前作『ギフテッド』が階段を叩くヒールの反響音を繰返したように、『グレイスレス』は色彩のひらめきが女を運んでいく。ポルノ作品の撮影現場専門の化粧師である主人公の女の目には事あるごとに鮮やかで瑞々しく色が映り込む。実家の壁の白とそこから前の所有者の残した十字架を取り外す母のスカートの黒の対照を皮切りに、「声の小さい女優の水色の背中」や「生え際の黒を、白色近くまで脱色した毛先の金髪の間にも、幾重にも染め直した色」が、彼女の職場と家との往復から取り出され、ビスのように印象を記憶へ留める。
大学を辞めた主人公の通うポルノ撮影現場では彼女に化粧を施される女達が常に控えており、帰る家には母の代わりに祖母がいる。まったく関わらないということはないが、男の干渉は最小限に控えられており、女達同士の関係も距離がほどよく開いておりやはりこちらもお互いの心に押し入るような干渉はない。性に纏わる事柄から感傷は的確に抜き出され、劣情を煽る場面の撮影を眺めていても主人公の目は色を追いかけている。帰宅してもたとえば出前のピザに散らされた具材の彩りや、主人公の肩揉みの手付きに合わせて伸び縮みする祖母のシャツの柄など、所々に色は現れてその時間を抑えていく。
匂いや感触は余分なものとして省かれ、具体的な単語が散らばるにも関わらず行間の空気の通りは良い。ポルノ女優たちの顔へ指先で触れることも、撮影で化粧が崩れることも、家の花壇で花の咲くのを見かけることも、一連の世界の中のこととして箱庭のように淡い手触りで書かれている。
自他ともに化粧を施すときだけ、彼女の指先は感触を味わいに動く。そのために彼女は化粧を続けてポルノ撮影の現場に赴く。
「彼女のように仕事を始めたあとに大きく雰囲気を変えたり、メスを入れて線を足したりする女優もいるが、そうでなくとも女優たちの顔は変わっていく。表情が柔らかくなっていくとか、目に光が少なくなっていくとか、そんなことであれば私はその変化にすぐに飽きてしまっていたように思う。彼女たちの顔はもっと奥の筋肉や骨の位置を司るところから時間をかけて作り変えられていく。」
彼女の指先が施す化粧は壊されて派手に崩れることを求められる化粧であるためか、彼女の心情も顔を美しく整えたい技術の喜びとそれを壊された姿を見たいという相反する欲望が矛盾のまま落ち着いている。一人だけ変わらずに眺められる立場だからこそ抱くことの出来る贅沢を、存分に味わうために仕事を続ける彼女は淡々と描かれていく。その背景に油彩で淡彩を描くような繊細な筆致の基、唯一彼女の指が顔に触れることのない祖母との生活が精密に浮き出される技術が心地よい。
大学を辞めた主人公の通うポルノ撮影現場では彼女に化粧を施される女達が常に控えており、帰る家には母の代わりに祖母がいる。まったく関わらないということはないが、男の干渉は最小限に控えられており、女達同士の関係も距離がほどよく開いておりやはりこちらもお互いの心に押し入るような干渉はない。性に纏わる事柄から感傷は的確に抜き出され、劣情を煽る場面の撮影を眺めていても主人公の目は色を追いかけている。帰宅してもたとえば出前のピザに散らされた具材の彩りや、主人公の肩揉みの手付きに合わせて伸び縮みする祖母のシャツの柄など、所々に色は現れてその時間を抑えていく。
匂いや感触は余分なものとして省かれ、具体的な単語が散らばるにも関わらず行間の空気の通りは良い。ポルノ女優たちの顔へ指先で触れることも、撮影で化粧が崩れることも、家の花壇で花の咲くのを見かけることも、一連の世界の中のこととして箱庭のように淡い手触りで書かれている。
自他ともに化粧を施すときだけ、彼女の指先は感触を味わいに動く。そのために彼女は化粧を続けてポルノ撮影の現場に赴く。
「彼女のように仕事を始めたあとに大きく雰囲気を変えたり、メスを入れて線を足したりする女優もいるが、そうでなくとも女優たちの顔は変わっていく。表情が柔らかくなっていくとか、目に光が少なくなっていくとか、そんなことであれば私はその変化にすぐに飽きてしまっていたように思う。彼女たちの顔はもっと奥の筋肉や骨の位置を司るところから時間をかけて作り変えられていく。」
彼女の指先が施す化粧は壊されて派手に崩れることを求められる化粧であるためか、彼女の心情も顔を美しく整えたい技術の喜びとそれを壊された姿を見たいという相反する欲望が矛盾のまま落ち着いている。一人だけ変わらずに眺められる立場だからこそ抱くことの出来る贅沢を、存分に味わうために仕事を続ける彼女は淡々と描かれていく。その背景に油彩で淡彩を描くような繊細な筆致の基、唯一彼女の指が顔に触れることのない祖母との生活が精密に浮き出される技術が心地よい。