大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

乃木坂学院高校演劇部物語・96『昼から学校に行った』

2020-01-14 06:17:01 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・96   



『昼から学校に行った』    


 
 薮先生に話すと元気が出て、昼から学校に行った。

 生活指導室で入室許可書をもらうと、市民派の先生に嫌みを言われた。
「自衛隊の体験入隊なんかに行くからだ……な、なんだよ」
 わたしは、恐い顔で先生を睨みつけていることに気がついた。

 教室に行くと、さんざ冷やかされた。
 
 インフルエンザを除いて無遅刻無欠席のわたしが欠席の連絡。それが、午後から元気に登校したものだから、恋煩いが一転オトコの心をゲットしたとか、親が危篤だったのが一転良くなったとか、自衛隊で食べ過ぎてお腹痛になったのが出すモノ出したら元気になった(これは夏鈴がたてたウワサ)とかね。
 
「まどか、今日から道具作りやるわよ!」
 里沙が、鼻を膨らませて言った。
「え……『I WANT YOU』に道具なんか無いでしょ?」
「予算よ、予算。来月中に執行しないと生徒会に没収されんの。だからさ、まだ公演まで余裕のあるうちに、平台とか箱馬とか作っちゃおうと思ったわけ」
「むろん、稽古もやるわよ。その前にテンション上げるのにいいと思ったのよ」
 腹痛デマ宣伝の犯人が言った。
「自衛隊の五千メートル走とか壕掘りとか、今思うと、けっこう敢闘精神湧いてくんのよね。で、どうせやるなら将来の役にも立って、予算の消化にもなる道具作りが一番と思ったわけなの!」

 放課後、里沙も夏鈴も掃除当番なんで、わたしは一足先に稽古場の談話室に向かった。
 
「やあ、今日は早いんだね。まどか君一人?」
 バルコニー脇の椅子に座った乃木坂さんは、もう幽霊って感じがしない。
「あの二人は掃除当番。そろう前に見てもらいたいものがあるの」
 わたしは例の写真を見せた。乃木坂さんは面白そうに表紙と和紙の薄紙をめくった。
 乃木坂さんの顔が一瞬赤くなったような気がした……でも。
「……僕と同じ時代の子だね」
「ひょっとして……!?」
「……別人だよ。この子も可愛い子だけど、世の中いろんな可愛さがあるんだね。当たり前だけど」
「……そうだよね。あの空襲じゃ十万人も亡くなったんだもんね。ごめん、変なの見せて」
「ううん、いいよ。同じ時代の子だもの、知らない子でも懐かしい……あ、里沙君と夏鈴君が来る」
「なにやってんのよ、道具つくるんだから材木運び。もう材木屋さんのトラック来てるからさ!」
 ドアを開けるなり、夏鈴が眉毛をつりあげた。
「さっき、言ったとこ……」
 里沙がフリーズした。夏鈴も視線が、わたしから外れている。
「その人……」
「だれなのよ……」

 里沙と夏鈴に乃木坂さんの姿が初めて見えた瞬間だった……。
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乃木坂学院高校演劇部物語・95『思い切りブットイ注射をされた』

2020-01-13 06:38:34 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・95   



『思い切りブットイ注射をされた』    

 
 
 学校に欠席連絡を入れた。

 ひいじいちゃんの忌引きで休んで以来。
 あ、それと例のインフルエンザ。
 
 コンクールの明くる日だって、乃木坂をダッシュして間に合ったんだ。
 とりあえず、十一時ぐらいまで横になった。ようやく起きあがれるようになったので、薮医院に行った。いつもなら歩いても十分とはかからないんだけど、二十分近くかかってしまった。
 
「さっき、忠友が来たとこだぜ」
「え、忠クンも……?」
「ああ、とりあえず点滴してやったら、少し元気になって帰っていったけど、学校は休めと言っておいた」
「忠クンも、わたしみたいに……?」
「見かけはな。しかし、あれは精神的なもんだ。体験入隊で現実とのギャップを思い知ったんだろうなあ……それに、不寝番やらされて何かあったみたいだな」
「あ……」
「まどか、なにか知ってんのか。忠の野郎、何も言いやがらねえ」
「あの……」
「じれってえなあ、今時のガキは!」
「イテ……!」
 思い切りブットイ注射をされた。
 まさか、それに自白剤が入っていたわけではないだろうけど、気持ちが軽くなってきた。
 ガキンチョのころから、ここに来ると注射が仕上げで、それが終わると気が楽になり、たいていの病気は吹っ飛んでしまった。まあ、条件反射かもね。

「……なるほどな、乃木坂君てのから、そんな話しを聞かされたんだ」
「先生、素直に信じちゃうんですか?」
「ああ、昔はあったもんだよ。親父が体壊してしばらく、船を下りてるうちに、ミッドウェーで船が撃沈されっちまってさ。その晩、親父がここで何人かと話していたよ。むろん俺には親父の声しか聞こえなかったけどな……三月十日の大空襲もひどかった。十万人が焼け死んじゃったけど、ほとんどは身元も分からないまま戦没者の霊で一括りさ。そりゃあ思いを残して残ってるやつも大勢いるだろうさ。幸か不幸か、俺は、そんなのが見えねえ体質なんだけどよ。信じるよ、そういうことは」
「先生はさ、その空襲の時はどうしていたんですか?」
「さあ……ただ逃げ回っていたことしか覚えてねえな……人間てのはな、めっぽう怖ろしい目に遭っちまうと記憶がとんじまうものなんだ、そうしねえと神経がもたねえからな。で、いろいろ逃げ回って、てめえの家は焼け残っちまうんだもんな。皮肉なもんさ……そうだ、これを預かってくれねえか」
 先生はレントゲン写真を入れる黒い袋から表装された一枚の写真を取りだした。写真には早咲きの梅を前と後ろにして一人の女学生が写っていた。
「駅前で写真屋をやってた進ちゃんて同級生と逃げ回っていてよ。そいつが最後まで後生大事にもってた写真なんだ。いっしょに手紙が入ってたんだけど、無くなっちまって、その写真の主がなあ……胸の名札がちょうど梅の花と重なって苗字の三水偏きゃ分かんねえ。制服は第十二高女ってことは分かるんだけどね、まあ、なんとかは藁をも掴むってことで、一度その乃木坂君に見てもらえないかい」
 
 先生は、それからは休診にしてしまった。わたしのシンドサが伝ってしまったようだ。
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乃木坂学院高校演劇部物語・94『帰還』

2020-01-12 07:06:41 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・94   



『帰還』    

 横丁を曲がるまで心配だった。

 何かって……決まってるじゃん。
 あれよ、あれ、ジジババのコスプレ。
 顔から火の出る思い。で、尻に帆かけて……って慣用句で合ってたっけ。文才のあるはるかちゃんなら、こんな時でもぴったしの表現が浮かぶんだろうけど、ラノベに毛の生えた程度のものっきゃ読まないもんだから……でも、はるかちゃんに教わってシェ-クスピアの四大悲劇とか、チェーホフの何本かは読んだけど、後が続かない。これも根気がない江戸っ子の習い性。ええい、ままよ三度笠横ちょに被り……これ、おじいちゃんがよくお風呂で唸ってる浪曲じゃんよ!

