大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

RE・乃木坂学院高校演劇部物語・16『演劇部の倉庫』

2022-11-06 06:26:44 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

16『演劇部の倉庫』  

 

 

 揺れるトラックの中で潤香の一束の髪は、わたしのバッグの中に入っている。

 あのあと、潤香のお母さんは、こう付け加えてくれた。

――潤香の脳内出血は、原因がはっきりしないんです。最初の事故で出血したのをお医者様が見逃したのか、二度目のことが原因なのか……それに血統的なこともあるんです。主人の父も兄も、同じようなことで……あ、今は潤香の容態も安定していますので。先生もコンクールの真っ最中なんでしょ、どうぞお戻りになってください。

 そこに、潤香の担任の北畠先生もやってこられたので、お任せしてフェリペに戻ってきた。そして気になることがもう一つ……。


「先生、着きましたよ」

 そう言って、運ちゃんはポップスをカットアウトした。

「おかえりなさい」

 警備員のおじさんが裏門を開けて待っていてくれていた。

 裏門からグラウンドを斜めに突っ切ると、演劇部の倉庫のすぐ前に出る。トラックを入れるとグラウンドが痛むので体育科は嫌がるんだけど、正門から入ると、中庭やら、植え込み、渡り廊下の下をくぐったり、十倍は労力が違ってくる。長年の実績で大目に見てもらっている。え、わたしが脅かしてんだろうって? 断じて……多分、そういうことはアリマセン。

 トラックを降りると、里沙をはじめとする別働隊が渡り廊下をくぐってやってくるところだった。

「先生、ドンピシャでしたね」

 里沙が嬉しそうに言った。

「一服できると思ったんだけどな。いつもの道が進入禁止で回り道したもんだからよ」

 そう言いながら運ちゃん二人はそれぞれのトラックの荷台を開けた。

「しまう順序は、分かってんな。助手」

 舞監のヤマちゃんが、舞監助手の里沙を促した。

「はい、バッチリです。まずはヌリカベ九号から」

 と、いいお返事。技術やマネジメントは確実に伝承されているようだ……あれ?

「ねえ、夏鈴がいないようだけど?」

「ああ、あいつ駅で財布忘れてきたの思い出したんで、フェリペに置いてきました」

 例外はいるようだ……。

 それは、最後のヌリカベ一号を運んでいるときにかかってきた。

 三年唯一の現役、峰岸クンからの電話だった。わたしも疲れていたんだろう、思わず声になってしまった。

「え……落ちた!」

 鍛え上げた声は倉庫の外まで聞こえてしまった。みんなの手がいっせいに止まった。携帯の向こうから、峰岸クンのたしなめる声がした。

 やっぱ、あの人が審査員にいたから……連盟の書類を見たときには気づかなかった。あの人の本名は小田誠、それが芸名の高橋誠司になっていたから。風貌も変わっていた。あのころは、長髪で、いつも挑戦的で、目がギラギラしていた。

 それが、今日コンクールの審査員席で見たときは、ほとんど角刈りといっていいほどの短髪。目つきも柔らかく、しばらくは別人かと思っていた。分かったのは、不覚にも向こうから声をかけられたときだった。

「よう、マリちゃんじゃないか!」
「あ……ああ、小田さん!?」

 時間にして、ほんの二三分だったが、一方的にしゃべられ、気がついたらアドレスの交換までさせられてしまった。この人が審査員……まして、こっちは潤香が倒れて、まどかのアンダースタディー……。

 気づいたら、みんながわたしの周りに集まっていた。仕方なく要点だけを伝えた。

「さあ、みんな。仕事はまだ残ってるわよ!」

 パンパン

 手を叩いてテンションを取り戻そうとした。

「先生。潤香先輩のことも教えていただけませんか」

 憎ったらしいほどの冷静さで、里沙が聞いてきた。

「分かったわ、手短に話すわね……」

 わたしは潤香のお父さんが感情的になられたことを除いて淡々と話した。

 むろん、潤香の髪がバッグに入っていることは話さなかったけどね。

 

☆ 主な登場人物

  • 仲 まどか       乃木坂学院高校一年生 演劇部
  • 芹沢 潤香       乃木坂学院高校三年生 演劇部
  • 貴崎 マリ       乃木坂学院高校 演劇部顧問
  • 大久保忠知       青山学園一年生 まどかの男友達
  • 里沙          乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 夏鈴          乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 山崎先輩        乃木坂学院高校二年生 演劇部部長
  • 峰岸先輩        乃木坂学院高校三年生 演劇部前部長
  • 高橋 誠司       城中地区予選の審査員 貴崎マリの先輩
  • 柚木先生        乃木坂学院高校 演劇部副顧問
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RE・乃木坂学院高校演劇部物語・15『思わず歯ぎしり……我ながら可愛くない』

2022-11-05 07:05:07 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

15『思わず歯ぎしり……我ながら可愛くない』  

 

 


