世界はキラキラおもちゃ箱・2

わたしはてんこ。少々自閉傾向のある詩人です。わたしの仕事は、神様が世界中に隠した、キラキラおもちゃを探すこと。

季節の花・前書き

2015-07-21 04:27:10 | 画集・ウェヌスたちよ


この色つきの切り絵シリーズは、かのじょが生きていた頃、唯一原稿料をもらった仕事である。地元の新聞の月一のコラムに絵を描いてもらえないかと言われて書いたものだ。2005年の4月から、翌年の3月まで、小さな詩を添えて、かのじょは美しい絵を12枚描いた。

第3館のフォトチャンネルにこのシリーズの絵を収めてあるが、今回は、新聞に発表したかのじょの詩作品とともに紹介する。

絵も美しいが、それに添えられた小さな詩もまた美しいので、月夜の考古学にいれようと思ったが、絵が主だったシリーズだったので、ウェヌスに入れることにする。これらを見ると、かのじょがボッティチェリに影響を受けていることが明瞭にわかるね。サンドロは萩尾の次のかのじょの師だ。

明日から一枚ずつ発表していく。明日は4月・サクラである。灰色の忍耐の日々の中で、唯一明るい出来事だったと言っていい、かのじょの仕事だ。楽しんでくれたまえ。





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分裂するティツィアーノ

2015-07-20 04:32:33 | アートの小箱

「聖愛と俗愛」



「聖愛と俗愛」から「聖愛」



「聖愛と俗愛」から「俗愛」



「イサベル皇后の肖像」



「洗礼者ヨハネ」



「貢の銭」


ティツィアーノ・ヴェチェリオは分裂している。
彼の人生は天使と馬鹿の霊が二重支配している。よってその作品は、本霊である天使が描いたものと、その人生を横から奪って支配している馬鹿が描いたものの、二つに分類されてしまう。その境界はかなりあいまいだが。

よく見て感じてみたまえ。同じ画家が描いたとは思えないものがあるだろう。特にイエスの顔を描いた絵などは、まったくイエスに見えない。まるでわいろをとる宗教家のようだ。ティツィアーノにはイエスの顔がなかなか描けなかったのだ。イエスの運命があまりに惨すぎたからだ。だから彼の作品の中のイエスは、ほとんど馬鹿が描いていると言っていい。

「聖愛と俗愛」は、彼のそういう二重性を端的に表している。

ティツィアーノは肖像画や神話画などにはすばらしい作品があるが、宗教画にはほとんど見るべき作品がない。それは彼にとりついて彼の人生を奪っている馬鹿が描いているからだ。



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ミスジチョウ

2015-07-19 04:08:30 | 生命

弱いものがやってくる
おまえのもとに
たすけてと言ってくる

こんなことになりました
こんなことになりました
あんなことをしたからです
あんなことをしたからです

たすけてください
よわいから
たすけてください

弱いものが
おまえのもとにやってくる
たすけてと やってくる
だが けして
たすけることはできない
なぜなら
それはそのものが
やったことだからだ



(2008年頃、虫文字)




