週後半から末にかけて、展示会や朗読会に参加したので忙しかった。とても見たり聞いたりしたことが多くて、それもあまりにも興味深かったので簡単には片付けられない。それでも、メモしたものを整理しておく必要はあるだろう。
「オデッセー」などで有名なホメロスに関する展示会がバーゼルでの成功に続いてマンハイムのライス・エンゲルホルン博物館でこの14日から開催されている。
既に伝えたようにヘッセン放送のラジオ朗読のために新たにトロイヤ戦争を扱った「イリアス」を訳す過程でラオル・シュロットは、様々な発見から新たに仮説が立て、この春にそれを扱った書物を刊行して、専門家達の盛んな議論を呼び起こすに至った。
19日に行なわれた本人による新翻訳の冒頭の朗読に前後して、その件も質疑応答などされたが、基本的には伝えられている文学的な比較から芸術的な史実の再構築を行なったことが明確にされつつ、こうした議論や関心が今最もドイツ連邦共和国にて重要な課題となっている「教養」を呼び起こすことになるのが示されたのである。
簡潔に展示会で確認したことを纏めれば、紀元前八世紀に琵琶法師のように語られていたものが六世紀頃に文字化されて、ローマ支配になってからの紀元前二世紀には作者ホメロスは既に神格化されて通貨の図柄として、またそれ以前に制作されていた胸像などが複製されているのである。
もっとも重要な事は、もともとは語られていた詞が母音の豊富なギリシャ語によって文字化されていたことで、そこから近世のオラトリオに相当する豊かな響きが聞きとれることである。そして、その題材となる神話の世界こそは、訳者に言わせると、様々な語り伝えが再構築されたものであり、中世のトリスタンの物語に見るような地理的には必ずしも一定しない物語であるどころか、文化的にも寄せ集められたものであるとする考え方である。
そして、政治経済の変化によって変動する中央と辺境の文化圏との接触が、必ずしも一方方向へのベクトルとならずに同時に反照としてのベクトルが存在する事から、文化や言語においてもある種の地方性もしくは方言が、再構成される時点で重要な意味合いを持ってくる事になる。
それは、語りの劇的な抑揚に対して方言が、意味論的な芸術言語がそこでは対となっていて、単調さが構造要因であるヘクサメトロスの韻に対応しているのは、同時に動的な叙述に対して主観的な視覚を重視した叙述を対応させることが出来るようだ。
こうした辺から中への中から辺への流れは、異なる文化圏の接触によって生じる化学反応で、平衡状態に達する流れが生じてそして不可逆の進行として新たな接触を得る運動が繰り返されるのだろう。
ホメロスの書物を欧州文化の始まりとする企画は、シュロット氏によってここで新たなる視点が与えられた。その舞台として現在のトルコ東部の黒海に近い
方面を推測する事から、これまた現在のEUのあり方であるトルコ問題に地理的なものだけならずもしくはイスラム問題に文化的な対案として一石を投ずる事になるのである。
有名なハインリッヒ・シュリーマンの発掘から刺激された実証的な考古学的な学説に、新たに文学的な印象を得る事が出来る。それは、今回の会においても「あなたは、重要な参考文献を都合よく取捨選択して利用している」とする反論が聴衆からも指摘されたが、今のドイツ連邦共和国で最も重要視される「教養」は、まさに「(大衆)教育」と呼ばれるこうした知識や情報の積み重ねでなくて、知的で自由な発想や創造力を形成する知力を養う土壌のことを指すと示しているのである。(
続く)
参照:
Raoul Schrott (ZDF-Porträt - nachtstudio)
HOMER - Der Mythos von Troia in Dichtung und Kunst (Reiss-Engelhorn-Museen)
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