 横丁を曲がると、そこは雪国だった……なんか間違ってるよね。

 でも、いつもの我が町、我が家がそこにあった。はるかちゃんの「東京の母」秀美さんにも会ったけど、ごく普通。
「あら、まどかちゃん、お帰りなさい」
 で、これは家の中に入ってからだな……と、見当をつけ、深呼吸した。
「ただ今」
「お帰り」
 当たり前のご挨拶。おじいちゃんもおばあちゃんも、いつもの成りでご挨拶。
「タバコ屋のおたけ婆ちゃんに『無粋だね』って言われたのが応えたみたい。なんせジイチャンの寝小便時代も知ってる、元深川の芸者さんだったからな」
 狭い階段ですれ違う時に兄貴が言った。すれ違う時に胸がすれ合った。
「まどかでも、ちゃんと出るとこは出てきてんだな」
「なによ、兄ちゃんこそメタボ!」
 ハハハ……と、兄貴は笑って行っちゃった。これって言い返したことになってないよね。
 自分の部屋に入ると、思わず横向きになって自分の姿を見る。

 その夜、スゴイ夢を見た。

 正確には、スゴイ夢を見た余韻が残っているだけで、中味は覚えていない。
 起きあがろうとしたら、まるで体が動かない。金縛りでもない、指先ぐらいは動く。
 でも、寝床から起きあがろうとすると、身もだえするだけで体が言うことをきかない。
 時間になっても起きてこないので、お母さんがやってきた。
「まどか、どうかした?」
「……体が……重くて、動かない……」
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乃木坂学院高校演劇部物語・93『解隊式』

2020-01-11 05:57:32 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・93   


『解隊式』    

 
 
 
 乃木坂さんの「手助け」もあって、わたしたちの班は二等賞!

 企業グル-プのみなさんは、お気の毒に又も腕立て伏せ。
 教官の皆さんは拍手してくださったけど、例の教官ドノはいささか首をひねっておられました。どう見てもか弱い女子高生四人(「マリちゃん」はにせ者だけど)が、現役の自衛隊員並の時間で、教則通り……ってか、昔の日本陸軍式の壕を掘ったんだから。
 得意技の女子高生歓喜(とにかく、「ウソー」「マジ」「ヤダー」「キャハハ」の連発)でゴマカシて昼食。
 昼食は、なんと炊事車がやってきた。二トンぐらいのトラックなんだけど、荷台のところに、二百人分一度に作れるというキッチンセットが入ってんの。荷台の壁をはね上げると、そのまま庇になって、荷台の下からは二十人分の食卓と椅子が出てくるという優れもの。
 メニューは、焼きそばの上に焼き肉がドーンと載っかってんの。それに豚汁のセット。昨日のカツ丼といい、うな重定食といい、自衛隊はド-ンと載っけるのが好きなよう。むろんわたし達もね♪
 わたし達は、炊事車の椅子に予備の折りたたみの椅子を出してもらって、全員いっしょに昼食。これが体験入隊最後の食事……たった二日間だったけど、なんだか、とっても仲間って感じがした。教官の人たちも企業グル-プさんたちも。
 いっしょに走ったり行進したり作業をしたり。西田さんにはずいぶん助けてもらったけど、基本は自分たちでやった。わたしは部活の基本と同じだと思った。乃木坂さんは、そんなわたし達を、ちょっと羨ましげに見ていた。
 
 見ていたというと、やはり教官ドノの視線を感じる。これはおっかなかった。
 
 忠クンのことは気になったけど、アカラサマに見たり話しかけるのははばかられた……って、そんな浮ついたことじゃなくって、昨日からの忠クンの心の揺れに対してはハンパな言葉はかけられなかったんだ。
 食事が終わりかけたころ、演習場の林の中から戦車が二台現れた!
「ワー、戦車だ!」「カッコイイ!」「一台でもセンシャなんちゃって!」
 思えば小学生並みのはしゃぎようでありました。
「あれは、戦車ではない」
 西田さんが呟いた。里沙がメモ帳を出した。
「八十九式装甲戦闘車ですね、通称ライトタイガー。歩兵戦闘車」
「よく知ってんね」
 西田さんが驚いた。メモ帳を覗き込むと、『陸上自衛隊装備一覧』の縮尺コピーが貼り付けてあった。さすがマニュアルの里沙。
 で、昼からは、そのソウコウセントウシャってのに乗せてもらって、演習場を一周。見かけのイカツサのわりには乗り心地はよかった。ただ外の景色が防弾ガラスの覗き穴みたいな所からしか見えないのには弱りました。
「変速のタイミングが、やや遅い」
 西田さんは、自分で操縦したそうにぼやいておりました。

 宿舎に帰ると、企業グル-プさんの部屋から、悲鳴があがった。
「なんだよ、これは!」「こりゃないだろ!」「たまんねえなあ!」
 続いて教官ドノの罵声。
「おまえ達が、満足に寝床の始末もできんからだ。やり直し!」
「企業グル-プさん、ベッドめちゃくちゃにされてたよ……」
 夏鈴が偵察報告をした。
「こういうことは連帯責任。クラブも同じだからね」
 一瞬「マリちゃん」がマリ先生に戻って呟いた。

 その後、解隊式があって、修了書とパンフの入った封筒をもらった。
 中隊長さんが短いけどキビキビした訓辞をしてくださった。団結力と敢闘精神という言葉を一度だけ挟まれていた。大事な言葉の使い方を知っている人だと感じた。
 忠クンが感激の顔で、それを聞いていたのでほっとした。

 私服のジャージに着替えると、宿舎の入り口のところで、教官ドノが怖い顔をして立っていた。
「これを……」
 サッと小さなメモを渡された……これって……だめだよ、わたしには忠クンが……。
「貴崎マリさんに」
 なんだ、わたしをパシリに使おうってか……でも、頬を染めた教官ドノの顔は意外に若かった。ウフフ。

「ウフフ」

 不敵な笑みを浮かべ「マリちゃん」は完全にマリ先生にもどった。
 帰りの、西田さんのトラックの中。みんな、ほとんど居眠りしている。わたしは、タイミングを待って、教官ドノのメモを渡した。その結果が、この不敵な笑み。
「まどかにも、大空さんから」

――演劇部がんばってください。公演とかあったら知らせてください。都合が着いたら観させていただきます。わたしのカラーガードもよかったら見に来てください。 真央

 助手席では運転をお孫さんに任せた西田さんが手紙を読んで神妙な顔。封筒にはA師団の印刷……きっと夕べのことなんだろうと思った。 前の空席には乃木坂さんが座っていて、静かにうなづいた。
 空は、申し分のない日本晴れ。夕べ降った雪は陽炎(かげろう)となり、その陽炎の中、トラックは、東京の喧噪の中へと戻っていきました。
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乃木坂学院高校演劇部物語・92『演習場』

2020-01-10 06:42:23 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・92   
『演習場』    

 
 
 
 この日は、トラックに乗って演習場に行った。

 西田さんのとちがって七十三式大トラ。新型らしいけど乗り心地は西田さんのクラッシックの方がいい。ドライバーのテクニックかなあ……なんて思っていたら、いつの間にか一般道に出ていた。後ろから、ノーズが凹んだポルシェがついてきている。
――よくやるよ。おまえら、何が悲しくって自衛隊なんかやってんだ――てな顔したアベックが乗っていた。
――お、自衛隊にもカワイイ子いるじゃん――なんて、思ったんだろう、女の子に携帯でポコンとされてやんの。
 でも、二人ともニヤツイて感じ悪~。
 一番後ろに座ってた西田さんが、ヘルメットを脱いで、ポルシェに向かってニターっと笑った。とたんにポルシェは運転がグニャグニャになり、ガードレールに左の横っ腹を思い切りこすって停まった。
「今度は廃車だな……」
 西田さんは小さく呟くと、ヘルメットをかぶり直した。

 演習場に着いた。一面雪の原野でチョー気持ちいい!

