入笠牧場その日その時

入笠牧場の花.星.動物

     ’23年「冬」【10】

2023年11月16日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など


 午前6時45分、気温零下5度、快晴。もうすぐ権兵衛山の左肩に日が昇り、辺りの樹氷が一段と耀きを増す。早くも定期航路を、白墨で描いたような短い飛行機雲が銀色の小さな粒の後に続く。
 先程銃声が2発した。かなり近い。濃いコーヒーを喫す。「飲む」というより「喫す」という気分で。

 昨日の夕方、枝打ちを終えて貴婦人の丘の前まで来ると、丘の上に鹿の群れがいて逃げようともしない。車を停めると一瞬浮足立つ鹿もいたけれど、それでも群は動こうとしなかった。
 右手のダケカンバと左手の赤松の丁度中間の夕空には直立した眉月が見え、滅多にない取り合わせに急いで何枚か写真を撮ってみた。しかし、やはり肉眼には勝てなかったようだ。それに、入魂不足の撮影者の技量もある。

 もう何年も経つが枝打ちはよくやった。いつか、伊那から大型の観光バスが上がって来ても、その車体を道路際に生えている木の枝が傷付けないようにしておきたかったからだ。今とは考えが大分違った。
 この仕事も、報酬の大半は自己満足だったと言える。恐らく誰も気付かないし、その苦労など知る由もない。それが伊那からは、観光バスなどついぞ上がってこなかった。
 賑やかな富士見側はさらにあの手この手で誘客に励んでいるが、伊那側はそうしなかった。牧場も今では入牧頭数も減って、かつての威勢などない。入笠は、そしてそこにある牧場は、次第に伊那の人々からさえ忘れられていった。
 
 今年もまた、千代田湖から枯れ木の頭に至る林道はわずかな距離の補修のため、そろそろまた通行止めになる。そうなれば、ここへ来るには湖から先は「千軒平」を迂回するしかない。芝平からの林道は無理すれば通れるが、6月の大水以来ずっと通行止めになったままだ。
 富士見は今年も通行止めの連絡をくれた。それに、業で通る者に対しては通行が可能な限りは、その間は、通行を黙認してくれるように聞こえた。伊那からは何も言ってこない。
 文句を言っているように聞こえるかも知れないが、入笠に対して、行政の重要度が伊那と富士見では違うことを、こちらも充分に承知している。
 これでいいと、鹿やキツネやクマやタヌキ、そして牧場管理人も思っている。

 本日はこの辺で。
 

 
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     ’23年「冬」(9)

2023年11月15日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など


 高曇り、静かだ。
 牧場内の徒長したコナシの枝打ちをしようと外に出たら、葉を落ち尽くしたマユミの赤い実が目に付いた。冬枯れの風景の中で、いつもながらこの木が初の沢周辺にある樹幹と枝だけのダケカンバの林の侘しさを精一杯救っている。
 灰色をした冬空の西に薄青色の空が見えたが、それは刺すような冷たさしか感じられなかった。昼間でもここの気温は5度。

 昨日はゴミ芥の類を軽トラ一杯に積んで里へ下った。それらはここでは手に負えないものばかりだから、産廃業者に持ち込むしかない厄介物だ。ビン、缶、アルミ、鉄屑等々。
 笠原を過ぎたらサイドミラーに夕空を背景にした仙丈岳が写っているのが見えた。薄っすらとまぶしたような雪が山肌を化粧い、そこに西に傾きかけた落日の光りが演出でもしたかのように射し、ハッとするような眺めだった。車を停め、しばらく眺め入った。
 仙丈に降雪があったとは聞いていたが、好天が続けばまた消えてしまいそうな積雪量でしかなく、例年と比べたら半月以上も遅く、それは中アにも同じことが言えるのだとか。
 ここにいては仙丈岳を見ることはできないが、中アの峰々なら西駒が岳を中心に毎日のように見ている。しかし今年は雪の訪れがそれほど遅れていたとは、意外だった。

