大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

オフステージ・139「笑ってごまかすなあ!」

2020-07-05 16:51:31 | 小説・2

オフステージ(こちら空堀高校演劇部)139

『笑ってごまかすなあ!』小山内啓介 

 

 

 空堀高校は歴史の古い学校だ。

 

 創立は百十年前の明治四十三年。

 日露戦争こそは勝利のうちに終わっていたが、第一次大戦は、まだ四年後の事で、江戸幕府最後の将軍慶喜がまだ生きていた。

 我が大阪もゆったりしたもので、空堀に府立中学を作ることになると、隣接する船場の旦那衆の応援もあり、競馬場ができるんかというくらいの敷地が確保され、現在の府立高校でも一二を争う広さの学校になった。

 学校の敷地でもっとも面積が広いのがグラウンドだ。

 空堀のグラウンドに立つと地平線が見えると近所の学校からは噂される。

 モンゴルの大草原ではないので地平線は見えないが、市内で一番狭いと言われる北浜高校の四倍は優にある。

 その北浜高校の野球部が、我が空堀高校の野球部に合同練習を申し込んできたのだ。

 

 そのことが、野球部のエースである田淵を立腹せしめて、食堂でオレと乱闘騒ぎを起こす原因になった。

 

「よう分からんなあ、なんで、合同練習申し込まれると田淵の機嫌が悪くなるねん?」

 とりあえず田淵に謝らせようとする川島さんを制して質問した。訳も分からずに謝られても気持ちが悪いだけだ。

「えと……北浜って、校舎の建て替え工事でグラウンドが半分しか使えないのよ。うちは、府立高校でも有数の広さでしょ」

「うん…………あ、そうか!」

 ピンときた。

 合同練習は名目で、北浜はうちのグラウンドを使いたいだけなんだ。うちなら、甲子園球場と同じスケールで練習ができる。

「小山内君も、元野球部だから分かるでしょ」

 そうなんだ、中学野球じゃ、オレはそこそこのエースだった。肩を壊したので止めちまったがな。

 北浜と空堀じゃ月とスッポンだ、合同練習やっても、北浜にとって空堀は足手まといになるだけだ。

「そうなんや、合同練習とは聞こえはええけど、オレらは北浜の球拾いになってしまうんや。あいつらも、それ知ってて言うてきとるんや」

「田淵、おまえが食堂の列に割り込んできたのは間違うてるけど、おまえがムカつく理由は分かるぞ」

「それでね、北浜の監督と相談したのよ」

 川島さんの可愛らしいω口が微妙にゆがんだ。この人は単に可愛らしいだけのマスコットマネージャーとは違うみたいやなあ……。

「京橋高校が、うちと似た規模じゃない?」

 ああ、たしかに京橋も空堀の八割くらいの広さがある。

「あそこなら、京阪電車で駅三つだし」

 確かに、地下鉄乗り換えでうちに来るよりは近い。

「それでね、せっかく名門北浜と合同練習できるなら、第一に、より近い学校であること。第二に、合同練習して、いちばん利益のある学校だと提案したの」

「え? 近いはともかく、利益があるとは?」

「北浜と合同練習やって、より利益がある方」

「利益……よう分からへん?」

「つまり、京橋と空堀で試合をして負けた方が合同練習するってことにしたのよ。下手な方が伸びしろが大きいでしょ?」

「あ……うん、せやけど、球拾いに伸びしろもないやろ。あ、すまん、気に障ったらかんにんな」

 田淵の顔が赤くなるので、ちょっとフォロー。

「いや、小山内の言う通りや」

「まあ、うちで引き受けたくないから。ま、苦肉の策なのよ」

「まあ、ほんなら京橋との試合次第やねんなあ」

「うん、そう。そこで、小山内君にピンチヒッターに立ってもらいたいわけなのよ」

「あ、そう……って、なんやのん、それは!?」

「アハハハ」

 あ、ちょ、笑ってごまかすなあ!

 

 

 

 

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オフステージ・138「野球部マネージャーの川島さん」

2020-06-28 15:08:50 | 小説・2

オフステージ(こちら空堀高校演劇部)138

『野球部マネージャーの川島さん』小山内啓介 

 

 

 一時間絞られた上に反省文を書かされて、やっと「帰っていい」と許可が出た。

 

「ジャンケンしろ」

 

 え、なんで?

 田淵も同じ表情をしている。生指部長の大久保先生が『そんなこともわからんのか?』という顔をして付け加える。

「一緒に出たら、またケンカするかもしれんだろうが」

「「あ、ああ」」

 声が揃って、それじゃと向き合う。

「「最初はグー! ジャンケンホイ!」」

 出したのは互いにパー。

「「あいこで、しょ」」

 今度はチョキ同士。

「「あいこで、しょ!」」

 今度はグー同士。

「「あいこで、しょっ!」」

 今度もグー同士。

「おまえら、ほんとは仲良し同士なんとちゃうんか?」

「「それはない!」」

 そのあと、二回やってやっとケリが付いた。

 田淵が先に出て、一分後にタコ部屋を出ることを許される。

 

 出て、驚いた。帰り支度をした生徒たちがゾロゾロ降りてくるのだ。

 おいおい、まだ五時間目が終わったとこだろーが……あ、そうだ、PTA総会があるとかで、六時間目はカットだった。

 教室経由で部室に行こうと思ったが、昼飯がまだだ。回れ右をして食堂に向かう。売れ残りのパンかうどんでも食って部室に行こう。

 ご飯系は売り切れなのでラーメンの大盛りをトレーに載せて奥の席に着く。

 箸立てに手を伸ばすと、放課後の悲しさ、割り箸が一つもない。

 ンガー

 怪獣みたいな唸り声をあげて配膳カウンターまで割り箸を取りに行く。

「はい、割り箸」

 おばちゃんがニッコリ笑って割り箸をくれる。愛想のいいおばちゃんだ。

 なぜか、おばちゃんの視線を感じながら席に戻る……え、向かいに美人の女子が座っている。

 あ、評判の野球部マネージャー、三年の川島さんだ。

 

 目が合うと、川島さんは招き猫のような仕草をして、前に座れと微笑みを返してくる。

 言われなくても座る、そこにはオレの大盛りラーメンがあるんだからな……て、川島さんの前にも大盛りラーメンがアンパン付きで置いてある。他のテーブルから調達したのか、ちゃんと割り箸は添えてある。

「さっきは、うちの田淵君が迷惑かけたわね、ごめんなさい」

 姫カットの前髪をハラリとさせて頭を下げる。

「え、あ、いや……」

 演劇部で女子の免疫はできているはずなのに、いきなりのことにおたついてしまう。

「あ、やっぱ、野球部はマネージャーでもしっかり食べるんですね(*´ω`*)」

「え? いやだ、わたしじゃないわよ。田淵君、こっち!」

 田淵も――ひっかけられた!――という顔をして観葉植物の横に立っていた。

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オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・137「啓介 災難に遭う」

2020-06-22 13:48:40 | 小説・2

オフステージ(こちら空堀高校演劇部)