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アルレッキーナと赤ちゃん

2015-07-18 04:08:22 | ちこりの花束

ちこりパンフレットの表紙イラスト。
制作年不明。




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影の物語・4

2015-07-17 04:13:37 | 月夜の考古学・本館

「なんてこと! この王様は、人形だわ!」
 姫様は思わず叫びました。
「その通り。いくらあたしでも、一人でたくさんの人間になることはできないからねえ。ほかのやつは、こうして、蝋人形で代用するのさ」
 こうして、魔女の計画は、着々と進んで行きました。ふた月もたつと、城の人間は、ほとんどすべてが人形になってしまいました。魔女は、その人形を魔法であやつり、自分に奉仕させました。あの愛国心に燃えていた大臣も、今や、魔女のぜいたくざんまいのために、平気で高い税を取る残酷な地主になりました。王様などは、もう魔女の奴隷同然でした。
 このままでは、この国は、魔女に支配されてしまいます。そしてそれは、何もかも、姫様の軽率な願いが原因なのです。でも、影になった姫様にはどうすることもできません。
「影になるがいい。みんな、影になるがいい。影になれば、どんな苦しみからも解き放たれる。何もかもを忘れることができる。そう、忘却こそ、永遠の安らぎ。さあ、人間よ、来たれ! 来てわたしの足元にひれふすがいい」
 魔女の魔法は、じわじわと、水が染み込むように、広がっていきました。ひとり、またひとり、人形にすりかわり、そして、国中のだれも、それに気がつきませんでした。やがて、姫様自身も、次第に、自分が姫様であるということを、忘れていきました。長い間、影として魔女の動作のまねをしているうちに、だんだんと、本物の影に近づいていったのです。それでも、時々ふと、姫様は自分のことを思い出すことがありました。
「なあに? わたしは、今まで何をしていたの?」
「おや、まだ死んでなかったのかい」
 魔女が言いました。姫様はぞっとしました。
「いやよ! わたしは影じゃないわ!」
「早く楽におなり。誰も助けにきやしないんだから」
「あ、あんたのたくらみなんか、長つづきしないわ。きっと、だれかが、あんたをやっつけにくるわ」
「ほっほっほ、そりゃあ楽しみだねえ。で、だれがくるんだい」
「それは…」
 姫様は言葉につまりました。将軍も、近衛兵も、今ではみんな魔女の操り人形でした。
「でも、きっと、だれか、だれかがいるはずよ」
「だれもいないよ。人間なんてみんなおんなじさ。自分のことしか考えてないのさ」
「ちがうわ! ちがうわ!」
 姫様は、必死に大声でわめきました。そうしないと、今にも深い眠りにおちいって、二度とめざめられなくなるのではないかという気がしていました。
「ちがうわ! 少なくとも、あの子だけは!」
「あの子?」
 はっと、姫様は、息を飲み込みました。頭の奥で何かが、ちんと弾けたような気がしました。あの子…? あの子ってだれだろう?
 そのとき、魔女の表情が青ざめました。姫様は、必死に考えこんで、何かを思い出そうとしています。魔女はあわてて、呪文を唱え始めました。だが、一瞬早く、姫様は叫んでいました。
「ダニー!」
 そう言ったとたん、姫様の脳裏になつかしい少年の顔が浮かびました。ああ、なんで今の今まで忘れていたのでしょう。自分のことをあんなに心配して、しかも、命がけで助けてくれようとしていた少年のことを。あのとき、彼の言葉に素直に従っていれば、こんなことにはならなかったろうに…。
「ダニー、ああ、ダニー」
 姫様の口から、おえつがもれました。涙がとめどなく溢れ出て、姫様の固く縮んでいた心に染みとおりました。
「わかったわ、今、わかったわ、わたし、ほんとは、王様のことなんてちっとも好きじゃなかった。美しさに目がくらんでいただけ。だれにもきらわれたくなかっただけ。ダニー、助けて。できることなら、もとのわたしにもどりたい。もどって、何もかも、初めからやり直したい…」
「ええい、おだまり!」
 魔女が、ぶるぶると震えながら、影を踏みつけました。そのときでした。どこからか、なつかしい声が聞こえてきました。
「グーリーシーア!」
「ダニー! ダニーだわ!」
