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“Tokyo Visit and Starting 2018” (‘18-1-30)

2018-01-30 08:29:30 | Megu's Sports

Megu'sSports

恒例の“年末年始東京訪問”、毎年同じ時期に訪ねて、同じようなスケジュールでも、“楽しかった”といえる年と、パッとしない年がある。今回は、“楽しかった”な。なので、いい気分で帰って来た。

 今回何が楽しかったって? 1)江の島・鎌倉散策:これからもできれば、一度は、観光的なことをしよう!と思う。日本の美しさを見直す 、昔行ったところを、違う目線で観ることができたり、新しい発見があったり、かなり楽しい。江の島って、行ったことあったけ、昔?島自体、小さいんだけど、坂道と階段が多いぞ。島の上には、数軒の寺、普通の家が観光人の通り道にあったり。上から見下ろす景色が、綺麗。それから、鎌倉の大仏見学。多くの中国人が、ツアーバスで訪ねて来ている。そのあと、長谷寺。建築物と手入れが行き届いた庭園、鎌倉を見下す景色は、Super Impressive。そして、また坂道と階段。23000歩のUGGブーツでの散策で、足が変に疲れた。 2)大学の親友(お二人さん)と実家でご飯:毎年のことだけど、気兼ねなく、昔と変わらず、お互い成長していたりして。また、お互いに家族ぐるみで違和感なく食卓を囲めるって、そんなにできないこと。Thank you.  3)4年ぶりの友達との再会:普段、降りない神田駅の近くの、居酒屋に行った。で、日本のサラリーマンの集いの場らしきものを、味わう。大学の頃から、頭に残るアドバイスをくれる、この人。彼から、“よく頑張ってるよ”って言われると、なんか自分を認められた気になる。私の仕事って、日本では、キャリアとして成り立ってないというか、食べていける仕事として認められていない。口で説明しても、私と一日過ごさない限り、実際に何をしてるのか想像がつかない場合が多い。実家の近所の人なども、私が実際にアメリカで何をしてるかわかっている人は、少ない。多分、ほとんどの人が、いまだに親の金で遊んでるとか、トレーニングばかりしてると思ってる人が多いんじゃないかな。ま、みんなに理解してもらいたいってわけじゃないから良いんだけど。ただ、改めて、わかってくれる人がいるのって、嬉しかったりする。

 そして、1月2日に、“帰国”。今年の7月で、ちょうど日本とアメリカでの生活が、半分半分。カリフォルニアは、今の私の “Home”で、いつも旅から戻ってくると 、日常生活の小さなことに、ありがたみを感じたりする…自分のベッド、分厚いバスタオル、アメリカサイズの食洗機など。カリフォルニアに戻って来てから、毎日、チェックリストの項目が、一つ減れば、一つ増えという感じで、あっという間に3週間が過ぎている。 まずは、永住権の更新手続き、車の”Check Engine Light”点灯の原因追求、ヒビが入ったかもしれない歯の点検、新しいタンスの購入と部屋の模様替え、税理士とのミーティングの準備、などなど。そんなバタバタした中で、年始のおみくじが、2回引いて2回とも小吉だったので、落ち着いて、慎重に、新年をスタートしようと心がけている。とりあえず、笑う門には福来たるなので、Keep Smilingで充実した楽しい2018年にするぞ。

 

 

 


“世界の未来を考える? Ⅲ“       ‘18-1-23

2018-01-23 07:28:16 | Massy's Opinion

Massy’s Opinion

・NPP(仮称)日本海貿易協定?問題提起

前回、前々回と「Tpp」だの「一帯一路」についてふれて来た。大西洋は既にアメリカと英国は貿易協定が結ばれている。大雑把な見方だが、残っているのは、「日本海」だ。当面はロシアと中国と韓国が対象になる。北朝鮮は仲間には入れられないだろう。ミサイルの実験場に日本海が使われるのは我が国にとって良いことではない。

