【複雑な問題に簡単な答えはない】
厚生労働省は、高齢者虐待防止法や介護保険事業所の指定基準等を通して、介護施設を利用している高齢者に対する身体拘束を禁止しています。○東京都北区の高齢者マンション、拘束介護で利用者を虐待|メドフィットコラム
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利用者の多くは事業所近くの「シニアマンション」と称する民間マンション3棟に入居し、事業所のヘルパーから食事や排せつの介助、おむつ交換などの介護サービスを受けていた。
(中略)
都や区によると3棟には159人が暮らしおり、うち76人に入居者の主治医である岩江理事長の指示による拘束の可能性がある。
行われていたのは4畳半ほどの部屋で長時間にわたり太いベルトで身体をベッドに縛り付ける拘束介護だ。 ベッドを柵で囲んで行動を制限したり、指の自由が利きにくいミトン型の手袋を着用させたり、部屋の外から施錠して出られなくするなどの虐待行為も確認された。
事業所側は「(医師の)指示による正当な行為」と説明した。 厚生労働省は身体拘束を原則禁止としている。
======【引用ここまで】======
この、身体拘束の問題に簡単な答えはありません。
認知症の高齢者に対する見守りが不十分なら施設は責められ、
高齢者が徘徊し線路で事故を起こせばJRから訴えられて損害賠償を負わされる可能性もあり、
かといって徘徊しないようヒモで縛ったり部屋に鍵をかけて閉じ込めれば虐待だ身体拘束だと非難され、
見守り体制強化のためにスタッフを増やそうにも介護報酬は公定だから値上げできないし、
介護報酬を上げようにも保険料負担は既に制度開始時の倍になっているから慎重にせざるをえないし、
そもそも見守りと言いつつ監視と何が違うのか分からないし、
拘束しなかった入所者がスタッフに噛みついてもスタッフは泣き寝入りするしかないし、
そもそも高齢者が増加する一方で現役世代は減少し続けるので介護の担い手は必要数を確保できないし、
部屋に鍵をかけて部屋に閉じ込めるのは虐待だけど施設の玄関に鍵をかけて施設内に閉じ込めるのはOKで、
だから徘徊防止のため玄関に鍵をかける施設がある一方で、
玄関は開錠しているが入所者が出ようとするとスタッフが慌ててロックする施設もあり、
身体拘束と非難される事を恐れて入所者の出入りを制限しなければ徘徊時の責任を・・・(以下ループ)
利用者、家族、事業者、スタッフなどなど、関係者や地域ごとに事情は千差万別です。そんな中、厚生労働省が「身体拘束は原則禁止」というルールを全国に適用しているのですが、これは果たして妥当なのでしょうか。
【win-winだから成立する契約】
事情は当事者ごとに千差万別です。中には、こんな利用者・家族もいるのです。○あと3万円…月額費用捻出できず認知症妻の身体拘束の悲劇(幻冬舎ゴールドオンライン) - Yahoo!ニュース
======【引用ここから】======
テレビの取材を受けていた入居者のご主人は、おそらく80代の男性だったと記憶していますが、その老人ホームに対し感謝の言葉しか出てきませんでした。
もちろん、奥さまが縛られていることは承知していたようです。しかし、問題の老人ホームが無ければ、今頃この団地から二人で飛び降りて自殺をしていたはずだと話していたことが、印象的でした。後日、区の介護保険担当者がテレビの取材に応じ、入居者の家族からホームに対する苦情はなく、逆に当該ホームが廃止になってしまった場合、自分たちはどうすればよいのかという心配が寄せられている、という事実を公表しています。
======【引用ここまで】======
違法な契約であったり、不道徳な契約内容であったとしても、それが無いよりマシだという人が世の中には存在します。
契約に基づく商品やサービスを提供する中で、法律に照らして違法な行為、あるいは道徳観念に照らして不道徳な行為が行われていたとします。
こうした行為について、
「違法な行為を許すな!行為者を処罰しろ!事業者を廃業させろ!」
「不道徳な行為を許せない!野放しにするな!行政は取締を強化しろ!」
と第三者が非難するのは簡単です。
ところが、サービスを提供する側と利用する側は、サービスの値段と内容を検討した上で、誰にも強制されることなく同意し契約を締結しています。
契約に基づくサービス提供は、
事業者「△円でサービス提供できますよ。ただ内容はこの程度ですよ」
利用者「△円でサービス提供受けられれば構わない。」
事業者「時給○円でスタッフを雇用します。低賃金ですが。」
従業者「時給○円でこの業務内容なら引き受けます」
といった複数の合意から成り立っています。通常、誰かが殴ったり脅したり、あるいは騙しているわけではありません。
法律や道徳に照らして問題のある契約であったとしても、当事者はそれぞれの背景・事情に応じてその内容で契約をしています。この契約を通して、当事者全員が、契約がある前よりも満足を得られる状態になっています。
第三者が道徳的に非難し、非難の声が選挙の票となり、政府が法律や規則でもって契約を禁止する、というのはよくある光景です。しかし、その契約を禁止することで、事業者は利益を得る手段を失い、従業者は賃金を失い、利用者はサービス提供を受ける機会を失います。第三者の道徳的な正義感を満たすだけで、当事者は誰も得をしないのです。
【禁止は根本的な解決策たり得ない】
繰り返しになりますが、ある一定の契約内容について、第三者が廃止を求め、政府が規制を発するのはそれほど難しいことではありません。しかし、それで問題は解決しません。
「身体拘束はダメだ」という道徳的な第三者の声に行政が押され、身体拘束を繰り返す老人ホームを営業停止にしたとしましょう。
そこに住んでいた老人はどうなるのでしょうか?
