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Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

山羊の競り落とされる日(3)

2005-05-22 | 
幼女たちが国境を越えて町外れに山羊がやってくるのを迎え待つ写真を見た事がある。この幼女たちが先の男の子たちに代わって新婚夫婦の前でポルカを踊る様は、芝居などで御馴染みの大円団の光景である。それは、何時しか地元の祭り継承会の大人の男女の踊りへと代わっていく。

四半時も5時を過ぎると、式次第は競りへ向けての下準備となる。ここで親爺によって、期待膨らむ観衆に向って6時の終結が再度宣言され、時空間のシンタクスが確認される。ここからの法廷劇は、競り市の成り立ちを説明する。それに先立ち、簡単にルイ王朝による継承戦争を含む幾多の戦の被害や遭遇、ナポレオンによる競りの承認、近過去60年間の平和を思い起こさせ、歴史の時空に大きく弧を描いた遠近法を使って人々を中世の時代へと誘う。このような伝統の中で養われて堅牢となった時間の芸術は、殆んど音楽的ともいえるような構成感そのものである。

この祭りの背後説明を祭りの中で扱う劇中劇の構造は、何時しか付け加えられたプロットであろう。その寸劇が無くとも「競りが祭りとして成立」するのは確かである。近過去の記録という行為は、嘗て見た「ワイン飲み競争の絵*」の成立の過程を想像させる。その法廷自体が当時の競り市の場で実際に行われた訳ではなかろうから、これは説明としての意味を持ちながらも、伝統的な市としての「祭りの実際の大枠」の中にスッポリと嵌まっていて、大変見事な劇中劇の構造となっている。

ここで名誉の騎士たちによって裁定されるのは、近隣の「外国の」の権利である。ワインを造りこの町で売る権利、この町の放牧地を使う権利、取水権などが取り扱われる。これが山向こうからわざわざ山羊を遣わし、若い夫婦が代表して競りに馳せ参じなければならない根拠となっている。種山羊となる山羊は健康でなければならない。こうして結ばれるのが向こう一年間有効の契約である。不健康な山羊は競りを拒否されて、両の関係が悪化した事がある。嘗て唯一人、山羊を競り落とした女性も居るという。

ポーチの上の方で市長やワイン女王の挨拶が一言あり、舞台の上で競りの規約が読み上げられる。動物愛護と現金払い、競り手の親爺の横領の際の町の免責を挙げて、競り手のシルクハットを被った親爺の手にハンマーが握られる。教会の鐘が鳴り響き、競りが始まる。クライマックスへの15分間である。100ユーロの第一声が飛んだ。なかなか軽妙な競りが続けられる。現金払い故「その辺の銀行には紙幣があまっていない」というような様子はなく、高額になるに従ってカメラを挙げる手も憚れるようになる。そうして速まる心臓の鼓動と裏腹に周りの者の頭が垂れてくる。その緊張感とざわめきが極に達したところで、6時にハンマーが下ろされる。結局、第一声の主が3700ユーロで競り落し、その声の主とともに山羊のアルフォンソ一世はオーストリアへと旅立った。



参照:
*「ワイン飲み競争の絵」デジタル登記 [ 歴史・時事 ] / 2005-02-02
朕強クリースリングヲ欲シ [ 歴史・時事 ] / 2005-03-30
ワイン街道浮世床-ミーム談義 [ 文化一般 ] / 2005-05-25
山羊の競り落とされる日(1) [ 暦 ] / 2005-05-19
山羊の競り落とされる日(2) [ 生活・暦 ] / 2005-05-20
山羊の競り落とされる日(番外1) [ 生活・暦 ] / 2005-05-20
山羊の競り落とされる日(番外2) [ 生活・暦 ] / 2005-05-21
山羊の競り落とされる日(番外3) [ 生活・暦 ] / 2005-05-21
山羊の競り落とされる日(結) [ 生活・暦 ] / 2005-05-23

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