「まずは、演習場を一周ランニング。小休止のあとテント設営。壕掘りを行う」
「オッチ、ニ、ソーレ!」
 雪の進軍が始まった。昨日の五千もきつかったけど、雪の上のランニングもね……と思ったら、案外楽に行けた。やっぱ慣れってスゴイってか、自衛隊の絞り方がハンパじゃない。
 走り終わると、みんなの体から湯気がたっているのがおもしろかった。

「では、テントの設営にかかる。各自トラックから機材を取り出す……」
 教官ドノは、ここで西田さんと目が合って、言い淀んだ。
「教官。ただ命じてくださればよろしい。『かかれ』が言いにくければ『実施』とおっしゃればよろしい」
「テント張り方用意……実施!」
 教官ドノのヤケクソ気味の号令で始まった。支柱を立てて打ち込む。その間支柱を支えていることを「掌握」 支柱をロ-プで結びつけることを「結着」という。
 企業グル-プさんは手間取って、規定時間をオーバーしてしまった。
「腕立て伏せ、用意!」
 あらら……お気の毒。と、同情していたら、大空助教が宣告した。
「乃木坂班は、これより壕掘りにかかる。各自円匙(えんぴ)用意!」
「エンピツ!?」
 夏鈴が天然ボケをかます。大空助教が吹き出しかけた。
「円匙とはシャベルのことである。用意、実施!」
 大空さんも、西田さんを相手に「かかれ!」とは言いにくそう。

 結局、このカワユイ大空助教の「命令」が、一番きつかった。むろん夕べの不寝番は別にしてね。
 気がついたら、乃木坂さんがいっしょに壕を掘っていた。
「これ、よくやらされたんだ。校庭の土は硬くてね。それに比べれば、ここは何度も掘ったり埋めたりしてるから、楽だよ」
「あのね、乃木坂さん……」
 ひとりでに動いているとしか見えない円匙を隠すのは大変……はい。
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乃木坂学院高校演劇部物語・91『十二名の犠牲者』

2020-01-09 06:20:53 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・91   
『十二名の犠牲者』          

 
 
 障害走路場の前で、西田さんは棒立ちになってしまった。

 十二三人の兵士が、障害物走に励んでいるいる声と音がする。しかし、降り積もった雪にはその痕跡はない。かけ声とリズムが、今の自衛隊のそれとは微妙に違う……これは、西田さんが入隊したころ教官だった旧軍時代からの叩き上げの人達のそれである。
 西田さんは、黙って直立不動の姿勢をとり、静かに敬礼をした。

 急に警笛(ホイッスル)が鳴り響いた。

 一人でいるのに耐えられなくなった、忠クンがやってきて、あまりの怖ろしさに警笛を吹いてしまったのだ。
 直ぐに、本職の不寝番や、当直の警務隊の人たちがやってきた。
「これは……」
「どうしたことだ……」
 みな、懐中電灯で、あちこち照らしてみるが降りしきる雪の中光は遠くまでは届かない。何人かが、奥の方まで見にいった。

 やがて中隊長がやってくると、声と物音……いや、気配そのものが消えて無くなってしまった。
「いったい、何があったんだ。当直責任者、状況報告!」
 みな、金魚のように口をパクパクさせるだけで、なにも言えなかった。
「自分が、ご説明いたしましょう」
 西田さんが前に出た。

 話しは連隊長まで知ることとなり、ぼんやりながら、事のあらましが推測された。
「あのかけ声、呼吸は自衛隊のものではありません。自分が現役であったころの旧軍出身の先輩たちのそれでありました」
 西田さんのこの証言が決め手になった。
 A駐屯地は、終戦まで陸軍の士官養成のための教育機関があった。終戦の四ヶ月前に、近くの軍需工場を爆撃した米軍の爆弾が外れてここに落ち十二名の犠牲者を出した。彼らはまだここに留まったままで、昼間の西田さんと教官ドノとの壮絶な障害走競争に触発されて現れたのではないかと考えられた。むろん西田さんの推測ではあるけれど、連隊長は納得し、同時に関係者には箝口令(口止め)がしかれ、簡単ではあるけれど慰霊祭がもたれることになった。
「そう言えば、昨日は建国記念の日でありましたな」
「いかにも、昔で言えば紀元節。因縁かもしれませんなあ……あ、自分らに不寝番を命じた……もとい。勧めた教官ドノにはご寛恕のほどを」
 ということで、教官ドノは中隊長からの譴責処分ということになった。

――だから、これは内緒だよ。まどか君。
――で、そこまで詳しいってことは、乃木坂さんもいっしょに遊んでたんじゃないの?
 乃木坂さんは、あいまいな笑顔を残して消えて、わたしは爆睡してしまった。

 朝は起床ラッパで目が覚めた。寝ぼけまなこで着替え終わると、ドアをノックして西田さんが入ってきた。
「あと五分で、日朝点呼。それまでにベッドメイキングを」
 三分で済ませ、西田さんのチェック。夕べはほとんど寝てないだろうに、元気なおじさん。
 朝食もいつもの倍ほど食べて、課業開始!
 営庭に集合しおえると、ラッパが鳴って『君が代』が流れた。

 みんな気を付けして日の丸に敬礼。わたしたちも不器用ながらそれに習った。昨日の五千メートル走のあとに『君が代』が鳴っていたような気がするんだけど、あの時はバテバテで、気づかなかった。西田さんを含め誰も強制しなかった。
 まだ一日足らずなんだけど、小さく言って仲間、大きく言って国というものをちょこっとだけ感じた。わたし達の前で乃木坂さんが、まるで班長のようにきれいな敬礼を決めていた。カッコイイと思った。その時点で国民意識なんかどこかへ行っちゃった。

 ま、女子高生ってこんなもんです。
 この時、わたしの横にいる忠クンに元気がないことに気づいた。そして乃木坂さんに向けた視線の延長線上にあの教官ドノが居たことには気づかなかった……。
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乃木坂学院高校演劇部物語・90『二直目の不寝番』

2020-01-08 06:49:07 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・90   
『二直目の不寝番』          


 

 日夕点呼(ニッセキテンコと読みます。ムズ!)

 わたし達の部屋はたった三人なんで、見りゃすぐに分かるんだけど、そこは自衛隊。

 部屋の真ん中に、三人ならんで名前を呼ばれる。
「仲まどか隊員!」
「はい!」
 てな感じです。夏鈴が、声がナヨってしてるんで叱られる
「声が小さい、もう一度。南夏鈴隊員!」
「は……はい!」
 夏鈴は叱られたことよりも(夏鈴は学校でも叱られ慣れています)叱る大空さんの変貌ぶりに驚いてる。やっぱ本職、勤務と休憩時間じゃ百八十度切り替えている。
――昔なら、ビンタがとんでくるとこだよ。
 乃木坂さんが、面白そうに笑っている。隣りの部屋で、忠クンが同じように叱られてる。
 忠クンは、思いと現実のギャップに若干ショックを受けているみたい。
 それから、明日の朝のためにベッドメイキングを習った。ベッドの四隅を三角に折り込まなきゃならなかったり、案外ムズイ。でも説明は一回ぽっきり。
 日夕点呼から、就寝までの十五分のうち、十分近くがここまでかかった。
 就寝までの、数分間の間に西田さんがベッドメイキングのチェックをしてくれた。ほんの何ミリかの折り込みの違いを修正。
「明日の朝もチェックするが、しっかり覚えておくように」
 西田さんは、そう一言残して行っちゃった。男が、女性の部屋に入るのは禁止なんだそうです、はい。


 ここからは、乃木坂さんが夢の中でしてくれたお話……です。

 不寝番の二直目に当たった西田さんは、忠クンといっしょに一直目の企業グル-プさんから、不寝番四点セット(懐中電灯、警棒、警笛、腕章)を引き継ぎ、午前零時から二時までの立ち番。忠クンは、不安と寒さから喋りたげだったけど、西田さんは一喝した。
「不寝番は沈黙!」
 庇のあるところだったので、雪だるまになることはなかったけど、体は芯まで冷えて、忠クンは歯の根も合わないくらい震え、昼間の疲れもあり居眠りし始めた。
――バシッ!
 西田さんの平手打ちがとんだ。
「居眠りしたら凍えて死んでしまうぞ……!」
……それから二十分ほどして、西田さんは気配を感じ、懐中電灯で宿舎の入り口あたりを照らした。
「どうかしましたか……?」
「今、気配がした……」
 しかし、雪の上には、足跡一つない。
「気のせいか……」
 次の瞬間、障害走路場に続く道で、はっきり気配がした。十数名の声が切れ切れに聞こえてくる。
――オッチ、ニ、オッチ、ニ、ソ-レ……。
「おまえはここにいろ」
 忠クンにそう命ずると、西田さんは声の方向に駆け出した。
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乃木坂学院高校演劇部物語・89『教官ドノの企み』

2020-01-07 05:37:33 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・89   

『教官ドノの企み』         


 
 夕食は、うな重定食をいただき(おいしかった!)入浴。

 入浴中の描写はカット。だって、クリスマスの入浴じゃひと悶着あったので。
 ただ、「マリちゃん」の板に付いた女子高生らしさと、いっしょに入ってくれた大空さんのプロポーションがチョーイケテたとだけ申し上げておきます。

「大空助教、カラーガードのDVD見せてください」
 里沙の一言で、DVDの鑑賞会になった。
「ワーーーーーヤバイ~! カワイ~! ガチイケテル! カッコイイ!」
 いつもながら、女子高生の感嘆詞は簡単であります。でも簡単な分だけ気持ちは伝わっているみたいで、大空助教は嬉しそう。で、後ろに座っていた男のみなさんも嬉しそう。
 ミニスカートの、チアリ-ディングのミリタリー風のコスに、お揃いの旗を持って、『サンダーバード』と『軍艦マーチ』の曲にあわせて、器用に旗を操作しながら、いろんな風に行進。
 わたしたちは、見事に旗がヒラリするたびに――オオ!――
 男たちは、風にスカートがヒラリするたびに――オオ!――

「いやあ、いいものを見せてもらいましたが、ここの体験入隊はきついですなあ」
 企業グル-プの一人が、西田さんにグチった。
「あなたたちは、なんのための体験入隊なんですか?」
「来月、新入社員の研修でこれをやるので、下見ですわ」
「じゃあ、新入社員を連れて、もう一度来られるんですか」
「はい。もちますかねえ……」
「なあに、二度目はズンと楽になりますよ。もう靴を蹴散らされることもないでしょうし」
「あれには、たまげました」
「ま、カマシですよ、娑婆っ気抜くための。おたくの教官ドノは、いささか意地が悪そうですがね。まあ、要領覚えてしまえば難しくはないですよ」
 このヒソヒソ話は、わたしが聞き耳ずきんしてたから聞こえたんだけど、もう一人聞いてた人がいた……その教官ドノがね。
「……西田曹長。なかなかのもんでしたね。障害走路といい、五千メートル走といい」
「おかげさまで、現役の頃を思い出して、楽しんでおりますよ」
「では、お楽しみついでに不寝番をやってみますか」
「おお、願ってもない。喜んで」
「では、女性は外すとして、男のみなさんで二人一組の四直制で」
「規範通りですな。では、組み合わせは、企業グル-プさんと相談しましょうか」
「いや、それには及びません。編成表を作っておきました。就寝前にご説明いたします。それまで、しばしの自由時間、お楽しみのほどを……」
 教官ドノは、振り向くと薄ら笑いを浮かべて行ってしまった。
 陰険なヤツ。障害走で負けたのを根に持ってるんだ。

 今日は建国記念の二月十一日、朝の天気予報では、関東平野には寒気団が居座って、夜半から大雪警報が出ている。窓から外を見ると、音もなく雪が降り始めている。
 西田さんは、元気そうだけど、もう七十歳をいくつか超えている。大丈夫だろうか。
 当の御本人は、企業グル-プのオニイサン相手にレンジャー訓練を受けたときの話しなんかしている。これで、障害走のときの「レンジャー!」ってかけ声の訳は分かった。
 でも、この不寝番で、とんでもない事件が起こることは誰にも予想がつかなかった。教官ドノにも、西田さんにも。そして幽霊の乃木坂さんにさえにもね。
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乃木坂学院高校演劇部物語・88『障害走路・1』

2020-01-06 06:00:25 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・88   
『障害走路・1』       

 
 え……!?