 お気楽そうに手を振るのがやっとだった。

 バックミラーに、いつまでも不安そうに見送るまどかの姿が見える。
 フェリペの通用門を出るまでの、ほんの数十秒なんだけど、やたらに長く感じられる。

 体が、グイっと左に傾き、四トンの巨体は通りに出た。

「いつもの、かけます?」

 馴染みの運ちゃんが気を利かせてくれる。返事も待たずにオハコのポップスをかけてくれた。運ちゃんと二人のデュオになった。

「この曲って、Mアニメのテーマミュージックなんですよね。家で唄ってたらカミサンに言われました」

「わたしも。そのアニメからこのミュージシャンにハマちゃったのよ」

「へえ、そうなんだ」

 運ちゃんは、わたしがダッシュボードに片足乗っける前に、缶コーヒーをとった。

 運ちゃんは飲み残しの缶コーヒーを飲み干すと、昨日のお天気を挨拶代わりに確認するような気楽さで聞いてきた。

「なんか、あったんすか?」

「どうして?」

「なんとなくね……」

 ルームミラーにウィンクした運ちゃんの顔が見えた。

「オトコがらみ……かな。先生ベッピンさんだから」

「ドキ……!」

 大げさに胸に手を当てとぼけておく。大方のとこ外れてはいるが、二割方はあたっている……。

「すんません、ここからは進入禁止だ……」

 話のことかと思ったら、グイっとハンドルがきられた。

――進入禁止――この先、工事中の看板が、助手席に流れる景色の中に一瞬見えた。

 それから、運ちゃんは黙って運転に専念した。予定にない道を走っているせいか、わたしに気を遣ってのことか、判断がつきかねた。おのずと、わたしは物思いにふけった……。


 病院に行くと、受付でその場所を告げられた……集中治療室。

 最初に怖い顔をした教頭の顔が飛び込んできた。その向こうに潤香のご両親。
 気の弱いバーコードは、ご両親に顔を向けられず、ずっとドアを見ていたんだろう。

「先生、お忙しいところすみません」

 潤香のお母さんが頭を下げた。

「いえ、それより……」

 わたしの言葉で上げたお母さんの顔は戸惑っていた。

「実は……」

 母親の言葉が続くと、潤香のお父さんが割って入ってきた。

「先生、あんた、なんでこのこと言ってくれなかったんだ!?」

「は……?」

 出されたお父さんの手には、潤香のスマホが乗っていた。

「大変なことですよ、これは!」

 スマホの文面を読む前に、バーコードがつっこんできた。

「すみません」

 言葉だけでシカトして、スマホの画面に目をやった。ヤマちゃんの気をつかったメールの一つ前のメールが目に入ってきた。

―― 今日は、ほんとうにすみませんでした。不注意からとはいえ、申し訳ありませんでした。タンコブ大丈夫ですか? 明日の舞台楽しみにしてますね。K高 工藤美弥 ――

「送信履歴、と写メも見てやってください」

 スクロールしてみた。

―― 石頭だから大丈夫。K高の芝居はソデで観てました。がんばってましたね♪ 明日はよろしく。 芹沢潤香 ――

 そして、写真を見ると、K高のポニーテールと潤香のツーショット。そして、背後に少し離れて怖い顔をしたわたしが写っていた。

「先生、あんたこの事故を見てたんでしょ?」

「はい。こんな大事になると思わずに……申し訳ありませんでした」

「かわいそうに、潤香は……」

 お父さんが向けた顔の先には、集中治療室のガラスの向こうに潤香が横たわっていた。

 長い髪を剃られた頭には包帯が巻かれ、ネットが被せられ、体のあちこちにはチューブが繋がれていた。

「こないだ、頭を打ったばかりなんだ、気のつけようがあるでしょうが。こんな危険な裏方やらせずとも!」

「申し訳ありませんでした。不注意でした。本当に申し訳ありませんでした」

「これ、持っていてやってくださいな」

 渡されたのは、一束の潤香の髪の毛だった。

「……これが遺髪になるようなことになったら、訴えてやるからな!」

「あなた……!」

 お母さんがいさめると、お父さんは充血した目に涙を溢れさせて去っていく。バーコードは最敬礼で見送った。

「すみません、先生。主人はあんな気性なもんですから……そんなものを渡したりして」

「いえ、わたしが不注意であったことは確かなんですから。戒めとして……潤香さんの回復を祈るためにも持っています」

 そこまで思い出して胸が震える。

 と言ってもしおらしく動揺しているわけじゃない。この件は、可愛いく萎れて済む話じゃない。

 胸ポケットのスマホが震えたんだ。

―― 年内には帰る ノッペラボーになるくらい顔洗って待ってて 咲姫 ――

 チ

 妹からのメールに、舌打ち一つしてリュックに突っ込んだ。

 突っ込んだ拍子にビニール袋が手に触れる。

 ウ

 ビニール袋には潤香の髪が入っている。

 ギギ

 思わず歯ぎしり……我ながら可愛くない。

 

☆ 主な登場人物

  • 仲 まどか       乃木坂学院高校一年生 演劇部
  • 芹沢 潤香       乃木坂学院高校三年生 演劇部
  • 貴崎 マリ       乃木坂学院高校 演劇部顧問
  • 大久保忠知       青山学園一年生 まどかの男友達
  • 里沙          乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 夏鈴          乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 山崎先輩        乃木坂学院高校二年生 演劇部部長
  • 峰岸先輩        乃木坂学院高校三年生 演劇部前部長
  • 高橋          城中地区予選の審査員
  • 柚木先生        乃木坂学院高校 演劇部副顧問
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RE・乃木坂学院高校演劇部物語・14『オオカミ女になっちゃうぞ』

2022-11-04 06:51:00 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

14『オオカミ女になっちゃうぞ』  

 

 

「やられたな……」

 フェリペ坂を下りながら、峰岸先輩が呟いた。

「え!?」

「声がでかい」

「すみません」

「考え事してただろう?」

「いいえ、べつに……」

「彼氏のこととか……」

「ほんと( ゚д゚ )!?」

 夏鈴、おまえは入ってくんなよな!

「いま、目が泳いだろ」

「え(;'∀')?」

 そうだよ、わたしはヤツのことを考えていた。ここは、リハの日、ちょうどコスモスをアクシデントとは言え、手折った坂道。

 で、幕間交流のとき見かけた姿……昼間なら赤く染まった頬を見られたところだろ。

 ダメダメ、表情に出ちゃう。わたしはサリゲに話題をもどした(^_^;)。

「で、なにを『やられた』んですか?」

「サリゲに話題替えたな」

「そんなことないです!」

「ハハ……あの高橋って審査員は食わせ物だよ」
 
 え?

 柚木先生はじめ、周りにいたものが声をあげた。

「審査基準も、お茶でムセたのも、あの人の手さ」

「どういうこと、峰岸くん?」

 柚木先生が寄ってきた。

「審査基準は、一見論理的な目くらましです。講評も……」

「熱心で丁寧だったじゃない」

「演技ですよ」

「そっかな……審査基準のとこなんか、わたしたちのことしっかり見てましたよ。わたし目が合っちゃったもん」

 夏鈴が口をとがらせた。

「そこが役者、見せ場はちゃんと心得ているよ。お茶でムセたのも演出。あれでいっぺんに空気が和んだだろ」

「そうなの……あ、マリ先生に結果伝えてない」

 柚木先生がスマホを出した。

「あ、まだだったんですか?」

「うん、ついフェリペの先生と話し込んじゃって(^o^;)」

「じゃ、ぼくが伝えます。今の話聞いちゃったら話に色がついてしまいますから」

「そうね……わたし怒っちゃってるもんね」

「じゃ、先に行ってください。みんなの声入らない方がいいですから」

「お願いね、改札の前で待ってるわね」

 わたしたちは先輩を残して坂を下り始めた。街灯に照らされて、わたしたちの影が長く伸びていく。夏鈴がつまらなさそうに賞状の入った筒を放り上げた。

「夏鈴、賞状で遊ぶんじゃないわよ!」

 聞こえないふりをして、夏鈴がさらに高く筒を放り上げる。

 グルン

 賞状の筒は、三日月の欠けたところを補うようにくるりと夜空に回転した。そんなことをしたら三日月が満月になっちゃって、まどかはオオカミ女になっちゃうぞ。

 嗚呼(ああ)痛恨の……コンチクショウ!

 

☆ 主な登場人物

  • 仲 まどか       乃木坂学院高校一年生 演劇部
  • 芹沢 潤香       乃木坂学院高校三年生 演劇部
  • 貴崎 マリ       乃木坂学院高校 演劇部顧問
  • 大久保忠知       青山学園一年生 まどかの男友達
  • 里沙          乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 夏鈴          乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 山崎先輩        乃木坂学院高校二年生 演劇部部長
  • 峰岸先輩        乃木坂学院高校三年生 演劇部前部長
  • 高橋          城中地区予選の審査員
  • 柚木先生        乃木坂学院高校 演劇部副顧問
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RE・乃木坂学院高校演劇部物語・13『コンチクショウ』

2022-11-03 06:55:45 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

13『コンチクショウ』  

 

 

 あやうく握手会というところで三人の審査員の先生が入ってきた。

――ただ今より、講評と審査結果の発表を行います。みなさん、お席にお着きください。

 みんな慌ただしく席に戻った。

「審査員、表情が固い……」

 峰岸先輩がつぶやいた。

 三人の審査員の先生が、交代で講評していく。

 さすがに審査員、言葉も優しく、内容も必ず長所と短所が同じくらいに述べられる。配慮が行き届いていると感じた。単細胞の夏鈴はともかく柚木先生まで「ほー、ほー」と感心している。
 ただ、乃木高の講評をやった高橋という専門家審査員の先生が「……と感じたしだいです」と締めくくったとき、峰岸先輩だけが再びつぶやいた。

「講評が……」

「なんですか?」

 思わず聞き返した。

「シ、これから審査発表だ」

 舞台美術賞、創作脚本賞から始まったが、乃木坂は入っていない。そして個人演技賞の発表。

「個人演技賞、乃木坂学院高校『イカス 嵐のかなたより』で、神崎真由役を演った仲まどかさん」

――え、わたし?

 パチパチパチパチパチパチパチパチパチ

 みんなの拍手に押されて、わたしは舞台に上がった。

「おめでとう、よくがんばったね。大したアンダースタディーでした」

 と、高橋先生。賞状をくださって、がっちりと両手で包むように握手。

 大きな温もりのある手が優しかった。

「ど、どうも、ありがとうございます(#'∀'#)」

 カチコチのわたし。

 そして優秀賞、つまり二等賞の発表。最優秀を確信していたわたし達はリラックスしていた。

「優秀賞、乃木坂学院高校演劇部『イカス 嵐のかなたより』」

 一瞬、会場の空気がズッコケた。

 乃木坂のメンバーが集まった一角は……凍り付いた。

 少し間があって、ポーカーフェイスで峰岸先輩が賞状をもらいにいった。峰岸先輩が席に戻ってもざわめきは続いた。

「最優秀賞……」

 そのざわめきを静めるように、高橋先生が静かに、しかし凛とした声で言った。

「フェリペ学院高校演劇部『なよたけ』」

 キャーーーーーーーーー!!