昔、僕の同級生のK君が岩手県宮古市の市長を遣っていた事がある。’94年位だったか?或る日「相談に乗ってくれよ」と電話が掛かって来た。財力もあるし、親の代から宮古の名士だ。何だろうと思って次の上京する日を聞いて、会うことにした。彼が僕なんかに相談する用事なんか無いはずだ。と思っていたが、約束をした日に市の企画課課長を同行して会社へ訪ねて来た。「何とかして宮古市の活性化を図りたいが、自動車関連企業の誘致をしようと思うがどうだろう?」福島に大きな工業団地もあり、そんなことも調査済みだったと思う。それから、色々自動車関連企業の話をしたり、「外国の自動車会社は、適当と思われる土地があれば、飛行場なんか直ぐ作ってしまう。むしろ海運の方が重要なファクターに成るだろうな」そんな論議の中で、アメリカに一番海上で近いのは、「宮古だ」と言う話が出た。確かに楕円形の地球の形状から考えると宮古とシアトル辺りが太平洋では近距離かと思う。そう言えば飛行機もヨーロッパに行く時、シベリアン・ルートを飛ぶよね。30年位前の此の時の議論は新鮮だった。

・さて、経済の発展の中では、海運、空輸は絶対的な要素だ。TPPが展開されれば、これ等の重要性はさらに高まる。もう一つ、「一帯一路」は陸路だがヨーロッパからアフリカ周りの海路も大きな重要航路になる。そしてその終点は日本海経由の中国湾岸都市になるだろう。中国の最近の国力上昇振りを見ていると、東アジア友好道路、シルクロード、ヨーロッパ・アフリカ経由日本海経由の一回りは必ず中国が狙う所になるだろう。45年位前に中国へ旅した時に、広州、上海の古い建物、昔の隆盛振りが偲ばれたが、色々話を聞いてみると広州は珠江の深さが深く、10万頓級の船が入れるので貿易が栄えたと聞いた。

 

僕は、20世紀の日本は田中角栄の「列島改造論」が国民を納得させる目標だったと思う。それから日本は高度成長に移り、そして反動に今のデフレ時代に突入した。地方との格差は圧縮出きずに広がるばかり...若し、日本海側に10万トン級の船が3艘位入れる港が3箇所位出来れば、地域の活性化にも繋がるだろう。リニア新幹線よりこの方が急務かもしれない。既に伏木港の周辺は民俗学の学者先生が目を付けるほど中古車の輸出が盛んでパキスタン人や、中東の人々が集まっている。

 ・ウラジヲストックも日本の中古車で一杯だ相だ。勿論、政治的な問題は大きいのは解っている。然し、「自動運転自動車」が商品化され本当に大量に売れる様になれば、下取りとして発生する中古車は「一帯一路」を自走してアフリカへ行くだろう。マスコミは「自働運転車」が今にも出来るような報道ばかりしているが、そう簡単には行くまい。第二段の日本列島改造論が必要だと思う。

今、オリンピックを目標にあらゆる開発が東京に集中している。そして、オリンピック後の不況も予想されている。これ等を防ぐのは大きな列島改造論だと思う。

・もう東京の再開発はストップ。

・マンションは核家族を生み、「親の背を見て子は育つ」環境を無くしている。

・あらゆる規制緩和は過当競争を激化させ、政府の方針と裏腹に人手不足と言いながら低賃金層を生み出して労働組合の替わりを政府がしている

・IT化が進み世界は小さく成っているのに(情報伝達の速度が速い)日本は遅れて行ってしまう。長期的な大きい国家目標が今ほど必要な時代は無いだろう。

・ひと頃産業廃棄物問題が大きく取り上げられて居た時代が在ったが、大気汚染と共に問題は永久の課題として同じに何時までも問題として残る。欧米では此の所、デイーゼルやガソリン車の規制が大きく取り上げられている。電気自動車への移行を急がせる為だ。然し、代替される下取り車の処分については余り話題に成っていない。タクシー会社では、大体一営業所に一台のナンバーを切った車を部品取りのため置いている。部品を取り尽くしたものを業界用語では「ガラ」と読んでいるが、これは何処の国でも町の周辺の山に野積みにされている。′84年僕がハワイへ始めていった時、現地ディーラーに聞いたところ,「解体車は山積みなって困っている。オアフから今月4000台メインランドに船で送る」と聞いた。今京都大学の中古車セミナーでは島嶋国の解体車の産廃問題が大きくなっている。此の対策としては、

