カシワナカの目というのは、鷲の目を図案化した記号のようなものだった。船の舳先には必ず描かれた。薪の炭で、器用に描かれる。その上を油で塗れば、水に濡れても落ちにくい。この文様を見れば、水にすんでいる魔物が恐れおののいてはなれていくといわれていた。昔から、舟の難というのも多かったのだ。水の上で作業をする人間の不安を抑えるためにも、そういうまじないは必要だった。
「ああ、わかったとも。炭はこれだな」
アシメックは快く引き受けた。舟の傍らにある小さな土器の皿の上に置いてあった、炭のかけらを手にとり、舟の舳先のカシワナカの目を丁寧になぞり始めた。
手仕事というのは麗しい、とアシメックは思う。みんながまじめに仕事をして、村が常によいことになっていくことが、アシメックは嬉しいのだ。舟にカシワナカの目を描きながら、アシメックはハルトのことを思い出した。あれは、この稲舟をあやつるのがうまかった。あれが乗って漕げば、それはすいすいと、まるで鳥のように舟が水の上を進んでいったものだ。
そう思うと、少し涙が目ににじんだ。あれはもう、アルカラでじっくりと休んでいることだろう。カシワナ族の神話では、死者の魂はアルカラという天国にしばらくの間住み、十分に魂の勉強をしてから、またカシワナ族の子供として生まれてくる。ならばきっと、いつかハルトもこの村に生まれてきてくれるだろう。そのときにはまた、軽やかに舟を操る男になるだろう。
アシメックは、消えかけた文様の縁を丁寧になぞり、濃くはっきりとそれを描きなおした。カシワナカの大きな目は迫力があり、見るだけで魔物が逃げるということもわかる気がした。