おやすみなさい。そろそろ12時。有り難うお命さま。仏さまのお命を我が命にして、傲岸なことであります。不遜なことであります。独りでは何一つできぬのに、我が命などと越権をしております。申し訳のないことであります。生死の中に仏あれば生死なし。わたしの生死の中に、仏さまをお連れしているのではありませんでした。仏さまのお命の中に一夜の宿を借りているのでありました。それがずるずるずるともう何百何千日を数えたことか。それを、わたしの生死としておりました。我が儘なわたしの妄想でありました。おやすみなさい、お命さま。仏さまのお命さま。もう12時を超えました。お酒の臭いぷんぷんのわたしであります。
お昼にクロッカスの花を見つけた。青紫の。厳かな。我が家の庭に。秋に植えた種ではない。土の中に生き残っていたのだ。わたしを呼び止めて、驚かせた。わたしは讃歎した。ああ、きれい。きれいきれいきれい。しゃがみ込んだ。ああ、嬉しい。クロッカスが咲く世界に生きていたことが嬉しい。彼女もそう思っていてくれているだろうか。人間の世界に生きていることが嬉しいと。自信はない
友人来訪。飲んでる。彼は此処に泊まる。ゆっくりして飲む。でも若くない僕は眠い。彼はまだ飲み続けていたいだろう。
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めずらしくうたた寝をしてしまった。炬燵に座ったままの姿勢で。すういと睡魔に引き摺って行かれる快感を味わった。風邪を引いてはいけないから、すっぽり肩まで炬燵布団を覆っていた。油断はならない、やはりまだ寒い。日中の気温は、13℃Cあった。
2
車の中はぽかぽか以上だった。暑かった。で、冷房を掛けて走った。それでちょうど釣り合いが取れた。快適だった。我が家の畑の、成長たわわな緑菜、大根、中国菜のターサイ、水菜、小葱などの農産物を抜いて洗って、揃えて干して、それを仲間達に配って回った。延々遠く近く。揃えて運びに回るまでに、手間が掛かった。留守の処は玄関に籠ごと放置してきた。
3
さて、どうなんだろう。みなさん喜んでもらえたかどうか。食べて貰えるのかどうか。喜んでもらえる保証はない。こんなもの喰えるかなどと却って憤慨を買うことだってありうる。スーパーに列んでいるような上品さはないのだから。力ある猛者のようにしているんだから。
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配り終えて、帰りがけ、途中の麦畑の緑が、すでに4月の青みを帯びていた。雲雀の声を聞いた。季節は確実に動いている。
たしかに秋口に白菜の種を苗床に蒔いて、その発芽苗を畑に移し替えて育ててきたのだけど、とうとう我が家のそれは白菜にはならなかった。巻かなかった。緑菜で終わった。日を浴びるだけ浴びて濃い緑色をしている。そして3月に入ってとうとう薹が立ち始めた。中心に茎が形成されてそれが分厚くなる。外葉が固くなる。食べられる限界だ。それで今朝はこれを10株ほど抜き上げた。根が深く土に下りている。重たい。重根は直径を広げてもいる。がっしりしている。中々片手では抜けない。両手で抱え上げる。剪定鋏ですばやく泥のついた根株を切り落とす。外葉を落とす。随分多く落とす。柔らかい中心部だけにする。それでもがっしりしていて重い。これを外の水道蛇口で洗う。四角のバケツになみなみと水を貯めて洗う。野菜は風で飛んできた枯れ葉を沢山溜め込んでいる。これが水に浮き出て来る。これを四角の平たい籠に干す。これでやっと人様に差し上げるものが揃った。我が家では刻んで茹でて毎食食べている。柔らかくておいしい。でもまだ畑には緑菜がごろごろしている。捨ててしまうのでは勿体ない話である。でもこれは白菜であって白菜にはならなかったので、売り物にはできない。
沈丁花が匂いを届けてくる。僕へ。いつも寂しさの中で暮らしている僕へ。嫌いじゃない、この匂いは。むしろ刺激的ですらある。わたしの官能を刺激してくる。昨日夢の中で逢ったあの人の香水よりもちょっと鮮烈のようにも思える。首のマフラーの麝香はふんわりしていた。
やっと蕾を開いた。蕾の期間が異常に長かった。開くのはたった一日だった。辺りが途端に馥郁とした。沈丁花の花の香りは、この孤独癖のある老人の、質素な幸福を包むパラフィンのようだった。
いい天気だ。快晴というのだろう、今日のような空を。青い色がいい。何とも言えずいい。どうしてこんな癒やし系の色合いが出せるんだろう。それをこうも視界の果てから果てまで大きく広げていられるんだろう。こりゃ、空の下に立ってじっくり見てあげねば相済まないぞ、そう思って外へ出た。花粉症マスクをして。痒み止め目薬をさして。見た。見上げた。吸った。我が胸にそれを広げた。いい気持ちになった。天上界からも親切な贈り物だもんねえ、これは。贈り物を贈り物と知ると、贈り主のこころに触れたように思って、僕のこころは和(なご)んだ。風が少しだけ吹いた。竹の林がかすかに靡いた。
亡くなった弟の夢を見た。夢の中では死んでなんかいなかった。寝そべっていた。「起きろ、もう何時だと思う、日が高くなっているぞ」というと、もって寝かせておいてくれよと懇願した。あの顔つきだと40歳くらいかな、それとも50歳くらいかな。日曜だったんだろう、朗らかな声であった。いい顔をしていた。そうなんだあ、夢の中では死んではいないのだ。兄貴の頭脳の片隅にベッドを置いて寝起きしているんだ。僕は、「じゃ、勝手にしろ」と言った。彼はまた布団を被って寝てしまった。
人には弱点がある。克服しておかないと、また今度生まれたときも、そこからのスタートになってしまう。もちろん、長所もそう。でも、弱点に捕まる。それが強烈だから。それがあることを隠し続けているから。
僕の場合もそれが言える。弱点がある。どれだけ夢がそれを暴き立てることか。執拗に執拗に追いかけ回す。わたしは犯人で警察当局から追われ続ける。指名手配のように。今夜もまただった。ヒーヒーフーフー喚き立てて目が覚めた。左胸が痛い。