アンティークマン

 裸にて生まれてきたに何不足。

ロスからの転居挨拶状

2008年10月25日 | Weblog
ロスからの転居挨拶状

 「*んで覚える*単語」という本があります。本の宣伝文句は、「おびただしい数の英単語、ただ暗記するのは至難のワザ。ひとつの言葉から関連する単語をつなげて覚えてゆきましょう。すらすら読み進めていくうちに、あなたの頭に単語力が根づいてくるはずです」と書いてあります。そして、目次ですが…
 第1部 三つの愛と憎しみ(男と女の愛、エロス愛と婚約と結婚 ほか)
 第2部 真・善・美を考える(真実を求めて善なるもの ほか)
 第3部 4つの自由(言論と表現の自由、信仰の自由 ほか)
 第4部 人間の7つの大罪(傲慢、色欲、欲望、大食、嫉妬、怒り、怠惰)
 第5部 いろいろな人たち(頼れる人社交的な気のおけない人 ほか)
 怪しい本ではありません。正真正銘真面目な英語の参考書です。本の価格は、1,980円です。この本は、たまたま共著ですが、主著者は、100冊以上の著書があります。日本人、性別は男で、年齢は80歳を越えられておられます。仮名を、バーミンとしておきます。

 ロス在住の、スターチ(仮名、日本人女性、80歳)から、お便りをいただきました。高齢で病気がち、弱々しい手書きで…。 
 「長年住んだアパートを出ました。レントが高くなって払えなくなったのです。2人の息子に頼んで、2週間交替で下宿させてもらうことにしました。部屋代は無料にしてもらって、食費だけ払います。何とか、経済を立て直し、いつしかまた懐かしい日本を旅する。このことを心の支えにして生きていきます」・・・引っ越しの挨拶状でした。

 80歳を過ぎ、長男宅に2週間…二男宅へ移って2週間…(2人の息子もロス近郊在住)、これを繰り返す…。日々高齢者街道邁進中の私にとって、そんな老後もあるのか…なんともやりきれない気分です。みんな、一度は死ぬ。二度死ぬのは007ぐらいのもの(古かったか!)。どんな状況で死んで行くか、これは大きな問題。ただ…80歳過ぎてから、あっちこっちと移動しなければならないのは、できることなら回避したいものです。邪魔にされているようで…。邪魔ですよね、年寄りなんて。しかし、みんなが通る道です。

 バーミンとスターチは夫婦でした。結婚してから留学。二人で、ウイスコンシン大学を卒業。帰国して、英会話学校を設立。バーミンは傍ら、大学で教鞭を執った。離婚の原因は、「*んで覚える*単語」という本の、目次にあるようなことへの裏切り行為ですね。二人で、どんな話になったかは知らないが、バーミンは大学教授になって、目論見通り、ダンス教師の女性と再婚。スターチはというと、3人の子ども(長女、長男、二男)を連れて、ロスへ。それまで、日本のアメリカンスクールへ通わせていたが、離婚したため3人の授業料が払えなくなった。アメリカなら、義務教育のうちは、人種、国籍、信教の如何を問わず無償。日本と違い、ノート、鉛筆、絵の具、画用紙…全て無料。遠足のバス賃?もちろん無料。学級費、生徒会費、PTA会費…なし。赤い羽根募金…なし。ランチ代…これだけは、自分持ち。弁当持参でも給食を買っても良い。食べない自由も認められている。
 バーミンに捨てられ、3人の子を一人で育てなければならなくなったスターチ。日本人のおっかさんを高給優遇する職場などロスにあるはずもなかった。
 スターチは、レストランのウエートレスをした。ウエートレスは無給。収入は、客からのチップ。その日のパンにも困る極貧の暮らしが続いた。その後、日系の小さなホテルの経理の仕事にありつき、暮らしは少し上向いた。上の2人の子は、大学へ行かせられなかったが、三番目(二男)は、大学まで行かせることが出来た。

 20年前、私がロスへ行ったとき、スターチに電話した。大変喜んでくれた。長男が勤めていた、リトルトーキョーにあったホテルニューオータニで、食事をした。スターチと、長男、二男、そして私の4人で。そのときは、ようやく幸せになった母子だった。良かったなあと、安心し帰ってきました。
 ロスのホテルニューオータニは、数年前、ビバリーヒルズに本拠を置く3Dインベストメンツ社へ売却されました。リトルトーキョーも変わっていくでしょう。それにしても、リトルトキョー周辺の治安の悪さ、何とかしていただきたい。ホームレスに朝食を提供する所があるので、ブチ切れたような連中が集まるんです。昼間でも一人歩きは不安になります。上野にも朝食を支給するところがありますが…。

