東海道と言えば、五十三次の江戸時代、箱根の石畳を歩くと、1間(両手を広げた程度)の道幅です。平地では、1〜3間?(宿場では、広かったようです。)
800年前の鎌倉時代に鎌倉街道が作られましたが、1~2間程度のもので、中道は3.3m(2間)の遺構も有る。す。
鎌倉の出入りは、峠を切り崩して道を造った切通しと呼ばれる細い道を通ります。
切り通した場所は七つ有り、七口と呼ばれるが、これは水戸黄門が鎌倉見物の際書き記したモノの様で、実際はその他に数カ所の切通しが存在すると言われています。
一番自然な形で残されたのが、大仏の切通し。
観光用に見栄えがあるのは、整備された朝比奈切通し。
観光客に路面を削られたのは、化粧坂。
数十年前にバイクで登った私も責めを負いますが、、、今では通行禁止だけでなく、物理的に上れない程荒れた。
紫陽花を見たいなら、名月院よりも、、名越の切通し。でも、今は整備されて紫陽花は引き抜かれた模様です。(この文は2014.10修正)
江ノ電に乗りたいなら、極楽寺坂。
北鎌倉から、八幡様に行くときは巨福呂(小袋)坂がパターンです。
北鎌倉から亀返し坂を通り銭洗い弁天は、落ち着いた雰囲気です。
取りあえず、、、一般的な鎌倉の観光コース解説です。
この中で、鎌倉時代に造られた切通しのオリジナルな状態が残ると考えられるのは、大仏切り通しの藤沢側の部分と朝比奈峠の大半。
(江戸時代に補修されている石碑が在るが、新田義貞の鎌倉攻めのバリケードを切り崩した工事と考えられる。)