど、スペイン、どこへ行っても観光客の量には圧倒させられた。と言いながら、私も、そのうちの一人なんだけど。

・今、東京へ向かう飛行機の中。昨年の12月は、うちの母ちゃんが、大腿骨の首を骨折して入院していた。今年は、今のところ、怪我なしてこれたので、お陰様で、病院通いをしなくて良さそうだ。

・Race: 4月のIronman 70.3 Oceansideで、寒くてHypothermicになった以外は、良いレースができた。9月に、Ironman 70.3 Santa CruzとAtlantic City, NJでの全米選手権を中五日で出たのは、ちょっとキツかった。両方レースは、納得のいくレースができたけど、東海岸への移動が、きつい。3時間の時差って、大したことないようだけど、結構、体に影響があったりする。あとは、体力的には2レースこなせたけど、ちょっと慌しすぎ。スペインでのWTC Finalでは、11位。気持ちよく、良いキツさで走れて、楽しかった。コロナのパンデミック以来、ローカルのレースが、かなり減った。地元でのレースって、その週に出ようって決めて出たり、移動をしないで良い気軽さが、よかった。今、Bay Areaで残っているレースは、2−3レースほど。以前は、4月から9月まで、月に1レースは、簡単に見つけられたのに。また、Ironmanのようなブランドレースに参加者が流れていってしまったのも、地元のレースの参加者減少の理由の一つでもある。レースの運営って、難しいけど、気軽に誰でも参加できるような、地元のレースが復活すればいいな。

・お陰様で、今年も、仕事も健康も順調で過ごすことができた。トランプに政権が変わる2025年。どれだけ、私たちの生活のレベルに影響があるのだろうか。Happy Holidays for now!




‘24-12-24”日産とホンダと三菱の問題”

2024-12-23 21:13:19 | Massy's Opinion
★Massy‘s Opinion
日産とホンダの協業化の問題が大きく取りざたされており、Face Bookの僕のページに[News]と言う事で、一部感じる儘に記事を書いたが、早速、見てくれた人からコメントも頂いた。今日本の経済は本当に大きな変わり目に来ている。投票率は低くても、先日の選挙が矢張り民意の現れなのだろう。日産とホンダの問題は、歴史の古い会社の事だから余計に大きな記事に成っているが、日産の危機はゴーンの逮捕された時からもう顕在化されていたのだ。心ある古い日産に務めていたO,Bの中には現職の中枢部に「直言しようよ」と言う意見もあり、数回の会合を持った事もあるが、今の執行部体制では「話をしても嚙み合わない」と言う意見に成ってしまった。3年前の話しである。月日の経つのは本当に早い。此の処、色々、考えて見ると、経営再建には、
1、固定資産の売却 
2,人員整理 
3,生産性の向上     
しかない。特に1項の固定資産の売却は、古い会社ほど取得価格が安く、利益が大きく出る。組織はトップが変われば、否応なしに変わる。僕は、日産にさんざんお世話に成った。それだけにゴーン体制に成り、変わって行く日産を見ていて、ゴーン以降の役員が、みんな給与の額を大きくしたことを聞いている。誰も上層部に従業員に対し自らを律して行こうと言う人は居なかったと思う。遡って、川又、石原さんの時代も、結局は組合対策に追われて来た様に思う。プリンスの合併、愛知機械の合併、その他吸収した部品メーカーも数多い。資本主義とは、こういう物なのかも知れない。唯、ゴーンの逃亡を其の儘にしてして置く日本の政府も関わる行政組織も問題だ。

一方、三菱の問題は、今回の銀行の貸金庫問題だ。これは代表取締役が、比較的に早期に謝罪会見をしたが、周りのマスコミに取り上げられてからでは遅いだろうと言う考えからだろう。これは、合併、協業化とか言う問題と訳が違う。金庫の中に幾ら入れて居たのか?幾らの価値のダイヤモンドを入れて居たのか?銀行側は返事が出来ない。これから金融機関の間でどんな連鎖が起きて来るのか?決着が着くまで、凄く長い時間が掛かるだろう。三菱グループ全体に関わる問題だと思う。日産とホンダの協業化にも関わる問題にもなって来る。

