スペインのフランコ政権はアフリカの部族を使っていた、彼らには、敵の死体の一部を切り取る習慣があった、これを止めさせようとしたのだが、
「それなら 協力できない」
死体の一部が耳ぐらいならいいのだが、ちょっと困るところもあったんだろう この国にもそういう習俗があり、内臓を切り取っており、実益と信仰があったようだ、首切り役人の山田浅右衛門の特権のひとつがこれで、彼®の屋敷には、タラタラとアブラの滴り落ちる内臓がつるされていたという、そもそも、仁丹の仁は腎臓の「腎(じん)」から来た。
ちなみに田中角栄の精力の秘密は「熊の胆(い)」で地元の旅館の女将とネンゴロになり、選挙区にもどると三日三晩出てこなかったという、ウワサである、ところで、田中は石油問題と中国外交でアメリカの言うコトを聞かなかった、だからあの失脚は、Americaの核心的グループ・Washingtonと軍産複合体の怒りを買ったということだろう、一部の日本側の勢力がこれに呼応し協力したのか、このパターンが戦後の日本の政治史かもしれない。
そうそう、あの田中なら、今のトランプとどう渡りあったか、とんでもなくいい関係か、その反対か・・・
1920年台、インドで政治犯を大砲に詰めてドッカーン、サーカスのショーではない、Americaの議会が取り上げ、
「こういうことは いけない」
ピューリタンの精神がまだ、残っていた、もっともこれは一回で止めになった、その理由は人道的なものではなく、居並ぶ婦人だたちの服が血糊や肉片でダイナシになったため、どこかの公共放送、このくらいのコトを報道してもいい。
ともあれ、Globalismから国家主導へ、時代が渦を巻いている、Anglo-Saxonの今回の決断は、どうなるか。