 まちがいなく、それはダニーの声でした。瞬間、魔女が弾けるように窓にとびつきました。窓の向こうに、石になった足を引きずりながら、必死に城の中を歩いている少年の姿が見えました。魔女の顔がこわばりました。
「何てことだ! あの体で、ここまで来るなんて! …近衛兵!近衛兵!」
 魔女は、近衛兵を呼んで、ダニーを捕らえさせようとしました。ですが、いつもなら、魔女が一声呼べばすぐに現れるはずなのに、どうしたことか、誰も答える気配がありません。
「何をしてるんだ! 役立たずめ!」
 怒った魔女が、蹴破るようにドアを開けると、廊下に、近衛兵の人形が倒れていました。魔女はぎろりと影をにらみました。姫様もにらみかえしました。今までなら、魔女ににらまれたら、姫様はへなへなと気力がしぼんでしまったでしょう。でも、ダニーが助けにきてくれたというだけで、姫様にも、少しでもこの魔女と戦ってやろうという勇気が芽生えてきたのです。そして、それこそ、魔女が一番恐れていたことでした。さきほどから、姫様が自分の本当の気持ちに気がついてしまったために、魔法がだんだん効かなくなってきたのです。魔女の魔法は、自分を失った人間にしか、効かないのです。
 そうしているうちに、見る間に、魔女の顔が灰色になってきました。白い手がしぼみ、骨と皮だけの老人の手になり、右目が黄色く濁り始めました。
「あああ、くせ者!くせ者じゃあ、だれか! だれかああ!」
 魔女は、叫びながら城中を走り回りました。でも、だれもこたえませんでした。魔女の魔法が消えかけている今、魔女の命令をきくものは、もう城にはだれもいませんでした。そして中庭に走り出たとき、魔女はもう、ほとんどもとの姿に戻っていました。
「やっと会えたな」
 りんとした少年の声が、あたりにひびきました。見ると、つるばらのアーチの下に、銀色のナイフを手に持った少年が立っていました。その両足は、灰色の石になっていました。彼の着ている服は、あちこちがすりきれ、破れ、血がにじんでいました。ダニーは、重い足をひきずって、何度も倒れながら、ふた月かかってようやく城についたのでした。
「魔女め、覚悟しろ」
 少年の腕が瞬時に動き、銀のナイフが魔女のほおをかすりました。
「いた!」
 声をあげたのは魔女ではなく、姫様でした。瞬間、ダニーの顔色が変わりました。魔女がたからかに笑いました。
「どうだ! 手が出せまい。いいかい、あんたのお姫様は、今は、あたしの影なんだ。あたしが死んだら、影も死ぬ。つまり、お姫様も死ぬってことさ!」
 ダニーのナイフを握った手が震えていました。姫様は、たまらず、叫びました。
「ダニー、わたしはもういいの! 自業自得ですもの! お願いお城のみんなを助けて」
 そのとき、一陣の風が中庭を吹きわたりました。魔女の黒い影の中で何かがゆらめきました。それは、姫様の長い黒髪でした。ダニーが叫びました。
「グリシア、立て!」
「え?」
「君はもう影じゃない! 立てるんだ。立ち上がれるんだ!」
 そのとき、魔女が、狂ったような金切り声をあげ、ダニーに飛び掛かりました。そして、魔女の足と、影が離れたまさにその一瞬、まるで本のページがぱらりとめくりあがるように、いつの間にか、姫様は立っていました。ちりちりの黒髪と、そばかす顔の、愛らしい、もとのグリシア姫でした。ダニーの放ったナイフは、飛び掛かってきた魔女の左目をつらぬきました。
 ぎゃああああ!
 耳を貫く悲鳴と腐った臭いのする煙を残して、魔女はあとかたもなく消えてしまいました。
「ダニー!」
「グリシア! 無事だったかい!」
 ダニーが姫様にかけより、二人は抱き合いました。いつの間にか、足は元に戻っていました。姫様は、喜びのあまり、泣きながら、言いました。
「ああ、ダニー、わたし、馬鹿な子だったわ。あなたが助けに来てくれなかったら、今頃どうなってたか…」
「馬鹿なもんか。君が本当の馬鹿だったら、だれもあの魔女に勝つことはできなかったさ。魔女をやっつけたのはおれじゃない、君なんだよ。君が、君自身に、勝ったんだ」
 ダニーが耳元でやさしくささやきました。
 やがて、城のあちこちで、人々のざわめきが起こり始めました。魔女に影にされていた人たちが、目覚め始めたのです。もっとも、中には影のまま目覚めない人もいました。王様もそうでした。彼のように、あまり多く悩んだことのない人間には、影も人間も、そう変わりはなかったのです。

