戊辰戦争の生き残り 大内宿
ヨーロッパには、中世のたたずまいを残した町がそれはそれはたくさんあります。石の文化ですから朽ちることはないわけです。日本の場合、紙と竹の文化ですから、江戸時代の建物など保存は大変です。
江戸時代の町並みを保存(再現のケースも含め)している所は何カ所かあります。そのひとつが、大内宿です(おおうちじゅく。「しゅく」ではなく濁って「じゅく」)。住所は、福島県南会津郡下郷町大内。今市市から会津若松市に通じる旧会津西街道、別名下野街道、通称南山通りとも…に沿った山間の平地(やや傾斜)にあります。アクセスは、国道121号線の湯野上温泉から車で10kmほど山へ入った所。戊辰戦争の大激戦地のひとつでもありました。焼き討ちを免れたのは、遠隔地の山間が幸いしたと思われます。
塔のへつりから大内宿へ向かいました。20分で着くよていでしたが…あと、3kmというところで、渋滞。数分止まって、5mほど動く…何時になったら到着するか先が見えない。このようなとき、人間はどういう行動に出るか?観察の結果、大きく次の三パターンがあることが判明。
1 あきらめて、Uターンして帰ってしまう
2 車を、放棄して歩き始める
3 辛抱強く、止まって少し動いて…を繰り返す
困るのは、オヤジの立ち小便。同じオヤジの一人でも、見たくないですよ。「お!車を放棄したな。歩くつもりだな」と、見るや…おもむろに立ち小便。長蛇の列の観衆…衆目監視の中、開き直りともとれる。用が終わると、わざとに(私が細かく観察したところでは、わざとと受けとれる)体じゅうをゆさ振っている。「もうやめろ!」と、言いたくなるほど…。奴さん、やけになってるな。広辞苑の、「羞恥心」のページを破り捨ててこの旅へ出てきたのだろう。一人やると、「連れ○○」で、別の車からも降りて用を足す。オヤジの特権みたいなもので、オバサンは降りてこなかった。観光バスも、もちろん渋滞に巻きこまれている。トイレの無いバスばかり、乗客はどうしているのだろうと心配になる。まさか、膀胱容量の大きな人ばかりを募ったツアーでもあるまい。私の場合、550ミリリットルぐらいまでなら我慢できる。自慢ネタに事欠くと、膀胱容量まで持ち出して自慢!これも、数か月後には、600ミリリットルに膨張するかもしれませんので要注意。
あと、2kmのところまできた。このまま行くべきか?車を放棄して歩くべきか?得意の判断力も発揮できない。残り1kmのところで決心した。路肩に余裕がある場所に車を放棄して、歩きだした。私のマネ(?)をして、路肩に停め歩きだす人が続出。気がつくと、水戸黄門御一行よろしく、私の後ろに列が出来ていた。いつのまにか、「人生楽ありゃ苦もあるさー…」との大合唱…と、いうことはなかった。20分の予定が、90分かかって、目的地「大内宿」へ到着。
全長約400mの道の両側に、「寄棟造、茅葺」の家がほぼ等間隔に並んで、江戸時代の宿場町を見事に保持していました。「伝統的建造物群及びその周囲の環境が地域的特色を顕著に示している」として、重要伝統的建造物群保存地区となっている。これは、宿場町としては妻籠宿(長野県)、奈良井宿(長野県)と並ぶものです。昨年、小泉純一郎さんも訪れたということで、そのときの写真を誇らしげに縁側に出しているお宅もありました。小泉さんが、煎餅を買って食ったという煎餅屋には、人の列が。
道の両側に水路があり、ラムネやら、何やらの清涼飲料水を冷やしていました。
昼食は、「そば」と決めていました。それも、「ネギ一本で食べるそば」。大内宿ならではのそばで、箸の代わりに、ネギが一本。そのネギを箸がわりにしてそばを食べる。時々、薬味として、そのネギをかじる。目当てのそば屋を発見!
