A・クリストマン醸造所は、二つのお披露目に華やかであった。一つ目は、なんと言っても当主がVDP会長に就任しての初めての試飲会であったこと、二つ目は、嘗ての納屋が試飲室としてお披露目されたことであろう。
「息子のマルティンを表に立てて」と、お母さんの強い意志を何度も聞かされたのは十五年以上前の話しである。短期間の内に協会の頂点まで登り詰めるには、それなりの理由がある。しかし少なくとも醸造所の中では醸造や小口販売においては隠れた存在であり続けた。そのような理由で、予測されたとは言いながら、我々を待ち受けて歓迎する当主の姿勢は、こうした顧客に対して通常ならば当然かもしれないことが、祝賀的な気分を交じえて受け止められたのではなかろうか。
そのお蔭で、東京でのドイツワインに対する苦情処理の話やドイツワイン関係者の対外への姿勢を質すことが出来たのは幸運であり、そのあと申し込んでいた三十人ほどの顧客を連れて地所を案内しながら語る様々なワイン農業に関する具体的な内容は今までにない分厚いものであった。
同じく、マンデルガルテンの手前でカペレンベルクの地所をその土地を掘り起こして採取面を見せるにしても、今VDPが取り組むバイオやテロワールを浮き彫りにする高次からの視線が感じられて大変刺激に富んでいたのである。
その一方、叔父さんの土地を譲り受けて新たに拡張して土地を有効利用して行く計画やワイン農協同組合の地所にみる荒れ方と市場の様相を一望する話には、流石に会長だけに視点が異なると感じさせる。
同時に、先代のをそのまま受け継いでいるそのプファルツ訛りの話し振りは、我々に氏が学んだ法学を考え直させるほどの印象を与える。それは、この醸造所が提供するワインの如何とも独自の味覚でもある。それを如何に楽しむ事が出来るかは愛好者の受け止め方によるだろう。
イーディックの茶室跡の丘の上で、供されたワインの数々のなかで秀逸だったのは、イーディックのシュペートブルグンダーであり、その価格32ユーロがその質を語っている。まるで高級辛口シェリー酒のような味のピノノワールである。
2000年産と2005年産のイーディックのグランクリュの飲み比べも注目された。ここでも、9グラム、4グラムの酸や糖のバランス以上に、土壌であるロートリーゲンデのスレートのような味は、なるほど日本食にこれを好む人がいるかもしれないと思わせる類似性を示していた。イーディックのリースリングは、この醸造所のフラッグシップであり、まさにその場所で試飲会ピクニックが開かれているのだが、歴史的な流れと農協による荒れた状況を、区画を少しずつ買い戻して行くことによってその特別な土壌を回復させて行こうとする意志が語られる。
いわばこうしたレコンキスタのような動きは、ビエンガルテンなどでも買い取りが進められて土地改良へと動いている。その土地は、四年毎の土の掘り返しによって、一つおきの畝毎に根掘りはおりと植え替える下草に、バイオダイナミック農の共通した取り組みがある。そのためには葡萄の根も真っ直ぐと下に伸びていくべきなのである。
その摂理は、御得意のビオデュナミークにおける「宇宙の力」を、今はまだ科学的に解からない力として積極的に利用することで、過去にそうであった「科学的前進」を将来にも繫げようとする旨が表明されるとなると、どうしても疑問の声が方々で聞かれる。そこで、「それならば百年後にもう一度ここに集合してその結果を皆で確認しましょう」と再会を期すことになる。
上に暗示したように、この辺りの知的な認識が、明らかに我々とは異なる所以で、そうした違和感がその製品であるワインに表れているのは当然ではないだろうか?あの独特の酸の出方は、上手く経年変化してそこに初めは量感のある酸に隠された糖分を強調することになり、尚且つ同じビオデュナミックを信仰するビュルックン・ヴォルフの有り余る内包量とはまた異なる弱った熟成を示す事になる。糖比重が97度ほどに押さえる独自の判断は、その熟れ方に表明される。
その熟れる前の時期をクリストマン氏は、「思春期」と呼んで二三年のリースリングはニキビ面で様々なものを発散しているとする。つまり、ここにおける熟成は、落ち着きをみせた中高年の姿ではないだろうか。現代社会における青年期は、益々長くなっていることを考えると氏のイメージはかなりクラッシックなものである。
その幾分糖の勝ったフィルンに近づく静的な熟成は、ビュルックン・ヴォルフのいつまでも酸が強く殆ど新鮮で動的な熟成とは大きく異なる。価格面において、後者の強気の価格構成を十分に意識したこの醸造所の政策がどれほど市場で受け入れられているのか、規模が小さいだけによく分からない。
参照:
スパイシーな相互感応 [ ワイン ] / 2008-05-26
偏屈者の国際市場戦略 [ 試飲百景 ] / 2008-05-28
南北にワイン街道行脚 [ 生活 ] / 2008-05-24
活き活き横たわる五月鰈 [ 生活 ] / 2008-05-25
聖体節の百年際試飲会 [ 暦 ] / 2008-05-23
ドイツ旅行記2008年5月(第6日目:5月8日)その1 (DTDな日々)