★★★
 さて、それから、ダニーとグリシア姫がどうなったかといいますと…。
 まあ、おとぎ話ばかり読んでいる人は、たいてい、この後、いなくなった王様のかわりに救国の英雄たるダニーが王様になった、そして姫様と幸せに暮らした、と思うでしょう。それがファンタジーの定石というものです。でも、彼らはちょっと違いました。
 城のみんなが目覚めたころ、二人はひそかに城を抜けだしました。そして、町外れにある小さな風車小屋に向かいました。ダニーは粉ひき職人だったのです。その風車小屋で、ふたりは長いこと一緒に暮らしました。グリシアは、王妃の位をあっさり捨てて、粉ひき職人のおかみさんになったのです。(次の王様には、前の王様のいとこだという人がなりました。)
 そして、時々、つまらない失敗やけんかをやりはしましたが、まあ、おおむね、ふたりは幸せな一生を送りました、…とさ。

(おわり)



(1988年個人誌ここり3号所収)




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影の物語・3

2015-07-16 04:10:32 | 月夜の考古学・本館

「だめだ! グリシア!」
 姫様は思わず振り向きました。森の中を走ってくるダニーの姿が、おぼろげに見えました。ダニーは、姫様のことが心配で、こっそりとあとをつけてきたのでした。
「そいつは悪い魔女だ! 君に取りつこうとしてるんだ! 願い事を言うな! 言えば…!」
「ええい、このこぞうめ!」
 魔女は、ばさりとマントを打って両手を振り上げると、奇妙な呪文を一声叫びました。とたんに、ダニーの重い悲鳴が聞こえ、少年は立ち尽くしたまま動かなくなりました。魔女の魔法が、ダニーの足を石にしてしまったのです。でもダニーはあきらめませんでした。ふところのナイフを、ありったけ、魔女めがけて投げつけてきました。でも、ナイフは魔女に当たる前に、みんな小さな青い蛾になって飛んで行きました。
「さあ、王妃様、なんなりとお申し付けくださいませ」
 ダニーのナイフがなくなると、老婆は再び、姫様に向かって言いました。半分魔女の術にかかっていた姫様の頭の中で、はえがぶんぶんとうなっていました。姫様には、もう何が何だかわけがわかりませんでした。
「グリシア! やめるんだ!」
 後ろで泣きそうになりながら叫んでいるダニーの声も、姫様には聞こえませんでした。
「わたし、影になりたいの」
 そう言ったとたん、森が、ぶうん! と、うなりました。
「うおっほほほほ! お安いごようでございます!」
 魔女は勝ち誇ったように高らかに笑うと、するりと闇の中に姿を消しました。一瞬の、凍った沈黙のあと、どこからか、魔女の唱える奇妙な呪文が聞こえてきました。姫様の頭の奥で、何かがみしり、と割れたような音がしました。次の瞬間、姫様はゆっくりと、その場にくずおれました。