日本の「資本主義の在り方」を考え直す事が出て来るのかも知れない。
最近のマスコミを見ていると何かミスリードが多い様に感じる。企業にも流行があり、矢鱈と「ファイナンシアル・グループ」が流行りの様だ。傘下の赤字会社をボヤカス事が出来やすい。僕が労働組合の支部長の時(196、自動車労連の初期である。当時の労働組合は日産のストライキを背景に出来た、労働組合は自ら「生産性向上活動をする」と言う組合の考え方だった。「社会性のある賃金を原価として呉れ、経費ではなく」と言う資本 経営 労働 の3分配を主張した。労働は賃金で社会性のある事と言う訳である。フィナンシアル会社は資本に利益が集まりやすいし、赤字もグループ内で目立たなくし易い。配当は、公定歩合の「+何%」までと言う様な決め方もできるかも知れない。いずれにしても2025年は大きな変化の年に成るだろう。10年後を見据えた国家ビジョンと良いリーダーが必要だ。


’24-12-17 “何かよく解らない?“

2024-12-16 16:30:00 | Massy's Opinion
★Massy’s Opinion
*アメリカの大統領選挙も終わり、バイデンさんからトランプさんの移行も何とかスムースに行きそうだ。あくまでも、日本のマスコミ報道によるものだが...石破さんとは就任前には会わないようだが、旧総理夫人の安倍さんとは食事をするようだし、石破さんは、長島昭久議員を訪米させているが、トランプの真意を探りに行くのと巧くすれば会談のセットアップが出来れば良いのだろう。マスコミでは余りこの辺の記事や見解は出して居ない。相当、人が動いているのだろう。韓国でも僕の想像外の事が起こった。これも又、想像外の事だ。決着の方向は全然解らない。何処の国も、民主主義と言いながら多くの国民の意志とはかけ離れて居るのだろう。

*最近、よく見ていると、株式が動いている。日本製鉄が、USスチールの株を買い占めると言う事にバイデンもトランプも反対をしている様だ。矢張り、「鉄」は国家なりと言う事か?又、日本製鉄がそんな資金的余裕があるのか?我々庶民には見当がつかない。これも石破総理に聞いて見たい話しだ。日産がルノーに株を持って貰う時に、何故、政府は何も言わなかったのだろう?全く話がずれてしまうが、「最近ラーメン屋」の倒産が多いとか?ラーメンブームで店が出来すぎ、競争激化が原因だとか?此れもよく解らない。
新聞を見ると高齢者向けのサプリメンとの広告が多い。僕は学生時代からアリナミンを飲んでいるが、アリナミン製薬と言う会社から同じような薬が売り出された。効能もアリナミンより多いので、飲み変えた。さてアリナミンは、武田製薬のドル箱製品だったのに...?武田製薬とアリナミン製薬の関係はどうなって居るのだろう?武田製薬が儲かって大きくなりすぎ、分社したのか?本当の処が知りたい。僕の同級生に武田薬品の社長の息子が居たが、若くして病没してしまった。生きていても、もう経営には関与していないだろう。

*今日書いて居るブログには、?マークが沢山ある、この疑問はほんの一例で、こう言う混迷の時代には「?」マークだらけ...余りにも「やらせ」が多すぎる時代に成ってしまった。「やらせ」の無いのは大谷祥平君の野球だけかも知れない。又、話題が変わるが、僕は下村博文、小池百合子、林真理子が大嫌い。下村先生は、裏金問題の時、「不徳の致す処...」あの人に「徳」があるの?少なくとも文科大臣をやった人、「税金の処理の仕方を誤りました...」と言うなら「不明の致す処」と言うべきだろう。
小池百合子「まあよくぬくぬくと都議会を遣れるね」本心は何とか任期中過ぎれば、引退だと思って居るのだろう。林真理子は又、小説を書いて居るが、日大の総長止めた方がいい。あれだけの大きな組織とても片手間では運営出来ない筈。若い子が可哀そうだ。

‘24-12-10 “激しく動く世界情勢“

2024-12-09 14:26:50 | Massy's Opinion
★Massy‘s Opinion
"激しく動く世界情勢”
*アメリカ 次の大統領はトランプに決まり、新しい閣僚人事が徐々に発表に成って来た。余り知らない顔ぶれだし、よく解らない。然し、トランプも馬鹿ではないし、大統領の責任も十分に解って居る筈だ。一番、困って居るのは、プーチンかも知れない、ゼレンスキーも停戦ラインを何処にするか?早く決着をつけて欲しい。