 同じテーブルにいた隊員の人達がいっせいに西田さんに注目した。わたしたちもゲキツイの意味くらい分かるので手にしたお箸が止まってしまった。
「自分は、北海道の機甲科におりましてな。ある時、アメさんと共同訓練になりました。その日は、対空射撃訓練……機甲科じゃ珍しいことなんですけどね。幹部の偉いさんのそのまた上で決まったらしい」
「高射特科じゃないんですよね?」
 大空さんの質問は、タヨリナ三人組にはチンプンカンプン。
「六一式の車長をやっておりました。イントルーダーが吹き流しの標的を引っ張って飛んでくるんですがね……むろん最初は普通にやっとりました。車載機銃で吹き流しを撃つんでですわ」
「車載機銃で当たるものなんですか?」
「あのころは、自動追尾なんか、ありませんので、目視でやっとりました。みんな良い腕をしとりました。八割方は当たりましたな。で、アメさんも本気になってきたんでしょうなあ。それまで水平に部隊の前を横断するように飛んでおったのですが。本式に真正面から実戦と同じ攻撃姿勢でやってきおりました。ほとんどの機銃が沈黙しました。だって、真正面からだと、曳航機のイントルーダーと吹き流しが重なって、危なくて撃てない。間違って曳航機に当たれば大事ですからな」
「誤射したんですか?」
「そんなヘマはしませんよ。真っ直ぐわたしの六一に低空で向かってきおりました。距離一千で、微かに吹き流しが十一時の方向に流れたのを見過ごさずに射撃しました。アメさんは、まさか撃ってくるとは思わんかったんでしょう、ビックリして機首を右に降りましてな。直ぐに射撃を中止しましたが、右のエンジンをぶっとばしてしまいました」
「それじゃ、事故の原因は米軍の方じゃないんですか?」
「そのころは、ビデオもない時代ですからな。部隊のみんなは証言してくれましたが。泣く子とアメさんには勝てません。今も昔もね」

 昼からは、障害走路というのをやった、要は障害物競走。
 飛び越え障害、ロープ登り、柵越え、鉄条網くぐりなんかが十一種類ある。
「かかれ!」
 教官の号令で二人一組で始める。西田さんは峰岸先輩とペアであっという間にゴールに着いたみたい。遠くで「完了!」って声がした。
 忠クンは、企業グル-プの先発の人といっしょ。丸太橋のところでモタツイテるんで、わたしとマリちゃん(マリ先生)が待ちきれずに出発。後に里沙と夏鈴、次に企業グループの残りが続いた。
 ロ-プ登りで、忠クンのペアを抜かしちゃった……って、わたしの運動神経がいいわけじゃない。ペアはお互い助け合っていいことになっていて、わたしたちのペアが、制限時間内で完了できたのでは、ひとえに「マリちゃん」のお陰ではありました。
 企業グル-プが、忠クンたちといっしょにゴールしたのは。なんと一時間後。里沙と夏鈴はさらに、その五分後だった。
 なんと、西田峰岸ペアの記録は、駐屯地記録歴代一位だった!
「自分と、もう一度やっていただけませんか?」
 企業グル-プの教官が、顔はにこやかに、でも目は闘争心向き出しで言ってきた。
「バディー(ペアの自衛隊用語)ではなく、競技としてですな?」
 西田さんは、闘争心をみなぎらせて……る。わりには目は笑ってた。
「用意……かかれ!」
 先任教官の合図がかかったとき、西田のおじさんは、こう叫んだ。
「レンジャー!!」
 この言葉に、あきらかに相手の教官は、ギクっとした。
 勝負はあっけなかった。西田のおじさんが、十秒の差を付けてゴール。ついさっき、自分で作った新記録もあっさり塗り替えてしまった。

 それから、自衛隊体操。人の動きを見て真似るのは得意だったのであっさりクリアー。
 忠クンと企業グル-プは少し時間がかかった。
 そして……恐怖の5000メートル走。これはコタエました。
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乃木坂学院高校演劇部物語・87『我らが助教大空真央』

2020-01-05 06:18:59 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・87   
『我らが助教大空真央』         

 

 突き当たりの部屋は、稽古場にしている談話室ぐらいの大きさで、なんだか健康診断の時のように机と椅子が並んでいた……実際、血圧と問診の健康診断。それから、制服が配られた。大空さんは一瞬でわたし達の体格を見極め、ピッタリのを渡してくれた。

「では、これから誓約書に署名捺印をしてもらいます。未成年の人は保護者の承諾書を提出してください」
 中隊長さんが言った……え……マリ先生が承諾書を出してる!
 夏鈴が吹きだしかけて、中隊長さんに睨まれた。
「では、それぞれの部屋に戻って、着替え。十五分後に先ほどの営庭に集合。かかれ!」
 で、着替えて入り口のところに行くと。わたし達のはあったけど、企業グループさん達の靴が一つもない。一瞬先を越されたかと思ったら、少し遅れてやってきた企業グル-プさんが慌てていた。

「おれ達の靴がない!」

 さっさと外へ出たわたし達は笑っちゃった。企業グループさん達の靴がみんな外に放り出されていた。一瞬乃木坂さんのイタズラかと思ったら、乃木坂さん、笑ってチガウチガウをしていた。
「最初のハッタリ。ちゃんと脱いでいないやつをああしておいて娑婆っ気を抜く」
 西田さんが、そう言ったんだけど、西田さんの服装は、前のまま。
「助教のやつがサイズを間違えやがった。どうせ、体験者用の六五式。同じやつだからね、これで助教に貸し一つ」
「あの、マリ先生、承諾書出してましたけど……」
「ここじゃ、十七歳ってことになってんだ、君たちもそのつもりでね。それから歩きながら喋れるのは、この先の営庭までだからね」

 西田さんは、ウィンクすると、駆け足で行っちゃった。

 営庭に出ると、西田さんが中隊長さんと話しをしていた。敬礼を交わして別れたけど、ここから見ると西田さんのほうが偉く見えてしまう。
「西田さんのトラックが珍しいんで、夕方まで見せて欲しいんだって。で、西田さんが、分解しないことを条件に承諾したとこ」
 乃木坂さんが教えてくれた。西田さんが得意そうに鼻の下をこすった。
「やだー、マリのこの靴マメができそう」
 後ろで、マリ先生がブリッコをしておりました……ウフフ。

 それから、基本動作の訓練に入った。

 基本動作って、ほんと基本。気をつけ! 休め! 右向け右! 左向け左! 敬礼!
 敬礼ってば、こんなことがあった。
「教官。貴官の敬礼は二度浅いように思われる。正対して親指が見えてはいかんと礼式にあったと思うのですが。それとも昭和三十九年に定められた自衛隊礼式に変更でもありましたかな……いや、除隊して三十余年、この世界にも疎くなりましたからな」
 と、西田のおじさんは……またもカマシました。
 
 それから、行進の練習。自衛隊では歩くとき、必ず一列。左足から出て、手はグーにして、真っ直ぐに伸ばして肩の高さまで上げる。
 で、かけ声は、一、二、一、二、ソーレッ! でね、一は「オッチ」って発音する。
「前に進め! オッチ、ニ、オッチ、ニ!」
 でもね、我らが助教大空真央さんのは、こう聞こえる。
「エッチネ、エッチネ!」
 思わず笑いそうになったけど、こういう場合でも自衛隊は笑ってはいけないのであります……はい。
 それから行進練習。駆け足練習をやって、昼休み。
 カツ丼におみそ汁。カツ丼は普通のお店の特盛りにワラジみたいなトンカツ。
 食事は、大きな食堂に分隊ごとに集まる。うちは大空助教が話しの中心になった。
「こんな言い方、なんですけど、大空さんはなんで自衛隊に志願したんですか?」
「そうですよ、こんなにカワイイのに」
 里沙と夏鈴が遠慮の無い質問をした……他の女性隊員がいたら怒られそうだ(汗)
「わたしの家は、おじいちゃんの代から自衛隊だったから、ごく自然にね」
 特盛りのカツ丼をペロリと平らげて、大空さんが答えた。
「大空さん。あんた、ひょっとしてカラーガードじゃないかい?」
「あ、はい。分かりました……?」
「うん。動きがキビキビしているだけじゃなくて、イカシテおる。あれは儀仗隊かカラーガードだど思った」
「さすが、大先輩。二年前からカラーガードをやってます。よかったら今夜記録のDVDお見せしましょうか」
 カラーガードって……?
「ぜひ、お願いします。われわれが現役だったころは、まだ無かったもんでね。一度見たいと思っておりました」
「西田さんは、どうして、除隊されたんですか。自己紹介の時、八年の勤務で曹長までなられたと伺いましたが?」
「演習中に、米軍機を撃墜してしまいましてね」
「え……!?」
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乃木坂学院高校演劇部物語・86『時間厳守!』