在宅介護ですか?在宅で無理だから老人ホームを選んだんでしょ?
見守りスタッフを増やして身体拘束せずに済む体制を採らせますか?その人件費増で利用料金上がったら費用面で成り立ちます?
行政が新しく老人ホームを建てますか?その費用を納税者に強制的に追加負担させるのは不道徳ではないんですか?
道徳的観点から政府が禁止で対応するよりも、不道徳な契約であっても当事者が良しとしているなら第三者はそれを容認する方が、生きやすい世の中に一歩近づくと思います。
さてさて。
道徳的で熱意ある厚労省官僚が、身体拘束を始めとする不道徳なサービス提供を行う介護事業者を徹底的に指導し、少しでも違反があれば直ちに営業停止、指定取消にするよう、市町村に通知を出したとします。
比較的大手の法人なら、厚労省官僚の定める基準を満たすサービス提供体制を整えることができるかもしれません。しかし、小規模な事業所では、新たな人員確保や設備の整備、給与・勤務面の改善に着手する余力は無いでしょう。ただでさえ介護分野の人手不足は深刻ですから。現在の基準でも人手不足や不採算を理由に事業縮小や廃業に迫られる介護事業者が多い中、基準が強化されその分コストが上がれば廃業する事業者は増える一方です。
一部の大手のみが政府の定める基準に沿ってサービス提供を継続する一方、小規模事業所は「そんな基準は満たせないよ」と廃業することとなり、多くの認知症高齢者は住処を失うこととなります。こういった人にとっては、悪徳NPOが貧困ビジネスで提供される狭小劣悪な住居であっても、無いよりマシという事になります。
【規制が反社を育て、規制が危険性を生む】
このように、規制強化によって、寡占化が進むのと同時に、多くの利用者がサービス提供を受ける機会を失います。そして、需要はあるのに規制があってサービス提供がされない分野では、闇サービスが横行します。禁酒法時代や戦後の食糧統制下において、多くの人が密造酒やヤミ米を求めたのと同じ状態になることでしょう。禁酒法の例を見てもわかるように、政府が規制をかけた時、政府による摘発をリスクと思わない者か、あるいは規制をかいくぐることのできる者だけが商品やサービスを提供するようになります。一般の企業は規制があるために参入に二の足を踏む一方で、競争相手の少ない好機と見たマフィア、ギャング、ヤクザといった反社会的勢力が、この領域で商品やサービスを提供し、利益を上げることとなります。規制が厳しく、あるいは複雑であればあるほど、企業の参入ハードルは上がり、反社会的勢力のシェアは安泰となります。
性風俗産業も同様です。この業種では、暴力団が経営している、関与しているお店が多いのではないかと言われていますが、それも、売春防止法による禁止事項や風営法による複雑な規制の下で一般の企業が参入しづらいために生じている現象です。
「じゃあ暴力団を規制すればいいじゃないか」と暴対法や暴排条例で規制をかけた結果、どうなったでしょうか。暴力団に属さない半グレがJKビジネスで利益を得るようになり、あるいは出会い系やパパ活といった個人売春が闇で行われ、事業者を通さず個人で会うようになった結果、かえって犯罪に巻き込まれる危険性が増しています。
このように、規制が反社会的勢力に利益をもたらす土壌を育み、あるいは関係者の危険性を増しています。道徳的で熱意ある官僚は、ある意味で反社会的勢力を育成する存在となるのです。
【規制論者が危険性を高める】
さて。当ブログのネタ提供元である聖学院大学客員准教授、四国学院大学客員准教授、NPO法人ほっとプラス理事、社会福祉士の藤田孝典氏は、性風俗産業について、
「ピンプ(性風俗業者、性搾取斡旋業者)は新型コロナ対策を契機に廃業してください」
と述べ、この前後でしきりに規制強化を訴えています。
ですが、性風俗は社会における文化的な暮らしと密接なかかわりがあります。
藤田氏自身も、
と述べているように、事実として、性風俗産業は文化的な暮らしとかかわりがあり、人間らしい適度にリラックスできる趣味の一環を構成しています。
生活保護受給者がその保護費を生活の維持や再就職に向けた活動に費やすのではなく、風俗に通うことに費やすのを、藤田氏は容認しています。そのくらい性風俗は文化的な暮らしに根付いています。
そういった根強い需要のある事柄を、法律で規制し廃業させるようなことができるのでしょうか。
「性風俗産業を禁止しろ」
「性風俗業者は廃業しろ」
と道徳的高所から要求し、仮に、熱心で道徳的な官僚がこれに呼応し
「性風俗業は全て禁止!」
「既存の規制を例外なく厳格に適用!」
と乗り出せば、比較的まともな業者から廃業していき、違法を覚悟で営業している事業者が場所を変え業態を変え、表から見えない形で営業を続けていくことになります。表から隠れようとする過程で、暴力団や半グレが経営に介入するきっかけを生むことになります。また、新築・増改築が制限されれば、古い建物をそのまま利用せざるを得なくなり、防火や衛生の観点からも危険性が生じるようになります。
性風俗への需要が人間社会からなくなることは、恐らくありません。需要は地下で存在し続けます。地下に潜った需要を糧に、反社会的勢力がピンハネして利益を得る土壌が広がるというのは、いつか来た道です。
藤田氏のような短絡的で安直な道徳的意見が、かえって、従業員や利用者を危険に晒し、反社会的勢力を育てているのです。
【藤田氏の差別的言動】
さて。藤田氏は、
「経済的に困る女性を食い物にして、性風俗業者、ピンプは助けることなく、性暴力、性搾取を促して、利益をピンハネする。」
と述べています。
個人ごとの事情や背景を考慮せず、特定の集団や属性に属する個人に対して、その属性を理由にして集団を一括りに排除や蔑視、あるいは特別扱いしようとする態度を「差別」と呼ぶとしたら、藤田孝典氏は間違いなく「差別主義者」です。
事業者も従業者も利用者も同意の上で契約しているのであれば、それは「暴力」でもなければ「搾取」でもありません。また、「ピンハネ」が可能になるのは規制によって新規参入ハードルが上がり事業者数が少数に限られているからであって、規制を緩和・廃止し事業者数が多くなれば従業者の側から「この事業者は仲介手数料が高すぎるから、他の事業者に移籍する」という交渉が可能になります。
藤田氏のような規制強化論者が寡占を推し進める原動力となっているのに、その彼らが寡占の結果生じた高いピンハネを非難するのはマッチポンプでしかありません。
なお、
「親が借金の肩代わりに娘を売る」
「工場勤務という話で連れてこられたのに、実は売春だった」
のような、本人の同意なく性風俗産業に従事させるケースは、そりゃもちろんダメです。ダメなのは、「性風俗」という部分ではなく、「本人の同意なく」という部分が問題になるのです。
暴力をもって、あるいは騙して、強制的に他人に何かをさせるのは、性風俗に限らずダメです。
世の中には色んな人がいます。
どんな仕事であれ、従業者がなぜその仕事を選んだのかの事情は様々です。
誰にも依存せず学業と生活を打ち立てようと性風俗で働く人もいれば、夫婦で生活に困らないだけの一定の収入があるにも関わらず遊ぶ金欲しさに性風俗で働く人もいます。その仕事で得られる収入とその仕事の内容について、当事者双方が同意して契約を結ぶという点で、他の仕事と何ら変わりありません。その人がなぜその仕事を選んだかは、それぞれの個別の事情があります。向き不向き、経済的理由、期間、地域など、関係者ごとに事情は千差万別です。
そういった個別の事情を捨象して、一括りに「まじめな性風俗業者ってどこにいるの?」と嫌悪感を剥き出しにし、「卑しい産業」と見下す態度は、非常に差別的です。
藤田氏のソーシャルワークとは、自分の個人的嫌悪感に身を委ねて他人の職業を卑下しているに過ぎません。公開オ○ニーでしかありません。
その仕事が好きで、あるいは他の仕事にも就けた中でその仕事を選んでおり、当事者間の同意に基づいてサービス提供と対価のやり取りがされているケースが多数ある中で、それを外野の第三者が
「卑しい産業だ!早く廃業しろ!」
というのは、非常に失礼なことです。
聖学院大学や四国学院大学に入学すると、こういう偏見をもった藤田氏から教えを受けることができます。
○全世代に広がる貧困と格差 【講師】聖学院大学人間福祉学部客員准教授/NPO法人ほっとプラス代表理事 藤田孝典氏 | 【議員連盟】日本の未来を考える勉強会
○藤田孝典氏による社会福祉学部特別講義を開催しました。 | 四国学院大学
他の社会福祉士からの批判も強く、当事者団体から抗議書を提出される偏見に満ちたソーシャルワークの手法を学びたい方は、聖学院大学や四国学院大学でその機会を得ることができます。ぜひ入学をご検討ください。