137『啓介 災難に遭う』小山内啓介   

 

 

 

 空堀高校は穏やかな学校だ。

 学校も生徒ものんびりしていて、あまりもめ事めいたことは起こらない。

 この一年で最大のもめ事が、部室棟に湧いたダニ・ノミ事件であったというだけでも分かってもらえると思う。

 人の事には干渉しないというのが不文律なので、うちみたいに演劇をしない演劇部でも存在が許され、仮とは言え部室まであてがってもらっている。

 その演劇部の部長がオレなんだから、オレの中身は純正の『ノンビリ』で出来ていると宣言してもいい。

 

 その、ノンビリの代表みたいなオレが、生活指導室にしょっ引かれて取り調べを受けようとしているんだから、大変な事件なんだ。

 

 事の始まりは、昼休みの食堂だ。

 一番人気のランチの列に並んでいる時に事件は起こった。

 ランチの列はランチを始めとする『ご飯系』を食いたい奴が並んでいる。だから、学年や男女に寄る偏りはほとんどない。

 もともと穏やかな校風でもあるので、他校に比べて、わりとノンビリ緩く並んでいる。

 オレの後ろに、一年の女子たちが続いていた。クラスの仲良し同士で、並んでいながらでもピーチクパーチクお喋りに余念がない。

 女子のお喋りと言うのはクラブの三人娘で免疫ができているので、オレには単なる環境音でしかない。

 一年の女子たちは、たとえ食堂の列であっても、必要以上に他人、とくに男子の他人にはくっ付きたくない。だから、オレとお喋り女子たちの間には微妙な距離が空いている。

 たまに松井先輩やお馴染みの生徒会女子たちと並ぶことがあるんだけど、彼女たちには遠慮も油断もない。

 きっちりと感覚を詰めて並んでいる。列が動いた時など、車で言う玉突きになることがある。たいてい肩とか腕がぶつかる。女子でも、肩とか腕だったらどうということはない。松井先輩やミリーは、そういうところにこだわりが無さすぎで、どうかすると、胸でぶつかって来る事がある。むろん、そのままにしているはずはなく、よっこらしょッと、腕を使って押し返してくる。

 反応が「あ、ごめん!」と「気を付けてね!」もしくは無言に分かれるが、ま、そんなもんだ。

 一年の女子たちは、車に例えれば若葉マークで、オレとの間に十分過ぎる車間距離をとって並んでいる。

 

 事件と言うのは、その十分過ぎる車間距離の中に割り込んできたやつがいたことだ。

 

 お喋りが中断したことで割り込みに気が付いた。

 振り返るほどじゃないけど、ちょっと首を捻ったところで、そいつが視界に入ってきた。

 野球部の田淵だ。

 同学年だけど、同じクラスになったことはない。たまに練習に励んでいる姿を目にしているので、ユニホームの名前で、いつしか憶えてしまっていた。

「田淵くん、後ろに周った方がいいんとちゃうかなあ」

 穏やかに言って、後ろの一年女子たち目で示してやった。

「え? ここ最後尾じゃね?」

「一年の女子らが並んでると思うねんけど」

「え? この子ら喋ってるだけちゃうん」

「どいたりいや、迷惑そうな顔してるで」

「迷惑て、そうなんか?」

 よせばいいのに、一年の女子たちをね目回しやがった。こういう威嚇をするやつは好きやないぞ!

「野球部やったら、ちゃんとフェアにやれやあ!」

「なんやとお!」

 田淵は『野球部』という言葉で切れてしまった。

 どっちが先だったのか、互いに胸ぐらをつかんで床を転がりまわった。

 食堂の床と言うのは、うどんの汁やらラーメンの千切れたのやらがあって、それが服につくは、鼻につくはで、他の床よりも狂暴になってしまう。

 転がりまわりながらも、ここに演劇部の女子が居たら、仲裁に入ってくれるんだけどと思ってしまう。

 松井先輩だったら、胸ぐらをつかみ合う前にいなしてくれていただろう。

 で。

 けっきょく、どこの誰かだかが通報してくれて、こうやって生活指導の取り調べを受ける羽目になっている。

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オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・136「温泉旅行本番!・2」

2020-06-15 13:39:10 | 小説・2

オフステージ(こちら空堀高校演劇部)

136『温泉旅行本番!・2』小山内啓介   

 

 

 浴室内の介助のあれこれも聞いたが、仲居さんの説明の都合でだ。

 オレが千歳の介助をやるわけじゃないぞ(^_^;)。引率者には介助のアレコレを伝授しておくのが宿の建て前らしい、たぶんその筋からのお達しなんだろうが、女子の浴場に足を踏み込むのはなんともなあ(#´o`#)。

 脱衣かごには女子が脱いだ下着やらが入っていて、脱衣棚の前にはタオルで前を隠す女子の後姿というかヒップ、洗面のドライヤー持って髪を乾かす女子からはシャンプーのいい香りが思い浮かんでしまう。

「なに赤くなってんのよ、浴場は日替わりで男女は入れ替わるのよ、今日が女子だから昨日は男子。ちなみに利用者の大半は高齢者だそうよ」

 松井先輩がジト目で真実を伝える。

「え、そうなん(;'∀')?」

 とたんに女子のヒップが弛んだ爺さんのケツに変わる。

 空堀高校はバリアフリーのモデル校だから、障害を持った生徒の率は他校よりは高い。同学年には車いすの男子が二人居る。修学旅行も数カ月後には控えているので、聞いておいて無駄にはならないと自分に言い聞かす。

 

 葛城山を借景にした庭はなかなかのもので、女子たちは陽のあるうちに見ておこうと連れだって出て行った。

 一緒に行こうと誘われたけど、オレは先に温泉に入ることにした。

 船場女学院の発声練習も聞こえないし、庭に出ても彼女らとは行き違いだろう。

 それよりも、基礎練の後だ、ひょっとして入浴の出入りくらいで会えるかもしれない。

 

 備え付けの浴衣とタオルを持って浴室への階段を降りる。

 カッポーン

 踊り場に差し掛かったところで、浴室のくぐもった音やら声が聞こえてくる。

 話の中身までは分からないが、~ちゃんとかの愛称とか、ああ極楽~の声が笑い声と共に聞こえてくる。

 この声は……八人くらいは居そうだなあと想像してしまう。

 女湯の手前の男湯の暖簾をくぐる。

 さっきの下見では気が付かなかったけど、どうやら浴室内の壁は上の所でイケイケになっているようで、脱衣場では楽しそうな声が一段と大きくなってきた。

 女子の嬌声なんか、学校ではしょっちゅうなんだけど、このシュチエーションは興奮するぞ!

 幸い、男湯はオレ一人なので、遠慮なく顔がデレてしまう。

 キャーーー!

 ちょ、サワちゃん!

 タオルを巻いて浴室の引き戸を開けたところで異変がおこった!

 女湯に悲鳴があがって、ドタバタ、パシャパシャ、ザブザブと慌てる気配だ!

 ひ、人を呼ばなきゃ!

 人工呼吸!