★★
 次の朝、王様は、召し使いに髪をすかせながら、ぼんやりと、今日はどうして退屈をまぎらわせようか、と考えていました。
(もう舞踏も水遊びもあきたな。何かおもしろいことはないものか…)
 そのとき、召し使いの一人が、いそいそと部屋に入ってきて、王妃様がおいでです、と告げました。王様は、ああ、またか、とでもいいたげに、首を左右にふってため息をつきました。
「王様、ご機嫌はいかが?」
 すいと、優雅なきぬずれの音をさせて、王妃様が現れました。その姿を見て、王様は目を見張りました。
 そこにいるのは、確かに王妃様でした。顔つきにどこか面影があります。でも、目の前にいる王妃様は、どう見ても十三歳の子供ではなく、十七か八の、美しい娘だったのです。ちりちりの黒髪も、いつのまにかつややかな巻き毛にかわり、そばかすは消え、透きとおるような白い肌に、とび色の目が濡れた宝石のように輝いています。いったい、これはどういうことなのでしょう?
「そなた、わたしの妃か?」
 驚きのあまり、王様はその場に立ちつくして言いました。すると、姫様は真珠のような歯をほころばせて、くすくすと笑いました。
「いやですわ。お忘れになったの?」
「いいや、まさか、そなたのように美しい女を、わたしが忘れるものか」
 王様は、吸い込まれるように姫様に歩み寄ると、その手をとりました。かつて、姫様が王様を一目で好きになったように、王様も、今、この姫様に一目で心を奪われてしまったのでした。
 それからというもの、王様は、一時も、姫様なしではいられなくなりました。朝に夕に、姫様の後を追い回し、食事も喉を通らないありさまでした。
 姫様に心を奪われたのは、王様だけではありませんでした。大臣も、近衛兵も、門番の衛兵も、城に出入りする商人でさえ、一目でも姫様を見たものは、まるで魂をなくしたように、姫様のとりこになるのでした。侍女や踊り子たちでさえ、姫様の発する不思議な香りや優雅な物腰にあこがれ、胸をこがすのでした。
 けれど、まわりをたくさんの人に囲まれながら、だれも、時々姫様の影の中から聞こえる、かすかな悲鳴に気づきませんでした。
「たすけて! たすけて! わたしはここよ! それはわたしじゃない! 魔女なのよ!」
 魔女は、望みどおりに姫様を影にかえ、そのかわりに、自分が姫様になりすましたのです。影になった本物の姫様は、魔女に自分自身をのっとられてしまったのです。今や、姫様には、なすすべもありませんでした。助けをもとめようにも、影の声はあまりに小さす ぎ、逃げようにも、影はいつもたくさんの人にふみしだかれ、地面を引きずられながら、人間の足元にくっついていなければならないのでした。
 一度、大臣が、魔女が化けた姫様の影の上に落ちた扇子をひろおうとした時、姫様はあらん限りの声で、「たすけて!」と叫びました。と、大臣にはそれが聞こえたらしく、ふと左右を見回しました。
「どうしたの? 大臣」
 魔女が目をきらりと光らせて言いました。
「いや、何か聞こえたような気がしたんだが…、気のせいですかな。
 その後、魔女はすぐさま、空耳で失敗した遠くの国の王様の笑い話をして、大臣の気をそらしました。姫様の必死の叫びも、笑い声に消されて、なくなってしまいました。
 その夜、部屋で一人っきりになると、魔女は、影に向かって言いました。
「あがいたってむだだよ。だれも助けにきやしない」
「ひとでなし。何でこんなことをするの」
 姫様は必死で声をあげました。影となった今では、声を出すのもとてもつらい仕事でした。
「おっほっほっほ。馬鹿なことをお言いでないよ。何もかも、お前が望んだ通りじゃないか」
 魔女は、影をこつこつと靴でたたきながら、あざ笑いました。
「そんな、わたしはただ、王様に好かれたかっただけよ」
「好かれているじゃあないか。見てごらん、あんなにおまえに冷たかったあの男が、今や、金魚のフンみたいにつきまとってくる」
「ちがうわ! そんなの、まやかしよ! あなたが魔法で惑わしてるだけじゃないの!」
 一瞬、魔女の顔が、もとの恐ろしい顔に戻りました。姫様は、ひっと黙り込みました。
「まやかしだって? ほほ、まやかしのどこが悪いんだい? おまえだって、そのまやかしをたよってきたんじゃないか」
 魔女は姫様のおなかのあたりを、細い靴でぎりぎりと踏みにじりました。姫様は、その痛みに、うっとうめき声をあげました。
「おまえは、自分で自分を捨てたんだ。影みたいにつきまとって離れない劣等感から逃れるためにね。あのろくでもない王の言いなりにでもなれば、ちょっとはましな人間になれるとでも思っていたのかい」
 魔女の言葉は、刃のように、深く、姫様の心に突き刺さりました。しまいに、姫様はめそめそと泣き始めました。
「…おねがい、わたしに、わたしを返して…、影はいや、影はいや…」
 でも、魔女は鼻にもかけませんでした。
「ふん、どこにおまえがいたんだい。そもそも、おまえはだれなんだい? おまえなんかいたって、何の役にもたちやしないじゃないか」
 もう姫様には何も言えませんでした。
 それから、ひと月が過ぎました。ここになって、魔女のたくらみが、うすうすと、姫様にもわかってきました。魔女は、姫様をのっとったにあきたらず、城中の人間を、ひいては国中の人間のすべてを、のっとろうとしていたのです。
 人間の魂をのっとるのは、とても簡単です。人間の心の中には、いつも、どこかに劣等感と猜疑心が眠っています。そんな卑しい心を、魔女は術や言葉を使って巧みに目覚めさせ、人間に自信を失わせていきます。自信を失った人間は、いつか、自分自身を脱ぎ捨て、もっとほかの今の自分よりはいくぶんましなものになりたいと、ふと願うようになります。あとは、その願いをかなえてやるだけでいいのです。
 その最初の犠牲になったのは、王様でした。どんなに甘い言葉を語り、たくさんの財宝を贈っても、魔女の化けた姫様の心をつかむことができなかった王様は、ある日、ぽつりとこうつぶやきました。
「ああ、つくづく自分がいやになった」
 とたんに、ぽん!と音がしたかと思うと、次の瞬間、王様は平べったい影になって、大理石の床の上に倒れていました。その代りに、王様とそっくり同じ姿をした人が、王様の上に立っていました。その王様の目は、どこかうつろで、動作もなんとなくぎくしゃくしていました。