「注文いただいてから、一時間半ほどお待ち願います」
・・・渋滞の中、膀胱をぱんぱんにしてまで頑張ってたどり着いたのに、ネ、ネ、ネギ一本で食う、そんな曲芸みたいなそばのために、さらに90分待つのか~!そこはさっさと失礼して、普通に箸でそばを食うそば屋へ入った。
仲居さんに、「おすすめのそばは?」と訪ねると、「くるみそばか、高遠(たかとう)そばですね」もちろん両方注文。さらに、「10年味噌だんご」と「トチの実だんご」も注文。こうなったら、血糖値もヘチマも関係ない。
くるみそばは、ツケダレにくるみをすり下ろしたものを入れて食べる。高遠そばは、大根おろしの絞り汁に生醤油で味付けをしたものをツケダレにして食べる。きわめて旨いわけではないが、初めてなのでそれなりに良かった。だんごは、期待通り旨かった。
大内宿には、意見がある。ドーしようもないことかもしれないが、感想として述べさせていただく。
茅葺き屋根の建物が緩やかな傾斜地に、整然と並んだ様、素晴らしい景観です。江戸時代に栄えた宿場町。見事に保存してあります。
しかし、BUT! どうして、建物のほぼ全てが、土産物屋と食堂…つまり、商店なんだ?宿場町なら、旅籠、番屋、置屋、着物・履物屋、醤油屋、豆腐屋・・・あったでしょう。それらを生かして、江戸情緒を楽しみながら歩ける町にしてほしかった。現状は、町並みを見て、食事して、お土産を買って、帰りがけに小用を足して帰る。皆さん、膀胱パンパンにして来るんだから、それだけではあまりにも寂しい。「町並み展示館」もあるが、250円払って、いろりを見せてくれる・・・それって、入館料を徴収して見せるものかね!昼食を食べた、「山本屋 金太郎そば」といういうそば屋では、立派な和室のいろりで、本物の火を焚いて、炉端でだんごをあぶってくれたわ!町並み展示館!何を考えとるんじゃ!責任者を出せ!
ともあれ、静かな山間に江戸時代の宿場町の風情を残す「大内宿」景観は素晴らしいです。住民は、この風景を守るために土地を大手不動産業者等へ、「売らず、貸さず」を貫いているそうです。
景観の保全の資金にするため、駐車場を有料にしているのだそうです。と、いうことは、道端に車を放棄(停めて)して、さっさと観光してしまう人は…はい、大変失礼いたしました。
ヨーロッパには、中世のたたずまいを残した町がそれはそれはたくさんあります。石の文化ですから朽ちることはないわけです。日本の場合、紙と竹の文化ですから、江戸時代の建物など保存は大変です。
江戸時代の町並みを保存(再現のケースも含め)している所は何カ所かあります。そのひとつが、大内宿です(おおうちじゅく。「しゅく」ではなく濁って「じゅく」)。住所は、福島県南会津郡下郷町大内。今市市から会津若松市に通じる旧会津西街道、別名下野街道、通称南山通りとも…に沿った山間の平地(やや傾斜)にあります。アクセスは、国道121号線の湯野上温泉から車で10kmほど山へ入った所。戊辰戦争の大激戦地のひとつでもありました。焼き討ちを免れたのは、遠隔地の山間が幸いしたと思われます。
塔のへつりから大内宿へ向かいました。20分で着くよていでしたが…あと、3kmというところで、渋滞。数分止まって、5mほど動く…何時になったら到着するか先が見えない。このようなとき、人間はどういう行動に出るか?観察の結果、大きく次の三パターンがあることが判明。
1 あきらめて、Uターンして帰ってしまう
2 車を、放棄して歩き始める
3 辛抱強く、止まって少し動いて…を繰り返す
困るのは、オヤジの立ち小便。同じオヤジの一人でも、見たくないですよ。「お!車を放棄したな。歩くつもりだな」と、見るや…おもむろに立ち小便。長蛇の列の観衆…衆目監視の中、開き直りともとれる。用が終わると、わざとに(私が細かく観察したところでは、わざとと受けとれる)体じゅうをゆさ振っている。「もうやめろ!」と、言いたくなるほど…。奴さん、やけになってるな。広辞苑の、「羞恥心」のページを破り捨ててこの旅へ出てきたのだろう。一人やると、「連れ○○」で、別の車からも降りて用を足す。オヤジの特権みたいなもので、オバサンは降りてこなかった。観光バスも、もちろん渋滞に巻きこまれている。トイレの無いバスばかり、乗客はどうしているのだろうと心配になる。まさか、膀胱容量の大きな人ばかりを募ったツアーでもあるまい。私の場合、550ミリリットルぐらいまでなら我慢できる。自慢ネタに事欠くと、膀胱容量まで持ち出して自慢!これも、数か月後には、600ミリリットルに膨張するかもしれませんので要注意。