 担架持ってきてー!

 事故だ! 船場女学院の生徒たちが裸でうろたえているイベントが脳内画面に浮かんでドキッと……している場合じゃない。

 担架の場所は、さっき確認したところだ。他に人はいない……それ以上は考える前に体が動いた!

 

 担架持ってきましたあ!!

 

 浴室に飛び込んで、心臓が停まりそうになった。

 女湯の浴室には、推測した通り八人の裸の女性がいた……が、ひいき目に見ても五十代から八十代という、熟年の方々ばかりだ。

「人工呼吸できる!?」

 さっき聞こえた声だ。声質は若いが、声を発しているのはお袋と同年配。タイルの上で伸びているのは……描写している場合じゃない!

「や、やってみます!」

「サワちゃん! 今から人工呼吸してもらうからね!」

 中学野球のころから何度も救命救急講習は受けてる。

「気道確保!」

 バスタオルを丸めて首の下に回す。サワちゃんの鼻をつまんで、口を斜めに交差させるように合わせる。

 ああ、オレのファーストキスがあ(;゚Д゚)……。

 

 オレの救命救急措置がうまくいったのか、サワちゃんは事なきを得て、番頭さんが呼んだ救急車に載せられていった。

 振り返って歓迎札を見ると『船場女子演劇部の会御一行様』とあった。

 なんだこれは?

 スマホで検索すると、船場地域で演劇活動をしているシニア女性劇団であることが知れた……。

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オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・135「温泉旅行本番!・1」

2020-06-10 09:55:28 | 小説・2

オフステージ(こちら空堀高校演劇部)

135『温泉旅行本番!・1』小山内啓介   

 

 

 なにをボーっとしてんの?

 

 先にロビーに向かった須磨先輩が引き返してきた。

「え、あ、いや、なんでも」

 焦って応えると、ちょっと軽蔑した一瞥といっしょにルームキーを渡された。

「あたしたち、部屋に行ったら、とりあえず温泉に直行だから。食事までは自由時間てことで。部屋出る時は、必ずキー持ってね。閉じ込めなんて情けないことにならないように」

 それだけ言うと、クルリと踵を返してロビーの女子組に合流する先輩。いつになく「キャハハ」とか笑ってるし、先輩なりにリラックスしてるんだろうな。

 まあ、降ってわいたような温泉一泊旅行に、女子たちはウキウキしている。

 オレは、福引コーナーに張り出されていたもう一組の当選者『船場女学院演劇部』に気をとられていた。

 気をとられるだけじゃなくて、彼女たちも一緒になるに違いないと思い込んでしまっていたのだ。

 だから、玄関前の『歓迎~御一行様』の札の列に気をとられていた。

 

 そこには、うちの『空堀高校演劇部御一行様』しか見当たらなかった。

 

 バカだよなア~(^_^;)

 いっしょに当選したからと言って、同じ日に来るわけがない。

「小山内君、館内の説明とか受けるから、来てえ」

 朝倉先生に呼ばれる。

「いま、行きます」

 千歳の事があるから、動線とか館内の様子は事前確認と言われていた。

 今年きたばかりの新任だけど、こういうところは、やっぱり先生だ。ちょっと見直す。

「「あ、すんません」」

 入れ違いに出てきた番頭さんとぶつかりかけて同時に謝る。

 すぐにロビーに行ったんだけど、番頭さんが手にした『歓迎~御一行様』の札がチラリと見えた。

 どうやらかけ忘れていたので、慌てて掛けに行くところのようだ。

 

 お!?

 

 ほんの一瞬だけど見えた『船場女……』の歓迎札。

 番頭さんの体に隠れて上半分だけだけど、間違いない!

 オレは、やっぱりツイテいる!

 

 担当の仲居さんから、一通りの説明を受けて、オレと朝倉先生とで動線の確認をしておくことになる。

「先生、やっぱり、しっかりしてるわ」

「当たり前でしょ、引率のイロハだわよ」

 仲居さんに先導されて、あちこちの確認。

「一応、お風呂も確認しますか?」

「え、女湯も!?」

「うん、万一というときは小山内君の力も借りなきゃだからね」

 仲居さんが『準備中』と札を返した女湯に続く。

 準備中だから、当然無人なんだけど、数分後か数十分後かには船場女学院御一行様がお入りになるのかと思うと、ちょっとだけ脈拍が早くなる。ちょ、ちょっとだけだからな、ちょっとだけ(;^_^。

 リフト付きの入浴用車いすとか、あちこち付けられた手すりやスロープに感心する。万一の場合のAEDの場所やら通報ブザーの場所など、やっぱり、確認しておかなければ役に立たない。

「担架は、男女共用なので廊下にございます」

 廊下に出ると、入り口の向かいの壁に『👇担架』の標がある。

「事前に見ておきませんと、いざという時は、この字が見えないものなんです」

 仲居さんは、以前、必要になった時役に立たなかった話をドラマチックに話してくれる。この仲居さん、演劇部向きかもしれない。

 

 ア エ イ ウ エ オ アオ……

 

 どこからともなく、演劇部の定番発声練習の声がしてきた!

「同宿の演劇部の方たちですね、裏の丘なんですけど、風向きによって聞こえてくるんでしょうけど、ハツラツとなさって、いいものですね」

 仲居さんは、それとなく「お騒がせします」のエクスキューズを言ってるんだろうけど、オレは『船場女学院演劇部』のロゴ入りジャージを着て発声練習に勤しんでいる美少女たちの姿がアリアリと浮かんでくるのであった! 

 

☆ 主な登場人物

 小山内啓介     二年生 演劇部部長 

 沢村千歳      一年生 空堀高校を辞めるために入部した

 ミリー・オーエン  二年生 啓介と同じクラス アメリカからの交換留学生

 松井須磨      三年生(ただし、四回目の)

 瀬戸内美晴     二年生 生徒会副会長

 朝倉美乃梨    演劇部顧問

 

 

 

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オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・134「真面目に下見・2」

2020-06-05 14:02:40 | 小説・2

オフステージ(こちら空堀高校演劇部)

134『真面目に下見・2』朝倉美乃梨   

 

 

 たいてい視覚障害か下肢障害ですから。

 

 ボブ子さんは一発で見抜いた。

 なんで分かってしまったのか、不思議だったので夕食の席で聞いてみた。

「普通の学校に通っている障がいの子は、その二つがほとんどですし」

「あ、そうなんだ」

「視覚障害なら、付き添ってあげれば済む話ですし、事前に現場を見るっていえば下肢障害かなって。それに女の先生が来るんだから、生徒さんは女の子」

「あ、なるほどお!」

 感心して、大学の専攻を訪ねると介護福祉系の大学だった。話が盛り上がって、思わず五人にビールを奢……ろうとした。

「あ、それならお風呂あがったあとにしません!?」

 なるほど、風呂上がりの方がだんぜんビールは美味しい。

 

 そして、実際に車いすで温泉に入ることにした。これはポニ子さんの勧めだ。

 

