村上春樹氏の「辺境・近境」というロード・エッセイを友だちが貸してくれたので読んでいる。でも、ここにある多くのエッセイは外国のことを書いたもので、私にはなじみがなく、すっとばして、日本のことを書いてあるエッセイから読むことにした。
それで、読んだのが「神戸まで歩く」というエッセイだ。これは、阪神大震災の2年後に村上氏が「西宮」から「神戸・三宮」まで歩いたときのことを書いたものだ。
私は、神戸のほうに行ったことがないので、実際の景色を思い浮かべることもまるでできないのだが、本に載っている地図を眺めながら、たどっていった。
村上氏は、このへんの出身であるそうで、子ども時代から高校時代までを過ごしたとのことである。そのころの懐かしい思い出も語られている。それらの地域は、時がたち、また地震によって破壊されてしまい、昔とはかなり変化していて、復興される途中である様子が描かれていた。
阪神・淡路大震災は1995年1月17日。そして、その年の3月20日には、東京で地下鉄サリン事件が起きていた。そして、村上氏がこの阪神間を歩いた1997年のこの時期には、少年による神戸の児童連続殺人事件が起きており、まだ犯人がつかまらない時期だったようだ。そして、この時彼が立ち寄ったホテルでは、その数ヵ月後に暴力団による拳銃の乱射事件が起こり、2人がなくなったそうだ。
村上氏は、この時代の不気味な「暴力」を感じている。そして、今、自分には何ができるだろうか、と模索している。
村上氏は、阪神淡路大震災・地下鉄サリン事件の時には、日本に居なかったが、その年の夏に日本に戻り、それから、地下鉄サリン事件の多くの被害者から話を聞いて「アンダーグラウンド」を書いたそうだ。
アンダーグラウンドは地下鉄サリン事件を扱ったものだと聞いたことがあったが、そういうものだったとは初めて知った。
今日、読んでみようと思い、分厚い文庫本を古本屋から買ってきた。
今年は阪神・淡路大震災・地下鉄サリン事件から18年。
そして、東日本大震災・原発事故から2年が経過している。
それで、読んだのが「神戸まで歩く」というエッセイだ。これは、阪神大震災の2年後に村上氏が「西宮」から「神戸・三宮」まで歩いたときのことを書いたものだ。
私は、神戸のほうに行ったことがないので、実際の景色を思い浮かべることもまるでできないのだが、本に載っている地図を眺めながら、たどっていった。
村上氏は、このへんの出身であるそうで、子ども時代から高校時代までを過ごしたとのことである。そのころの懐かしい思い出も語られている。それらの地域は、時がたち、また地震によって破壊されてしまい、昔とはかなり変化していて、復興される途中である様子が描かれていた。
阪神・淡路大震災は1995年1月17日。そして、その年の3月20日には、東京で地下鉄サリン事件が起きていた。そして、村上氏がこの阪神間を歩いた1997年のこの時期には、少年による神戸の児童連続殺人事件が起きており、まだ犯人がつかまらない時期だったようだ。そして、この時彼が立ち寄ったホテルでは、その数ヵ月後に暴力団による拳銃の乱射事件が起こり、2人がなくなったそうだ。
村上氏は、この時代の不気味な「暴力」を感じている。そして、今、自分には何ができるだろうか、と模索している。
村上氏は、阪神淡路大震災・地下鉄サリン事件の時には、日本に居なかったが、その年の夏に日本に戻り、それから、地下鉄サリン事件の多くの被害者から話を聞いて「アンダーグラウンド」を書いたそうだ。
アンダーグラウンドは地下鉄サリン事件を扱ったものだと聞いたことがあったが、そういうものだったとは初めて知った。
今日、読んでみようと思い、分厚い文庫本を古本屋から買ってきた。
今年は阪神・淡路大震災・地下鉄サリン事件から18年。
そして、東日本大震災・原発事故から2年が経過している。