 ここでも水を落としたし、いつも行く富士見の温泉もゴンドラの営業と合わせるように休業するから、風呂に入ることができなくなった。食い溜め同様、入浴溜めも効かないことは承知の上で昨日2回、今朝も1回家の風呂に入ってきた。
 ここで水を使えなくしてからたった1日しか経っていないというのに、家では蛇口をひねれば水が出るだけでなく湯を使って洗い物もできる。その便利さを痛感しつつも、まだしばらくはここでの暮らしが続く、慣れてはいけないと言い聞かせた。

 空が晴れてきた。今夜も寒くなりそうだ。きょうから猟が解禁になったのに、猟師の姿を見掛けなかった、銃声も聞かなかった。
 本日はこの辺で。 
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     ’23年「冬」(8)

2023年11月14日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など


  寒い。零下8度。予測はしていたが、実際にここまで下がるとは。ストーブは点けたが、室温はなかなか上がらない。
 
 昨日、小屋とキャンプ場の水回りについては全てを冬対応にした。これで来春まで、水道の蛇口をひねっても水は出てこない。唯一の取水場はキャンプ場Cの近くにあり、水量は心配ないが水汲みという何世代か前の不便な暮らしをこれからはここにいる限り余儀なくされる。

 冬を目前にして、毎年やってきたことだが、やはり牧を閉ざすということについてはそれなりの感慨を覚える。一年が終わるのだという意識は年の瀬よりも強く、その象徴が昨日済ませた小屋の水を落とすことである。
 春でも、夏でも、秋でも、季節の変化は曖昧に始まり、曖昧に終わるが、冬だけは違って、身構えてぬかりのないように準備する。特にこんな人里を離れた山の中では。

 両手に盛った砂が少しづつ落ちていくように、持ち時間が減っていく。しかしもう、あまりすることはない。これからは誰もいなくなったここで、いつもよりか長く感ずる時間を相手に、孤独の甘味とでも言ったものを味わいながら過ごすつもりだ。
 冬の山の孤独感を「歯に沁みるようだ」と言ったのは黒部の開拓に多くを残した冠松次郎である。「地球の回る音が聞こえる」と言った人が誰であったかは忘れたが、これも冬山の深い静寂をよく伝えている。
   
   とふ人も思ひ絶えたる山里は寂しさびしさなくは住み欝からまし

 あの人は寂しさがあってこそ一人暮らしから来る気の塞ぎを紛らわしてくれると言った。しかし、「山里」ならぬ山の中で、心に訪れる人は幾人もいて、それだけで充分だし、ここにいて寂しさとか気の塞ぎもない。もし来るなら雪女だって歓迎するけれど、一人だけであることに不満はないし、むしろ快い。
 
 富士見のゴンドラは昨日から来月の中旬、多分14日まで、点検と修理のため営業を休止した。それに合わせて他の山小屋も休業するらしく、となれば営業している所は当牧場の小屋とキャンプ場だけということになる。ただしここも、今月の19日以降は不定期となる。きょう、富士見側の入笠へ来る道路が、路面凍結の為通行止めになったという連絡を受けた。

 本日はこの辺で。

 
 
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     ’23年「冬」(7)

2023年11月13日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など

                            11月12日撮影
 
 曇天、今にも白いものがちらつきそうな天気だ。もしそうなれば、雪の到来はちょっと記憶にないくらいの早い年となる。これはあくまで生気のない冬枯れの外を眺めた印象で、まさかとは思うが、さてどうだろうか。
 
 人から入笠の初雪を問われると、大体11月の中旬だと応えている。そんな古い記憶に対して、近年はさらに遅い気がする。
 子供のころのように雪を待っているわけではないし、むしろ遅いことを願っているくらいだが、幾日も好天が続いたせいかきょうの一転した侘しい色彩の沈んだ外の様子、その雰囲気には少々気圧され気味になっている。
 秋と冬の変わり目を今年は、きょうの11月12日としよう。灰色の空を鳥が一羽、忙し気に飛んでいく。美しくも静穏な秋、感謝。

