3
死ぬと言ってもそのままでいいのである。この世に生きた証の遺言遺偈も無用になる。夕べ頂いて来た芋の蔓がここにある。ひらひらして小さいが、泰然としている。うん、これでいいのだ。芋の葉を蓮の葉にすることはないのである。それはそれ自体でいいのである。
4
彼は濁ることも澄むこともある、と激白する。濁りは時がたてば大概は澄んでくる。筆者なんかはそれをまた引っ掻き回すから、またまた濁ってまったく澄むときがない。どうしようどうしようとそればっかりだ。
5
濁ったらそれに応対しない、これがコツだ。濁らせたままにしておく。右往左往をしない。濁りの外に出て一句を作る。彼はそうしていたのだろう。わたしが死んでも死なずにいても風は吹いて来る。「わたしは実は偉かったのだぞ」とわざわざ書いておかなくともいいのである。