オフステージ(こちら空堀高校演劇部)139
空堀高校は歴史の古い学校だ。
創立は百十年前の明治四十三年。
日露戦争こそは勝利のうちに終わっていたが、第一次大戦は、まだ四年後の事で、江戸幕府最後の将軍慶喜がまだ生きていた。
我が大阪もゆったりしたもので、空堀に府立中学を作ることになると、隣接する船場の旦那衆の応援もあり、競馬場ができるんかというくらいの敷地が確保され、現在の府立高校でも一二を争う広さの学校になった。
学校の敷地でもっとも面積が広いのがグラウンドだ。
空堀のグラウンドに立つと地平線が見えると近所の学校からは噂される。
モンゴルの大草原ではないので地平線は見えないが、市内で一番狭いと言われる北浜高校の四倍は優にある。
その北浜高校の野球部が、我が空堀高校の野球部に合同練習を申し込んできたのだ。
そのことが、野球部のエースである田淵を立腹せしめて、食堂でオレと乱闘騒ぎを起こす原因になった。
「よう分からんなあ、なんで、合同練習申し込まれると田淵の機嫌が悪くなるねん?」
とりあえず田淵に謝らせようとする川島さんを制して質問した。訳も分からずに謝られても気持ちが悪いだけだ。
「えと……北浜って、校舎の建て替え工事でグラウンドが半分しか使えないのよ。うちは、府立高校でも有数の広さでしょ」
「うん…………あ、そうか!」
ピンときた。
合同練習は名目で、北浜はうちのグラウンドを使いたいだけなんだ。うちなら、甲子園球場と同じスケールで練習ができる。
「小山内君も、元野球部だから分かるでしょ」
そうなんだ、中学野球じゃ、オレはそこそこのエースだった。肩を壊したので止めちまったがな。
北浜と空堀じゃ月とスッポンだ、合同練習やっても、北浜にとって空堀は足手まといになるだけだ。
「そうなんや、合同練習とは聞こえはええけど、オレらは北浜の球拾いになってしまうんや。あいつらも、それ知ってて言うてきとるんや」
「田淵、おまえが食堂の列に割り込んできたのは間違うてるけど、おまえがムカつく理由は分かるぞ」
「それでね、北浜の監督と相談したのよ」
川島さんの可愛らしいω口が微妙にゆがんだ。この人は単に可愛らしいだけのマスコットマネージャーとは違うみたいやなあ……。
「京橋高校が、うちと似た規模じゃない?」
ああ、たしかに京橋も空堀の八割くらいの広さがある。
「あそこなら、京阪電車で駅三つだし」
確かに、地下鉄乗り換えでうちに来るよりは近い。
「それでね、せっかく名門北浜と合同練習できるなら、第一に、より近い学校であること。第二に、合同練習して、いちばん利益のある学校だと提案したの」
「え? 近いはともかく、利益があるとは?」
「北浜と合同練習やって、より利益がある方」
「利益……よう分からへん?」
「つまり、京橋と空堀で試合をして負けた方が合同練習するってことにしたのよ。下手な方が伸びしろが大きいでしょ?」
「あ……うん、せやけど、球拾いに伸びしろもないやろ。あ、すまん、気に障ったらかんにんな」
田淵の顔が赤くなるので、ちょっとフォロー。
「いや、小山内の言う通りや」
「まあ、うちで引き受けたくないから。ま、苦肉の策なのよ」
「まあ、ほんなら京橋との試合次第やねんなあ」
「うん、そう。そこで、小山内君にピンチヒッターに立ってもらいたいわけなのよ」
「あ、そう……って、なんやのん、それは!?」
「アハハハ」
あ、ちょ、笑ってごまかすなあ!