あと、2kmのところまできた。このまま行くべきか?車を放棄して歩くべきか?得意の判断力も発揮できない。残り1kmのところで決心した。路肩に余裕がある場所に車を放棄して、歩きだした。私のマネ(?)をして、路肩に停め歩きだす人が続出。気がつくと、水戸黄門御一行よろしく、私の後ろに列が出来ていた。いつのまにか、「人生楽ありゃ苦もあるさー…」との大合唱…と、いうことはなかった。20分の予定が、90分かかって、目的地「大内宿」へ到着。
全長約400mの道の両側に、「寄棟造、茅葺」の家がほぼ等間隔に並んで、江戸時代の宿場町を見事に保持していました。「伝統的建造物群及びその周囲の環境が地域的特色を顕著に示している」として、重要伝統的建造物群保存地区となっている。これは、宿場町としては妻籠宿(長野県)、奈良井宿(長野県)と並ぶものです。昨年、小泉純一郎さんも訪れたということで、そのときの写真を誇らしげに縁側に出しているお宅もありました。小泉さんが、煎餅を買って食ったという煎餅屋には、人の列が。
道の両側に水路があり、ラムネやら、何やらの清涼飲料水を冷やしていました。
昼食は、「そば」と決めていました。それも、「ネギ一本で食べるそば」。大内宿ならではのそばで、箸の代わりに、ネギが一本。そのネギを箸がわりにしてそばを食べる。時々、薬味として、そのネギをかじる。目当てのそば屋を発見!
「注文いただいてから、一時間半ほどお待ち願います」
・・・渋滞の中、膀胱をぱんぱんにしてまで頑張ってたどり着いたのに、ネ、ネ、ネギ一本で食う、そんな曲芸みたいなそばのために、さらに90分待つのか~!そこはさっさと失礼して、普通に箸でそばを食うそば屋へ入った。
仲居さんに、「おすすめのそばは?」と訪ねると、「くるみそばか、高遠(たかとう)そばですね」もちろん両方注文。さらに、「10年味噌だんご」と「トチの実だんご」も注文。こうなったら、血糖値もヘチマも関係ない。
くるみそばは、ツケダレにくるみをすり下ろしたものを入れて食べる。高遠そばは、大根おろしの絞り汁に生醤油で味付けをしたものをツケダレにして食べる。きわめて旨いわけではないが、初めてなのでそれなりに良かった。だんごは、期待通り旨かった。
大内宿には、意見がある。ドーしようもないことかもしれないが、感想として述べさせていただく。
茅葺き屋根の建物が緩やかな傾斜地に、整然と並んだ様、素晴らしい景観です。江戸時代に栄えた宿場町。見事に保存してあります。
しかし、BUT! どうして、建物のほぼ全てが、土産物屋と食堂…つまり、商店なんだ?宿場町なら、旅籠、番屋、置屋、着物・履物屋、醤油屋、豆腐屋・・・あったでしょう。それらを生かして、江戸情緒を楽しみながら歩ける町にしてほしかった。現状は、町並みを見て、食事して、お土産を買って、帰りがけに小用を足して帰る。皆さん、膀胱パンパンにして来るんだから、それだけではあまりにも寂しい。「町並み展示館」もあるが、250円払って、いろりを見せてくれる・・・それって、入館料を徴収して見せるものかね!昼食を食べた、「山本屋 金太郎そば」といういうそば屋では、立派な和室のいろりで、本物の火を焚いて、炉端でだんごをあぶってくれたわ!町並み展示館!何を考えとるんじゃ!責任者を出せ!
ともあれ、静かな山間に江戸時代の宿場町の風情を残す「大内宿」景観は素晴らしいです。住民は、この風景を守るために土地を大手不動産業者等へ、「売らず、貸さず」を貫いているそうです。
景観の保全の資金にするため、駐車場を有料にしているのだそうです。と、いうことは、道端に車を放棄(停めて)して、さっさと観光してしまう人は…はい、大変失礼いたしました。