エリザベッタ・シラーニ、17世紀イタリア、バロック、女流。
偉そうな男を妙齢の女性が井戸に突き落としている。女性としては溜飲が下がるものがあろう。画題は古代史のエピソードに由来している。マケドニア王アレクサンドロスがテーバイとの戦いに勝利した折、ある配下の武将がテーバイの貴婦人ティモクレアの家に押し入って凌辱を働いた。武将が金目の物を出せと脅すと、ティモクレアは井戸の中に隠したという。武将が井戸を覗くと、ティモクレアはすかさず武将を井戸に突き落として殺した。彼女は捕えられたが、その勇気と知恵に感銘を受けたアレクサンドロスは、彼女を解放したという。
エリザベッタ・シラーニは、美貌と才能で当時非常に人気のあった画家だった。だがその人気に気をよくした父親が、彼女の制作に偉そうに口を出し始めたので、それに対する反発心からこの絵が描かれたのだという。男というものはいつでも、女を意のままに支配したがる。だが女はそれを嫌がる。自分も一個の確かな人間であることを、認めて欲しいのだ。だが男社会はそれを決して認めようとはしない。エリザベッタはすばらしい絵をたくさん残したが、若干27歳で急死した。病死だったそうだが、彼女のような才と美に恵まれた女性の存在を、当時の社会が拒否したという現象でもあろう。