・国連何かで引き取り巡回船を回して処分出来る国へ運ぶ。

・運賃は製造メーカーの負担とする。但し、そのメーカーの所得税からその金額を免除する。

・自動車の車台番号はIチップの埋め込みで世界中何処に行っていても、製造メーカーや監督官庁が把握できるように「法改正」をする。

この様な意見は、思いつきであるが、自動車界の変化は目に見えて、確実な訳で自動運転化と同時にそれが生み出す問題の検討が必要であろう。

 P,S

参考文献 「自動車リユースとグローバル市場」 浅妻(北海学園大学)、福田(千葉大学)、戸川(熊本大学)、岡本(富山高等専門学校)共著


“世界の未来を考える?Ⅱ” ‘18-1-16

2018-01-16 07:55:43 | Massy's Opinion

★Massy’s Opinion

・TPP問題

最近すっかりマスコミの話題にも乗らなくなったTPP。英語でTrans-Pacific Partnership。太平洋地域の経済の自由化を目的とした多角的な経済連携協定である。甘利さんが大臣の時には、毎日、新聞紙面を賑わせて居た問題である。最後の段階では、オバマ大統領が来日して、安部総理との寿司や会談で自動車の問題が出され、新聞記事によればも「日本にもっと左ハンドルの車を走らせろ」「外車はベンツやBMWばかりじゃないか...」と安部さんに要求したとか...これに対して安部さんは「ドイツは右ハンドルにしている...アメリカは右ハンドル車を造る努力をしないではないか...」と応えて、それ以上の議論には成らないまま今日に至っている。僕は、「TPP」問題の最後は自動車問題になるなと思っていた。そして、此処で、「ハンドル論議が出ればいいな...」と思っていたが余り深い議論にはならなかった。ベンツやBMW等の所謂外車は一般的に「電気周りが弱い」と言う評判があったが、日本に輸出する車には電装品はボッシュからデンソー製品に変わり、ミッションは極東向けには「Jatco」製のミッションを使っていたのである。道路運送車両法も左ハンドルも登録できるように改正されている。日本は輸入車の関税は、既にゼロ。アメリカに輸出すると関税が掛けられると言う不公平さは両首脳は余り詳しくご存知無いようなマスコミ報道ばかりであった。トランプ大統領になって、アメリカフアーストになり、TPP脱退と言うことで、残り11ヶ国でTPPを進めることに成っているが、全然進んだ議論には成っていない様だ。僕は、地球全体を考えると大きな括りで統一出来る物は統一して大きな経済圏の中で人々の暮らしを豊かにしていく方がいいのではないか?と考えている。もう資本主義も20世紀初めの頃のように民主主義だ、共産主義だ社会民主主義だと言う議論は、全て資本主義で、運営の仕方が、「一党独裁か民主主義的運営か?と言う様な議論」に成る方が良いように思っている。関税があると現在の自動車のよう「現地生産が増えてしまい、国内は空洞化してしまう」と思う。勿論、一気にやるというのではなく将来の目標として「在り方」の考えだ。トランプ大統領は何故あんな事を言っているのか?解らない。確かにアメリカの中にはラステイタウンと呼ばれる様な寂れた地域も広がりトランプさんがあれだけの票を集める様な格差社会化になっている事はあるようだが世界一の大国としての役割も考えて欲しい。これだけIT化が進んで行くと正に「World is growing smaller」僕が中学一年(70年前)の時に、英語の教科書「Jack & Betty」に出ていたフレーズだ。

・「一帯一路」(=OneBelt,One Road)