「『百聞は一体験に如かず』ですから(^▽^)/」

 客室から、車いすを押してもらい、脱衣場で入浴用の車いすに乗り換えてお風呂に向かう。

 入浴用の車いすは、専用の縁(へり)まで行くと、座面が十センチまで下がり、浴槽の中まで続いている手すりに摑まれば一人でも入浴できる。

「でも、水場ですから、必ず介助ですね」

「そうね、車いすを交換するときも感じたけど、腕の力だけでお尻もち上げるって……ちょっと……大変!」

「本人たちは、いつもやってることだから、健常者が感じるほどじゃないんですけどね」

「……うんこらしょっと!」

 

 浴槽に浸かってからは、体験は中断して、ガールズトークに花が咲く。

 演劇部の顧問だと言うと「すてき!」と喜ばれる。

 ポニ子さんとショートヘアの子は高校で演劇部に入りたかったらしいんだけど、入学する前の年に廃部になったんだそうだ。

「別に、役者になろうとかコンクールで優勝したいとかじゃないんです。なんてのか、表現力とか付けたくって」

「教科教育法の講座で言われたんですけど、アメリカとかじゃ、教職に『ドラマ』のコマがあるらしいですよ。人を相手にする職業は表現力がなくっちゃいけないって」

「そういえば、弁護士とかも。法学部とかロースクールとかじゃ、表現力の講座があるって聞いたことがあるわ。表現力一つで判決が変わることがあるって」

「ケント・ギ○バートさんだったかが、そんなに細い目で喋ってちゃ法廷闘争に勝てないって指導されたってゆってた」

「どんな演劇部なんですか?」

 ボブ子さんの質問で、うちの演劇部の話に変わった。

「あ、それがね……」

 この半年の顛末を話すと、五人の女子大生は手を叩いて面白がってくれた。

 部室が欲しいためだけに集まった演劇部だけど、文化祭で『夕鶴』をやったらけっこうノッタ話とか、部室が取り上げられそうになった時の松井さんの活躍とかは大いにウケけた。

 風呂上りには、約束通り生ビールを奢ってあげて、夜遅くまで新米教師と女子大生五人組との浴衣パーティーになった。

 成り行きで急きょやってきた南河内温泉。いわばアリバイ的にやってきたんだけど、楽しい下見になって、結果オーライの週末ではありました(^▽^)/。

 

☆ 主な登場人物

 小山内啓介     二年生 演劇部部長 

 沢村千歳      一年生 空堀高校を辞めるために入部した

 ミリー・オーエン  二年生 啓介と同じクラス アメリカからの交換留学生

 松井須磨      三年生(ただし、四回目の)

 瀬戸内美晴     二年生 生徒会副会長

 朝倉美乃梨    演劇部顧問

 

 

 

 

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オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・133「真面目に下見・1」

2020-05-31 13:14:51 | 小説・2

オフステージ(こちら空堀高校演劇部)

133『真面目に下見・1』朝倉美乃梨   

 

 

 T駅の改札を出てロータリーに向かう階段を降りると、驚いたことにお迎えが来ていた。

 

 南河内温泉の法被を着て温泉の小旗を持った、ちょっと髪の毛が寂しい番頭さん。

「わざわざお迎え有難うございます、予約しておいた朝倉です」

「あ、おいでなさいませ。どうぞ、車の中へ」

 温泉のロゴの入ったワンボックスに収まる、直ぐに発車……と思ったら、番頭さんは小旗を振りながら走り出した。

 何事かと思ったら、もう一つ出口があったようで、五人連れの女子学生風といっしょに戻ってきた。どうやら、他にもお客が居たんだ。

「では、出発いたします」

 六人の客を乗せて走り出す。

「すみません、後ろに追いやったみたいで」

 わたしの横に座ったボブの似合う子が頭を下げる。

「いいえ、学生さん?」

「はい、おひとりですか?」

「ええ」

 あなたも学生さん? とは聞いてこなかった。

 半年とは言え、教師をやっていると『らしさ』が身に付いたのかもしれない。一泊の、それも下見なんだ。同宿の人に気を使うこともないわよ。

「朝倉先生、夕食は承っていたのですが、気を付けなければならない食材とかございますか?」

「え、ああ、特にアレルギーとかはありませんから」

 簡単に済ませた予約だから確認が遅れたんだろうけど、先生の敬称は余計だ。

「あ、先生だったんですか?」

 ボブ子さんが笑顔を向けてくる。

「ええ、こんど生徒を連れてくるんで、下見に」

「あ、そうなんだ。高校ですか?」

「あ、はい」

 それから、前のシートの四人も話に加わる。ボブ子さんとポニ子(ポニーテール)さんが教職をとっていて、この春に教育実習を済ませたところだったので、いろいろと質問される。

 まあ、同宿のよしみ。半分は社交辞令と和やかに話しているうちに、和泉山脈麓の宿に到着。

 まだ半年にしかならないと言うと「え、そうなんですか!?」「なんか、ベテランに見えます!」とか驚かれる。

 驚かれるということは……実年齢よりも……歳食って見えるってこと?

 

 正体がバレてしまったので、宿の駐車場に着くと、ロビーに至るまでの動線を確認。スロープとか、玄関ロビーの段差とか。千歳の事があるからね。

「朝倉さん、送迎の車、折り畳みの車いすなら後ろから載せられるそうですよ!」

 ポニ子さんが教えてくれる。

 抜かっていた、まずは車いすが載せられるかどうかが問題なんだ。千歳は普段は電動を使っている。

 あ、でも、なんで千歳の事知ってるんだ? あ、自覚無いけど話しちゃったんだっけ?

「朝倉さん、入浴用の車いす完備しているそうなんで、あとで試してみません?」

 モブ子さんがフロントで確認してくれてご注進。

 優雅に温泉に浸ろうかと思っていたんだけど、なんだか真剣に下見しなければならなくなってきた(;^_^A

 

 

☆ 主な登場人物

 小山内啓介     二年生 演劇部部長 

 沢村千歳      一年生 空堀高校を辞めるために入部した

 ミリー・オーエン  二年生 啓介と同じクラス アメリカからの交換留学生

 松井須磨      三年生(ただし、四回目の)

 瀬戸内美晴     二年生 生徒会副会長

 朝倉美乃梨    演劇部顧問

 

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オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・132「正直苦手なのよ」

2020-05-27 14:32:36 | 小説・2

オフステージ(こちら空堀高校演劇部)

132『正直苦手なのよ朝倉美乃梨   

 

 

 宿泊を伴う部活には顧問の付き添いが原則である。

 

 宿泊と言っても、商店街の福引に当って、大阪府内の温泉に一泊。

 やかましく『原則』を振り回さなくてもいいと思うんだけど、職員室に来て報告されたんじゃ「あ、そう」というわけにはいかないわよ。

 まして、参加メンバーの中には車いすの沢村千歳がいる。

 温泉というからには入浴するんだろうから介助が必要でしょう。

 空堀高校はバリアフリーのモデル校。

 つまり、身障者の教育環境には大阪でいちばん気を配ってますって学校。

 その空堀の演劇部が部員揃って宿泊する。それに顧問が付き添わないのはまずいでしょ(;'∀')。

 反射的に言ってしまった「……下見に行くから」と。

「しゃくし定規にやらんでもええですよ」

 横の席のB先生は松井さんが出ていくのを待って言ってくれた。

「個人旅行なんだから、関与しなくても。ね」

 前の席のM先生も目配せしてくれる。

 でもね、聞こえてるはずの教頭先生は無言。

 無言と言うのは、なにか起こった時には「教頭としては承知していません」と言い逃れるためで、そう言う時には、聞いていながら手を打たなかった顧問の責任になるんだ。

 ああ、知らせになんか来ないで、勝手に行ってくれればよかったのに。

 

 煮え切らない気持ちのまま仕事を終えて駅に向かう。

 

 ホームに降りると、ギョッとした。

 松井さんが待っているではないか!?

