二銭銅貨

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蝶々夫人/MET08-09舞台撮影

2009-03-30 | オペラ
蝶々夫人/MET08-09舞台撮影

作曲:プッチーニ、演出:アンソニー・ミンゲラ
指揮:パトリック・サマーズ
出演:パトリシア・ラセット、マリア・ジフチャック
   マルチェッロ・ジョルダーニ、ドゥウェイン・クロフト

クリスティーナ・ガリャルド=ドマスが体調不良のため、パトリシア・ラセットが代役。

ちょうど映画のワイドスクリーンと同じ程度の縦横比の長方形が背景にあって、その周囲は総て黒である。この長方形の色が場によって様々に変わる。美しい透明感のある色彩がその場その場の心象風景を印象付けている。上に鏡があったらしく俯瞰的なシーンも見ることができたらしい。

出だしは無音で場内の咳払いのみが聞こえるような状況の中を日本舞踊をモチーフにした二枚の扇子を使うゆっくりとした舞踊をアジア系の女性が踊る。ちょっと紅葉狩りの更科姫ような雰囲気。この踊りの最後に長い布が踊り手の腰に巻かれて、それが左右に2本づつ伸ばされ、背景の長方形一杯一杯にまで伸びる。非常にすっきりとしたシャープな表現で、コンテンポラリで無駄の無いオレンジ色のシーンだ。この冒頭のシーンと最後の場面のシーンが対照している。白無垢の蝶々さんの衣装の真っ赤な長い帯が、横に長く長く伸ばされて、背景の長方形を斜めに切るように配置されて床に置かれる。彼女の純真な、真っ赤な血の色だ。

動的な美術が印象的だった。1幕目後半の暗闇の中に現れる12個の白い提灯はまん丸で、不規則な曲線の骨で作られている。これを黒子たちが持って動かす。蝶々さんとピンカートンの気持ちの動き、情動をダイナミックにこの白い球の群舞で表現していた。動きがダイナミックで3DCGのようだった。

その他、折り紙っぽい鳥の群れの表現や、3幕目前の赤い縦長の提灯の群舞とそれを背景にした人形の少女と米国海軍士官のダンスなど、ダイナミックな背景構成の美術は、物語の主人公の内面的な感情の大きなうねりを良く表現していた。インタビューの中でスズキをやったマリア・ジフチャックが、「演出のアンソニー・ミンゲラが映画のスクリーンの枠に相当するエリアからはみ出ないように演技指導していた」と語っていたが、このダイナミックな背景の演出は、十分にその枠をはみ出していたように感じた。ミンゲラの指示は演劇対象を映像的な枠内に収めることを意図したものであろうけれども、良い演出であれば、撮影対象が映像的な枠内に収まっていたとしても、表現は枠内に留まらず枠外にまであふれ出るものなのだと感じた。

スズキの芝居は安定感がある。その濃い紺色の衣装の白の絞りの模様と袖口の落ち着いた黄緑が印象的で、この物語と蝶々さんを最後までしっかり支えていたように思う。表情に優しい情感があり、とても良かった。

ピンカートンは損な役だがマルチェッロ・ジョルダーニは誠実にまじめに取り組んでいたと思う。最大のできる限りの思いやりを表現していたと思う。この役は難しい。悪役のようで善良であり、善良のようでいて不良でもある。微妙なバランスを維持しようとしていたようだ。

ドゥウェイン・クロフトの領事役は安定した芝居のバリトンで、優しさや正義感、蝶々さんへの思いやりの深さを良く表現していた。

パトリシア・ラセットの蝶々さんはパワーにあふれ、情感豊か。それでいてつつましい元武家の娘の気概と精神を良く出していた。最後の決然たる表情には、本当のサムライの心が背景にあるかのようで、その手に持つ短剣の切っ先にそれを感じた。

親戚の坊さんのボンゾは弁慶風、金持ちのヤマドリは時代ものの荒事の若サムライ風のようないでたちで、歌舞伎の要素が取り入れられている。人形も出てきて文楽の要素も入っている。幾枚もあって良く動く黒い枠の大きな障子戸や扇子など日本の美術や古典芸能の要素を取り入れて、また美術を担当した中国人の中国的な感覚も入って、もともとの西洋的な土台の上にそうした異国情緒が組み合わって、国籍不明のインターナショナルな新しい表現ができていたように思う。

全体に日本の文化や美術をモチーフにしていながら、大きくモディファイされてインターナショナルな仕上がりになっているこの歌劇を見ると、新しい世界へ旅立つ日本の文化の将来への期待と、そして取り残される古い日本の伝統への侘しさの、相反する2つの思いが湧き起こる。

劇中の蝶々さんの子供は人形で、3人の黒子が遣う。左手と頭、右手と胴、それに足を遣う3人遣いだ。文楽風のやり方のようで、Blind Summit THEATREという団体らしい。文楽で現代劇はできないと言うけれど、こういう風にやればできるし、人と人形の共演の可能性もあると思った。

子供の表情が良く出ている。この子に対する蝶々さんの気持ちも良く出ている。頭も良い。頭の表情に複数の思いを感じることができる。最後の子別れの場はこの子がキーになるし、重要な役だ。この物語には、単なる恋愛悲劇だけでなく、母と子の別れの悲哀も痛切に織り込まれている。浄瑠璃の定番とも言える子別れのテーマがプッチーニの描いた日本の物語の中に組み込まれているのは、この歌劇の1つの日本的な特徴だと思った。

パトリシア・ラセットは武士の娘として決然たる思いで剣を取り、自害して果て、赤い血の色に、蝶々さんの気持ちを鮮烈に残し、そしてこの物語が終わります。

09.03.28 東劇
コメント
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