此の事については、既に‘15-12-8 ”最近の世界を見渡すと“のブログに書いてある。早いものであれから丸々2年が過ぎてしまった。この間アメリカの大統領選挙、北朝鮮の核兵器の問題等、国内では森友、加計問題、東京都築地移転問題、これに加えて、小池さん、前原さんの判断ミスで、野党解体、社民党は党首立候補者が居ないと言う酷い野党の弱体化である。反面、2年前に比べれば「一帯一路」も極当たり前にマスコミにも載せられて来る様になった。しかし中国の動きを見れば、着実に方向は動いていると思われる。トランプさんにも困った物だが、日本の中にもっと此の問題の日本に対する影響を考えられても良いと思う。「一路」は必ず「右側通行」になる筈だ。此の影響は今日本の中古車のマーケットとしているアフリカ、ロシアにも影響が出てくる筈だ。中国は、’80年代に通行区分を「左側通行から右側通行」へ変更している。僕が中古車の輸出ルートを開拓するべく東京の在日大使館を中心に販売活動を展開し中国大使館を通じ、セドリックの中古車を受注し収めることになった。ディーラーが扱うのだからと「所謂ピンピンの2年物」の走行30000キロの車を納車したら、メーターを70000キロにしてくれと言うので驚いた。やむを得ずメーターを要望通りにしたが、理由は「関税」が安くなると言うことであった。やっと輸出の窓口を見つけたら「通行区分が右側通行に変わるから以降は左ハンドルでなければ輸入禁止だ」となってしまった。

その後、’97年頃中国へLPG車の講習に呼ばれ、北京、上海、広州、福州、深圳、香港と回ってきたが、左ハンドル率は北京90%、上海80%、広州60%、福州40%、深圳50%香港は90%が右ハンドルと言う感じだった。「何故、こんなに短い期間で早くハンドルが変えられるのか?」と人に聞いたり随分と考えたが、その頃、中国は車の個人所有は無く、公司所有の為、政府中心に近い所、地域から変更が行われた様である。現在でも香港は右ハンドルが70%位は在ると思う。メインランドと香港の間は、深圳の料金所で車線が変更になり両地域を行き交う車は2枚のナンバープレートが付いて居る筈である。当然、「一帯一路」は「右側通行」になる筈である。自動運転自動車化が進めば此の通行区分は実際大量生産化時には、コスト面から大きな問題になる筈だ。「一帯一路」の展開に十分な注意、調査が必要だ。 


“世界の未来を考える?Ⅰ” ‘18-1-9

2018-01-09 07:43:59 | Massy's Opinion

Massy’s Opinion

・混迷する世界情勢

いもので,アメリカの大統領がトランプさんに替わってから、もう一年が過ぎてしまった。昨年を振り返ると、毎日トランプさんのtwitterに振り回されているようだ。イギリスのEU脱退、イスラエルのエルサレム問題、中東の火種、遂にはドイツまでメルケルさんの体制まで揺らいで来た様だ。我が国は安部体制で落ち着いているようだが、外見だけで内閣政府の人事を見ても、末期的、組織崩壊の前兆を感じる。安部さんの加計、森友問題の説明、言っている事と中身は全然違う。又、企業内部では殆どの基幹産業でデーターの改竄問題が起こっているが、僕自身全く想像外の企業まで、「売り上げ競争」と「忖度」が行き過ぎて仕舞ったのだろう。毎日、企業の幹部が揃って頭を下げるテレビを良く見かけるが、頭を下げている連中は、心から謝っていないだろう。大体、3人並んで謝るケースが多いが、あれがそもそもトップが責任を取らないことの表れだ。当然、謝罪事件には、事後の人事処理が伴う、従って、担当役員に責任を取らせるか、「まあ、取り敢えず、早く謝らなくては...」と言う様な感じの心理状態で、謝罪会見の臨むのだろう。自動車界を中心に目を置いて居たが、次から次えと謝罪事件が多く、今年はこれ等の解決に該当国、企業が如何立ち向かうかが関心事だ。取り敢えずは、北朝鮮とアメリカの問題だ。北朝鮮は、今年一年は持たないだろう。