 フェリペの部長が、うれし涙に顔をクシャクシャにして賞状をもらった。
 高橋先生は、皆を静めるような仕草の後、静かに語りはじめた。

「今回の審査は紛糾しました。みなさんご承知のとおり、高校演劇には審査基準がありません。この地区もそうです。勢い、審査は審査員の趣味や傾向に左右されます。われわれ三名は極力それを排するために、暫定的に審査基準を持ちました。①ドラマとして成立しているか。ドラマとは人間の行動や考えが人に影響を与え葛藤……イザコザですね。それを起こし人間が変化している物語を指します。②そして、それが観客の共感を得られたか。つまり感動させることができたか。③そのために的確な表現努力がなされたか。つまり、道具や照明、音響が作品にふさわしいかどうか。以上三点を十点満点で計算し、同点のものを話し合いました。ここまでよろしいですね」

 他の審査員の先生がうなづいた。

「結果的に、乃木坂とフェリペが同点になり、そこで話し合いになりました……」

 高橋先生は、ここでペットボトルのお茶を飲み……お茶が、横っちょに入って激しく咳き込んだ。

「ゲホ、ゲホ、ゲホ……!」

 マイクがモロにそれを拾って鳴り響いた。女の審査員の先生が背中をさすった。それが、なんかカイガイシく、緊張した会場は笑いにつつまれた。夏鈴なんか大爆笑。どうやら、苦しんでいる高橋先生とモロ目が合っちゃったみたい。

「失礼しました。えーと……どこまで話したっけ?」

 前列にいたK高校のポニーテールが答えた(9『もの動かす時は声かける!』で出てきた子)

「同点になったとこです」

「で、話し合いになったんです」

 カチュ-シャが付け足した。

「ありがとう。で、論点はドラマ性です。乃木坂は迫力はありましたが、台詞が一人称で、役が絡んでこない。わたしの喉は……ゲホン。からんでしまいましたが」

 また、会場に笑いが満ちた。

「まどかさんはじめ、みなさん熱演でしたが……」

 という具合に、なごやかに審査発表の本編は終わった……。


 でも、わが城中地区の審査には別冊がある。生徒の実行委員が独自に投票して決める賞がね。

 その名も「地区賞」 

 これ、仮名で書いた方が感じ出るのよね。だって「チクショウ」

 その名のとおり、チクショウで、中央発表会(本選)には出られない。名誉だけの賞で、金、銀、銅に分かれてんの。

 で、一等賞が金地区賞。通称「コンチクショウ」と笑っちゃう。そう、このコンチクショウを、わが乃木坂は頂いたわけ!

 

☆ 主な登場人物

  • 仲 まどか       乃木坂学院高校一年生 演劇部
  • 芹沢 潤香       乃木坂学院高校三年生 演劇部
  • 貴崎 マリ       乃木坂学院高校 演劇部顧問
  • 大久保忠知       青山学園一年生 まどかの男友達
  • 里沙          乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 夏鈴          乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 山崎先輩        乃木坂学院高校二年生 演劇部部長
  • 峰岸先輩        乃木坂学院高校三年生 演劇部前部長
  • 高橋          城中地区予選の審査員
  • 柚木先生        乃木坂学院高校 演劇部副顧問
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RE・乃木坂学院高校演劇部物語・12『メイクを落として制服に着替えた』

2022-11-02 05:23:42 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

12『メイクを落として制服に着替えた』  

 

 

 幕間交流の間に、バラシも搬出も終わっていた。

 

 わたしは、スタンディングオベーションのきっかけになったアイツを探したかったけど、マリ先生の様子が気になって搬出口に急いだ。

 バタンと音がして、荷台のドアが閉められたところだった。

「まどか、大儀であった。じゃ、先に行ってる。柚木先生、あとはよろしく」

 柚木先生がうなづくと、トラックはブルンと身震いして動き始めた。助手席の窓から、お気楽そうに、マリ先生の手が振られた。二台目のトラックのバックミラーに、ほっとした山埼先輩の顔が一瞬映った。

 ホーーーーーーー

 ため息一つつく間に、二台のトラックはフェリペの通用門を出て行ってしまった。

 実際にはもう少し時間があったんだろうけど、頭の中がスクランブルエッグみたくなってるわたしには、そう感じられた。

「じゃ、わたしたちは地下鉄で学校に行ってます」

 舞監助手の里沙がそう言って、あらかじめ決められていたメンバーを引き連れて歩き出した。学校で道具をトラックから降ろして、倉庫に片づけるためだ。

 残ったメンバーは、わたしも含め、誰も何も言わず、それを見送った。

「先生なにか言ってました?」

 柚木先生に聞いてみた。

「え……ああ、なにも。さ、わたしたちも交流会に行くよ。そろそろ終わって審査結果の発表だろうから」

「先輩。潤香先輩……」

 峰岸先輩に振ってみた。

「必要なことしか言わないからなマリ先生は……大丈夫なんじゃないか」

 言葉のわりにはクッタクありげに歩き出した……ボンヤリついていくと叱れた。

「まどか、そのナリで交流会はないだろう」

 わたしったら、衣装もメイクもそのまんまだった。

「すみません、着替えてきます」

 ひとり立ち止まると、訳もなく涙が頬を伝って落ちた。

 

 メイクを落として制服に着替えて……気づくと、窓の外には夜空に三日月。秋の日はつるべ落としって言うけど……ヤバイ、もう八時前。審査発表が終わっちゃう!

 

 急いで会場に戻った。交流会はまだ続いていた。

「審査発表まだなの?」

 あくびをかみ殺している夏鈴に聞いてみた。

「遅れてるみたい……まどか、なにしてたのよ。さっきまでまどかの話で持ちきりだったのよ」

「うそ……!?」

「そりゃ、あれだけのアンダースタディーやっちゃったんだから」

「そうなの……でも、道具係の夏鈴がどうしてここにいるのよ?」

「地下鉄の駅まで行ったら、お財布忘れたのに気づいて。そしたら、宮里先輩が『夏鈴はもういい』って」

「プ、夏鈴らしいわ」

「まどかこそ。楽屋で声かけたのに気づかなかったでしょ。空は三日月だし狼男にでもなんのかと思っちゃったわよ」

「女が狼男になるわけないでしょうが」

「なるよ。うちのお父さん、お母さんのことオオカミだって言ってるわよさ」

「だいいち、狼男が狼になんのは満月の夜じゃん」

「うそ。わたし、ずっと三日月だと思ってた!」

「ハハ、でも、そういうズレ方って夏鈴らしくてカワユイぞ」

「どうせ、わたしはズレてますよ。まどかみたく物覚えよくないもん!」

「二人とも声が大きい……」

 峰岸先輩が、低い声で注意した……でも手遅れ。夏鈴の声で面が割れてしまった。

――え、乃木坂のまどか!――あの、まどかさん!――マドカァ!!
 
