想風亭日記new

森暮らし25年、木々の精霊と野鳥の声に命をつないでもらう日々。黒ラブは永遠のわがアイドル。

純然たる幸福、市民革命の時

2012-06-16 17:55:05 | Weblog
ジョルジュ・バタイユの言葉。
「純然たる幸福は瞬間のなかに存在する。
しかし苦痛が私をこの瞬間から追い出してしまった。
私は苦痛が静まるはずの未来時の瞬間を期待して
しまったのだ。もしも苦痛が私を現在時の瞬間から
引き離すということがなかったのならば、《純然たる
幸福》は私のなかにあるはずだろう。」

この文章は【自殺】という章タイトルがつけられているが
それに惑わされて読む必要はないだろう。
バタイユの目指すところは純然という言葉に表されている。
世俗の価値とは断絶した孤高にあって、対比するものを
もたない唯一の場所である。

こんな言葉を思い出したのは、昨夜の首相官邸前に
集まった人の群れを見たからであった。
大飯原発再稼働反対を叫び、野田総理が8日に行った
愚かな声明を撤回してほしいという切実な声が続々と
集まった。狭い舗道を占拠し、道幅を超えあふれた人の
数と怒涛の声は、議員達が集まる会館まで届いていた。
官邸にももちろん聞こえていたはずだ。

この集まりをけん引している数人の言いだしっぺは特定の
団体組織ではないので団体の幟をたてたり、宣伝をしたり
しないようにという注意の声が人々へ向けてなされる。
いつも、必ず、それは言われ、人々を結びつけている理由
となっているのだろうと思う。一人で来ている人が目立つ
のも市民集会らしい風景だ。

社民党の福島みずほ党首が応援に来て長々と演説した日、
話終わったあと静かな声が、この場は政治団体の集まり
ではないので以後注意をと付け加えた。
福島さんの話は野田首相へ向けてより、集まった人へ向けた
連帯と支援の言葉の方が多かった、励ましたいという気持ち
であっただろうが、それは望まれてはいないのだった。
政治のプロの言葉は、場にも目的にもそぐわなかった。
しかし、だからと言って福島さんの熱心な力のこもった話を
怒号でさえぎったり野次を飛ばしたりなど誰もしなかった。
終わりまで耳を傾けていた。

仕事を終えてかけつけただろうサラリーマンや家事を放
ってきたという主婦、シングルマザー、独身女性、高校生、
高齢者、日常から抜け出してかけつけた人々は無名の
ごく普通の人であるだろう。
代わる代わるマイクをとって、野田首相、お願いです、
と語りかける。原発はいらない、廃炉にしてくれ、再稼働
しないでください、負の遺産を引き受けたくはないのだ、
今なお苦しんでいる福島を忘れたのか、と。
合間にラッパーのような野太い声の男性がリズムをとって
シュプレヒコールをし応える声が波のように後列へ広がって
いく。

ここにいて苛立つことも疲れることもなかったのが不思議
であった。政治運動はとかく疲れるものなのに、だ。

人々が今強く訴えているのは、効率性や経済性、損得
の利害ではない。もっと根本的な存在の自由を脅かす
ものへの恐れなのだった。
雲の上で見物している政治家に頼まざるを得ないなどとは
思ってもみなかった、当たり前の小さな、これまで普通と
呼んでいた暮らしをさえ失ってしまう、その恐怖と悲しみ
である。

原発事故以来、真実を知ってしまった人々にとって、
その恐怖はかたときも離れない。
未来に続くのは今である。今とは、昨年の3月のあの日、
幸福が過去の記憶となってしまった一瞬の時で止まった
ままなのだ。

永遠とは瞬間の連続である。
瞬間に留まるのはバタイユの言葉を借りるまでもなく、
困難なことだ。瞑想によって自らを世俗から隔離した仏陀
然り。
けれど以前の私たちはその瞬間を胸の内に秘めることが
できていたはずだ、自ら望めば。

ところが未来への志向で不安に陥るのではなく、今の今の今、
止まったままの恐怖から抜け出せないでいる始末、目を開けた
現実はそういうことだ。そういう世界に生きているということ。
そのことを身体と心の両方で感じ取った人は、廃炉、ハイロ
と声に出して叫ぶことでどうにか自分自身を立てようとしている。
留まっていることの恐怖と戦っている。
唯一の価値、純然の幸福を取り返したいと願っている。
自らの内、多宝塔までもが壊れたわけではないのだから。

希望や未来や復興などという言葉は政府と電通が垂れ
流す作り物の嘘っぱちでしかない。
それは金銭と同義のものである。
今、原発反対に立ち上がった普通の人々、市民と呼ばれる
人々に通底しているのは、何らかの利益をもたらすような
価値観ではなく人らしく存在したいという、欲求ともいえない
ような欲求、願いではないかと思った。

一夜明け、再稼働は一万人余の声をも無視してお約束の
ように関西電力、原子力ムラの言うがままに決定された。
けれど、人々の純然たる幸福奪還の行動はまだ始まった
ばかりである。





コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする