晴れたら途端に真夏。日陰でぐったり。記事なんか書いてられない。
あれれ、公園で作業する日だったのを忘れてた。
今年5回目の不参加。参加率0。ゴメン。
喫茶店「万年青」に入るとお坊さんがいた。客の老夫婦と話をしている。
何気なく聞いていたら、生前葬や戒名の話だった。
生きているうちに自分で自分の葬式を出すことは有意義であり、自分が考えた戒名で一向に差し支えない、などという話だった。
互いに初対面のようなので、私も会話に割り込んだ。
お坊さんは年末、派遣村で奉仕活動をしたそうだし、牧師と親しく交際したり、若い頃、武者小路実篤に接した縁で、毛呂山町にある「新しき村」には時々来ているそうだ。いわゆる「葬式坊主」とは異なり、社会的な活動をしているらしい。
四人の会話だったので詳しくは聞けなかったが、このお坊さんの考えは学法さんというお坊さんに似通っている、と感じた。
店を出る時、老夫婦は「お布施です」といってお坊さんの珈琲代を支払った。
私はそういうお礼の仕方を思いつかなかったので、お坊さんから手渡されたパンフを「林住記」に載せよう。
偶然に出会ったお坊さんの有益な話に、ほんの僅かだがお礼が出来るかもしれない。
学法さんのブログはためになる。生老病死、葬式や墓について考えさせられる。
このところ色々あり、実家の墓に入るつもりは無くなった。既成仏教の葬儀や戒名は断りたい。葬儀や墓は要らない。むしろ樹木葬や散骨に関心がある。
そういう人が最近増えているのではないだろうか。
頂いたパンフや名刺によると、このお坊さんのお名前は淺川熙信さんです。
真言宗のお寺の副住職をされているようです。
加治丘陵の山中で道に迷い、ようやく辿り着いた怪しい緑の館。
妖精ヘップバーンの代わりに巨しりが四体あった。
この薄気味悪い館には、透明人間の殺人鬼がいるらしい。
明智小五郎さぁ~ん。
あ、サービスで一人分だけ、巨にゅうもご報告します。
ほか三体は侵にゅう不可能でした。
車を置いたムーミン公園に戻ろうとしていたのに、道に迷ってしまった。
桜山展望台から西に向い、途中右手、つまり北側に下りる道を探していた。
..................なかなか見つからない。
やがて間違いに気付いたが、間違いなく丘陵西端にある駿河台大学に出るはずだった。
しかし着いたところはゼンゼン逆。丘陵東端の武蔵野音大下だった。
?????????......。
どうも片目の梟に化かされたらしい。
帰りは仏子駅近くから元加治駅を越し、延々と炎天下の県道を駐車場まで歩かされた。
山道は油断大敵である。道標をよく見ること。
展望台下にはギターを爪弾くご同輩。更に下の暗い檜林からはオカリナの音。
そして時々、先住民のホーホケキョが混じる。
アルハンブラのトレモロは時々つっかえ、月の砂漠は調子っ外れではある。
その遣る瀬無い音色は悪くは無かったが、知ってる曲を右脳と左脳で聞き分けるのはややこしい。
次に来る時は、アランフェスのアダージョを合奏してね。
アランフェス協奏曲のアダージョの主旋律は、普通オーボエが担当していますが......。
巣箱下の傘は蛇落としか。そろそろ蛇にケキョケキョです。
展望台からは360度の視界。但し、真冬の方が視界がいいはずだ。
南は狭山茶の茶畑。狭山茶の本場は狭山市ではなく入間市、とややこしい。
・・色は静岡 香りは宇治よ 味は狭山でトドメさす・・
と地元は自負しているけれど、工場や倉庫が茶畑を侵食し、茶畑がなくなってしまいそう。大丈夫かな、と溜息が出る。
桜山展望台はムーミン公園奥の急な階段を187段上り、近道を辿れば30分程度で到着する。
ただこの階段、上りは何とか登っても、下りは相当怖いですよ。
北は飯能市外と奥武蔵連山、西は奥多摩、東は樹海です。
工場や倉庫が写らないようにしました。
「粋亀」は高麗神社の前にあり、店の後ろは高麗川の清流である。
店は古く、磨り減った畳の大部屋にお客は滅多にいない。
お勧めは「天麩羅定食」1000円。野菜天麩羅に味噌汁と香の物とご飯。
店番のお婆さんは20年前からお婆さんのまま年をとらず、歯切れがいい口跡は気持ちいい。
それにしても「粋亀」とは粋で古風な店名である。
店裏の高麗川では河鹿蛙が、ピョコピコロロ......、と鳴いている。
この長閑な景色は、映画「山のあなたに・徳市の恋」と少し似た風景である。
その後「おくりびと」だけが評判だがこの映画も良かった。主演した草剛が巧かった。
映画出演後、コロモを脱ぎ捨て、地デジ開始に身を挺して抵抗したこと、人気商売なのに難しい漢字の姓名を名乗るところなど、偉いものだ。
湯気ポッポ大臣の選挙ポスターが楽しみだ。「鳥」にされないよう、「ハト」にするだろうね。
鳥取県が知名度を高めるためにシャツを売り出した。
え!? 鬼太郎って鳥取だったの?
仕事も学校も無い鬼太郎ならお仲間なので歓迎だ。
でも「鳥取」でなく「TOTTORI」なのが気に入らない。環境保護団体を恐れてか。
まして、島根の右、とは何事か。
中味を良くすれば位置なんか覚えて貰えるはずだ。
粋亀さんや草彅剛クンを見習うべきである。
天麩羅写真はイメージです。
「百花宴」へ行った。、「苑」ではなく「宴」ですからね。
ここは向島のよう雑踏の巷ではなく、太田道灌公墓所のある越生の隠れ里にある。
敬語丁寧語を使わぬ単刀直入な親方が揮毫し彫った扁額の自由闊達なこと!