 ……と、取り囲まれてしまった。

 

☆ 主な登場人物

  • 仲 まどか       乃木坂学院高校一年生 演劇部
  • 芹沢 潤香       乃木坂学院高校三年生 演劇部
  • 貴崎 マリ       乃木坂学院高校 演劇部顧問
  • 大久保忠知       青山学園一年生 まどかの男友達
  • 里沙          乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 夏鈴          乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 山崎先輩        乃木坂学院高校二年生 演劇部部長
  • 峰岸先輩        乃木坂学院高校三年生 演劇部前部長
  • 柚木先生        乃木坂学院高校 演劇部副顧問

 

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RE・乃木坂学院高校演劇部物語・11『本番』

2022-11-01 07:19:47 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

11『本番』  

 

 

――ただ今より、乃木坂学院高校演劇部による、作・貴崎マリ『イカス 嵐のかなたより』を上演いたします。ロビーにおいでのお客様はお席にお着きください。また、上演の妨げになりますので、携帯電話は、スイッチをお切り頂くようお願いいたします。なお上演中の撮影は上演校、および、あらかじめ届け出のあった方のみとさせていただきます。それでは……あ、え? 神崎真由役は芹沢潤香さん急病のため、仲まどかさんに変更……。

 

 客席に静かなどよめきがおこった。

 

 張り切った見栄がしぼんでいく……やっぱ、潤香先輩は偉大だ。

 本ベルが鳴って、しばしの静寂。

 嵐の音フェードイン。

 緞帳が十二秒かけて上がっていく……。

 サスが当たって、わたしの神崎真由の登場。


「きみのことなんか心配してないから」


 最初の台詞。自分でしゃべっている気がしなかった……潤香先輩が降りてきて、わたしの口を借りてしゃべっている。

 いける、これならいける!

 視線を送るタイミング、手を挙げる時の一瞬のためらい、彼が背中を向けて思わず前に出る歩幅。

「ダメ、溜息なんかついたら、あいつの運まで逃がしてしまう」

 オデコをピシャピシャ、そのまま手が停まって、左手も上がってきて嗚咽になる。

 うん、一挙手一投足が潤香先輩のままだ。

 もう大丈夫、これならいける!


 中盤まではよかった、そういう錯覚の中で芝居は順調に流れていった。


 しかし、パソコンのフォントサイズをワンポイント間違えたように、微妙に芝居がずれてきた。

 そして、勝呂先輩演ずる主役の男の子を張り倒すシーンで、間尺とタイミングが合わなくなってしまった。

 パッシーン! 

 派手な音がして、勝呂先輩はバランスを崩して倒れた。ゴロゴロ、ザーって感じでヌリカベの八百屋飾りの坂を舞台鼻まで転げ落ちた。

 一瞬間が空いて(あとで、勝呂先輩は「気を失った」と言った)立ち上がった先輩の唇は切れて、血が滲んでいた。

 

 あとは覚えていない。気がついたら、満場の拍手の中、幕が降りてきた。

 

 習慣でバラシにかかろうとすると、舞台監督の山埼先輩に肩を叩かれた。

「なにしてんだ、主役だぞ。勝呂といっしょに幕間交流!」

 客電が点いた客席は意外に狭く感じられた。みんなの観客動員の成果だろう、観客席は九分の入り(後で、マリ先生から七分の入りだと告げられた。そういう観察は鋭い。だれよ、スリーサイズの観察も正確だったって!?)

 観客の人たちは好意的だった。

「代役なのにすごかった!」「やっぱ乃木坂、迫力ありました!」なんて上々の反応。中には専門的な用語を知ってる人もいて「正規のアンダースタディーだったんですか?」てな質問も。わたしも一学期に演劇の基礎やら専門用語は教えてもらっていたので、意味は分かった。

 日本のお芝居ではほとんどいないけど、欧米の大きなお芝居のときは、あらかじめ主役級の役者に故障が出たとき、いつでも代役に立てる役者さんがいる。本番では別の端役をやっているか、楽屋やソデでひかえている。ごくたまにここからスターダムにのし上がってくる人もいるけど、たいていは日の目も見ずに終わってしまう。

「……いえ、わたし、潤香……芹沢先輩には憧れていたんで、稽古中ずっと芹沢先輩見ていて、そいで身の程知らずにも手を上げちゃいました」

 そのとき、客席の後ろにいた人が拍手した……あ、あいつ……!?

 そのあと、みんながつられてスタンディングオベーションになって、ヤツの姿はその陰に隠れかけた。その刹那、赤いジャケットを着たマリ先生が客席の入り口から入ってくるのが分かった。

 その姿は遠目にも思い詰めたようにこわばっている。

 いったい何が起こったんだろう……。

 

☆ 主な登場人物

  • 仲 まどか       乃木坂学院高校一年生 演劇部
  • 芹沢 潤香       乃木坂学院高校三年生 演劇部
  • 貴崎 マリ       乃木坂学院高校 演劇部顧問
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RE・乃木坂学院高校演劇部物語・10『わたし、やります!』

2022-10-31 06:42:38 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

10『わたし、やります!』  

 

 

「潤香が倒れた」

 全員が揃うと、マリ先生は組んだ腕をほどきもせずに冷静に告げた。

「今朝、玄関で靴を履こうとして……今は、意識不明で病院だ」


 え……


 あとは声も出ない、遠く彼方を飛ぶ飛行機の無機質な音が耳についた。

「わたしは、これから病院にいく。で、本番のことなんだけど……」

 そうだ、三時間先には本番……でも、主役の潤香先輩がいなっくちゃ……。

「選択肢一、残念だけど今年は棄権する」

 そりゃそうでしょうね。みんなうつむいた……そして、先生の次の言葉に驚いた。

「選択肢二、誰かが潤香の代役をやる」

 !?

 みんなは息を呑んだ……わたしはカッと体が熱くなった。

「ハハ、無理よね。ごめん、変なこと言っちゃって。ヤマちゃん、地区代表の福井先生に棄権するって言っといて。トラックは定刻に来るから、段取り通り。戻れたら戻ってくるけど、柚木先生、あとをお願いします」

「は、はい、分かりました!」

 副顧問の柚木先生の言葉でスイッチが入って、山埼先輩とマリ先生が動き出し、ほかのみんなは肩を落とした……で。

「わたし、やります(,,꒪꒫꒪,,)!」

 クチバシッテしまった……。

 みんながフリーズし、山埼先輩はつんのめって、マリ先生は怒ったような顔で振り返って、わたしを見つめた。

「まどか、本気……?」

 柚木先生が、暴言を吐いた生徒をとがめるように言った。

「……」

 マリ先生は地殻変動を観察する地質学者のように沈黙して、わたしの目を見つめている。

「わたし、潤香先輩に憧れて、演劇部に……いいえ、乃木坂に入ったんです。コロスだけど、稽古中はずっと潤香先輩の演技見てました。台詞だって覚えています。動きも、こっそりトレースしてました。潤香先輩のそっくりショーやったら優勝まちがいなしです!」

 一気にまくしたてた。

「上等じゃない……その目、入部したころの潤香そっくり。小生意気で、挑戦的で、向こう見ず。心の底じゃビビッテるくせに、もう一人の自分が、その尻を叩いている……やってみなアンダースタディー(この意味はあとで言います)」

「ほんとですか!?」

「まどかは、潤香よりタッパで三センチ、バストは四センチ、ヒップは二センチちっこい。ウエストはまんま。衣装補正して。本番までに一回、台詞だけでいいから通しておくこと!」

 マリ先生は、わたしの肉体的コンプレックスを遠慮無く指摘して楽屋を去っていった。

 スカートの丈を少し補正しただけで、衣装の問題は解決……させた。

 衣装係の、今時めずらしいお下げで、かわゆげな一年のイト(伊藤)チャンは、こう言った。

「バストの補正って大変なんですウ。なんだったら『寄せて上げるブラ』買ってこよっか?」

 真顔なところがシャクに障る。

「これで問題なし!」

「だって……」

「先生の指摘は目分量。そんなに違いはないのよサ!」

 と、胸と見栄を張って、おしまい。

 