 数年前、スターチと二男が一時帰国し、我が家へも遊びに来てくれた。そのときに、バーミンが二男へした行為を聞き、大変な衝撃を受けました。

 二男は、バーミンに対して嫌な思いを持っていなかった。別かれてからも、ずっと会いたいと思っていた。自分は、父親に受け入れられるだろうなとも思っていた。大学生になって、「日本へ遊びに行っていいですか?」と連絡を取った。バーミンは国立大学の教授でしたから、どこにいるかすぐに分かったのです。
 二男は、夏休みに東京へやってきた。バーミンも10年ぶりに会う我が子を満面の笑みで迎えた。バーミンの豪華な家の居間は、吹き抜けになっていて、屋根がガラス張り。居間から空が見えた。二男は、「ここに泊まって、なつかしい東京を歩き回れるのか!別れても親子の絆は変わることがないんだなあ」と、喜んだ・・・。
 しかし、夕刻、バーミンはこともなげに二男へ言った。
 「泊まる場所だけど、知り合いの医者が、病院の空きベッドに泊めてやっても良いと言ってくれた。そこへ泊まればいい」
 二男は、病院のベッドで1泊した。翌日、東京在住のアメリカンスクール時代の友人を頼った。病院へ戻ることはなかった。 
 この話の時、スターチは、涙ぐみ怒りを表していたが、二男は、黙っていた。子どもの頃から、そういう子でした。私は、「我が子を病院の・・・人間ってそういうことができるのか?」と、声も出ませんでした。

 スターチは、体調を崩してしまい、日系の小さなホテルの経理係を解雇されました。78歳までOG(日本流に言うとOL)だったのですから、まあしょうがないと私は思いますが。アメリカって…78歳のオフイスガールがいるのです…。アメリカの国内線の飛行機に乗ると、「え!何か間違えたかな?」と思うことがあります。昔の言い方で、スチワーデス。今は、「客室なんたら」というらしいが、「お~い!大丈夫か~?杖を貸そうか」と、声をかけたくなるような、おばあさんを揃えたり…。
 そんなわけでスターチは、このたび30年住んだアパートを出なければならなくなったのです。

 バーミンの著による本、「*んで覚える*単語」…
 第1部 三つの愛と憎しみ(男と女の愛、エロス愛と婚約と結婚 ほか)
  →何が、三つの愛だ!苦しい時代を支えてくれた妻と子どもたちを捨て、ダンス教師との愛を貫いたってことだな!オノレは、ホントに牧師かよ!(バーミンは牧師さんでもあるのです) 
 第2部 真・善・美を考える(真実を求めて善なるもの ほか)
  →あなたの口から、善は聞きたくないです。嘘ですから。牧師としてのお説教も、いいことおっしゃるのでしょうねえ。
 第3部 4つの自由(言論と表現の自由、信仰の自由 ほか)
→10年ぶりに会った我が子を、病院の空きベッドに泊めるのも表現の自由か?
 第4部 人間の7つの大罪(傲慢、色欲、欲望、大食、嫉妬、怒り、怠惰)
  →何が、人間の大罪だ!牧師さん!あなたは、全て犯しているでしょう!
 第5部 いろいろな人たち(頼れる人社交的な気のおけない人 ほか)
  →何がいろいろな人たちだ!みんな違ってみんないいってか?みんなは、良いけどあなただけはダメです。

  バーミンって、ホント、いい人に見えますよ。100人中99人までが、「優しいく気配りがいい。フットワークが軽い。頭がいい。英語が上手く、スポーツ万能。いつもほほえみを絶やさない…最高にいい人」と、言うでしょう。
 世の中には、「バーミンもどき」が、ごまんといます。「ほほえみながら毒を盛る」ことすら平気でしょう。「人は見かけ」については50%同感です。しかし、「人は見かけによらぬもの」も、50%意識しておかなければ…と。

 スターチのこれから・・・。今年の暮れは、クリスマスカードをくれるでしょう。でも、来年は・・・。私は、「平等などない」という考えですが、間違いなく平等なものが一つだけあります。それは、「死」。死は、平等に訪れる。