 車の音が聞こえた。予約していた人が来たようだ。きょう考えていたことは客を待ちつつ露天風呂の煙突を外し、その後は浴槽の掃除と、一冬を越すために必要な養生をするつもりでいた。
 
「ついに、また来た」、二人のうち一足遅れて着いた彼はしみじみそう言って、周囲の風景を感慨深めに懐かしそうに眺めた。そしておもむろに「今夜は風呂をお願いします」と言った。
 一瞬、返す言葉を失って、多分苦笑いを浮かべただろう。一昨日の単独者も同じことを求めたが、やはりこの陽気や気温であれば、風呂の温もりが欲しくなるのは温泉行をして帰ってきたばかりだから余計に分かる。しかしこの時は、凍結がいつ始まってもおかしくない状況、それに入浴できるまでには2時間以上かかることを話し、断念してもらった。
 一方、彼らは毎年来てくれるお馴染みさん、そこら辺のことは充分承知の上だ。しかもキャンプ大好き人間たちで、年間何十日もあの地、この地のキャンプ場を訪ね歩き、まさにさすらい人とでも言いたくなるような面々。わがキャンプ場もお気に入りの一つに入れてもらっていて、当然、風呂にも入れると決めて来ている。そんなことをあれやこれや思うと、ついに断り切れなくなってしまった。

 霙の舞うような天気、最初は露天風呂から「最高!」の叫びが上がった。しかしこちらの頼み事で少し入浴が遅れたもう一人は、その間にも湯温が上昇したらしく、気の毒に熱過ぎて悲鳴を上げた。
 そして今は静寂、物音ひとつしない。(11月12日記)



 ゲー、雪が降った、初雪。
 本日はこの辺で



 

 
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     ’23年「冬」(6)

2023年11月10日 | キャンプ場および宿泊施設の案内など

   前日の呟きにはこの写真を使いたかったが、間に合わなかった
 
 昨日からまた山の暮らしに戻った。冬支度の合間にも今の季節の景色をつい、自らの年齢と重ねながら眺めていることに気付く。去っていく今、過ぎていく時間・・・。
 何を、どれほど考えてみても、窮極は10の33乗年の永遠の前には詮無いが、それでもそれを受け入れようとして、雨に濡れた目の前の風景をしみじみとした思いで見ている。楽観はないが、さりとて悲観もない。
 
  雨。久しぶりの晩秋の雨だ。初冬と言い換えてもいいが気温は8度、ストーブを点けるほどではない。
 諦めかけていた囲い罠の中に、今朝は何頭かの鹿が入っている。大きな角を生やした仔牛ほどの雄鹿もいる。ずっと誘引に応じなかったのに、ふとした気紛れだったのか、取り返しのつかないことをしたと恐らく今は気付いて悔いているだろう。
 それでも、先程からずっと捕らわれの鹿は逃げ口を探す努力を止めず、特に雄鹿は気紛れの張本人だったのか、そぼ降る雨に濡れながら今もフェンスの際に沿って脱出できそうな場所を探している。
 それを見て、何も感じないわけではない。ただ、この呟きを聞いてくれている人たちに、あの鹿たちに対する複雑な気持ちを理解、納得できるように呟くことはできそうもない、無理だろう。

 話しを急に変えるが、そういえば昨夜、冬合宿に利用したいという団体の問い合わせがあった夢を見た。現実の話ではない、夢。昨年もそういう山の団体がやってきたことがあったから、ついそんな夢を見たのだろう。
 牧を閉めてからも含めて、冬の営業はまだ思案中だが、残念ながら誰でもいつでもお出掛けくださいというわけにはいかない。1月も半ばを過ぎれば車で来ることができず、例年歩いて上がってくるからで、とりあえずは、直接連絡を取り合える人たちを対象にしたいと思っている。
 これだけの環境、設備がありながら眠らせておくのは勿体ないと思い、契約外の期間ながらこれまで通りお節介を焼くつもりでいる。

 かんとさん、O澤さん、K納さん、通信多謝。かんとさんの予約は生きていますが、雪が心配です。まあ、雨ではないから大丈夫でしょう。

 雨は止みそうにない。本日はこの辺で。
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