寒い。風邪引くんじゃないかな。心配になる。クシャミがついて出る。エアコンもつけて、炬燵にも入っている。なのに寒い。ぞくぞくする。セーターとジャンパーを着込んだ。
書いてないと不安になる。生きている時間が海の浸食作用のように削られて削られて、見る見る少なくなってきた、そういう印象を持っているからだろうか。生きている間に何かはっきりとした生命活動をしておきたいと思うのだろうか。たとい、そうしたとしても、それで死ななくなるということはない。それが分かっていても。
書くこと以外で、浸食の歯止めは可能だろうか。人はそれぞれそういう歯止め努力をして過ごしているのかも知れない。死ぬべき運命を忘れる、いのちが刻一刻削られていることなど気に掛けない、まるで無頓着にしている、そういう抵抗策も意外と有効なのかも知れない。