「買えませんよ」
苦笑いをしても「こちらへどうぞ」と白いTシャツに黒いジーンズのお嬢さんに引率されている時点で、販売員である先方の目論見には半分ほど引っかかっている。ワインレッドの地に白抜きで「SK- Ⅱ」と記された看板に囲まれた引率先は喫茶店ではなく、百貨店同士を結ぶ大きな通路の途中で、建物を支える一メートル四方の柱を壁代わりに設けられたカウンターだ。向かって右手に小型の炊飯器のような丸い機械を据え、正面には薄型のノートパソコンがタッチパネルモードで置かれていた。
「肌年齢を測りますね」一通り洗顔から化粧水の使い方まで白状させられ、画面に表示された「肌のお悩み」をタッチペンで選択してしばし雑談のち、色白で細面のお嬢さんはこれもワインレッドの機械の上部を持ち上げた。磯を観察するときに使う箱眼鏡のように曲面のレンズが底に嵌っている。箱眼鏡の覗き込む側が数秒ほど右の頬に押し当てられた。計測の結果はすぐに目前の画面に表示され、よく深夜番組やCSテレビのCMで流れる「毛穴の開いた人」のような赤と薄い褐色の入り混じったぶつぶつがハコフグのような横顔にきわだっていた。肌年齢自体は実年齢より一つ下だった。
五角形のグラフとともにパーセンテージで「スコア」なるものが表示されている。49%のこれは何だと伺うと、同年代の肌の状態の平均値をスコア化したものだ、とわかるようでわからない返事をいただいた。聞いた限りではスコアではなく偏差値のほうが数字の意味に近そうだが、説明が厄介なので平易な表現にしたのだろうか。同年代の平均的な肌の状態だと聞かされても、それが果たして良い状態なのか悪い状態なのか、はたまた避けられない運命なのか、意図したいところはわからない。伝えたいことはむしろ、傍のお嬢さんがこの化粧品をとても気に入っていて、半ば上気したような頬と笑顔でしょうばいを楽しんでいるという体験だろう。
カウンセラーを名乗る売り子のお嬢さんは勧められた「ふき取り化粧水」をしみこませて私の右手をぬぐい、定番の化粧水が一滴落とした。化粧水は肌に落ちた形のまま手の甲に広がり、お嬢さんの言葉通りに皮膚へ沁みとおる。ふき取らなかった左手に落ちた液はしずくのまま甲にとどまっていた。半ばプラシーボに近い自分への言い聞かせで騙し騙し使う薬局の千円台とは明らかに違う、薬品の感覚があった。それは皮膚科で処方される薬のほぼ確実な効果に近い実際的な触覚だった。
お嬢さん一押しのCCクリームの実演や化粧水の効果を雑談交じりに伺いながら、とうとう最後の時が来た。商品の販売である。何とはなしに流し聞いていたが、一か月おためしセットで税込み九千円。目の前に無造作に置かれているボトルは一本二万。肌を保ちたい、若々しくいたいという遠い過去からの欲求を保つためには妥当な費用だと思う。とりあえず四十分近く付き合わせてしまったお嬢さんのために公式SNSを目の前で登録した。本体の購入は、SNS登録でいただいた試供品を使い終わってから考えることにした。なんだかんだ気に入ってしまった悔しさが、宙ぶらりんになって背中に取りついているようだった。
苦笑いをしても「こちらへどうぞ」と白いTシャツに黒いジーンズのお嬢さんに引率されている時点で、販売員である先方の目論見には半分ほど引っかかっている。ワインレッドの地に白抜きで「SK- Ⅱ」と記された看板に囲まれた引率先は喫茶店ではなく、百貨店同士を結ぶ大きな通路の途中で、建物を支える一メートル四方の柱を壁代わりに設けられたカウンターだ。向かって右手に小型の炊飯器のような丸い機械を据え、正面には薄型のノートパソコンがタッチパネルモードで置かれていた。
「肌年齢を測りますね」一通り洗顔から化粧水の使い方まで白状させられ、画面に表示された「肌のお悩み」をタッチペンで選択してしばし雑談のち、色白で細面のお嬢さんはこれもワインレッドの機械の上部を持ち上げた。磯を観察するときに使う箱眼鏡のように曲面のレンズが底に嵌っている。箱眼鏡の覗き込む側が数秒ほど右の頬に押し当てられた。計測の結果はすぐに目前の画面に表示され、よく深夜番組やCSテレビのCMで流れる「毛穴の開いた人」のような赤と薄い褐色の入り混じったぶつぶつがハコフグのような横顔にきわだっていた。肌年齢自体は実年齢より一つ下だった。
五角形のグラフとともにパーセンテージで「スコア」なるものが表示されている。49%のこれは何だと伺うと、同年代の肌の状態の平均値をスコア化したものだ、とわかるようでわからない返事をいただいた。聞いた限りではスコアではなく偏差値のほうが数字の意味に近そうだが、説明が厄介なので平易な表現にしたのだろうか。同年代の平均的な肌の状態だと聞かされても、それが果たして良い状態なのか悪い状態なのか、はたまた避けられない運命なのか、意図したいところはわからない。伝えたいことはむしろ、傍のお嬢さんがこの化粧品をとても気に入っていて、半ば上気したような頬と笑顔でしょうばいを楽しんでいるという体験だろう。
カウンセラーを名乗る売り子のお嬢さんは勧められた「ふき取り化粧水」をしみこませて私の右手をぬぐい、定番の化粧水が一滴落とした。化粧水は肌に落ちた形のまま手の甲に広がり、お嬢さんの言葉通りに皮膚へ沁みとおる。ふき取らなかった左手に落ちた液はしずくのまま甲にとどまっていた。半ばプラシーボに近い自分への言い聞かせで騙し騙し使う薬局の千円台とは明らかに違う、薬品の感覚があった。それは皮膚科で処方される薬のほぼ確実な効果に近い実際的な触覚だった。
お嬢さん一押しのCCクリームの実演や化粧水の効果を雑談交じりに伺いながら、とうとう最後の時が来た。商品の販売である。何とはなしに流し聞いていたが、一か月おためしセットで税込み九千円。目の前に無造作に置かれているボトルは一本二万。肌を保ちたい、若々しくいたいという遠い過去からの欲求を保つためには妥当な費用だと思う。とりあえず四十分近く付き合わせてしまったお嬢さんのために公式SNSを目の前で登録した。本体の購入は、SNS登録でいただいた試供品を使い終わってから考えることにした。なんだかんだ気に入ってしまった悔しさが、宙ぶらりんになって背中に取りついているようだった。