1966年
柔和な顔、やさしい話し方。杉山光平は長いプロ野球生活からにじみ出た落ちつきにつつまれているようにみえる。だが、これほどの熱血漢はいない。ベンチからのヤジは痛烈。不本意な判定へ抗議はまるでケンカである。そんな激しい気性の男だ。九日前、田中勉にやられた完全試合の最後の打者だったことのくやしさを忘れるはずがない。2-1からの平凡な二ゴロ。杉山がそれを打った瞬間、南海にとってまたとない不名誉な記録がつくられた。この日も初打席はまた見送りの三振。だが杉山は三振を宣告されたとき「打てる」と確信したという。「田中勉はまるで別人のようだった。スピードがない。三振はボールだと思って見送っただけの話さ」サラッといってのけた。「田中勉を打つ研究?そんなことよりオレの三振のあとブルームが打った。野村が死球、そのときオレだけでなくナイン全部がくずせると思ったはずだ。ホームランは内角ベルトへんの棒球。あれなら打てるよ」先発メンバーにはいったのはこれで九度目。「ほんとうをいうと、オレなんか代打でいい。もっと若いひとにどんどん出てもらいたいんだ」キャンプでもバッティング練習の時間を若手にゆずり、オープン戦間近になってやっと自分の練習をはじめた。だが一か月前、新しいグローブを買い入れるという新鮮な野球への情熱。「先も長くないのにいまさら新しいグローブなんて・・・」という若手のひやかしを、ニヤニヤ笑ってききながら、毎日念入りにそのグローブの手入れに夢中になっている。ヤジは痛烈だが、絶対私生活のことは口にしない。だから若い選手の非礼なヤジをきくと真っ赤になっておこりつける。失われつつあるいい意味での古風さを守りつづける男。「中西はもっともっと出なければいかんよ」いつもそういいつづける三十八歳の現役最古参は、あすも黙ってグローブの手入れをつづけるだろう。
柔和な顔、やさしい話し方。杉山光平は長いプロ野球生活からにじみ出た落ちつきにつつまれているようにみえる。だが、これほどの熱血漢はいない。ベンチからのヤジは痛烈。不本意な判定へ抗議はまるでケンカである。そんな激しい気性の男だ。九日前、田中勉にやられた完全試合の最後の打者だったことのくやしさを忘れるはずがない。2-1からの平凡な二ゴロ。杉山がそれを打った瞬間、南海にとってまたとない不名誉な記録がつくられた。この日も初打席はまた見送りの三振。だが杉山は三振を宣告されたとき「打てる」と確信したという。「田中勉はまるで別人のようだった。スピードがない。三振はボールだと思って見送っただけの話さ」サラッといってのけた。「田中勉を打つ研究?そんなことよりオレの三振のあとブルームが打った。野村が死球、そのときオレだけでなくナイン全部がくずせると思ったはずだ。ホームランは内角ベルトへんの棒球。あれなら打てるよ」先発メンバーにはいったのはこれで九度目。「ほんとうをいうと、オレなんか代打でいい。もっと若いひとにどんどん出てもらいたいんだ」キャンプでもバッティング練習の時間を若手にゆずり、オープン戦間近になってやっと自分の練習をはじめた。だが一か月前、新しいグローブを買い入れるという新鮮な野球への情熱。「先も長くないのにいまさら新しいグローブなんて・・・」という若手のひやかしを、ニヤニヤ笑ってききながら、毎日念入りにそのグローブの手入れに夢中になっている。ヤジは痛烈だが、絶対私生活のことは口にしない。だから若い選手の非礼なヤジをきくと真っ赤になっておこりつける。失われつつあるいい意味での古風さを守りつづける男。「中西はもっともっと出なければいかんよ」いつもそういいつづける三十八歳の現役最古参は、あすも黙ってグローブの手入れをつづけるだろう。