2020-01-04 06:56:02 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・86   
『時間厳守!』  


 
「じゃ、発車します」

 と「自衛隊」のおじさんが言うまでの五分間の間にマリ先生は秘密のほとんどを話してくれた。
 マリ先生は木崎産業の社長のお嬢さん。で、会長のお孫さん。でもって、先生自体は会社を継ぐ気などサラサラなくって、好きなように生きてるってこと。
 残りは、動き出したトラックの荷台の向かい合わせになった席で聞かされた。
 正直驚いた。でも、これも先生なりのピリオドの打ち方だと理解した。これも乃木坂さんの影響かなあ……と、心の中でくり返してみた。

「え、これ自衛隊のトラックじゃないんですか!?」
「オレも驚いたよ」
 と、峰岸先輩も言った。これがスットボケであると分かるのは、この長い物語が終わってからのこと。この時は、地下鉄の駅を降りたら、このトラックに出くわし乗せてもらったという説明になっていた。
 運転してんのは、先生のお祖父さまの運転手さんで、西田さんといい、元は本物の自衛官。で、トラックはその西田さんが趣味で持ってる自家用車。「女性自衛官」の人は、西田さんのお孫さんで、わたしたちの先輩にあたること。むろん本物の自衛官ではなく、西田さんの趣味につき合って、わたしたちをA駐屯地まで送ったあと、空になったトラックを運転して帰る……ってことは?

「……で、先生達もいっしょなんですか!?」

「元陸曹長、西田敏夫。体験入隊者、自分を含め七名を引率してまいりました。なお六五式作業服を着用しております者は、自分の孫で、五六式輸送車の後送要員であります」
 書類を見せられた門衛の隊員さんは、二昔前の自衛隊のトラックに目を白黒させていたけど、駐車場を教えてくれて、あっさり通してくれた。むろんこの人数以外にもう一人便乗者がいることは、わたし以外知らないことだった。

 トラックを降りると、ちょっとしたグラウンドに集められた。
 わたし達の他に、どこかの企業の十人ばかりの若いグループが来ていた。新入社員の研修にしては少し早い。
 六人の迷彩服を着た隊員さん達が待っていてくれていた。きっと入隊式かなんかあるんだろうと思ったけど、なかなか始まらない。企業グル-プの二人が遅れて走ってきた。トイレにでも行っていたのだろうか。
 六人の迷彩服が気を付けをして、偉そうな人が朝礼台の上に上がった。
「時間厳守!」
 という言葉から始まり、励ましてんのか怒っているのか分からない訓辞のあと、それぞれ担当の教官と助教さんが自己紹介になった。助教さんが女の人だったのでビックリした。それまでは小柄な男の隊員さんだと思っていた。
 名前は大空真央さん。なんだか宝塚の女優みたいな人。

 それから、六人の迷彩服に連れられて、体験入隊専用の宿舎に連れていかれた。ちょっと田舎の小学校の校舎みたい。
「靴は、あの連中とは離して脱いで置くように。置き方は、わたしの真似をして」
 西田さんが小声で言った。
 部屋は四人部屋だ。
 女子四人と男子三人……乃木坂さんは、男部屋を指差して行ってしまった。
 大空さんが来て、荷物の置き場所を教えてくれ、すぐに奥の突き当たりの部屋に行くように言われた。
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乃木坂学院高校演劇部物語・85『体験入隊の日がやってきた』

2020-01-03 05:59:36 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・85   



『体験入隊の日がやってきた』

 そうこうしているうちに体験入隊の日がやってきた。

 埼玉と東京にまたがるA駐屯地だったので、どこかの駅前に集合かと思ったら、三日前に峰岸先輩からメールが来た。
――当日は、午前八時半、学校裏門前集合。服装は学校指定のジャージ。携帯品は自由だけど、駐屯地に入ったら使えないから少なめがいいよ。

 で、当日。
 こういうことにはダンドリのいいわたしは六時に起きて茶の間に降りた。
 で、びっくりした。おじいちゃんとおばあちゃんがテレビの天気予報を見ながら待っていた。
「なに、そのカッコウ?」
「国民服だい!」
 胸を張ったおじいちゃんの横に、セーラー服にモンペ姿。二人とも頭にキリリと日の丸の鉢巻き。
「あ、それ、わたしの中学のときの制服!」
「やっぱ、出征のお見送りは、これでなくっちゃ!」
 想像してみて、八十ん歳のオバアチャンのセーラー服……!
 わたしは、十五分ほどで朝のいろいろやって(女の子の朝なんて、いろいろとしか言えません)かっ飛びで、家を出……ようとした。
 おばあちゃんが、どこにそんな力があんのよって感じでジャージの裾をつかんだ。
「ちゃんと、お作法ってのがあるんだよ」
「あ、わたし未成年だから」
 おじいちゃんが出した盃をイラナイしたら怒られた。
「ばか、こりゃ水杯(みずさかずき)だ。作法だよ作法……ばか、そんな、事のついでみたいにやるんじゃねえ。気をつけだ、気をつけ!」
 気をつけして、行こうとしたら、また裾をつかまえられた。
「挨拶だよ、挨拶」
「行ってき……」
 まで言うと。おじいちゃんが叫んだ。
「仲まどか君の出征……もとい。体験入隊と!」
「武運長久を祈って!」
 と、おばあちゃんが受けた……そのころには、家族や近所の人たちが目をこすりながら出てきちゃった!
「ばんざーい!」
 おじいちゃんの雄たけびを合図に、わたしは横丁まで世界新ぐらいのスピードで走った。
 もちろんハズイからよ。恥ずかしいの!!