☆ 主な登場人物

  • 仲 まどか       乃木坂学院高校一年生 演劇部
  • 芹沢 潤香       乃木坂学院高校三年生 演劇部
  • 貴崎 マリ       乃木坂学院高校 演劇部顧問
  • 大久保忠知       青山学園一年生 まどかの男友達
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RE・乃木坂学院高校演劇部物語・9『もの動かす時は声かける!』

2022-10-30 06:35:36 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

9『もの動かす時は声かける!』  

 

 

 結局(日付、時間、芝居のタイトル、フェリペの場所)だけをメールでヤツに打った。


 ドーン! と、晴れ渡った秋空に花火は上がらなかったけど、城中地区の予選が始まった。


 全てが順調だった、その時までは……。


 私たちの乃木坂学院は抽選で出番は二日目の大ラスになっていた。

 部長の峯岸先輩は、初日から全ての芝居を観ている。峯岸先輩は三年生がみんな引退した中、ただ一人、現場に残ってくれている。特別推薦で進学が確定していたからでもあるけど、次期部長に決まっている舞台監督の山埼先輩に、部長としての有りようを示すためだと、わたしは思っている。

 前日の朝、乃木坂の講堂で最後のリハをやった。午後は実行委員の仕事として割り当てられている舞台係(搬入、搬出、仕込み、バラシの手伝い)と受付をやった。

 潤香先輩は、カワユク受付……と、思いきや、がち袋を腰に、ペットボトルを太ももにガムテープで留め(バラシのときに出る釘や、木っ端なんか、要するに舞台上に残った危ない小物を拾うため)長い髪をヒッツメにして働いていた。

 初日最後のK高校のバラシの最中、K高校のスタッフが声をかけないで、三六(サブロク)の平台を片づけようとして、二人で担架のように担いでいた。落ちた木っ端を拾っていた先輩がちょうど立ち上がり、その平台の横面に頭をしたたかに打ちつけた。

 ゴッツン!

「アイテー! だめでしょ、もの動かす時は声かける!」

「すみません」

 先輩は、インカムを外して、痛む頭をなでてみた。

「でかいタンコブができちゃった……気をつけてよね!」

 他校の生徒でも、エラーには手厳しい。K高校のスタッフは、二人揃って頭を下げ、そのあと上目づかいにこう聞いた。

「すみません……あのう、乃木坂の芹沢……潤香さんですか?」

「え、ええ、そうだけど……」

「ウ、ウワー! ホンモノだ(๑✧∀✧๑)!」

 ポニーテールが叫んだ。

「わたしたち、去年の『レジスト』観て感動したんです(๑✧∀✧๑)!」

 カチューシャも叫んだ。

「あ、それは、ドモ……」

 潤香先輩は戸惑った。

 K高の二人のテンションは高く、ミニ握手会になった。で、写真を撮って、番号の交換までやった……ところで、マリ先生の声が飛んできた。

「そこ! なに遊んでんの!?」


 そのときは、それで済んだ……。


 二日目は、本番二時間前に楽屋に充てられた教室に集合することになっていた。

 たいていの部員は朝からやってきて、他の学校の芝居を「客席を少しでもにぎやかに(実際、力のない学校は、自分の部員数ほども観客動員ができない)するため」ということで睥睨(へいげい=偉そうに見下す)するように観劇していた。
 さすがに峯岸先輩は、冷静に化学実験を見るように、時々ペンライトで、ノートにメモをとっていた。昼の部が始まる前にはみんな会場や楽屋に集まっていた。

「潤香が、まだ来てません」

 山埼先輩がマリ先生にそっと耳打ちした。

「潤香が……?」

「サリゲにメールしてみます」

 山埼先輩の応えに、先生は軽くうなずいた。

 昼一番の芝居が終わると、部員全員、楽屋に招集された。予定よりも二時間も早い。

 楽屋に行くと、マリ先生が腕組みをして背中を向け、窓から見える四角い空を見上げている。峯岸先輩と、山埼先輩が付き従うように立っている。

「先生、なにが……」

「全員が揃ってから……」

 山埼先輩がつぶやいた。

 え……なに、この気持ち悪い緊張感は?

 

☆ 主な登場人物

  • 仲 まどか       乃木坂学院高校一年生 演劇部
  • 芹沢 潤香       乃木坂学院高校三年生 演劇部
  • 貴崎 マリ       乃木坂学院高校 演劇部顧問
  • 大久保忠知       青山学園一年生 まどかの男友達

 

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RE・乃木坂学院高校演劇部物語・8『コスモスの花ことば』

2022-10-29 06:12:48 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

8『コスモスの花ことば』  

 

 

 その時も二人の顔は至近距離にあった。

 

 観覧車の、わたしたちのゴンドラがテッペンにきたときだった……。

「……オレ達、恋人にならないか!?」

「え……あ……ええ!?」

 この突然には予感があったんだけど、イザとなったら言葉が出ない。

「オレは青山学園、まどかは乃木坂だろ、別れ別れになっちまうしさ……」

「う、うん……」

「だから、この際はっきりと……」

 わたしは「恋人」という言葉で、文化祭のときの、あの感覚がクチビルに蘇ってきてとまどった。

 わたしは、せいぜい「卒業しても、いっしょにいよう。つき合っていこう」ぐらいの言葉しか予感していなかった。

 うつむいて、言葉を探しているうちにゴンドラは地上に着いた。これが他の、もっと大きい大観覧車だったら、わたしも、それなりのリアクションとれたんだけどね……。

 

 観覧車を降りると、なんだかみんなが二人のことを見ているような気がした。

 

 順番待ちをしていたクソガキが「あ、アベック! アベック!」なんて言うもんだから、わたしは大急ぎで、気の利いたつもりで、こう言ってしまった。

「キミの名前と同じくらいでいようよ」

 彼は、わたしから「キミ」などという二人称で呼ばれたことないもんだから、コワバッて聞き返してきた。

「キ、キミの名前って……」

「自分の名前忘れたの?」

「え、ええ……?」

「大久保忠友クン」

 あらためて言っとく、ヤツの名前は大久保忠友。

 ここで、ピンときた人はかなりの歴史大好きさんです。

 そう、ヤツは大久保彦左衛門(天下のご意見番で、江戸っ子ならたいてい、一心太助とセットで知っている)の子孫。彦左衛門の名前は正確には「忠教(ただたか)」で、代々の大久保家では、男の子の名前に「忠」の字がつく。そいでヤツは「忠友(ただとも)」ってわけよ。

 偉い人の子孫に織田信成って元フィギュアースケートの選手がいるのは知ってる?

 信成さんはオチャメな人で、ご先祖の織田信長さんが「鳴かぬなら、殺してしまえホトトギス」って言ったのをうけて、「鳴かぬなら、それでいいじゃんホトトギス」と言ったとか。ヤツには、そんなウィットがないもんだから「え、ええ……」になっちゃうわけよ。だから、わたしも言わずもがなの解説しちゃったわけ。

「大久保クンは忠友でしょ、タダトモ!」

 これ、なんか携帯のコマーシャルにあったなあと、そのとき頭に……ヤツの頭にも浮かんだみたい。

「それって、テレビのCMでやってたよな……」

「うん」

「ただの友達か、おれたちって……」

「……うん」

「そうか……」

 わたしたちは、意味もなく黙って園内を歩いた。

――そんなシビアな反応しないでよ。わたしはヤツの背中をにらんだ。

「あ、コスモス……」

 植え込みに、遅咲きのコスモスが一輪。

 わたしは機転を利かして、そのコスモスを手折った(われながら、ミヤビヤカだと思ったのだ)

「これ……」

「植え込みの花とっちゃダメだろ」
 
 ……ばか!

「いいじゃん、一つぐらい」

「で、なんだよ。この花?」

「コスモス。家帰って、ネットとかで調べなよ!」

 この唐変木!