「あら、いま帰り?」

 まるで同僚に話しかける口調。

 松井須磨は三年生の生徒なんだけど、わたしの同級生でもある。

 最初は気づかなかった。

 向こうから挨拶されたときは心臓が停まるかと思った。

 本人には悪いけど『化け物か!?』と慄いたわよ。

 風のうわさで松井さんが留年したとは聞いていたけど、ふつう女子が留年したら退学する。だから、とっくに退学して別の人生を歩んでいると思ってた。その後も留年を繰り返して、わたしが新任教師として赴任して出くわすとは思わなかった。

 これだけでもとんでもないことなのに、何の因果か、松井さんが所属する演劇部の顧問になってしまった。

 正直苦手なのよ、松井さんは。

 だから、ホームで出くわして「あ、今から下見」とか、見っともなく言ってしまった。

 帰宅するのとは逆方向の八尾南行きの電車に乗ってしまった(;^_^A

 いまさら、谷九で乗り換えて家に帰るわけにもいかないでしょ。

 いやあ、まいったまいった、お母さんが体調悪いって電話なんかしてくるんだもん、帰らないわけにはいかないでしょ(^_^;)

 なんて、松井さんには通用しないわ。

「すみません、空堀高校の朝倉と申しますが、今夜一泊でお願いできるでしょうか」

 谷九を過ぎて、南河内温泉に電話をいれるわたしだった。

 

 

 主な登場人物

 小山内啓介     二年生 演劇部部長 

 沢村千歳      一年生 空堀高校を辞めるために入部した

 ミリー・オーエン  二年生 啓介と同じクラス アメリカからの交換留学生

 松井須磨      三年生(ただし、四回目の)

 瀬戸内美晴     二年生 生徒会副会長

 朝倉美乃梨    演劇部顧問

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オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・131「谷六のホームにて」

2020-05-22 10:30:17 | 小説・2

オフステージ(こちら空堀高校演劇部)

131『谷六のホームにて』松井須磨   

 

 

 けっこう大変なんだ。

 

 気軽な温泉旅行だと思っていた。

 南河内温泉は、学校からの直線距離で十キロもない。車だと三十分、電車を乗り継いでも一時間あれば楽勝だ。

 ところが、念のために学校に届け出ると意外な反応。

「……下見に行くから」

 ちょっと間をおいて顧問の朝倉先生が宣言したのだ。

「個人的な旅行だからいいですよ」

「わたしも行きたいから、ね」

「でも、景品のクーポン券は四人分しかないし」

「いいわよ、自分のは出すから! 赴任してから温泉なんか行ったことなかったし。ね(^▽^)/」

 他の子の手前もあるので「じゃ、よろしくお願いします」お礼を言っておしまいにした。

 

 帰りの地下鉄、八尾南行きが先だったので、ひとりホームで大日行きを待つ。

 

 そして、一本見逃す。

 予想通り、朝倉先生がホームに降りてきた。

「あら、いま帰り?」

 自然なかたちで話しかける。

「あ……」

 ちょっとビックリしたような顔になる先生。いや、朝倉さん。

「無理してるんじゃない?」

「え、あ、ううん、そんなことないわよ(^_^;)」

「遠慮しないで言ってね」

 学校を出ると昔に戻る。

 だって、朝倉さんとは同級生だ。

 わたしって、過年度生で入学して五回目の三年生をやってるからね。ま、事情を知りたかったらバックナンバー読んで。

「うちって、バリアフリーのモデル校でしょ、部活とかの校外活動にも気を配らなくちゃならないのよ」

「あ、そか……(千歳のことか……分かったけど声には出さない)」

「温泉だったら当然入浴とかもあるし、その辺のバリアフリーの状況とか、必要な介助のこととかね」

「なるほどね」

 その辺は、すでに調べてある。ホームページも見たし、疑問のある所は事前に問い合わせて確認も済ませた。

 伊達に高校七年生をやっているわけじゃない。それなりに大人なんですよ。朝倉さんへの返事も、いま気が付いたようにする。

「でも、福引で当てるってすごいわね」

「あ、それはダメもとでね。ま、部員を見渡したら、一番運がよさそうなのは小山内くんだから」

「小山内くんて、運がいいの?」

「いいわよ、五月で潰れるはずの演劇部残っちゃったし、こんな美少女にも取り囲まれてさ(^▽^)/」

「ああ、そうね!」

「アハハ、真顔で受け止められると、ちょっと辛い(*ノωノ)」

「でも、福引十回も引けたのよね、ずいぶん買い物したのね」

「ああ、あれはね、薬局のオッチャン。四月のミイラ事件のお詫びだって」

 そう、あれは連日警察やらマスコミが来て、空堀高校は『美少女ミイラ発見!』とか『空堀に猟奇殺人事件!』とか大騒ぎになったけど、結局は、二十年以上昔に演劇部が作った小道具だったって話。そのミイラを作ったのが現在は薬局をやっている先輩だったというわけ。

 わたしたちには楽しい出来事で、演劇部の存続を間接的に助けてくれたんだけど、本人のオッチャンは気にしていたというわけ。

「下調べ、わたしも付き合おうか?」

「いいわよ、ちょこちょこって行っておしまいだから」

「いつ行く?」

「あ、近場だから今から。明日は土曜だし、ゆっくり温泉に浸かってくるわ」

「あ、えと……だったら、八尾南方面じゃないかなあ」

「え、あ……つい、いつもの調子で、こっち立っちゃった(^_^;)」

「あ、もう来るわよ!」

「あ、ほんと! じゃね!」

 

 慌てて反対側の八尾南方面の停車位置に移る朝倉さん、頭上の電光案内板を見る。

 大日方面行は谷九を出て間もなく着くと電車のマークが点滅していた。

 

 

☆ 主な登場人物

 啓介      二年生 演劇部部長 

 千歳      一年生 空堀高校を辞めるために入部した

 ミリー     二年生 啓介と同じクラス アメリカからの交換留学生

 須磨      三年生(ただし、四回目の)

 美晴      二年生 生徒会副会長

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オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・130「福引・3」

2020-05-14 15:35:25 | 小説・2

オフステージ(こちら空堀高校演劇部)

130『福引・3』   

 

 

 ニイチャン、換えたろかあ( ̄▽ ̄)

 

 アメチャンオバチャンが肩を叩く。

「え、換える?」

「温泉は、まえに当たったさかいなあ、テーブルゲームやったら孫とでもできるよってに」

「え? いいんですか!?」

「うん、有馬とか白浜やったら行くねんけどな、南河内は自分らで、なんべんも行ってるさかいなあ」

「せやせや、空堀高校は商店街のお得意さんやしなあ」

 肉よしのオバチャンに薬局のオッチャンも賛同してくれる。

「「「ありがとうございます!」」」

 演劇部の三人娘もそろってお礼を言って、温泉ご優待券をゲットした。

 

 部室に戻ってパソコンを開く。現実に行けることになったので下調べをするのだ。

 

「ホームページで11800円だから、実際は10000円というとこでしょうねえ」

「これで、二食付きで温泉入り放題!?」

「お部屋も悪くないです!」

「こんなとこに行き慣れてるって、リッチなんだなあ空堀のオバチャンたちは!」

「ちょっと、いいですかあ」

 お部屋に感激した千歳が車いすを乗り出す。

「ああ、バリアフリー! 洋室もあるから、介助なしでもいけそう!」

 なんだかんだで半年になるけど、千歳はやっぱり気にしてるんだ。もう、俺たちは自然に千歳の介助は出来るようになっている。でも、口に出しておくことでエクスキューズを表明しておきたいんだな。

「ハハ、シスコの温泉プールはイマイチだったしね」

 うん、出会ったアメリカの高校生たちはいい奴らだったけどな。

「じゃ、いつにする?」

「啓介、パンフ見て」

「うん、えと……来週から一か月」

「そか、じゃ、テスト期間を外して……候補は三つだね」

 ミリーが、ボードのカレンダーの土日を三つチェックする。

「ま、慌てて決めてもなんだから……この週末一杯考えて決めよっか!」

 須磨先輩の一声で決まった。せいてはことを仕損じるというやつだ。

 

 いちおう顧問や担任にも話しておくということで、オレ一人先に帰ることにした。やっぱ、千歳の事や女生徒の宿泊とかがあるので、あとで苦情が出ないようにという須磨先輩の知恵だ。

 

 再び商店街を谷町筋に向かって歩く、自然と福引会場に目が行ってしまう。

 一等賞品獲得者ご芳名!

 大売出しのポップみたいなのが張り出してある……てことは、残る一本を引き当てた人がいるのか?

 

 知らない苗字(プライバシーがあるから苗字だけなんだろう)と並んで、似たようなのが二つ……一つは俺たち空堀高校演劇部。もう一つは……船場女学院高校演劇部……!?

 船場女学院!?

 東横堀川を挟んで立っている、うちの空堀高校とは対照的なお嬢様高校だ!

 自分でも気恥ずかしいほど胸が高鳴った。

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オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・129「福引・2」

2020-05-13 12:56:57 | 小説・2

オフステージ(こちら空堀高校演劇部)

129『福引・2』   

 

 

 校門を出て、ちょっと歩いて左に曲がると商店街だ。

 

 谷町筋に向かって上り坂になっていて、そこを高校生らしく駆け足で上がっていく。

 中学では野球部に居たのは知ってるよな。

 いちおうピッチャーだったんだけど、攻守換わってマウンドに上がる時は駆けていく。ベンチからの短い距離を歩こうが走ろうが大して変わりはないんだけど、ノタクラしていては勝てる気がしない。

 監督は嫌いだったけど『試合中は走れ!』というコンセプトは正しいと思う。

 レトロな商店街のテーマ曲が流れ、そこを曲がったら『ふれあい広場』という角に福引のコーナーがある。まずまずの人気で、すでに五人のオッチャンやオバチャンが並んでいる。

 赤いハッピと鉢巻のオッチャンがニコニコと番をしている……と思ったら先輩でもある薬局のオッチャン。

「お、空堀演劇部、四等はフライドチキンのビッグバレルやで!」

 高校生には食い気のフライドチキンが有難いやろという気持ちなんだろうけど、こっちは一等狙いだ。

「一等狙いです!」

 高らかに宣言する。

「欲かいたら、早死にするでえ」

「ええがな、志は高い方がええ」

「アメチャンあげよ」

「ありがとう、いただきます」

「惚れ薬入りやでえ」

「え!?」

「てんごいいな(^▽^)/」

 先客のオバチャンたちがいじってくる。カラカラと福引のガラガラが回る。次の次がオレの番だ。

 ガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラ……。

「どんだけ回すねんな」

「いや、念を籠めんとなあ……えい!」

「おめでとう、四等ビッグバレル!」

「え、これが賞品?」

 アメチャンのオバチャンが四等を引き当てた。でも、渡されたバレルは空っぽ。

「これ持って、『肉よし』(商店街の精肉屋)に行ったら一杯入れてくれるさかい」

 なるほど、食品だから揚げたての新鮮さを大事にしてる……というか、思いっきり地元商店街の商品じゃねえか……五等フライパン……六等食用油……七等ティッシュペーパー……上がって三等は洗剤一年分……二等テーブルゲームセット……そして一等南河内温泉宿泊券……これだ! でも、南河内? なんだかショボイ。

「ショボイ思たらあかんで、近場やけど、一等は三本もあるねんでえ!」

 三本!?

 福引券は十回分ある。野球だって九回の裏までやらなければ結果は分からない。それが、もう一回多い十回分だ、可能性はあるかもな!

 カランカランカラン! 一等賞!

 いや、まだ早いって(n*´ω`*n)、まだガラガラ回してねえし。

 え? なんということだ、アメチャンくれたオバチャンが当てちまった!

 い、いや、まだ二本ある。勝負は勢いだからな! オバチャンにあやかって……エイ!

「七等ティッシュペーパー!」

 まあ、一等が出た直後だからな……ガラガラガラ……エイ!

「七等ティッシュペーパー!」

 くそ、つぎこそは!

 ガラガラガラ……エイ!

「七等ティッシュペーパー!」

 く、くそ、もう一回!

 こんな調子で九回連続のティッシュペーパーだ。

 いよいよ最後の一球。

 オレは、福引台の前で、九回の裏同点の試合を思った。攻守どっちだ? ピッチャーでは苦杯をなめ続け、あげくに肩を痛めて引退の憂き目にあったので、バッターのフルスィングのモーションをとってからガラガラに向かった。

 期せずして「かっ飛ばせー、かっらほり!」のコールが湧きおこる、オバチャンたち、意外に若い声だ!

 ツーストライク、スリーボール! あとはねえ! エーーーーーイ!!

「おめでとう! 二等、テーブルゲームセットオオオオオオオオオオオ!!」

 え……二等賞?

 しまったあ、オレはピッチャーだったんだから、とことんピッチャーで行くべきだったんだ。ピッチャーが打撃で勝負してどーーする!

 それでも地元の商店街だ、オレは薬局のオッチャンから恭しく賞品を授与される。

「おめでとさん、ほら、お仲間も応援に来てくれてたんやし。またがんばろ」

 え、お仲間……?