 で、早く着きすぎた。

 裏門には、まだだれもいない……と、思ったら、門柱の陰に気配。
「あ、乃木坂さん……どうしたの、その格好?」
「体験入隊、僕も付いていこうと思って」
 乃木坂さんは。ズボンのスネのとこをタイトなレッグウォーマーみたいなのでキリリと締め上げ、制服の上からは左右二個の物入れみたいなのが付いたベルト。背中には四角いリュックみたいなのをしていた。
「これはね、軍事教練の時の格好さ。あのころは嫌で仕方がなかったけど、君たちが体験入隊をするって言うんで、付いていってみようと思ってさ……捧げ筒!」
 プっと吹き出しかけた、で、あのことを聞いてみた。稽古場じゃ、里沙と夏鈴がいるので聞きそびれていたのだ。
「潤香先輩の夢の中に出てきたのって、乃木坂さんよね?」
「……うん。意識が戻って、いきなりこの三ヶ月の変化を知ったら、また頭の線切れそうだから。予備知識をね」
「潤香先輩、関根さんみたいだって言ってたけど」
「お姉さんの紀香さんの大切な人……それ以上は言えない。言えば、君は顔に出てしまうからね」
「マリ先生も同じこと言ってた……」
「世の中には、そういうこともあるんだ。大人になるためのピリオドだと理解してくれたら嬉しい」
 寂しそうに、でも温もりのある顔で、乃木坂さんが言った。
 そこへ忠クンが白い息を吐きながらやってきた。こちらは規定通りのジャージ姿。
「なんだ、まどかも早く来ちゃったのか」
「違うわよ。これは不可抗力なのよ……」
 朝のイキサツを話した。二人とも大笑い(むろん乃木坂さんのは、わたしにしか聞こえない)そうこうしているうちに、里沙と夏鈴がやってきた。里沙のリュックはコンパクトだけど、夏鈴のは冬山登山に行くくらいの大きさだった。
「なに、夏鈴、その冬山登山みたいなのは?」
「だって、お母さんがあれも持ってけ、これも持ってけって……」
「こりゃ、過保護か嫌がらせかのどっちかだわね」
 夏鈴が異議を唱えようとすると乃木坂を一台のトラックが登ってきた。今時めずらしいボンネットトラック。その濃緑色の車体は、素人のわたしが見ても自衛隊のトラックだった。
「ハチマルフタゴオ。到着」
 そう言って、「自衛隊」のおじさんが、「女性自衛官」を従えて降りてきた……で、幌着きの荷台から、峰岸先輩と……マリ先生が降りてきた!?
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乃木坂学院高校演劇部物語・84『稽古は暗礁に乗り上げていた』

2020-01-02 05:48:29 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・84   
『稽古は暗礁に乗り上げていた』    


 
「……さん」

 わたしたちには語尾しか聞こえなかったけど、マリ先生には全部聞こえたようだ。
「だれ……関根さんて?」
「あ……それは」
 マリ先生に聞かれてとぼけるのはむつかしい。潤香先輩も例外じゃない。
「……姉の元カレです。夢の中に出てきた人が……顔は見えないけど、そんな感じだったんです。わたしにも実の妹のように接してくださって……姉には内緒にしておいてください。姉には、大きなトラウマなんです」
「分かったわ……そういうことだったんだ」
「え……」
 潤香先輩をシカトして、先生は命じた。
「いまのことは口外無用。潤香も含めて……いいわね」
「はい……」
 四人が声をそろえて返事をした。


 稽古は暗礁に乗り上げていた。
 最初の口上もそうだけど、歌舞伎や狂言的な表現には苦労ばっか。
 無対象の演技も、縄跳びなんかのレベルじゃない。見えないちゃぶ台に見えない食器、それも見えないお盆に載せて運ばなきゃならない。
 バケツに水を入れるのも一苦労。空と水が入ってるんじゃ重さが違う。
 ちゃぶ台を拭くのも、また一苦労。雑巾を水平に拭くのってムズイ!
 お茶を飲んだら、里沙と夏鈴はともかく乃木坂さんにまで笑われちゃった。
――それじゃ、お茶を被っちゃうよ。
「だって、ムツカシイんだもん!」
「まどか、誰に言ってんのよ?」
「え、あ……自分に言ってんの。自分に」
「ヒスおこしたって、前に進まないよ」
 そりゃあ、幽霊役の夏鈴はお気楽でいい。壁でもなんでも素通りだし、幽霊のノブちゃんだけ無対象の演技が無いんだから。
 で、稽古場の奥じゃ本物の幽霊さんがお腹抱えて笑ってるしい~(プンプン!)

 乃木坂さんは、ときどき上手に見本を見せてくれる。無対象でお茶を飲んだり、お婆さんの歩き方を見せてくれたり。
 でも稽古中にそっちを見ていると、こうなっちゃう。
「モーーー、どこ見てんのよ!?」
「いや、その……考えてんのよ。で、遠くを見てるような顔になんの!」

 乃木坂さんは、メモも残してくれる。
 ありがたいんだけど、古いのよね……「体」は「體」だし「すること」は「す可」だし、まるで古文。むろん理沙や夏鈴に見せるわけにはいかないし。
 はるかちゃんにも聞いてみた。説明はしてくれるんだけど、やっぱ、チャットじゃ限界。
 いっそ、乃木坂さんが理沙や夏鈴にも見えたらなって思ってしまう。
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乃木坂学院高校演劇部物語・83『潤香先輩回復!』

2020-01-01 06:36:15 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
 まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・83   
『潤香先輩回復!』  

 

 それまでは心に刺さったトゲのように見えていた。
 それが今日は、晴れがましい記念碑のように青空を背に立っている。

 それってのはスカイツリーのこと。潤香先輩の病室から、いつも見えてんの。
 そのスカイツリーを背景にして……ウフフ。
 ジャーン! 潤香先輩の笑顔がありました!!

 お見舞いに行く途中、駅横の宝くじ売り場の前で着メロが鳴った。
 電話は紀香さんから。
 ――たった今、潤香の意識がもどったのよ!
 普段は、明るくても、大人の落ち着きを崩すことなく話す紀香お姉さんが、まるで入試に受かった中学生みたいにはしゃいだ声で言った。
「やったー!」
「やった、やったあ!」
 三人は、はしゃぎまくり。宝くじを買おうとしていたオジサンが誤解した。
「そうか、当たったんか。ネエチャン、もう五十枚追加!」
 で、宝くじ売り場の売り上げを五十二枚伸ばして、わたしたちは病院に向かったわけ。
 え……二枚多いって? それはね、里沙の発案とオジサンの刺激でもって、わたし達で二枚買ったのだ♪

