文化祭のギター演奏曲は思案の挙句『湯の町エレジー』に決めた。
亡き親父の酒席での十八番だった。鎮魂歌にはそぐわないが、ろくに親孝行もできなかったせめてもの罪滅ぼしに、親父に捧げる歌。
まさに『孝行のしたい時分に親はなし』の心境。これには下の句があり
『さればとて石にふとんも着せられず』と続く。
この歌の作者・瀧瓢水(たきひょうすい)(1684-1762)は家を空けることが多くて母の臨終にも立ち会えずに、後の墓参の際に詠んだそう。
ついでにもう一句。
『浜までは 海女もみの着る 時雨かな(瓢水)』
仏門に入った瓢水にその透徹した境涯をしたって雲水が訪ねてきた。たまたま風邪をひいていたというので薬を買いに出て、留守であった。噂を聞いて訪ねてきたが、命に執着があるようではたいしたことはないと見て、帰ってしまった雲水に、瓢水が贈った句。
亡き親父の酒席での十八番だった。鎮魂歌にはそぐわないが、ろくに親孝行もできなかったせめてもの罪滅ぼしに、親父に捧げる歌。
まさに『孝行のしたい時分に親はなし』の心境。これには下の句があり
『さればとて石にふとんも着せられず』と続く。
この歌の作者・瀧瓢水(たきひょうすい)(1684-1762)は家を空けることが多くて母の臨終にも立ち会えずに、後の墓参の際に詠んだそう。
ついでにもう一句。
『浜までは 海女もみの着る 時雨かな(瓢水)』
仏門に入った瓢水にその透徹した境涯をしたって雲水が訪ねてきた。たまたま風邪をひいていたというので薬を買いに出て、留守であった。噂を聞いて訪ねてきたが、命に執着があるようではたいしたことはないと見て、帰ってしまった雲水に、瓢水が贈った句。