電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

映画「魔笛」を見る(1)

2007年09月14日 06時57分41秒 | -オペラ・声楽
ケネス・ブラナー監督のオペラ映画「魔笛」、もうすぐ上映終了ということなので、平日の夜間上映で見てきました。いや、予想以上に、はるかに面白かった!

まず、戦場のモーツァルトという想定が秀逸であり、もともと荒唐無稽な筋立を、映画的に納得できるものにした、最大の要因でしょう。冒頭の序曲が鳴り響き、三度休止するとき、戦場に訪れる沈黙は、実に効果的です。
また、いくつか重要な筋立の変更も見られます。ザラストロの館は僧侶の集団が暮らす宗教施設ではなく、戦争に傷ついた人々を救う赤十字や、戦争孤児や寡婦や戦傷者のための職業施設となっており、夜の女王が支配する戦場との対比が明確になっています。
映画的に印象的な場面は、多くの言語で若者たちの氏名と18歳、19歳といった没年が書かれた碑の前にザラストロが民衆と少女たちを伴い、鎮魂の祈りを捧げる場面。カメラがパンしていくと、そこには一面の白い墓碑が広がっている----このスケール感は、劇場におけるオペラでは絶対に表現することのできない、映画ならではの表現だと思います。
この場面の印象と主張は強烈で、渡米時にどこまでも続く米軍墓地を見たときの印象とまったく同じ----ベトナム戦争による死者が太平洋戦争における死者の数を上回ったという説明に、1960年代後半から70年代にかけてアメリカをおおった厭戦のメッセージを持つ音楽や映画等の数々を鮮明に思い出した----で、英語に置き換えられたオペラの歌詞にある愛や平和のメッセージ性も、まったく同一です。

音楽のほうも、ジェイムズ・コンロン指揮するヨーロッパ室内管弦楽団の演奏は、生気あふれるはつらつとしたもので、特にザラストロ役のルネ・パーペのバスは立派ですね。鳥刺しパパゲーノが、毒ガス検知の小鳥を育てる役回りというのも納得できますし、ベン・デイヴィスが陽気で善良な性格を、うまく表現して歌っています。タンクに乗って登場する夜の女王は、リューボフ・ペトロヴァが演じますが、女王のアリアをバックに、暗闇の中をタンクが走る様子は、憎しみと破壊と暴力を象徴する場面でしょう。

さて、出勤準備です。本日はここまで。
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