山本飛鳥の“頑張れコリドラス!”

とりあえず、いろんなことにチャレンジしたいと思います。
と思っていたけど、もうそんな年齢じゃなくなってきた。

ペデストリアンデッキ(立川北口)

2011-02-26 11:24:39 | 旅行・街歩き


昭和記念公園のほうからモノレールを見つつ、立川駅に向かい、階段を上って駅に近づくと、北口についた。写真のように、橋のアーチのような青い構造物が目についた。
あれは一体何か?何のためにあるのだろうと思い、調べてみると、「ペデストリアンデッキを吊りあげる構造物」なのだそうだ。
ペデストリアンデッキとは、道路と人間の移動平面を立体的に分けるために、2階部分などに歩行者専用の通路を作ったもので、車道を挟んだ建物同士を連結させるものだそうだ。
単なる歩道橋ではなく、ぐるりと張り巡らされているから、日本語では「歩行者用回廊」などともいうらしい。立川駅周囲が空中的だというのは、まさしくこの構造だからであって、駅やデパートなどのビルの2階同士が連結されているから、2階部分が普通の地上のようでもある。人間が1階部分に下りられないわけではなく、ちょっと日当たりが悪く地下風な感じがする程度である。2階を歩く方が断然便利ではある。北口駅前の1階はバスターミナルになっている。
ペデストリアンデッキは、「橋」であるから、構造も橋の原理が働いているのだろう。アーチ型の青い構造物は、単なる飾りやデザインから作ってあるものではないということがわかった。
(写真正面の建物が立川駅ビル・ルミネ)

街の作りとしては、立川と対照的なのが「吉祥寺」である。このあいだテレビでやっていたが、吉祥寺では極力地上を人間が歩くようにできているそうだ。だから、歩道橋というものがない。人間が階段を上ったり下りたりしなくていいし、街が平面的で明るいところがいいという。たしかに歩行者にとって歩きやすく庶民的で平和な感じがする。(車は渋滞して走りにくい)。吉祥寺は、昔ながらの配置のままそれ以上に発展のしようがないから、そうなっているとも言えるが、逆にそれを長所とし、歩行者にとって優しい街といえることはたしかだろう。店も百貨店よりも小さな店のほうが繁栄している感じだ。
吉祥寺はこじんまりと平面的で女性的な感じといえるかもしれない。

それに対して、立川は実際大きな駅であるが、周囲にも大きなビルが立ち並び、通路は立体的で男性的な感じだ。近隣にある公園にしても、吉祥寺の井の頭公園にくらべて、あの大規模な昭和記念公園は男性的である。
新宿より西側の駅の利用客では、以前は吉祥寺がトップだったそうだが、2009年に立川がトップに代わったそうである。

 
(左:多摩都市モノレール立川北駅と伊勢丹 ペデストリアンデッキはモノレールの駅にもつながっている。地上の横断歩道を渡る人や自転車もある。)
(右:ペデストリアンデッキをお掃除する人。正面中空にモノレールのレール。デッキとデッキの間の地上は道路。)



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心配と不安

2011-02-26 01:59:14 | 日記
動物は、身体の細胞は新しく入れ替わっているのに、成長してしまうと、老化して行き、ついには死んでしまう。何で死んでしまうのか?
という問いに、「個体は進化についていけないからだ」という答えがある。
古い物が死ぬ代わりに、子孫が生まれて引き継いでいくということだ。交配してできた新しい肉体は、新しい特質を持ち、新しい環境に適応できたりする。

以前、「エホバの証人」から聖書の教えというものを学んでいたことがあるが、それによると、「人間は永遠の命を得る」のだそうだ。死がなくなるということだ。
ということは、進化できないのでは?

クリスチャンは、そもそも、「進化論」というものを否定しているのだから、「進化するために死ぬ」という理論は、その人たちには通じないようだ。

このごろ、自分の行く末が見えてきて、怖くなることがある。親はあと10年もしないうちに平均寿命に達する。ウチで飼っているウサギだって、あと5年も生きられまい。死は必ずやってくる。順番で行くと、私より夫のほうが早く逝ってしまう。
私は10年以上未亡人となる。老後はこの家に1人で暮らしているのだろうか・・・、などと考えてしまう。だんだん、足腰も弱くなり、1人ではいろいろなことができなくなっていき、最後はどうなるのかな、などと思う。

でも、それは誰もが通る道だから、受け入れるしかない。その代わりに、子どもたちが生きていくのだ。私の代わりに進化してくれるのかな?私の趣味も関心も、何にも引き継いでいないような娘たちである。私の何を引き継ぐというのか?私の志を引き継ぐわけはないし、結局は別の人間だと思う。不細工な身体の特徴だけを引き継いでいくのかな。でも、それでもいいさ。それぞれに頑張って生きていってほしい。やっぱり、子孫が繁栄してくれるのは嬉しいと思う。だから、娘たちが、いい相手を見つけて結婚してくれないと安心できないし、孫でも生んでくれないと、娘たちの老後の行く末も心配だ。
子孫の繁栄が幸せだとすると、子孫のいない人はどうするんだということになる。先祖は繋がってるんだから、他人の子も同じだ。日本人の繁栄、人類の繁栄を願うのだ。

人間って、いつまでこの地球に住む事ができるのだろうか?
地球の歴史では、ずっとずっと昔、何億年もの間、生物は単純な細胞しかなかったという。それがあるとき変異したり、進化して、別のものが発生してきたというのだから、これから何億年もしたら、人間以外のもっと進化した生物が生まれるのかもしれない。
恐竜が地球からいなくなったように、地球から人間が居なくなって、何か別の生物が繁栄するのかもしれない。人間はその生物の前段階として、何か役にたつことになるのだろうか。

自分の老後も不安だけど、地球の行く末も心配だな。地球自体がなくなっちゃうかもしれないしね。
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