*中国 兎に角、急成長は素晴らしいものがある。然し、内陸がついて行かないだろう。
僕は、日中国交正常化の直一月後に香港、マカオ、広州のほんのとばっくちだけの中国を旅する事が有った。その時、昔日の繁栄を残した広州の街並み、大きな河、人々の暮らしぶりは本当に違う世界に来た廃墟の様だった。その後、中国には中古車の輸出をしようと想い1981年から1997年までに延べ6回行って居る。その15年間に上海浦東地区の開発が始まった頃で、その開発の堰を切った様な勢いは驚くばかりであった。その勢いがその後20年位続いているのだから、今の不況は大変な不況だと思う。共産党の1党独裁だからブレーキも掛からずこの不況を迎えたのだろう。湾岸地区と奥地の格差も大きいし如何なるのだろう。
*ヨーロッパ イスラエルの問題も、本当によく解らない。あの戦争がヨーロッパに気分的な連鎖反応を齎して居るのか?フランスもドイツも何か政情が不安の様である。ヨーロッパはニュースの入り方も少ないが、今日は、シリアの大統領がロシアへ亡命したと言うニュースが飛び込んで来た。唯、自動車から見ると、フォルクスワーゲンが人員整理だとか、良いニュースは入って来ない。自動車の問題は、矢張り、電化問題への取り組みの違いに問題が在るのか?

*日本 国会のTV中継を見ていると、石破総理も日増しに答弁にも慣れて行く様だ。然し、期待するほど新味のある答弁はない。僕は、長島昭久議員(学生時代、応援団)が石破さんの相談相手に成るだろうと予測して居たが、案の定、トランプさんの処へ皺伸ばしに飛んでいる。これから日本も外交は本当に大変になる。韓国も予想外の事が起こった。韓国通な人は知って居たのだろうが、僕には驚きだった。日米韓で協議を良くしているしあそこ迄状態が煮詰まって居るとは思わなかった。これから、EU,NATO,国連等の機関は活動して居たのだろうが、僕は、「一帯一路」国連マターだと思って居る。プーチンはアサドの亡命を喜んで居るのだろうか?

*最近、昔のことをよく考える。第2次世界大戦の時期、世界的に戦争が多かった。そして、大戦後の復興に新しい方向が生まれて来た。身近な例では、日産のストライキが代表的だったろう。ストライキをしない労働組合が生まれた。日産の労働組合が考えた、「労使の相互信頼」であり、資本、労働、経営の3分配である。日本の現在は、その時代からの労使慣行が今でも続き、形式ばかりの経団連と全労の懇談会である。もう、傘下の組合員も減っている全労を相手に労使懇談会を遣っても仕方ないだろう。


‘24-12-3 “Diary215 

2024-12-02 15:17:55 | Massy's Opinion
★Massy’s Opinion 
*11/12 住友林業 工事打合せ
今住んでいるこの家も25年を過ぎる。幸いなことに親父が疎開の積りを含めて、昭和18年に老夫婦が住んでいた20坪の平屋を買った。疎開に行って居た桐生から返されて、高井戸小学校に入つたが、昔風の純日本風の家だった。敷地は90坪だったから十分に広く
庭に霞網が張れた位、勿論、防空壕も親父が手造りで庭の真ん中にあった。その家には、離れっぽい6畳間があったが、戦後復員して来た叔父二人、親父の叔母さんに当たる赤坂で料亭を遣っていた「小満津」の叔母さん、おふくろの甥にあたる僕の従弟、「増田商会」の店員二人、お袋の甥の嫁さんの妹、皆、この6畳を足場に次の人生に飛び出して行った。僕の部屋に成った時は、大学1年の時だったかな...その後、庭に8坪位の2階建てを建てて、従業員用にした。僕は、其処に住む様になった。会社に入ったころ,よく皆泊りに来たり、仕事の討論会を遣ったり、徹夜麻雀を遣ったり、東京日産野球部を作った時は、半分合宿の様に使った、一人早稲田から来た外野手は月2食付きで4500円で3年位居たかな?僕が結婚した時はこの2階に住んでいた。この後、離れを取り壊し、2所帯住宅に建て替えたが、その頃は建築資材が乏しく20年位で今の家に建て替えた。その後、今の家に建て替えた。そして、又26年過ぎてしまった。屋根は傷む、普段見えないから雨漏れがしてからではどうしようもない。思い切って住友林業の言うように、屋根塗り替え、外装塗り替えの工事をすることにして11月一杯は掛かる様だ。
住林のスタッフは皆若い。色々聞いて見るとみんな建築士の資格を持っている。工程表もシッカリして居る。まあ、全部人工が掛かって居るのだから、高いのはやむをえまいと納得である。
*11/21 工事始め
足場を組み雨戸閉め入りの中での生活である。何か落ち着かない。ワイフは細かいことに気を遣い煩い。僕はもう任せたのだから余り細かい事を言うなと喧嘩になる。しかし、本当は天候が順調で予定通り住んで欲しい。