 振り返ると、演劇部の三人が残念な笑顔で並んでいた……。

 

 

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オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・128「福引・1」

2020-05-12 12:18:40 | 小説・2

オフステージ(こちら空堀高校演劇部)

128『福引・1』   

 

 

 旧校舎の解体がストップしている。

 

 なんでも非常に珍しい工法で作られていて調査に時間がかかるのと、旧校舎の下に秀吉時代の大坂城の遺構が発見されたためらしい。

 こんなとこに大坂城!?

 いまの大阪城の外堀から二キロ以上離れているが、校名にもある通り、秀吉の時代には総堀と呼ばれた空堀があったのだ。当然空堀に沿って、屋敷や陣地などがあったわけで、場所によっては文化財級の発見になるらしい。

 二階の角部屋に部室が移ったのが文化祭の前、当初はタコ部屋の部室よりも広々したことと、眺めがよくなったことにワクワクしたが、ちょっと冷めてきた。タコ部屋の部室ではミリーが両足首ねん座で半月ほど車いすだった、元々車いすの千歳と二台の車いすになって、そのうえ交換留学生のミッキーまで入部してきたので鬼狭かった。

 ま、その不自由さもあって引っ越しできたわけなんだがな……ちょいとアンニュイだ。

 かさばるミッキーがアメリカに帰っちまって、ミリーも捻挫が直って車いすを止めた。

 思えば、あの不自由さが楽しかったのかもしれない。

 ちょっとお茶を淹れるにしても、ゴミを捨てるにしても、お互いの前や後ろや、時には跨いでいかなければならなかった。車いすの方向転換でスカートが引っかかって千歳の太ももが露わになったり、後通る時に須磨先輩の胸の谷間が覗いたり……あ、いやいや、その、なんだ……お互い肌感覚で……いや、胸襟を開いてというか、ひざを突き合わせてというか、そういう近さで部活やるのがな、いまの高校教育に欠けて……。

「なに、赤い顔してんのよ、啓介」

「ゲ、先輩」

 ヤマシイわけじゃないが、虚を突かれてアタフタする(^_^;)ぜ。松井先輩は、なぜかテーブルの斜め向かいに腰掛ける。揃えた膝の上に鞄載せるし。

「たまたまね、こっちに座ってみたい気分なのよ」

「あ、そすか……あ、なんで、こんなに早いんすか」

「図書室にもタコ部屋にも飽きたしね……ていうか、みんな揃うまでに、これ行ってきて」

 先輩は、やおら制服の胸に手を突っ込んで茶封筒を取り出した。

「な、なんなんですか、それ?」

「まあ、中を見て」

 手に取った茶封筒は、ほのかに熱を帯びていて、なんかやらしい。

「温もりを楽しんでるんじゃないわよ、さっさと中を見る」

「ひゃ、ひゃい!」

 焦りながら中のものを引き出した。それは、五十枚はあろうかと思われる空堀商店街の福引券だ。

「五枚で一回くじが引けるの、十回ひけるから、一等賞を当ててきなさい」

「え、一等賞!?」

「近場だけど、温泉ご優待。四人いけるわ」

「四人?」

「うちのクラブにピッタリでしょ、さ、商店街にひとっ走り!」

「あ、でも当たるかどうか……」

「胸に抱いて願いを込めといたから当たるわ」

 なんか、先輩の目、マヂすぎるんですけど……。

「万一、当たらなかったら」

「その時は、わたしの奴隷になりなさい……わたしが卒業するまでね」

 

 そんなご無体な……。

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オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・127「ミッキーが帰る……」

2020-05-11 06:27:29 | 小説・2

オフステージ(こちら空堀高校演劇部)

127『ミッキーが帰る……』   

 

 

 間に合わなくてよかった……。

 

 遠ざかる機影を見ながら思う。

 あいつは、誰にも言わずに日本を去ろうとしていた。

 わたしが知ったのは、たまたまだった。

 五通届いたクリスマスカードの一通に書いてあった。送り主はタナカさんのおばあちゃん。となりの家のお婆ちゃんで、わたしに日本語を教えてくれて日本への興味をかき立ててくれた日系一世。

――サンフランシスコでは慰安婦の銅像騒ぎの中、市長さんがポックリ亡くなるわ、大阪市との姉妹都市が解消されるとかで、サンフランシスコから大阪に行ってる留学生に帰国の指示が出てるようで大変みたい。全員とちがうらしいねんけどスポンサーがアジア系の子ぉらだけらしい、ミリーはオルブライト系の奨学金やからよかったね。せやけど、たまにはシカゴに帰っといでよ……――

 サンフランシスコといえば……ミッキー。

 奨学金は何種類もあるから、まさかとは思ったんだけどメールしてみた。

 すると、そのまさかで――午後の飛行機で帰る――と返事してきた。

 すぐに電話をかけて聞きだすと出発まで一時間しかない。

 Stupid !

 母国語で罵声を浴びせ、千代子のお母さんに無理を言って車を出してもらった。車の中で演劇部のみんなにメールやら電話。

 そして、出国ゲートに並んでるミッキーを見つけたのは搭乗開始八分前。

 淋しそうに肩を落としたミッキーは、わたしに気づくと泣きそうな顔になった。

 せめて美晴にグッドバイくらい言っていけ! 

 思っていた。先月から甲府の田舎に行ったきりだけど、電話くらいはできるだろう! ほかにも色々言ってやりたいことはあったけど、情けないミッキーを見ていると、出てきた言葉はこれだった。

 Heartless!

 ミッキーの胸倉をつかんで、いっぱいいっぱい言ってやろうと思っていた。

 胸倉をつかむつもりが抱きしめてしまった……。

 何年かぶりで英語で罵倒してしまった。そして自分も泣いてしまった。

 シカゴ女の感覚では泣くところじゃない、でも、ミッキーは腹立たしいほど悲し気で、わたしは泣きながら罵倒した。

 ミッキーに帰国を余儀なくさせたものへの怒りもあったし、それを悲しそうに受け入れてしまい、友だちに一言も言わないで帰ってしまうミッキーが腹立たしい。こいつは半年も居なかったけど、去り際がすごく日本人だ。そいで、そんなミッキーが歯がゆくて可哀想で、出国ゲートが開くまで引きずってしまった。

 飛行機が大きく旋回して東を目指し始めたころにみんながやってきた。

 松井先輩、啓介、千歳と、その車いすを押すお姉さん。

 その後ろで千代子ママがひっそりと見守ってくれていた。

「うん、意外に元気そうに行ったよ」

 白々しい嘘を白い息とともに吐いて、そして誰もそれを咎めることも無く、クリスマスの雪が降りつのってきた。

 

 

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オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・126「餃子が焼き上がるまで」

2020-05-10 06:06:44 | 小説・2

オフステージ(こちら空堀高校演劇部)

126『餃子が焼き上がるまで』    

 

 

  子ども手当というものがあった。

 

 十五歳までの子どもを扶養する親に月々13000円を支給するという国の政策だ。

 受給資格に国籍条項はなく、外国人であっても受給できる。

 申請は地方自治体の窓口だ。

 これによって、子どもたちの経済環境をよくし、少子化対策の狙いもある。

 

 これに、日本に住む外国人の親が申請に来た。なんと、子どもの数が50人だ!