 わたしは一輪のコスモスを不器用に持てあましているヤツを置いて、さっさとゲートをくぐり、一人で都電に乗って家に帰った。


 コスモスの花言葉はね「乙女の愛情」なんだぞ……。

 


☆ 主な登場人物

  • 仲 まどか       乃木坂学院高校一年生 演劇部
  • 芹沢 潤香       乃木坂学院高校三年生 演劇部
  • 貴崎 マリ       乃木坂学院高校 演劇部顧問
  • 大久保忠知       青山学園一年生 まどかの男友達

 

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RE・乃木坂学院高校演劇部物語・7『スマホ片手に悶々』

2022-10-27 06:20:53 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

7『スマホ片手に悶々』  

 

 

 寝床でスマホを手に悶々(もんもん)としている。

 

 悶々って「もだえ苦しむ」って意味だけど、もだえてはいなっかった。じっと仰向けになってスマホとにらめっこ。でも心はもだえていた……でもって、ラノベくらいしか読まないわたしのボキャブラリーでは、この表現が精一杯。

 なにを悶々としていたかというと……観客動員ですよ。

 コンクールの観客って、手の空いた出場校や、出演者の友達、家族、その程度。まちがってもコンビニでチケ買ったり、ネットで予約してくるお客さんなんかいないんだ。

 だいたい、入場料そのものとらないんだもん。とったら、それこそ誰も来なくなる。甲子園の「高校野球大会」はアルプス自由席でも五百円の入場料をとっている。高校生のお芝居だって、三百円くらいはとってもいいんじゃないかと、乃木坂で演劇部やってると思うんだけど(それだけ、プライドと自信はある)

 でも、他の学校は、ひどいのになると学芸会。とても、お金とって他人様にお見せはできません。

 それと、入場料とると、既成脚本の場合、上演料が一万円を超えちゃう。

 なによりも入場料とっちゃうと、劇中で使う音楽や効果音の使用に著作権というヤヤコシイ問題がおこってくる。無料であるからこそJASURACも「曲や歌詞に改変を加えない限り、使用許可も、使用料もいらない」ってことになっている。

 じゃあ、乃木坂の看板で観客……せいぜい百人くらいしか集まらない。
 フェリペのキャパは四百。ちょっとキビシイ。

 で、マリ先生のご命令で、一ヶ月も前から各自観客動員に力を入れている。
 わたしも主だった友達なんかにはメールを送りまくった。

 でも、リハの夜になってもメールを送りかねているヤツが一人……。


 わたしのモトカレ、大久保忠友……。


 アイツとは、去年の秋、あらかわ遊園でデートして以来会っていない……。

 受験をひかえた去年の秋、久々に「デートしようぜ」ってことになり、互いにガキンチョのころからお馴染みのあらかわ遊園。

 都電「荒川区役所前」から、九つ目があらかわ遊園前。お互い小学校の遠足で来て以来。ガキンチョに戻ったようにはしゃいでいた。都電の中でも、遊園地の中でも。
 互いに意識していたんだ、このデートが特別なものになる予感……それが嬉しくって、怖くって、はしゃいでいた。

 カレとは、中二のときに同じクラスになり、いっしょに学級委員をやったのが縁。

 二人ともお祭り騒ぎが大好きだったんで、クラスのイベントは二人で企画して意気投合。

 意識したのは、文化祭の取り組みで一等賞をとったとき。

 実行副委員長をやっていたはるかちゃんが表彰状を読み上げてくれた。実行委員長の山本って先輩が、閉会式の直前に足をくじいて保健室に担ぎ込まれていたので、はるかちゃんが代読。

「……よって、これを表します。南千住中学文化祭実行委員長 山本純一。代読五代はるか。おめでとう……」

 幼なじみの顔になって、はるかちゃんが表彰状を渡そうとしたとき、突然いたずらな風が吹いてきて、表彰状が朝礼台の前で舞い上がってしまった。

「「あ、ああ……!」」

 慌てたカレとわたしは、表彰状を追いかけてキャッチ……そして、お互いもキャッチ……つまりね(思い出しても顔が赤くなる)偶然ハグ……ってか、モロ抱き合っってしまった(#´ω`#)。

 それも、なんという運命のいたずら。互いのクチビルが重なってしまったんだ!

 わたしにとって……多分アイツにとっても、ファーストキスは何百人という生徒と先生たちの公衆の面前で行わてしまったんだ((;'∀'))よね!


☆ 主な登場人物

仲 まどか       乃木坂学院高校一年生 演劇部
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RE・乃木坂学院高校演劇部物語・6『抹茶入りワラビ餅』

2022-10-26 05:59:08 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

6『抹茶入りワラビ餅』 

 

 

 わが乃木坂学院高校演劇部は、先代の山阪先生のころから顧問の創作脚本を演ることが恒例になっていた。「静かな演劇」と「叫びの演劇」の差はあったけど、根本のところでは同じように感じる。

 どこって、上手く言えないけど……集団として迫力があるところとか、青春ってか、等身大の高校生の姿を描くとこ(毎年、審査員が、そう誉めているらしい)、なんとなく造反有理なとこ(この四文字熟語は、入学してからマリ先生に教えてもらった)……そして、毎年地区発表会(予選)で優勝し、中央発表会(本選)でも五割を超える確率で優勝。この十年で全国大会に三度も出場して、内二回は最優秀。

 つまり日本一(*´ω`*)!

 この作品のアイデアは、夏休みも押し詰まったころ、創作に行き詰まって湘南の海沿い、愛車のナナハンのバイクをかっ飛ばし、江ノ電を「鎌倉高校前」の手前で三十キロオーバーで追い越したとき、急に「抹茶入りワラビ餅」が食べたくなった先生。そう言えば江ノ電の電車って、抹茶を振りかけたワラビ餅に似ていなくもない。

 で、そのまんま鎌倉に突入したマリ先生は、甘いもの屋さんに直行。

 で、出てきた「抹茶入りワラビ餅」を見て、ハっと思いついたわけ。

 なにを思いついたかというと、お皿の上に乗っかった「抹茶入りワラビ餅」が、わたしたちコロスに見えた。

 で、コロス…コロス……そうだ「コロス」の反意語は「イカス」だ!

 で、あとは、そのヒラメキを与えてくれた「抹茶入りワラビ餅」を無慈悲にもパクつきながら、携帯で必要な情報を検索。その日の内にアラアラのプロット(あらすじ)がまとめられ、今日のリハーサルに至っているというわけなのよ。

 この話を聞いたとき、部員一同は「アハハ」と笑いながら、今さらながら、マリ先生を天才と思った。集団の迫力、等身大の高校生、反体制というセオリーが見事に一つになっている!

 ただ、家でこの話をしたとき、クタバリぞこないのおじいちゃん(わたしじゃなくて、おばあちゃんが正面切って、お母さんは陰でこそこそ言っている)が、こう言った。

「イカスってのは、もともと軍隊の隠語(業界用語)なんだぜ……」 

 ま、昭和ヒトケタのおじいちゃんのチェックはシカトして、本題に……。

 場当たりをきっかり二十分で終えたあと、今度は十七分きっかりでバラシを終えて、中ホリ裏の道具置き場に道具を収めた。

「五十四分三十秒です」

 山埼先輩が報告。

「じゃ、残りの五分三十秒は次の学校さんが使ってくださいな。オホホホ……」

 余裕のマリ先生。

 しかし、中ホリ裏の道具置き場は半分がとこ、わたしたち乃木坂の道具で埋まっていた。

 それが、いささか他の学校のヒンシュクをかっていたことなど、その時は気づきもしなかった。

 立て込みやバラシも他校の実行委員の手を借りることはなかった。それが誇りでもあったし、ほかの学校や、実行委員の人たちにも喜ばれていると思っていた。

 そう、あの事件がおこるまでは……というか「あの事故」は終わったわけではなかったのよ。

 