*11/25 繁の鮨 棚川、浜田
日本橋に繁の鮨と言う老舗がある。4ヶ月位前に東京日産時代の慶応出の連中の昼食会に呼ばれた。浜田君はサッカー部、棚川君は同期入社のレスリング部、結婚は東日の良い女子社員と一緒に成って転職し、アメリカに行ってしまった。「繁の」社長は暁星~成蹊の野球部、アメリカの人が来ると何時も「繁の」へ連れて行く。古い年代の人には、有名店である。「浜田君が「繁の」と暁星で同級だった一度行きたいですね」と言う事での会合に成った。昔話は慶応の事、この間のラグビーの対早稲田、ノートライの敗戦、結局、慶応のシンボル・スポーツは矢張り野球だよ」と言う話で盛り上がりお店の女将も連れて行った二人も喜んで楽しい会だった。帰りには、フラダンスの教師をしていた棚川君とシマコの出て居るジャズバードにより1ステージで帰って来た。皆、夜は粘りがない...

*ヤット終わった一つの内戦?
イスラエルとレバノンの内戦が終わったとのニュースが飛び込んで来た。詳細は知る由もないが、兎に角一つホットした。続いてウクライナも終わればいい。トランプの良識に期待しよう...



'24-11-26“2回目のトランプ政権“

2024-11-25 11:24:53 | Massy's Opinion
★ Megu's Sports

*今月のトレンドしているトピックは、アメリカ大統領選挙。来年から、トランプが、2回目の大統領になる。私は、アメリカの市民権がないので、投票ができない。同時に陪審員の義務もない。投票権があっても、無くても、おのずの意見はあるもので。

*今回の選挙、Kamala Harrisが民主党からの候補者になってから、選挙まであまり時間がなかったような気がする。彼女は、元々は検察官。トランプとの大統領討論会では、話がうまく、説得力があることを見せることができたと思う。なんだけど、同じ女性のHillary Clintonと比べても、カリスマが欠けているような印象を受けた。一方、トランプは、いつものように奔放に話し続けた。副大統領討論会は、どちらかというと、”Boring”。Vanceは、質問に対する答えをするのではなく、自分の言いたいことを言っている。Kamalaの”running mate”のWaltsも同じような傾向があったけど、人が良さそうなのがわかる。でも、勢いと説得力に欠けていた。言ってみれば、この大統領選、“誰が大統領に相応しい”と言うのではなく、“誰がましか”と言うような選挙だったとしか思えない。世界をリードしていくはずのアメリカとしては、恥ずかしいような選挙と思う人も多いだろう。

*個人的には、民主党、共和党の政策に対してMix-Matchの意見があった。民主党の税金の使い方―初めて家を購入する人への支援―など、医療など他に効果的な税金の使い道があるのではないかとも思う。共和党は、人工妊娠中絶の廃止を推しているが、トランプの演説を聞いていると、彼は、人工妊娠中絶についてよく理解していない(か、理解していないフリをしている)。人工妊娠中絶だけでなく、避妊の否定などは、これらは、キリスト教の教えに基づいたもの。宗教と政治が一体になると、歴史的に良いことは起きない。

*カリフォルニアは、基本的に、民主党の州。アメリカでは、連邦法と州法があり、憲法では、各州が主権を持っていて、連邦政府の監督下に置かれないことになっている。いい例が、人工妊娠中絶。州によって可能な州と不可能な州がある。来年から、新しい政権で、カリフォルニアにどれだけの変化が起こるのか。また、多少、カリフォルニアバブルの中で、4年間暮らせるのか。

日本人の中では、自分の支持していた政治家が選挙に当選しなかったり、総理大臣が自分の好んでない人に決まったりして、落ち込む人っているのだろうか?がっかりする、不安になると言うのはわかる。アメリカって、選挙の結果によって、大っぴらに鬱になる人、深刻すぎるぐらい落ち込む人が結構いたりする。これって、大統領選が、直接選挙だからなのか。それとも日本人には、政権によって生活が変わるという危機感がある人が少ないのか。私も含め、もう少し政治に対してPassionと興味心を持った方が良い。