しかし、ケセン川の向こうにすむヤルスベ族に、このカシワナカの話をすると、いつも奇妙な顔をされた。彼らを創った神は、全然違う別の神だというのだ。アシメックにはそれが不思議だった。カシワナカのほかに神がいるなどとは思えなかった。彼らは一体どういう人間なのだろう。ヤルスベ族を創ったという神の名前を聞いたことはあるが、なんだかそれはとてもいやなもののような気がして、アシメックは聞くたびにすぐに忘れてしまった。
彼らには彼らの流儀がある。真実というのはきっと深いのだ。何かが違う形で、彼らには流れてきているのだろう。そんなことをおぼろげに考えていた。とにかくアシメックにとっては、すばらしい神はカシワナカ以外にいなかった。
アシメックがカシワナカの目を九分通り仕上げたころだった。背後で突然スライが声をあげた。
「このどろぼう!」
おどろいて振り向くと、スライは油を塗る筆を振りながら作業場を走っていた。
「どうした」と言ってアシメックも立ち上がった。スライは作業場を走り出て誰かを追っていったようだ。アシメックもあとを追ったが、すぐにスライを見失った。彼はもう一度叫んだ。
「スライ、どうした!」