・話題を変えて

昨日、北海学園大学の浅妻教授から「自動車リユースとグローバル市場」サブタイトル中古車・中古部品の国際流通と題する本が送られてきた。これは千葉大の福田教授、熊本大学の外川教授、富山高等専門学校の岡本勝規准教授の共著になるものだが、非常によく調査をされて詳細に此のリユースの問題を纏められている。僕が此のブログを書き始めたのは「自動車販売は中古車をシッカリとマネージメントしなければ利益は出ない」と言う信念の基に1980年代から取り組んでいた問題を書き留めておきたからであった。ブログの読者にはそんな期待はしていなかった。処が、熊本大学の外川先生からご連絡があり、家へ来たいとと言われて驚いた。否と言う訳はない、日取りを決めて待っていると同行されたのが、北海学園大学の浅妻先生だった。あれから何年経つのだろう?勿論、その間でお付き合いが無かったのではない。京大塩地先生のゼミを通じて、お会いしたり、浅妻先生が家へ来られたり福田先生も家へ来られたり、住商のA-Beam設立時のコアーの人達が尋ねて来られたり、僕の知らないアカデミックな先生方の取り組みを知ることが出来たのである。要するに「学者さんの世界」を知ることが出来たのである。勿論、次の質問に答えられるように準備をしたり、整理をしたり、幸いに40年位前に面倒を見た留学生が皆立派に社会人として活躍しているので、リアルタイムで他国の情報は聞ける。しかも、通信機器はどんどん進んで行く。今回、贈って頂いた本の中にも「通行区分」だの「左ハンドル」「右ハンドル」の文字が散見されるが、嬉しい限りである。僕は、TPP,一帯一路、問題を非常に重要に考えている。勿論、他の問題も大事なことは百も承知であるが、20世紀の繁栄は自動車工業が中心で牽引車の役割をしていたと思う。しかし国内の自動車需要は頭打ち、もし、自動運転自動車が成功したとしてもその時、代替される中古車は発展途上国に輸出するしかない。その時日本の自動車メーカーは「中古車の流通を考えた車造りが」必要だと思う。そして、世界に共通な自動車の基準造りが必要だ。ある新聞で国連の委員会が「運転自動化の基準つくり」に手を付けると言う記事を目にした。何れこの様な時代が来るだろう。その時に此の「本」は貴重な教科書になると思う。此の世界の流通事情を是非総理以下監督官庁に知って貰いたいものである。

 

 

 

 

 


“Diary 132 ” ‘18-1-2

2018-01-02 07:58:52 | Massy's Opinion

★Massy’sOpinion

明けましておめでとう御座います。もう、此のブログも15年近く成りました。ご愛読厚く感謝しております。少しでも皆様のお役に立てばと思いつつ私見を書いています。Megumiの協力も大きな力です。ご質問、ご意見遠慮なくお聞かせ下さい。何と言っても此処まで続けられるのはブログ仲間上野克二さんの刺激でした。今年、将来の見える年になることと皆様の幸せを祈りつつ...

 12・1三軒茶屋アスター昼食会

ヤンゴンへ行っているMr&Mrs,Ye Tun君夫妻が休暇と業務で少し長めの帰京をした。久しぶりの帰京で入社時お世話に成った「Y氏と昼食をしたい」と言うので、日取りはこの日だけと言うので、豊川さんのお参りを止めて、三軒茶屋のアスターで昼食会。久しぶりに下北沢からバスで三茶へ行く。周辺が賑やかに変わっているので驚いた。昼食は、皆、飲まないし食べるだけ、話題は、Tun君のヤンゴン便り。新聞、テレビで見ているミヤンマー情勢とは大分違う。生活は生まれ故郷だし、優雅に暮らしているようだ。兎に角、政権が変わって景気は良い様だ。

12・3カントリーハウス 野原さんパーテイー

野原さんのプロデビュー3回目のパーテイー。顔なじみの連中だが、カントリーも良いよね。僕には、成蹊時代の親友滝君のイメージがあるし、1人で行ったが21世紀の会のS氏が女性を2人連れてきて居たので、ツーステージ仲間に入れて貰った。野原さんの動員力大したもの...クラブKの市川さんも来ていたし、楽しかった。カントリーは昔を思い出すよね...

