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【書評】『高熱隧道』…知ってほしい苛酷な過去

2007-11-16 09:55:37 | Weblog
【書評】『高熱隧道』…豊かさの世代に知ってほしい過去の過酷な事実

 40年ばかり前に書かれた「高熱隧道」を何故いまさら、と思われるだろうが、きっかけは著者、吉村昭の死に様に惹かれたことである。昨年、病床にあった吉村は、自ら生命維持に必要な器具類を取り去り、覚悟の死を選んだ。

 「高熱隧道」は期待にたがわず、硬骨漢らしい冷静な態度が貫かれた記録文学である。昭和11年から約4年間の黒部第3発電所のトンネル工事が描かれている。当時の電力不足という切実な事情に、軍の強い要請が加わる中、工事は多数の犠牲を出しながら進められる。

 重荷を背負い、黒部渓谷の断崖に細く刻まれた道からの転落、岩盤の高温によるダイナマイトの爆発事故、雪崩による宿舎の崩壊などによって犠牲者は300名を超える。鉄筋5階建ての2階以上を数百メートル吹き飛ばした泡(ホウ)雪崩の存在には驚いた(泡雪崩のメカニズムの記述に誤りがあるとの指摘がある)。

 話は工事事務所長や工事課長という管理者側の視点から描かれる。その中で、なぜ人夫は、こんな危険な仕事から逃げ出そうとしないんでしょう、と若い社員の問いに対して、「人夫たちが高熱に喘ぎ、死の危険にさらされながらも工事現場から離れないでいる理由はただ一つ、高い日当にあるのだ。彼らは、普通の作業に従事していたのでは手にする金額も妻子を辛うじて食べさせるだけで、衣服まではなかなか手が届かないことを知っている」と課長の思いが記される。

 危険な仕事に駆り立てるものは、上層部にあっては切実な電力不足を解消しようという使命感や隧道技術者としての誇りであり、下層にあっては貧困である。

 現代の社会にはかつてのような生存を脅かすほどの深刻な欠乏は見あたらない。したがって産業に携わる人間が使命感を持ちにくい状況だと言える。テレビゲーム、ファッション衣料、レジャーランド、などはなくなってもさして困らない。

 だがほとんど停電なく供給を続ける電力、石油、鉄鋼、化学、運輸、通信などの基幹産業が今でも生存にかかわる重要な位置を占めているという事実、またそれらに従事している人々の努力にメディアが関心を向けることはない。

 「今日は電気はお休みです」とか「今日はガソリンが品切れです」なんてことはまず起こらない。それがあたりまえとされ、維持するための供給者側の苦労など誰も考えない。地味な基幹産業をメディアが取り上げるのは事故と不祥事のときだけだ。つまり負の部分しか取り上げない。柏崎刈羽原発の地震被害報道を見て東電へ就職したいと思う人はあまりいないだろう。

 そのような報道姿勢は、生活を支える豊富な物資はあってあたりまえと受け止め、産業の受益者でありながらその重要性を理解しない層を大量に産み出す。95年には57万4000人いた工学部志願者が05年に33万2000人にまで減少したのはその反映だと思う。優秀な技術者の不足はやがて日本の競争力の低下につながるだろう。

 本書によって私は数十年前の、先人達の血の滲むような努力や犠牲が現代の豊かな暮らしにつながっているという事実と、現代の基幹産業の重要性を改めて思い知った。原発反対運動に精を出している方々にはとりわけ一読をお薦めしたい本である。


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