☆ 主な登場人物

仲 まどか       乃木坂学院高校一年生 演劇部
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RE・乃木坂学院高校演劇部物語・5『54分30秒のリハーサル・3』

2022-10-25 06:23:08 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

5『54分30秒のリハーサル・3』 

 

 

「開始!」

 山埼先輩の号令が飛ぶ。

 フェリペの計時係りの子と山埼先輩が同時にストップウォッチを押すと、上手の壁のパネルから運び、続いて八百屋飾りのヌリカベを運ぶ。パネルはサンパチと言って、三尺(約九十センチ)八尺(約二百四十センチ)の一枚物。これを、なんと女の子でも一人で運んじゃう! 重心のところを肩に持ってくれば意外にいける。

「パネル一番入りまーす!」と声をかける。

「はい!」舞台上のみんなが応える。

 不測の事故を防ぐための常識。

 次にヌリカベ。さすがに四人で運ぶ。そうやって上手から順に運んで、がち袋(道具係が腰に付けたナグリというトンカチなんかが入った袋)を付けた夏鈴たちが、背中にNOGIZAKA.D.Cとプリントした揃いの黒いTシャツを着て、動きまわっていく。

「一番、二番連結しまーす!」

 夏鈴が叫ぶ。バディーの宮里先輩と潤香先輩が続いてシャコ万という万力でヌリカベを繋いでいく。キャストだって仕込みとバラシは一緒だ。

 壁のパネルはヌリカベにくっつけるものと、ヌリカベの上に乗せるものがある。乗せるものは、ヌリカベの傾斜プラス一度の六度の傾斜のついた人形立を釘で固定する。そして劇中移動させるのでシズ(重し)をかけていく。

 その間、照明チーフの中田先輩は調光室でプリセットの確認。インカムでサブの里沙に指示して、サス(上からのライト)やエスエス(横からのライト)の微調整。

 その合間を縫って、音響の加藤先輩が効果音のボリュ-ムチェック。

 客席の真ん中でマリ先生が全体をチェック、舞台監督の山埼先輩が、それを受けて各チーフに指示。

 わたしは、決まったところから明かりと道具の場所決めを確認してバミっていく(出場校ごとにバミリテープの色が決まっている。ちなみに乃木坂は黄色と決まっていて、地区では貴崎色などと言われている。パネルの後ろに陰板(開幕の時はパネルに隠れている役者……って、わたしたちコロスってその他大勢だけどね)用の蓄光テープを貼り、剥がれないようにパックテープ(セロテープの親分みたいの)を重ね貼りして完成!

「あがりました。十七分二十秒!」

 山埼先輩がストップウォッチを押した。

「うーん、二十秒オーバー……まあまあだね。ヤマちゃん、二十分場当たり」

 マリ先生の指示。

「はい、じゃ幕開きからやります。ナカちゃん、カトちゃん、よろしく。役者陰板。幕は開くココロ(開けたつもり)十二、十一、十……五、四、三、二、一、ドン(緞帳のこと)決まり!」

 山埼先輩のキューで、去年と同じように、あちこちからコロスが現れる。今年は「レジスト」ではなく「イカス! イカス!」と叫びながら現れる。

 この「イカス」には意味がある。

 勝呂(すぐろ)先輩演ずる高校生が進路に悩む。主人公の高校生が、キャンプに行って、土砂降りの大雨に遭う。キャンプ場を始め付近の集落は危機に陥る。それを救ったのが陸上自衛隊の人たち。中には、たまたま演習にきていた陸上自衛隊工科学校の生徒たちも混じっていた。彼らは、中学を卒業して、すぐにこの道に入った者たちばかりだ。主人公は彼らにイケテル姿を見る。すなわち「イカス」なのよ。彼は、卒業後自衛隊に入ろうと考える。

 しかし主人公に好意を寄せる潤香先輩演ずるところの彼女の兄は新聞記者で「自衛隊は国家の暴力装置である」と意見する。

 最初、兄に反発し彼を応援していた彼女も、海外派遣されていた自衛隊員に犠牲者が出たというニュースに接して反対に回る。人生を活かすにはもっとべつの道があるはずだ……と。ここで、もう一つの「イカス」の意味が生きてくる。そして、ドラマの中盤で彼女が不治の病に冒されていることが分かり、彼は彼女を生かすために苦悩する。

 ここで第三の「イカス」が生きてくる。すごいよね!

 そして、このドラマは、この夏休みにコンクール用の脚本に考えあぐねたマリ先生の創作劇なんだよ!

 

☆ 主な登場人物

仲 まどか       乃木坂学院高校一年生 演劇部
芹沢 潤香       乃木坂学院高校三年生 演劇部
貴崎 マリ       乃木坂学院高校 演劇部顧問

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RE・乃木坂学院高校演劇部物語・4『第一章 54分30秒のリハーサル・2』

2022-10-24 06:08:44 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

4『54分30秒のリハーサル・2』 

 


 と、いうわけで、今日はコンクール城中地区予選のリハーサル。

 トラック二台には貴崎先生と舞台監督の山埼先輩が乗って先行している。それ以外の部員は学校で道具を積み込んだ後、副顧問の柚木先生に引率されて地下鉄に乗ってフェリペを目指した。


 フェリペ学院も坂の上にある。

 駅を降りて、地上に出て左に曲がると「フェリペ坂」。道の両側が切り通しになっていて、その上にワッサカと木々が覆い被さっている。その木々をグリーンのレース飾りのようにして長細い空がうかがえる……。

 ひとひらの雲が、その長細い紺碧の空をのんびり横切っていく。

『坂の上の雲』 

 お父さんが読んでいた小説を思い出した。わたしは読んだことはないけど、タイトルから受けたイメージは、こんなの。ホンワカとした希望の象徴……ホンワカは、この五月に大阪に越していったはるかちゃんのキャッチフレーズ。

 はるかちゃんは、スイッチを切ったように居なくなってしまった。この夏に一度だけ戻ってきたらしい。それから、はるかちゃんのお父さんが大阪に行って、一ヶ月ほどして戻ってきた……足を怪我したようで、しばらくビッコをひいていた。

「なにがあったの?」

 一度だけお父さんに聞いた。

「よそ様のことに首突っこむんじゃねえ」

 お父さんは、ボソリと、でもキッパリと言った。

 はるかちゃん…………キャ!

 踏鞴(たたら)を踏んだ。ホンワカと雲を見ていて、縁石に足を取られたんだ。

「気をつけろよ、本番近いんだからな」

 峰岸部長の声が飛んできた。

「そうよ、怪我はわたし一人でたくさん」

 潤香先輩が合いの手を入れてくる。みんなが笑った。まだリハーサルだというのに連勝の乃木坂学院高校演劇部は余裕たっぷり。

――あ、コスモス

 踏鞴を踏んだ拍子に切り通しの石垣に手をついて、石垣の隙間から顔を出していた遅咲きのコスモスを摘んでしまった。

――ごめんね、せっかく咲いていたのに。

 わたしは遅咲きのコスモスをいたわって、袋とじになっている台本に挟んだ。コスモスには思い出が……それは、またあとで。

 フェリペの正門が見えてきたよ。

 リハといってもゲネプロ(本番通りの舞台稽古)ができるわけじゃない。あてがわれた時間は六十分。照明の仕込みの打ち合わせをアラアラにやったあと、道具の仕込みのリハをやる。

 本番では立て込みバラシ共々二十分しかない。四トントラック二台分の道具を時間内でやっつけなければならないのだ。

 潤香先輩が階段から落っこちたのも、バラシを十八分でやったあと、フェリペの搬出口を想定した講堂の階段を降ろしている時に起きた事故だったのを思い出す。

 

☆ 主な登場人物

仲 まどか       乃木坂学院高校一年生 演劇部
芹沢 潤香       乃木坂学院高校三年生 演劇部
貴崎 マリ       乃木坂学院高校 演劇部顧問

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RE・乃木坂学院高校演劇部物語・3『第一章 54分30秒のリハーサル・1』

