5月6日付のデイリー新潮によると朝日の実発行部数は遂に390万部にまで落ち込んだそうである。ネタ元は朝日新聞OBの川村二郎氏とある。これは週刊新潮の推定値であるが前年の2017年3月期の公表値641万部余りに比べ実に40%の減少であるが、公表値には押し紙による水増しがあると考えられるので実質の減少率は20%くらいだろうか。もしこれが本当だとするとこの凋落は時代の変化を示す兆候と理解できる。
旧希望の党の玉木代表は親から「そろそろ出たほうがいい」と言われたので、国会に出ることにしたという。親から言われてもこんな内部事情は発表しないのが普通である。私は一人前の男ではなく子供並みだと公言するも同然だからである。しかしこの人が公党の党首なのである。彼は政党の代表だけでなく、人間の質においても野党を代表しているように思う。また野党が国会に出るのを決めたのは、日経の世論調査で64%が審議拒否を不適当と答えたためと言われている。朝日や毎日は世論調査さえしなかった。左派メディアと野党の認識能力の低さは目を覆うばかりである。
そしてこの野党の凋落と朝日の凋落がほぼ同時に起きていることが興味深い。前々回の記事で、左派メディアが野党を支持し、野党を批判せず、甘やかしてきたことがアホな野党を生み出したと述べた。メディアと野党の安易なもたれあい構造であり、継続的な腐敗状態と言ってもよいと思う。朝日と野党は手を携えて墓穴を掘ったのである。
朝日・野党の連合が没落傾向を示すことになったのは他にも理由があるだろう。左派の支持層である高齢層が減少していることや、ネットの利用が広がり、新聞の購読者が減少していることなどが考えられる。しかしこの急激な朝日の部数減少は朝日・野党の頑なな主張が現実に合わないという認識が広がったことにあるように思う。この認識にはネット情報が役に立っているわけで、既存メディアの情報独占状態が崩された結果と見ることができる。
政治家や芸能人などの下らない不倫報道で有名な週刊新潮であるが、この報道は珍しく価値がある。不倫報道は役に立たないが、朝日の退潮を示すこの記事は時代の潮流が変わり始めていることを世に知らせる意味がある(本当ならば)。東大生は既に何年も前から誰ひとり朝日には応募しなくなったと言われている。さすがに東大生は目敏(ざと)い。
旧希望の党の玉木代表は親から「そろそろ出たほうがいい」と言われたので、国会に出ることにしたという。親から言われてもこんな内部事情は発表しないのが普通である。私は一人前の男ではなく子供並みだと公言するも同然だからである。しかしこの人が公党の党首なのである。彼は政党の代表だけでなく、人間の質においても野党を代表しているように思う。また野党が国会に出るのを決めたのは、日経の世論調査で64%が審議拒否を不適当と答えたためと言われている。朝日や毎日は世論調査さえしなかった。左派メディアと野党の認識能力の低さは目を覆うばかりである。
そしてこの野党の凋落と朝日の凋落がほぼ同時に起きていることが興味深い。前々回の記事で、左派メディアが野党を支持し、野党を批判せず、甘やかしてきたことがアホな野党を生み出したと述べた。メディアと野党の安易なもたれあい構造であり、継続的な腐敗状態と言ってもよいと思う。朝日と野党は手を携えて墓穴を掘ったのである。
朝日・野党の連合が没落傾向を示すことになったのは他にも理由があるだろう。左派の支持層である高齢層が減少していることや、ネットの利用が広がり、新聞の購読者が減少していることなどが考えられる。しかしこの急激な朝日の部数減少は朝日・野党の頑なな主張が現実に合わないという認識が広がったことにあるように思う。この認識にはネット情報が役に立っているわけで、既存メディアの情報独占状態が崩された結果と見ることができる。
政治家や芸能人などの下らない不倫報道で有名な週刊新潮であるが、この報道は珍しく価値がある。不倫報道は役に立たないが、朝日の退潮を示すこの記事は時代の潮流が変わり始めていることを世に知らせる意味がある(本当ならば)。東大生は既に何年も前から誰ひとり朝日には応募しなくなったと言われている。さすがに東大生は目敏(ざと)い。