(つづく)




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影の物語・2

2015-07-15 04:02:48 | 月夜の考古学・本館

 お城の門を出ると、どこからか、生ぬるい風が、おおおーう、と不気味な音をたてて空を渡りました。石畳の広い道には、高いお城の塔の影がすっぽりと降りていて、月夜だというのに前にのばした自分の指先さえ見ることができません。姫様は、たちまち部屋に帰りたくなり、ずるずると後ずさりました。でも、そのときふと、あの美しい王様の顔が目に浮かびました。
(影に、なりさえすれば、きっと、王様はわたしにふりむいてくれるわ。これぐらいで怖じけづいてはだめ。進むのよ、思い切って)
 姫様は、おそるおそる、歩き始めました。お城の影から出ると、白い月が、姫様の背中を静かに照らしました。姫様の足元には、闇夜のように黒い影が、姫様をいざなうように、のんのんと石畳の上を走っていました。
「だれだ!」
 姫様が、町の広場を通り過ぎようとしたとき、不意に、黒い小さな影が前に立ちはだかりました。あまり突然だったので、姫様は「うああう」と間抜けな悲鳴をあげてしりもちをついてしまいました。
「なんだ、女の子じゃないか」
 姫様がおそるおそる顔をあげると、十五歳くらいの、ちょっと太った少年が、立って、姫様のほうに手をのばしていました。
「ほら、つかまりなよ」
 姫様がとまどながらもその手につかまると、少年は人形を起こすように、すいと姫様をひっぱりました。そのとき、月光の中に少年の顔がふと浮かび上がりました。まるでお月さまのような丸いふくよかな顔に、小さな目と大きな口がにっこりとやさしく笑っています。その表情が、昔見た絵本の中の小人の顔に似ているので、姫様は思わず吹き出してしまいました。
「…ちぇっ、失礼だなあ。そりゃ、おれはちっともハンサムじゃないけど、そんなに笑うことはないじゃないか」
「ご、ごめんなさい。でも、わたし、さっきまでどんなお化けがでたのかと思ってたんだもの」
「まあ、いいよ。でも、君みたいな子供が、こんな時間に外にでちゃいけないよ。夜の町はぶっそうなんだから」
「まあ、子供ですって。あなただってわたしとそう変わらないじゃない。いったいこんな夜更けに何をしてたの?」
「夜回りさ」
「夜回り? あなたが?」
「そうさ、これでもおれは、探検投げの名手なんだぜ」
 言うが早いか、少年の手元から、ひゅっと白い光が走りました。と思うと、次の瞬間には街路樹の幹に、細いナイフが一匹の蛾の翅をつらぬいてつきたっていました。姫様は、一瞬、何事かというふうに目を丸くしてそれを見ていましたが、青白い蛾が苦しそうにぱたぱたもがいているのを見て、はっと我に返りました。
「まあ、なんてことするの。かわいそうじゃないの」
 姫様は、ナイフのつかをむんずとつかむと、それをぬきとろうとしました。でも、ナイフは意外に深く突き立っていて、なかなか幹から離れません。
「だめだめ、そんな力任せにしたら」
 少年は姫様の手をどけると、つかをそっとにぎり、さやから剣をんうきとるように、するりとナイフを抜きました。すると、風に舞いあがるように、蛾はふわりと浮かび、ひらひらと夜の向こうに消えていきました。
「君、家はどこ? おくってくよ」
 やがて少年が、ナイフをしまいながら言いました。姫様はぎくっとして、あわてていいました。
「だ、だめよ」
「女の子一人で夜道を歩けるわけないだろ? 人さらいにでもあったらどうするんだい」
「平気よ、わたしは。それに、知らない男の子に家を知られたくないわ」
 姫様は、きっぱりと言いました。自分が王妃で、これから北の森に行くということは、だれにも知られてはならないと、姫様は思いました。
「おれはあやしいものじゃないよ。ダニーっていうのがおれの名前さ。でも、君って不思議な子だね。びくびくしているかと思えば、はっきりものを言うし。ほんと言うと、さっき君が向こうから服をひらひらさせて来た時、もしかしたら妖精じゃないかと思ったんだ」
「妖精?」
 姫様は一瞬、耳を疑いました。生まれてからこのかた、そんなことを言われたのは初めてでした。ダニーは、自分のセリフに驚いたのか、頭をかきながら、もじもじとしていました。
 姫様は、顔を赤らめているダニーを尻目に、空を見上げました。もう月がだいぶ傾き始めています。今夜のうちに北の森に行かなければならなにのです。ぐずぐずしてると夜が明けてしまいます。
「それじゃ、ありがとう、ダニー。わたし帰るわ」
「あ、待ってよ!」
 姫様が走りだそうとしたとき、ひるがえったマントをダニーがむんずとつかみました。
「君、名前はなんていんだい? いや、べつに、知りたいってわけじゃないんだけど…、一応、ぼくは今夜の夜回り役だから、その、つまり…」
 姫様は、いらいらしてきました。そこで、ダニー少年の手をはねのけるように、マントを跳ね上げると、「グリシアよ」と無造作に言葉を投げて、逃げるように走りだしました。
「気を付けるんだよ! グリシア!」
 背後からダニーの声が聞こえました。
 夜の町を走りながら、姫様は、妙に胸がどきどきしているのに気がつきました。それはどうやら、走って行きが切れているからではなさそうです。初めてお様に出会ったときのような、胸のうちをくすぐるような心地よいときめきなのでした。
(そういえば、わたし、男の子に名前を聞かれるのって、初めてだわ…)
 瞬間、ほんの瞬間だけ、姫様の胸の中で、王様の面影が消え、ダニーの愛嬌のあるやさしい笑顔が浮かびました。胸がきゅんとしめつけられました。でも、そのときにはもう、北の森はすぐ目の前に迫っていました。
 森の入り口に立って、姫様は、しばらくがたがたと震えていました。冷たい月の光を背にして、森は、まるで何万もの不気味なつるがからみあってできた、大地の巨大な腫物のように、葉擦れの音ひとつたてず、不気味に静まり返っていました。姫様の頭の中で、何度も、何かが「逃げろ!この馬鹿!」と叫んでいました。でも、まるで誰かが見えない糸で引っ張っているかのように、姫様の足は森の中に向かって、ずるずると動いていきました。
 一歩森の中に足を踏み入れたとき、まわりに黒い幕をいっせいにおろしたかのように、もうなにも見えなくなりました。姫様は恐ろしさのあまりに悲鳴をあげました。と、暗闇の向こうに、不気味な二つの光がちらりと瞬き、そしてゆっくりと近づいてくるのが見ええました。それは、異様に背中がもりあがった、灰色の、気味の悪い老婆でした。老婆の右目は、濁ってつぶれかけていたので、何とか見える左目を皿のように広げて、ぎろりと姫様をにらみました。そしてにやりとその大きな口をねじまげて笑いました。
「これはこれは、王妃様。こんな夜分に、何の用かな?」
 姫様は、背筋に冷たいものが走るのを感じました。全身に鳥肌が立ち、歯ががちがちと鳴りました。でも、姫様の口は、勝手に、答えていました。
「お、おねがいが、あるの」
「ほう、お願い、とおっしゃると?」
 老婆は、得たり、とばかりに目を輝かせました。
「わたし、わたしは、お、王様、の、おことば、どおりの、すがたに…」
 まるで、くちびるから言葉が引きちぎられていくかのように、姫様は一言、一言、苦しそうにつぶやきました。そのときでした。不意に、背後から、ダニーの鋭い声が響きました。


