余り考えたくないのだが10xX+5歳も半ばを過ぎると身体の動きが鈍くなる。目もかすみ新聞の活字が見づらく、日々の思考もまとめ難くなり、文章を書くことを敬遠しがちになる。年のせいだとは思いたくないのだが心身の衰退を意識せざるを得ない。反動で頭や身体を働かせなくて済む手作業、木々の剪定や庭の草取りを好むようになった。年齢相応と勝手に解釈して。まだ足腰が動く間はよいと思うべきか。貧乏症というのか、子供のころからジットしておれない性分だった。意志で起床し早朝歩行を30分間、歩幅を広くするよう心掛けている。意志だけはしっかり働く。庭木の刈込や草取りが出来る場所があるだけ幸せなのかも知れない。以前は松の剪定で時間を浪費するのは趣味と割り切っていた。アメリカに滞在していた20年間は日本の家の管理を兼ね、年に2回、20日間ずつ帰国し雑仕事に追われたものであった。頑健でやる気があった還暦後20年間が懐かしい。 2、3日前、油彩スタジオのある府中に行き、脚立の上で松の剪定と旧松葉をもぎ取り形を整える作業をやった。7月初旬でも結構暑い日だった。集中出来たのは2時間、自転車で3.5kmの国立に帰った。すぐ「昼食を」と言われたが動悸がし「ひとつ息」。呼吸が苦しくて食べられず、30分横になってからようやく食事出来た。今までひとつ息の状態など経験したことが無い。道中は暑かったが昨年まではへっちゃらだった。この息苦しさから想像するに肺の病いか低血圧。脳梗塞、心筋梗塞が命取りになるかも。多分ピンコロで逝くぜ。希望通りに。遺伝的考察だが、父は外で転んだあと鼾をかいて寝たきりに。母は翌朝の朝食の準備をして床に就き、翌朝は冷たくなっていた。父は79歳、母は69歳で亡くなった。
加齢による心身の老化対策だが、成り行きに任せ、その時々でやれる範囲で肉体を使って頑張るしかない。健康年齢が続く限り。(自悠人)
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