親方肝煎りの百花宴はまさに花の宴会中だった。
手土産は、もう読むことはない盆栽作り手引書の数々。わが猫額亭がまた広くなる、というものだ。もって瞑すべし。
家の周りは奥方の差配地であり、親方は口も手も出せない。
家に隣接する畑が花木やら、草花やら、盆栽棚などがギッシリで、更にめだかやおたまじゃくしまで飼っている賑やかさ。
春先に引き取って貰った猫額亭の盆栽は一回り大きく新しい鉢に植え替えられ、明らかに元気回復。大いに嬉しかった。
盆栽は本格的なものなので専門家に植え替えてもらった由。それは光栄なことだが、銘入りの渋い鉢をピカピカ鉢に替えられてしまうとは.............................。
まぁ、価値を知ってる人が交換したのだから、もって瞑すべし。
この辺り、まだ人家はまばら、人通りは無し。
玄関先道路に縁台を出し、奥方手作りの蕗の佃煮を頂く。
塩味を抑え美味い! 帰りのお土産にお願いするほどだった。
本当は奥方手作り沢庵も欲しかったけれど、夫婦揃って歯が弱り、漬ける数を大幅に減らしたので在庫は無く、代わりに梅干を、といわれたが数日前に通販で購入済み。
越生は梅の里なのに残念なことではあるが、これももって瞑すべし。
昼飯は近くの饂飩屋「甚五郎」。
今まで見つからなかったはずだ。道の反対側の大きな蕎麦屋の看板に目が眩み、通る度に見落としていた。
越生は「麺食い街道」を売り出し中。饂飩屋蕎麦屋が多いが、ここは別格。
胡麻だれ饂飩大盛はまさに絶品。洗面器のような丼に分量多し。
自分から注文した親方が食いきれず残したのに、森生は夕飯分まで食った食った。
讃岐でツンと澄ましたものより、ここの行灯のように混沌としたものが本当の饂飩であり、好みである。そう、「おっ切り込み」のような。
店主は元競輪選手とか。その縁で、サイクリング途中に寄る客には割引する、とか。
比企丘陵にお住まいのサイクリストの方にはお得な店です。
隠れ里入口にある「五大尊」はいまツツジ真っ盛り。
一昔前は山躑躅だけ。大木は立派だったが、地味色単調イマイチだった。
ところが親方によると、ここ数年、新品種を増植して面目一新、の由。
だったらあの頃よりも更に混んでるだろう、と敬遠した。
越生は好きな町です。
蕎麦屋は「梅乃里」がお勧めです。
「ムーミン公園」の本名は「あけぼの子どもの森公園」です。
こんなに楽しい公園なのに、パパママは遠出が好きなようで、空いていた。
入園料駐車料金は無し。小さな売店が一つあるだけ。
公園の考えに大賛成です。
泉の写真は、すぐ隣にある運動公園です。
朝ドラ「つばさ」は、実に下らない。
よくまあ、あんなあり得ないドタバタを続けて恥ずかしくないものだ。
中学高校生だって、これほど安易な、歯が浮く筋書きを考えたりはすまい。
つまり作者は素人以下の腕。
お手軽な脚本の上に、ガサツな演出。及ばぬところはBGMで上塗りしても、朝ドラ史上最低最悪の安普請となった。
誰に聞いてもみ~んな、あれキライ、って言ってる。
川越の人はよく黙ってるな、と思っていたら、朝日新聞に投書があり、全く同感なので、そのまんま無断転載しました。川越はあんなケタタマシイ街じゃない。
しかし、重宝な朝ドラではある。
ネタ切れの時に見れば、その都度、必ずケチ付けられるから。
挿絵は、川越市内で無料配布している「ステラ」特別編修版から。
毎日が連休なのでどこへも行かない。
みんなが遊んでいるうちに勉強して差をつけてやれ、と買った「日本文学者変態論」。実にツマラナイ。
文豪の人生はすべてが波乱万丈、
そして、みんな
破綻者で変態だった!!
と腰巻に書いてあり、固い紙の表紙で1470円もしたし、幻冬舎が出してるので、シメシメウシッシ、と思ったのに、大外れだった。
夏目漱石から三島由紀夫まで23人の「文豪」について、爆笑問題の太田中君が語り合う形式になっている。
田中クンが、大人なら誰もが知ってる文豪の「波乱万丈」を読み上げる。
それにイチイチ太田クンがボケる。この繰り返しで、チンピラタレントの噂話を知らないので面白くもなんともない。
太田クンのボケに田中クンがいつもどおり「そーじゃねーだろ」と言い返す。
最後は田中クンが、「いい加減にしろ!」、とワンパターンで終えるアホらしさ。
漱石から、泉鏡花、与謝野晶子、二葉亭四迷、志賀直哉、司馬遼太郎までは我慢しながら読んだ。谷崎純一郎で、馬鹿馬鹿しくなって放り投げた。
毎日連休でも時間が勿体無い。何が爆笑問題だぃ。
腰巻裏に後書きとして、太田クンがムツカシイことを書いてるが、これは本文とは関係無く、宣伝課員の代筆にちがいない。
ま、「文豪」たちの生涯を全く知らなかった若者向きの本なのだろう。
とんだお門違いだった。
この腰巻は偽装腰巻である。いい加減にしろ!!