(つづく)




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影の物語・1

2015-07-14 04:14:30 | 月夜の考古学・本館


 むかしむかし、あるところに、美しいが、とても心の冷たい王様がいました。王様は、まつりごとのことなど鼻にもかけず、毎日宴を開いては遊びほうけておりました。それだけならまだしも、お気に入りの踊り子たちに、宝石や衣装や香水などのさまざまな贅沢な品々を買ってやるために、毎年、民に重い税をかけたので、人々の暮らしはとても苦しく、貧しいものでした。
 これではいけないと、王様の部下の大臣は、ある日、王様に隣の国の姫との結婚を勧めました。身をかため、家庭を持ったら、王様も少しは他人のことを考えるようになるかもしれないと思ったのです。王様は、初めは言い顔をしませんでしたが、大臣があまり強く勧めるので、しぶしぶ承知しました。
 やがて、結婚式の日、たくさんの宝物や持参金といっしょに、隣国から白い輿に乗った花嫁がやってきました。王様は、輿からおりた花嫁を間近に見たとき、露骨に、がっかりした顔をしました。なぜなら、花嫁は、まだ十二・三歳の子供で、鼻の頭にノミみたいなそばかすがたくさんのっている上に、真っ黒なちりちりのちぢれっ毛だったのです。
 それとは反対に、花嫁のほうは、一目で王様が好きになりました。生まれてこのかた、こんなに美しい殿方を見たことがなかったのです。花嫁は、結婚式の間中、夢を見るような目つきで、王様の端整な冷たい横顔を見つめていました。
 式が終わると、王様は新妻を城の奥の豪華な部屋に閉じ込めて、そのまま忘れてしまいました。そして、再び、踊り子たちと遊び始めました。
 さて、新妻である姫様は、何日も部屋で王様を待ち続けました。でも、いつまでたっても王様は姫様のところに尋ねてはきませんでした。姫様は、王様のことが忘れられません。そこで、ある日、姫様はばあやや侍女たちの目を盗んで、こっそり部屋をぬけだしました。
 そのころ王様は、白の中庭で踊り子たちと古代の神様を気取った衣装を着て、舞踏を楽しんでいました。そこらじゅうに木の精(ドリュアデス)や水の精(ナイアデス)の紛争をした娘たちが踊っていました。そしてその真ん中に、月桂樹の冠をつけた王様が座っていました。姫様はその姿を見つけるなり、喜びいさんで駆けよりました。
「王様!王様!お会いしとうございましたわ!」
「なんだ、君か」
 王様は冷たく言いました。踊り子たちがくすくすと影で笑いました。
「悪いが、じゃまをしないでくれないか。ぼくはいま、この娘たちとたのしんでいるんだ」
「では、わたしも仲間にいれてくださいな」
「ふーん、だが、君のそのちりちりの髪ではニンフの衣装は似合わないよ」
「え?」
「髪をどうにかしてきたら、仲間にいれてやるよ」
「ほんとに?」
「ああ。ほんとだとも」
 恋に目がくらんでいた姫様には、王様の心の冷たさなど、見抜けるはずはありませんでした。姫様は大急ぎで部屋に戻り、ばあやに頼んできれいな金髪のかつらを持って来させました。そしてそれをつけて、次の日、王様の前に現れました。
 王様は、お城の庭の大きな池で、人魚のかっこうをした踊り子たちと水遊びをしていました。姫様が仲間にいれてと言うと、今度は王様はこう言いました。
「そのそばかすはどうにかならないのかい。それじゃあ、仲間にはいれられないね」
 姫様は、また、大急ぎで部屋に戻り、ばあやに頼んで上等な白粉を持ってこさせました。そして、それを顔中に塗りたくって、次の日、また王様の前に現れました。
 王様は、四季のさまざまな花の咲き乱れる温室の中で、踊り子たちと道化が寸劇を演じている前で、絹張りの椅子にもたれてうつらうつらとしていました。
「王様、王様!」
 姫様がうれしそうに温室に飛びこんできたとき、王様は目をこすりながら、眠そうな声で言いました。
「また君か、もういいかげんにしたまえ」
「どうして? 髪もそばかすもなおしてきたら、そしたら、遊んでくれるって……」
 目に涙をためながら姫様が言うと、王様はもう、このうるさい子供の相手などしたくないというふうに、目をそらしました。と、そのとき不意に、小名質の土の上に落ちている姫様の薄暗い影が、王様の目に入りました。
「そうだな、君の影となら、遊んでもいいな」
 われながらこれはいい考えだ、とでも言うふうに、王様はにやりと笑いました。でも、姫様の方は真剣でした。
「影?」
「そうそう、ぼくは、君のことは気にいらないけど、君の影は好きだな」
 姫様は自分の足元を見つめました。おおきなかつらをかぶった、ずいぶんと頭でっかちの影が、そこに横たわっていました。
「影となら、遊んでくれるの?」
「ああ、もちろんさ」
  王様は請け合いました。姫様は、しばらく悲しげにうつむいていました。が、やがて目をあげて言いました。
「ほんとに、約束してくださる?」
「そうそう」
 半分寝言のような返事が、戻ってきました。王様はもう、こくりこくりと舟をこいでいました。
 姫様は部屋に戻ると、なんとかして、影になれないものかと考えました。日の光や、ランプの光に背を向けて、日がな一日影を見つめながら、姫様は、何日も何日も考えました。でも、何も考えつきません。
 ある夜、姫様が、小さな鏡を見ながら、髪をすいていたときでした。姫様は、何だかとてもつらくなり、思わず、鏡に櫛を投げつけてしまいました。ぎしり、と、鏡が小さな悲鳴をあげて、傾きました。顔をおおった姫様の両手の間から、しめつけるようなおえつがもれました。
「ああ、どうして、わたしはちぢれっ毛なの? どうしてそばかすがあるの? こんなもの、みんななかったらいいのに」
 そのとき、不意に、姫様の耳元で、だれかがささやく声がしました。
…ヘ、オイキ…
 驚いて顔をあげると、ひびの入った鏡の表面が、墨を塗ったように真っ黒になっていました。声は、その暗闇の奥から、聞こえてきました。
「…キタノモリノ、マジョノトコロヘ、オイキ」
「北の森の魔女?!」
「…コンヤ、ヒトリデ、オイキ」
 そういうと、声は闇とともにするりと消えていきました。後には、涙で真っ赤にはれた目を、まん丸くして驚いている姫様の顔が残りました。
「北の森の魔女と言うと、とてもこわいうわさのある人だわ」
 姫様は、大臣が、北の森に人を食う魔女がいるといっていたのを思い出しました。
「でも、行ってみよう。魔女なら、わたしを影にする魔法を知っているかもしれない」
 姫様は、マントを羽織り、靴を履きかえると、真夜中にこっそりとお城を抜けだしました。


