村の舟大工は、スライという名前だった。二十代から三十代に入る間の年だ。男の親が舟大工だったので、それを頼って教えてもらったのだ。このように、母親を離れて、自分の父だということがわかっている男についていく子供もあった。
遺伝という概念は当時にもあった。生まれてくる子供は母親によく似ていたが、父にも実によく似ていた。スライは、一目で誰の子かとわかる子供だったのだ。幼い頃から舟ばかり見ていた。自分の師匠だった父親には、確かに深い血のつながりを感じていた。一心に父を慕い、そのやっていることを全部真似して、舟の作り方を覚えたのだ。
その父がアルカラに行ってから、村の舟大工の頭はスライになった。村で使う舟はみな、スライが作っていた。
アシメックがスライの天幕を訪ねると、スライは天幕の外に寝かした舟に、油を塗っているところだった。古い舟を補修しているらしい。油は鹿の油だった。それを湯で溶かしたものを、丁寧に舟に塗っていくのだ。そうすれば舟が沈みにくくなる。
「精が出るな」とアシメックはスライに声をかけた。
舟づくりに集中していたスライは、多少驚いた表情で、アシメックを振り向いた。だがその目はすぐに歓迎の表情になった。
「ああ、明日までにもう一つ塗り終えたいのだ。もうすぐ稲刈りだからな」
「何か手伝うことはあるか」
「そうだな。ではそっちの舟に、カシワナカの目を描いてくれないか」
そういうとスライは、少し奥の方にある、もう一つの舟を指さした。アシメックがその舟を見ると、舟の舳先に描いてあるカシワナカの目が、少し薄くなっていた。