ニセ学生の今東光は、谷崎のもとに通っていた時期がある、ある日、谷崎が執筆している旅館を訪ねると、その旅館に竹久夢二の愛人が宿泊していた、あの絵に登場する嫋々たる美人、今が谷崎の部屋の前に立つと、廊下に点々と赤いもの、若い今東光が飛び上がった、
「ひゃあー」
それは、なんと、あれ、あれなのだ、若い女性の・・・当時は、ベンリなものがなかった。
作家谷崎は執筆中でうんうん唸っている、
「じゃまをしては いけないかな」
やがて、タバコをプカリ、
「かくかくしかじか」
聞くやいなや、
「ガバッー」
1秒の何分の一、脱兎のごとく飛び出した、ところが、廊下にはなにもない、昭和初期の秋の日が静かに照らしている。
その時、廊下の向こうの部屋のドアが開き、夢二の愛人が、
「きっー」
悔しそうに睨んだ、拭いてしまったんだな。
顔を真っ赤にしたタニザキ君、
「どーして はやく知らせなかったんだ」
「おしごとのジャマをしてはと思いまして」
すると、オトコ・タニザキが、
「ポカリ」
今のアタマをたたいた、
「小説なんかいつだって書ける」
「・・・」
「だかな 夢二の愛人のアレは 二度とみられないんだ」
「ああ 無念だ残念だ 一生の悔いだ 後悔だ」
今東光、すっかり感心してしまった、さすが大谷崎だ、作家は、こうでなくてはいけない、むっつりスケベの菊池とは違う、谷崎と今との友情は、一生続いたようだ。