「まどか……里沙……夏鈴……ありがとね……」
 小さな声だったけど、潤香先輩はハッキリ言った。涙が出そうだった。
「ジャーン! 潤香先輩、回復祝いです。宝くじ、どっちにします!?」
「いいお祝いだ。君たちは気が利くね」
 お父さんが喜んでくださった。訳を話すと、その場にいたお母さんもマリ先生もいっしょになって大笑いになった。潤香先輩も顔だけで笑って、あっさりと右側のを取った。
「そんなに、あっさり取っていいんですか?」
 夏鈴がつまらなさそうに言った。
「このことだったんだ。あの人が最期に――右だよ、右――って言ってた。
「あの人って……」
「潤香ったら、変なのよ。意識が戻るやいなや――悪いのは、わたし。マリ先生もまどかも悪くない。無理に笑いを堪えたわたしが悪いの――って」
 紀香さんがおかしそうに言った。
「それって、靴を履こうとしたときの……」
 わたしは、乃木坂さんの言葉を思い出した。
「どうして……」
 潤香先輩が目で、そう言った。みんなも不思議な顔で、わたしを見ている。
「いや、稽古中に先輩のマネして、カッコヨク靴を履こうとしてひっくり返って、ハデに道具を倒しちゃったことがあるんで……そのときのことかなって……」
「フフ、半分当たって、半分外れてる……」
「そうなのよ――倒れる寸前に靴を履こうとして、まどかのことを思い出してね。それで笑いそうになったのを堪えようとして――こうなっちゃったって」
 紀香さんは、笑うと、少し鼻が膨らむ。そんな些細なことに気づけたのは、やっぱ、潤香先輩が良くなった余裕からなのだ。
「それがね、不思議なの。潤香ったら、クラブがあんなふうになっちゃったことや、マリ先生が学校を辞めたこともみんな知っていたのよ」
「そうそう、わたしの顔を最初に見たときも『先生、女優家業はいかがですか』って」
「潤香は、ひょっとして、意識不明の間に超能力がついたんじゃないかな……どうする母さん、テレビとか取材に来たら!?」
 お父さんが無邪気に言い。お母さんが突っこんだ。
「ちょっと不思議だけど、わたしたちが喋っていたことが、無意識のうちに潤香の頭に入ったのかもしれませんよ。そんなことが、たまにあるってお医者さんも言ってらしたもの」
「そうか、奇跡の少女の父にはなれんか」
「潤香はね、夢の中で何度も男の人が出てきて教えてくれたって……そうなのよね潤香」
 紀香さんが妹の顔を、イタズラっぽく見た。
「ほんとだってば……顔は分からないけど。乃木高の昔の制服を着ていた……」
「学校の玄関に飾ってある、旧制中学のころのやつですか?」
「……まどかも鋭いね。あそこ、昔から今までのが四種類もあるのに」
「あ……わたし、あれが一番好きだから」
 多分……それは、乃木坂さんだろうと思った。
「さあ、テレビ局も来ないなら、そろそろ行くよ。出張間に合わなくなるからな」
「いけない。まだなんの準備もしてないわよ。潤香の意識が戻ったって聞いてそのまま来ちゃったから」
「じゃ、母さん急ごう。飛行機に間に合わなくなる」
「あ、わたし、そこまで見送りに行くわ。みなさん、しばらく潤香のことよろしく」
 程よい挨拶を交わして、紀香さんとご両親は病室を出ていかれました。
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乃木坂学院高校演劇部物語・82『幽霊さんの生き甲斐』

2019-12-31 06:00:48 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・82   
『幽霊さんの生き甲斐』  


 
「なんだい?」

「……潤香先輩のこと助けたの、乃木坂さんじゃないの!?」
 ただの閃きだったけど、図星のようだった。
 乃木坂さんは、花柄のときと同じ反応をした。
「潤香君は君のようにはいかなかった。破れた血管を暫く固定しておくのが関の山。幽霊の応急治療はMRIでも見えない。あとは自然回復するのを待つだけだったんだけどね。立て続けに二回。二回目に切れたのは何故だかわかるかい?」
「……ソデのとこで平台に頭ぶつけたからじゃ……ないの?」
「まどか君、君なんだよ」
「わ、わたし!?」
「あの日、潤香君は出かけようとして、屈んで靴を履こうとして君のことを思い出したんだ。君は、あの芝居の稽古中、ずっと潤香君の真似をやっていただろう?」
「え、ええ……」
 わたしは、あるシーンを思い出した。キャンプに行く前の日に真由が靴を試すシーンがあるの。で、スタイル抜群で体の柔らかい先輩は、とてもカッコヨクやるわけ。
 わたしは何度やっても、オッサンが水虫の手入れしてるようにしかできなくて、このシーンになると、箱馬に腰掛けて、パクろうとして必死。一度など仰向けにひっくり返って道具のパネルを将棋倒しにして、怒られて、笑われて、大恥だった。
「そう、潤香君は靴を履こうとして、それを思い出したんだよ。ゆかしい潤香君は、たとえ本人が居ないとはいえ、その努力を笑ってはいけないと堪えたんだよ。屈み込んだ姿勢で笑いを堪えたものだから、瞬間的に血圧が高くなり、応急処置だった脳の血管が破れてしまった」
「そんな……わたしが原因だなんて……」
「大丈夫だよ。潤香君は間もなく意識も戻って、もとの元気な潤香君に戻る。そうでなきゃ君に言える訳がないじゃないか」
「ほんと、ほんとに潤香先輩は良くなるの!?」
「幽霊は嘘は言わないよ。なあ、みんな」
 乃木坂さんは、椅子たちに呼びかけた。瞬間椅子たちが答えたような気がした。
「僕は、空襲で死んだあの子が自分の姿をとりもどし、そして無事に往くのを、見届けるだけのつもりだった。あの子が自分の姿をとりもどしたのが去年の十一月の半ば過ぎ」
「それって……」
「そう、潤香君が階段から転げ落ちた前の夜。でも、その時は、それだけで済ますつもりだった」
「それがどうして……」
「だって、そのあと立て続けだったろう。潤香君はまた頭打ってしまうし、意識不明になってしまうし。まさか君が代役やるなんて思いもしなかったし。そして例の火事……」
「あれは……」
「幽霊でも、火事を防ぐ力はないよ。垂れた電線をしばらく持ち上げて発火を遅らせるのが精一杯。だから、みんなが倉庫を出たところで力尽きて手を放した……これで、みんなを助けられたと思ったら、どこかの誰かさんが火が出てからウロウロ入ってくるんだもの」
「あ、あのことも……」
「助けてあげたかったんだけど、空襲で死んだもんだから、火が苦手でね……しかし、大久保君は大した子だよ。あの火の中を飛び込んでくるんだもの。並の愛情じゃできないことだよ」
「それは……感謝してます」
「感謝……だけ?」
 意地悪な幽霊さんだ。
「彼も、まだ未熟だ。大切に育んでいきたまえ。それから貴崎さんは辞めちゃうし、演劇部は解散……すると思ったら、起死回生のジャンケン……ポン。そいで君達三人組が、事も有ろうに、ここで稽古を始めちゃった」
「ごめんなさい、無断で」
「いいんだよ。幽霊が言ったら可笑しいけど、僕の生き甲斐になってきた」
「ハハ、幽霊さんの生き甲斐」
「と、いうことで、宜しく頼むよ!」

 そこで、軽いめまい目眩がして、座り込んでしまった。

「まどか、大丈夫?」
「保健室行こうか?」
 里沙と夏鈴が覗きこんできた……そこは、中庭のベンチ。
「あ……もう大丈夫。わたしずっとここで?」
「ずっとも、なにも、急に立ち上がったと思ったら、バタンとベンチに座り込むんだもん」
「あ、もう授業始まっちゃう!」
「なに言ってんのよ、たった今座り込んだとこじゃないよさ」
「何分ぐらい、こうしてたの?」
「ほんの二三秒だよ」
 そうなんだ……妙に納得するまどかでありました。
「元気だったら、明日のことだけどさ……」

 風の吹き込まない中庭は、冬とは思えない暖かさ……かすかに聞こえてきました。
『埴生の宿』の一番。

 のどかなりや 春の空 花はあるじ 鳥は友……🎶

 その友の小鳥のさえずりのようなお喋りの中、それは切れ切れにフェードアウトしていきました。
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