北岸部隊/林芙美子
中央公論新社、中公文庫
日中戦争当時の昭和13年秋、漢口攻撃に従軍した林芙美子の記録報告。林芙美子は、当時、世論を制御しようとして内閣情報部が企画した、著名な文筆家を中心とする「ペン部隊」の一員として従軍した。この「ペン部隊」には当時の著名な作家が名を連ねている。
北岸部隊とは漢口攻撃を行った第6師団を中心とする部隊の通称らしく、九州出身の兵隊からなる師団で、九州出身の林芙美子にとっては親しみやすい部隊であったようだ。
林芙美子は、この従軍の前年に毎日新聞と契約して南京に、また太平洋戦争が始まったあとの昭和18年に数ヶ月、南方に従軍した。おそらく南方とはベトナムのことで、この時の経験が「浮雲」に使われたのであろう。
内容は、林芙美子の目から見た戦場の様子、後方の様子が描かれている。母親の目、妻の目、恋人の目で見た、兵隊や馬や闘いの様子が率直に、なまなましく描かれている。この激しい行軍に女1人でついて行く自分の強さを、やや自慢している面もあるが、実際問題としてこのような進撃のほぼ先頭を、女1人が従軍記者と一緒について行けると言うことは、普通考えられないことなので、自画自賛していても納得できてしまう。
漢口陥落のすぐ翌日くらいには漢口に入っており、ペン部隊の中の一番乗りということで、執筆契約していた朝日新聞で大々的に報道されたようだ。帰国後の講演会も満員だったらしく、当時のある種のスター的存在になっていたと想像される。
とにかく、戦場の前線の直後あたりを女一人で従軍して行けたと言う事は、気力体力精神力なみはずれた人なんだと思う。本の中の記述で、漢口陥落後の第6師団長の言葉に「私は昨夜もねえ、あなたの事をじっと考えてた。今度のことは伊達や酔興では中々出来ない。全く戦場の奇蹟だなァ。」とある。
林芙美子は、素朴に黙々と勇敢に戦っている兵隊と馬に感動している。これを書いた時の林芙美子は、戦後分かった様々な歴史事実を知らないし、また彼女がその時、いとおしく思った馬や兵隊がその後どうなったかを知らない。太平洋戦争では、激戦の中で飢えや過労や銃弾に倒れ、2度と再び故郷に帰れなかった兵隊がどれだけ居たか。彼女は知らなかったけれども、微妙にその事も予感しながら書いていたのだろうと思う。
最後の部分は、こう終わっている。
私は蝋燭の火の影が面白いので、寝ながら足をそっと壁へあげてみた。壁へ豆だらけな私の足の影が大きく写った。太い指がコマのように見えた。
歩いた足だ。
歩いた足だ。
湖北の平原を歩いて来た小さい足だ。
北岸部隊の兵隊さんさようなら、元気で元気で凱旋して下さい。
06.04.27
中央公論新社、中公文庫
日中戦争当時の昭和13年秋、漢口攻撃に従軍した林芙美子の記録報告。林芙美子は、当時、世論を制御しようとして内閣情報部が企画した、著名な文筆家を中心とする「ペン部隊」の一員として従軍した。この「ペン部隊」には当時の著名な作家が名を連ねている。
北岸部隊とは漢口攻撃を行った第6師団を中心とする部隊の通称らしく、九州出身の兵隊からなる師団で、九州出身の林芙美子にとっては親しみやすい部隊であったようだ。
林芙美子は、この従軍の前年に毎日新聞と契約して南京に、また太平洋戦争が始まったあとの昭和18年に数ヶ月、南方に従軍した。おそらく南方とはベトナムのことで、この時の経験が「浮雲」に使われたのであろう。
内容は、林芙美子の目から見た戦場の様子、後方の様子が描かれている。母親の目、妻の目、恋人の目で見た、兵隊や馬や闘いの様子が率直に、なまなましく描かれている。この激しい行軍に女1人でついて行く自分の強さを、やや自慢している面もあるが、実際問題としてこのような進撃のほぼ先頭を、女1人が従軍記者と一緒について行けると言うことは、普通考えられないことなので、自画自賛していても納得できてしまう。
漢口陥落のすぐ翌日くらいには漢口に入っており、ペン部隊の中の一番乗りということで、執筆契約していた朝日新聞で大々的に報道されたようだ。帰国後の講演会も満員だったらしく、当時のある種のスター的存在になっていたと想像される。
とにかく、戦場の前線の直後あたりを女一人で従軍して行けたと言う事は、気力体力精神力なみはずれた人なんだと思う。本の中の記述で、漢口陥落後の第6師団長の言葉に「私は昨夜もねえ、あなたの事をじっと考えてた。今度のことは伊達や酔興では中々出来ない。全く戦場の奇蹟だなァ。」とある。
林芙美子は、素朴に黙々と勇敢に戦っている兵隊と馬に感動している。これを書いた時の林芙美子は、戦後分かった様々な歴史事実を知らないし、また彼女がその時、いとおしく思った馬や兵隊がその後どうなったかを知らない。太平洋戦争では、激戦の中で飢えや過労や銃弾に倒れ、2度と再び故郷に帰れなかった兵隊がどれだけ居たか。彼女は知らなかったけれども、微妙にその事も予感しながら書いていたのだろうと思う。
最後の部分は、こう終わっている。
私は蝋燭の火の影が面白いので、寝ながら足をそっと壁へあげてみた。壁へ豆だらけな私の足の影が大きく写った。太い指がコマのように見えた。
歩いた足だ。
歩いた足だ。
湖北の平原を歩いて来た小さい足だ。
北岸部隊の兵隊さんさようなら、元気で元気で凱旋して下さい。
06.04.27