12・12シーボニア会と八丁堀理事会

会合がダブってしまい、シーボニアが終わると、30分遅れで理事会へ、年末最後だし如何しても顔だけは出して置かないと...然したる議事も無かったが、一年中お疲れ様でした。

12・15六球会 優勝祝賀会 於 暫亭

詳細は既に先月のブログにアップしてある。本当に楽しい会だった。

12・20 平田会忘年会 於 新橋かおりひめ

新橋銀座口直ぐ前の香川県のアンテナ・ショップ2階あんな店があるの知らなかった。長崎県の事務所には、「吉宗」が入っている。長野県の観光協会にはそばや「真田屋」が入っている。此の会もゴルフの会だが、女性が入るので面白い。主にゼネコンOBが多いがもう15年も続いている。今流行のコース料理と飲み放題で6000円若い人が多かったが、大箱が満席。今年のゴルフを振り返っての反省会。女性が回数も多く、成績も良かったようだ。男性組みは殆ど70歳を超えて皆飛距離の悩みにぶっかって居る。

12・22 Megu 帰宅

Megumi恒例の帰国。相変わらずキチンとしたスケジュール通り。在日中の行動もキチンとプランを組んで、練習量も半端ではない。何よりも健康が何より...

12・27 挨拶まわり

5年前から帰国中の一日は。お客様にお礼のご挨拶周りに同行させている。もう道順も覚えているし、対応もまあ、まあ只、交渉事は未だ十分には出来ないだろう。銀行は担当者が6歳から10数年在米、慶応のNewYork校から大学の総合職、megumiと2人ともアメリカが良いと言う意見。トモズの社長は大学時代陸上部マラソンの経験一度、I部長もマラソンランナー、次の地下鉄サービスはH部長バイク、ゴルフ好きバイクは可なり専門的でギアーの話とかで大弾み。T課長は浜田山在住、我が家の近所で遊んでいた。妹さんがmeguの同級生。全くの縁に恵まれて、一安心。

12・28 相撲問題

さて、最近の事件やいろいろな話を聞いているとガバメント能力とマスコミの程度の低さが本当に目に付く。相撲協会の貴乃花に対する処分問題。どうも冷静に考えると一番悪いのは横綱白鵬だと思う。彼が、最高級順位者として先ず止めて、親方、協会に報告するべきで診断書の正確さの問題、警察の処理の仕方、協会の会議や運営の仕方皆お粗末。今年一年間のどれだけ企業トップが頭を下げたか?世論を作り上げるマスコミの程度の低さ、「企業はトップの人格を越えて伸びない」と言う格言があったが、僕も今年一年色んな会議に出たりさせて貰ったが、歴史に対する勉強不足、特に各段階の指導層にこの事を感じる。

12・31無事一年を終えて...

身近な僕より年の若い人が亡くなるのが、一番応える。大体、75歳過ぎの人には、「今年ゴルフを何ラウンドしましたか?」ときいて見る。そして自分のラウンド数と比べてみる。因みに僕は、2.5ラウンド。医者に掛かった回数はサラッと聞き流す...兎に角、大過なく過せて感謝である。

 P,S 貴乃花に対する処遇をみて

・大体、何処の学校、会社、等人の集まる所では、同期会、同窓会等の飲み会が在るのは当たり前。

・飲みすぎて、盛り上がって、衝突が起こるのも間々あること。

・一番リダー格の人間が白鵬なら、「場」見て止めに入るべき...

・事件が起こったら、巡業部長に白鵬が報告をして、巡業部長が協会執行部、又は理事長に報告するべき...

・傷害の程度が大きいなら病院に行き、診断書を取り、警察に傷害事件とする旨、親方又は巡業部長として、貴乃花は行動するべき。

・僕は、横綱の地位の役割を普段から人格、識見共に明確に理事長は指導しなければいけない。横綱審議委員会の役割もこの際シッカリと執行部の諮問機関とするべき。執行権限は無し。マスコミのスタンスも早く報道することに終始してばかりいる。

・責任ある人が謝罪をする場面をテレビで良く見るが、何か白々しい。僕は小学校6年のとき、井の頭のプールで詰まらない事から、喧嘩になり所謂「そうゴロ」になり相手の「石や一家」(吉祥寺近辺を仕切っていたテキヤ)にこてんこてんに殴られて、最後に「土下座して謝れ」と言われて、如何しても土下座出来ず、一層に殴られたことがある。最後に遂に土下座した。あの時の悔しさは、未だによく覚えている。数々の不祥事の責任者の方、土下座して謝って欲しい。