<おでいげ>においでおいで

たのしくおしゃべり。そう、おしゃべりは楽しいよ。

無所有者と多所有者が、互いに己を勝ちとする。

2021年08月09日 09時59分42秒 | Weblog

無所有が元気誇って威張りをる    山鳩暮風

 

 

これは川柳のつもりなんだが、どうだろうか。落選は当然だったか。

 

 

人間は何かを誇る。そして威張る。人に向かって威張れないときには、一人で口をとんがらせている。「おれの方が勝ちだぞ」とほざく。

 

お金持ちは所有者だ。能力に溢れている者も所有者だ。肩書きを持つ者も同じ。功績を持つ者も同じ。美人の奥さんを持つ人も同じ。

 

そんなもの持たないという人もいる。彼は無所有でいる。でも彼には健康がある。元気に暮らしている。これが一番だと彼は思っている。胸を張る。これでいい。

 

なんてったって、そりゃ健康だよね。元気でいられた方がいい。そこが、しかし、ベースだが、人間は次へ次へ欲を膨らませる。威張る材料を作る。作り続ける。

 

この句は誰が詠っていてもいい。貧乏人が歌って開き直っていてもいい。大金持ちが唱えていてもいい。「お前らにあるのはたかだかそんなものか」とせせら笑っていてもいい。

 

ともかくフンと笑っている。他者を笑ってもいるが、それを笑っている自己をも笑っている。

 

ともあれ、誇りがないと生きていけないものなあ。

 

いや、何だっていいのだ。そこにあるものを好きなだけ誇りに思っていれば、それで幸せなのだ。

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死者生者ごろんと夏の夜の座敷

2021年08月09日 09時47分13秒 | Weblog

死者生者ごろんと夏の夜の座敷     山鳩暮風

 

 

お盆が来る。仏壇に迎え火の提灯を吊す。読経する。読経の後はみな足を崩す。団扇を仰いで、ごろんとなって、在りし日の故人の、ぼそりぼそり昔話に花を咲かせる。

 

そうなると座敷がたちまち死者と生者の混在になる。境目が解けてしまう。

 

もう最近の新築の家には、しかし、仏壇などは置いてないかもしれない。死者を迎える行事などはもう行われていないかも知れない。誰ももう死者を思い出さない。

 

死者は、だったら、居場所をなくしてそのままUターをせざるを得なくなっているかもしれない。精霊トンボを呼び出して、それに乗って、彼らはまた山を越えて帰って行くしかない。

 

 

この句は、お盆の風景を謳っているのだが、そのようには受け取れない人が多くなっていることだろう。

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山を越えてすいすいすいと精霊トンボが渡って来る

2021年08月09日 09時20分44秒 | Weblog

山越への精霊トンボ誰を問ふ     山鳩暮風

書くことに事欠いて、我が落選の句を持ち出して来た。 

お盆が近付いて来る。トンボはこの時期精霊を乗せているので、精霊トンボと称されている。雨が上がった。山を越えてすいすいすいと飛んで渡って来る。

さて、何処の家の誰を問うのであろう。我が家に向かう我が父だろうか、母だろうか。夭折した我が弟だろうか。   

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台風一過して静かな朝を迎えている

2021年08月09日 07時30分00秒 | Weblog

台風一過。大きく枝を張っていた梅の木を伝って、蔓を伸ばして、そこここに結実させていた冬瓜が幾つも地面に落下した。夜中の1時頃が暴風のピークだった。吹き荒れた。その後は退いた。雨だけになった。その雨も、朝方には退いた。ものみな静かになっている。

 

立体栽培の西瓜殿は、小玉だったことが幸いして落下を免れていた。1個はしかし破裂していた。

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