 

「これは、ちょっと……」

 役所の窓口は困ってしまった。

「どうして困るの? 法律には人数制限は無いし、50人の子どもたちは全員わたしの子どもですよ、これが書類だし」

 なるほど書類は揃っている、法律で定めている子どもとは親権のことで、遺伝子的に親子である必要はないのだ。

 大お祖母ちゃんから聞いた時、美晴は――とんでもないことだ!――と腹を立てた。

 

「それは外国人の親が正しいよ」

 

 大お祖母ちゃんに言われた通り話すと、餃子を焼きながら美麗が背中で答えた。

「えーーどうして!?」

 美晴はヨダレを垂らしながら驚く。とうぜん美麗は「それはひどい!」と夕べの自分のように憤慨すると思っていたのだ。

「美晴のヨダレといっしょ。美味しいものがあったら、ヨダレ垂らして食べたいと思うのは人情だし、人間が生きていくために必要なバイタリティーだよ」

「だって、書類をよく見たら、親子関係は子ども手当の支給が決まってからのばっかりなんだよ」

「でも、法律には合ってるんだ。でしょ?」

「だけど!」

「お皿は大きいのにして、餃子はチマチマ乗っけちゃ美味しくないから」

「え、あ、うん……」

 美晴は素直にお皿を片付け、食器棚から白い大皿を出した。

「あ……っと、その奥にある錦手のがいい」

「こっち?」

「おいしく感じるでしょ」

 なるほど牛丼屋の丼のようながらで、食欲がそそられる。

「で、ぼんやりしてないで、お皿にお湯を張る!」

「へ?」

「お皿が冷たいと冷めてしまうでしょ」

「なるほど……」

 美晴はポットのお湯をなみなみとお皿に注いだ。意外なことにポットのお湯の半分が入る。

「子どもを育てるのは大変なんだよ、中国じゃ子どもっていうのは自分が生んだ子どもばかりじゃなくて、一族みんなの子どもが自分の子どもなんだよ……変に思うかもしれないけど、そうでなきゃ中国は、こんなには発展してないよ」

「美麗の言う通りだよ」

 いつのまにか林(りん)さんがテーブルについて餃子の焼き上がりを待っている。餃子はさっき林さんが皮から作ってくれたものなのだ。

「林さん……」

「ぼくの父親は国で役人をやってるんだ。子どもは、わたしも含めてみんな外国に行かせてる。母親は去年呼び寄せたから、国には父親一人で生活。なぜか分かる美晴ちゃん?」

「たくましいお父さんですね」

「はは、父親は、いざとなったら捕まるつもり……あ、なんかヤバそうなことしてるんじゃないかって顔」

「え、あ、いや……」

「父親は、さっき言ってた家族手当程度の事しかやってないよ」

「え、じゃ、合法的なことしか……」

「いざとなったら、国はどんな罪でも被せてくる。父親は覚悟してるよ。だから、一族の事は、ボクが世話をするんだ」

「それが胡同なんですね……」

「そう、でも、美晴ちゃんは分かっちゃだめだよ」

「え、なんで?」

「簡単に分かられちゃ、面白くないでしょ。大お祖母ちゃんのように歯ごたえのある人になってよ。人生は面白くなくちゃね」

「焼けたわよ!」

 ジュワーー!!

 盛大な湯気と匂いが満ちた。美晴は、サッとお皿の湯を捨てて、美麗はすかさず餃子鍋をひっくり返してお皿に盛った。

「ナイス日中合作!」

 林さんは、各人の取り皿にタレとラー油を注いでいく。

「中国の餃子は、元来は水餃子なのよ。こうやって焼くのは余って固くなった餃子の食べ方」

「でも、ぼくは日本の焼き餃子が好き。ぼくも美麗も、こういう焼き餃子のように生きていくつもりだよ」

 林さんの幸せそうな笑顔で昼食の準備は整った。

 この親子にはかなわないと思う美晴であった。

 

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ライトノベル・オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・125「大お祖母ちゃんの腰を揉む」

2020-05-09 06:14:16 | 小説・2

オフステージ(こちら空堀高校演劇部

125『大お祖母ちゃんの腰を揉む』   

 

 

 そこが難しんだよ……

 

「腰のこのへんが?」

 美晴は、揉むポイントを少しだけ下にずらした。

「あーーーそこそこ、意外にうまいじゃないの」

「自分が凝るのもこの辺だから……」

 風呂上りに大お祖母ちゃんに呼ばれ、かれこれ十分もマッサージしているのだ。

「凝るところがいっしょだなんて、やっぱり遺伝なんだね……」

「あ……うん」

 胸にこみ上げたものを静かに呑み込んだ。

 大お祖母ちゃんの言葉には裏が無い。美晴のマッサージの上手さが血族であることの証であることにシミジミしているだけなのだが、よけいに大お祖母ちゃんの希望に添えない痛みが胸に走る。でも、口に出して言ってしまえばズルズルになりそうなので、黙々とマッサージを続ける美晴だ。

 生徒会の副会長を四期も務めた美晴は、労う気持ちが湧いてくるのだけど、さすがに卒寿の大お祖母ちゃんには言葉が出てこない。そうだね……という相槌だけは出てくるのだが、たった四文字の言葉でさえ口にしてしまえば、一気に気持ちが傾斜してしまいそうなのだ。

 

「さっきの難しいは、美麗ちゃんのことさね」

「美麗が……?」

「というか、美麗ちゃんを取り巻く身内がさ……中国人が日本の山林や水資源を買いあさるのは、正直たいへんな脅威なんだよ。このまんまにしておくと、山林のおいしいところはみんな中国人に持っていかれる。それを防ぐのが、このお婆の仕事なんだがね。買いにくる中国人は身内のためなんだ……林さんたちは国を信じちゃいないからね、一族身内の未来は自分が保障しなきゃならないと思ってる。林さんたちが邪まな気持ちだけなら戦えば済む話なんだけどね……林さんたちにも、きちんと正義があるんだ」

「そんなことって、政府の偉い人の仕事じゃないの」

「そうとばかりは言っていられないところまで来てるんだよ……美晴が美麗ちゃんと仲良くなってくれたことは良かったと思うよ。同じ美の字が頭に付くんだ、これからも仲良しでいておくれ」

「うん、仲良くする」

「このお婆は、お父さんの林(りん)さんとガチバトルになるだろうからね……いい気持ち……美晴、こういうのはどう思う?」

「どいいう?」

「………………………………。」

 大お祖母ちゃんは、美晴が住んでいる大阪で実際に起こったトラブルを話して感想を求めてきた。

「……そんなの許せないよ」

「だと思ったら、あした美麗ちゃんに聞いてみるといい……」

 大お祖母ちゃんは、そこまで言うと寝息を立ててしまった。

 

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