(つづく)




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おきなぐさ

2015-07-13 04:22:32 | 画集・ウェヌスたちよ

制作年不明。

友人に送るカードのための下絵。




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センダン

2015-07-12 04:40:32 | 月夜の考古学・本館
センダン Melia azedarach var. subtripinnata

 センダン科センダン属。初夏に薄紫のけぶるような花をつけ、秋には金色の小さな実をすずなりにつけます。
 うちの近くの小さな公園に、このセンダンの木があります。日が暮れて暗くなってから、星見がてらに犬の散歩をするのが私の習慣なのですが、冬にこの公園のセンダンの木の下に立つと、足元には無数の金の実が落ちていて、それはまるで銀河の縁にでも足を踏み入れたような、うつくしい錯覚に陥ります。
 私は不器用な人間で、人間社会の中で生きていると、もう人間はいやだ、いっそダフネのように木になってしまいたいなんて思うことが、よくあるのですが、そんなときはこの木の前に立って、木として生きることを想像してみるのです。
 特別なことがない限り、一生そこから動けない。風の日も雨の日も、日照りの日も、ずっとそこに立ち続ける。時には人間の都合で枝を打たれたり、傷をつけられたりすることがある。土壌が変わり環境が変わることもある。それでも決して動けない。動かない。何も言わずに、ただ自分としてあるべき自分として、生き続ける。
 風も光も土も、人も、すべてを受け入れて、生きていく。時には環境の激変や、人々の無知や無情に、死の恐怖さえ味わう。何があっても逃げることはできない。木はどうして絶望せずに生きていけるのだろう。
 冬の星空に大枝を投げるセンダンの木を見上げながら、私は自分の胸から、何かにすいつくように魂が飛び出していくのを感じます。わけのわからぬ涙が出ます。それは沈黙の中の微かな交信。大脳皮質の電気信号では拾いきれない、とても微妙な音韻。
 生きて行くこと、そのものでなければ、詩のことばには訳せない、それは魂の交流なのです。彼らは私たちに生きることそのもので答えていくように、その生きることそのものを使った大きなことばで何かを語り続けている。
 私も、生きなければと思う。私として、私にできる生き方を、生きなければと思う。
 木はただそこに立っているだけのものではない。ただそこにありつづけることで、常に私たちに何かを語りかけているのです。



(2005年12月、花詩集31号)





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