2022-10-23 07:06:13 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

3『第一章 54分30秒のリハーサル・1』 

 

 紺碧の空の下、乃木坂を二台の四トントラックがゆるゆると下っていく。

「絶品の秋晴れ。今年も優勝まちがいなし……」

 貴崎マリ先生は花嫁道具を運ぶ花嫁の母のように助手席で呟いた。

「……今年で五年連続かあ」

 馴染みの運ちゃんが相方のように付け加えた。

「全勝優勝よ」

 ダッシュボードに片足をのっけたところは、アニメに出てくる空賊の女親分である。

「ヒュー、すげー!」

 運ちゃんは口笛をならして、貴崎先生お気に入りのポップスのボリュ-ムを上げた。

「あ、でも、六年前コケませんでした?」

「ん……!?」

 先生の眉間にシワが寄る。

「いや、オレの思い違いかも……」

「あれは、わたしが乃木坂に来る前。前任の山阪先生の最後。さすがの山阪先生も疲れが出たんでしょうね。わたしが来てからは全勝優勝」

「先生は、たしか乃木坂の卒業生なんすよね?」

「そーよ。山阪先生の許で『静かな演劇』ミッチリやらされたわよ。あのころはあれで良かったと思ってたけど、やっぱ演劇って字の中にもあるけど劇的でビビットな非日常を表現できなきゃねえ! だいたいね……」

 それからの運ちゃんは、目的地のフェリペ学院に着くまでマリ先生の演説を聴くはめになってしまった。運ちゃんは、マリ先生の片足で隠れたダッシュボードの缶コーヒーを飲むこともできなかった……。


 フェリペ学院は、わが乃木坂学院高校よりも歴史の古いミッションスクール。

 創立は百ウン十年前だそうだけど、そこは伝統私学。第二次ベビーブームのころから、少子化を見込んで大改革。

 中高一貫教育、国際科や情報科を新設。さらに目玉学科として演劇科を前世紀末に、某私学演劇科の先生を引き抜き、ミュージカルコースの卒業生の中には、有名ミュージカル劇団に入って活躍する人や、朝の連ドラのレギュラーをとっている人もいる。

 当然設備も充実していて、大、中、小、と三つも劇場を持っている。私たち城中地区の予選は、この中ホールを使わせてもらっている。 キャパは四百ほどだけど、舞台が広い!

 間口は七間(十二・六メートル)で、並の高校の講堂並だけど、ヨーロッパの劇場のようにプロセニアムアーチ(舞台の額縁)の高さが間口ほどもあり、袖と奥行きも同じだけある。中ホリ(ホリゾント幕。スクリーンの大きいやつ。これが奥と、真ん中に二つもある!)を降ろして、後ろ半分は道具置き場にしてます。

 なんせ、わが乃木坂学院高校は道具が多くて大きい。

 四トントラック二台分もあるのだ。

 先代の山阪先生のころから使い回しの大道具が、そこらへんの劇団顔負けってくらいあって、入部した日に見せられたのが、その倉庫。平台やら箱馬(床やら、土手を作るときに使います)壁のパネルに、各種ドアのユニット。奥にいくと、妖怪ヌリカベの団体さんがいた!

「わー……!」

 と、その迫力にタマゲタ!

 このヌリカベの団体さんは、舞台全体を客席の方に向かって傾斜させるために使う床ってか、舞台そのものをプレハブのパーツのようにしたもの。これを使うと、舞台全体に遠近感が出る。業界用語で「八百屋飾り」というらしい。その迫力は、とにかく「わーーー( ゚Д゚)!」であります。わたしたちは、それを「ヌリカベ何号」というふうに呼んでます。

 マリ先生は、こう言う。

「フェリペが、舞台全部使わせてくれたら、こんなもの使わなくってすむのに!」

 今回は「ヌリカベ九号」まで持っていく。それだけで四トン一台はいっぱい。

 他の学校は、こう言う。

「乃木坂がこんなの持ってこなきゃ、舞台全部使えんのに!」

 どっちが正しいのか、そのときはまだ分からなかった。

 


☆ 主な登場人物

仲 まどか       乃木坂学院高校一年生 演劇部
芹沢 潤香       乃木坂学院高校三年生 演劇部
貴崎 マリ       乃木坂学院高校 演劇部顧問

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RE・乃木坂学院高校演劇部物語・2『序章 事故・2』

2022-10-22 06:52:40 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

2『序章 事故・2』  

 

 

 一段落ついたので、状況を説明しとくわね。

 わたし、仲まどか。

 荒川区の南千住にある鉄工所の娘です。

 

 中三の時に……って、去年のことだけど、近所のはるかちゃん、はるかちゃんは一歳年上なんだけど、幼なじみなのではるかちゃん。

 そのはるかちゃんが入ったのが乃木坂学院高校。

 去年、その学園祭によばれて演劇部のお芝居を観てマックス大感激! 

「わたしも、この学校に来よう!」と、半分思ったわけ。半分てのは、下町の町工場の娘としてはちょっと敷居が高い……経済的にもブランド的にもね。

 

 演劇部は、スゴイ! めちゃくちゃスゴイ!!

 ドッカーンと、ロックがかかったかと思うと、舞台だけじゃなくて、観客席からも役者が湧いてきた! 中には、観客席の上からロープで降りてくる役者もいて、「怖え~!」と思ったけど、思う間もあらばこそ。集団で、なんか叫びながらキラビヤかな照明に照らし出され、お台場か横アリのライブみたい。ゴ-ジャスな道具に囲まれた舞台で舞い踊って、そこからは夢の中……お芝居は、なんか「レジスト!」って言葉が散りばめられていて、なんともカッコヨク「胸張ってます!」って感じですばらしかった。「レジスト」って言葉には、コンビニのレジしか連想できなかったけど、あとで兄貴に聞いたら「抵抗」って意味だって分かった。

 この時主役を張っていたのが潤香先輩。もう、そのときから「オネーサマ」って感じ。

 で、この時、はるかちゃんは中庭の『乃木坂フードコート』で三角巾にエプロン姿で人形焼きを、かいがいしく焼いていた。

 演劇部のお芝居のコーフンのまんま、中庭に行って、はるかちゃんから売れ残りの人形焼きをもらい、はるかちゃんのご両親といっしょに写真の撮りっこ。

 今思えば、はるかちゃんちの平和は、この頃が最後。今思えば……て、同じ言葉を重ねるのは、わたしに文才がないから……と、わたしの落胆ぶりを現しております。

「明るさは、滅びのシルシであろうか……」

 中三のわたしには分からない言葉を呟きながら、はるかちゃんは三角巾を外した……。

 その時!

――ただ今より、乃木祭お開きのメインイベント。ミス乃木坂の発表を行います。ご来場の皆様はピロティーに……――と、校内放送。

 模擬店が賑わっていたのとMCがヘボなのとスピーカーがハウってたので二位三位は聞き逃しちゃった。

 でもって一位の発表、その一位がなんと……。

―― ジャジャジャーン! 三年A組、芹沢潤香さん! ―― 

 そう、さっき見たばっかしの潤香先輩!

 ピロティー中から「ウォー!」とどよめき。潤香先輩はいつの間にか、かつて在りし頃の『東京女子校制服図鑑』のベストテン常連の清楚な制服に着替えて、野外ステージに登りつつあった。

 そして、タマゲタのは……。

――えーと、二位、二位、準ミス乃木坂の……ゴシロ、え、ちがうの? ゴヨ? イツシロ? え、ゴダイ? 了解、 アハハ、失礼しました(^_^;) 五代さん、一年B組の五代はるかさん! えと……五代さん、ステージに上がってください!

 一瞬ピロティーが静まった……。

「え……」

 本人が一番分かっていなかった。

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