まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・93
『解隊式』
乃木坂さんの「手助け」もあって、わたしたちの班は二等賞!
企業グル-プのみなさんは、お気の毒に又も腕立て伏せ。
教官の皆さんは拍手してくださったけど、例の教官ドノはいささか首をひねっておられました。どう見てもか弱い女子高生四人(「マリちゃん」はにせ者だけど)が、現役の自衛隊員並の時間で、教則通り……ってか、昔の日本陸軍式の壕を掘ったんだから。
得意技の女子高生歓喜(とにかく、「ウソー」「マジ」「ヤダー」「キャハハ」の連発)でゴマカシて昼食。
昼食は、なんと炊事車がやってきた。二トンぐらいのトラックなんだけど、荷台のところに、二百人分一度に作れるというキッチンセットが入ってんの。荷台の壁をはね上げると、そのまま庇になって、荷台の下からは二十人分の食卓と椅子が出てくるという優れもの。
メニューは、焼きそばの上に焼き肉がドーンと載っかってんの。それに豚汁のセット。昨日のカツ丼といい、うな重定食といい、自衛隊はド-ンと載っけるのが好きなよう。むろんわたし達もね♪
わたし達は、炊事車の椅子に予備の折りたたみの椅子を出してもらって、全員いっしょに昼食。これが体験入隊最後の食事……たった二日間だったけど、なんだか、とっても仲間って感じがした。教官の人たちも企業グル-プさんたちも。
いっしょに走ったり行進したり作業をしたり。西田さんにはずいぶん助けてもらったけど、基本は自分たちでやった。わたしは部活の基本と同じだと思った。乃木坂さんは、そんなわたし達を、ちょっと羨ましげに見ていた。
見ていたというと、やはり教官ドノの視線を感じる。これはおっかなかった。
忠クンのことは気になったけど、アカラサマに見たり話しかけるのははばかられた……って、そんな浮ついたことじゃなくって、昨日からの忠クンの心の揺れに対してはハンパな言葉はかけられなかったんだ。
食事が終わりかけたころ、演習場の林の中から戦車が二台現れた!
「ワー、戦車だ!」「カッコイイ!」「一台でもセンシャなんちゃって!」
思えば小学生並みのはしゃぎようでありました。
「あれは、戦車ではない」
西田さんが呟いた。里沙がメモ帳を出した。
「八十九式装甲戦闘車ですね、通称ライトタイガー。歩兵戦闘車」
「よく知ってんね」
西田さんが驚いた。メモ帳を覗き込むと、『陸上自衛隊装備一覧』の縮尺コピーが貼り付けてあった。さすがマニュアルの里沙。
で、昼からは、そのソウコウセントウシャってのに乗せてもらって、演習場を一周。見かけのイカツサのわりには乗り心地はよかった。ただ外の景色が防弾ガラスの覗き穴みたいな所からしか見えないのには弱りました。
「変速のタイミングが、やや遅い」
西田さんは、自分で操縦したそうにぼやいておりました。
宿舎に帰ると、企業グル-プさんの部屋から、悲鳴があがった。
「なんだよ、これは!」「こりゃないだろ!」「たまんねえなあ!」
続いて教官ドノの罵声。
「おまえ達が、満足に寝床の始末もできんからだ。やり直し!」
「企業グル-プさん、ベッドめちゃくちゃにされてたよ……」
夏鈴が偵察報告をした。
「こういうことは連帯責任。クラブも同じだからね」
一瞬「マリちゃん」がマリ先生に戻って呟いた。
その後、解隊式があって、修了書とパンフの入った封筒をもらった。
中隊長さんが短いけどキビキビした訓辞をしてくださった。団結力と敢闘精神という言葉を一度だけ挟まれていた。大事な言葉の使い方を知っている人だと感じた。
忠クンが感激の顔で、それを聞いていたのでほっとした。
私服のジャージに着替えると、宿舎の入り口のところで、教官ドノが怖い顔をして立っていた。
「これを……」
サッと小さなメモを渡された……これって……だめだよ、わたしには忠クンが……。
「貴崎マリさんに」
なんだ、わたしをパシリに使おうってか……でも、頬を染めた教官ドノの顔は意外に若かった。ウフフ。
「ウフフ」
不敵な笑みを浮かべ「マリちゃん」は完全にマリ先生にもどった。
帰りの、西田さんのトラックの中。みんな、ほとんど居眠りしている。わたしは、タイミングを待って、教官ドノのメモを渡した。その結果が、この不敵な笑み。
「まどかにも、大空さんから」
――演劇部がんばってください。公演とかあったら知らせてください。都合が着いたら観させていただきます。わたしのカラーガードもよかったら見に来てください。 真央
助手席では運転をお孫さんに任せた西田さんが手紙を読んで神妙な顔。封筒にはA師団の印刷……きっと夕べのことなんだろうと思った。 前の空席には乃木坂さんが座っていて、静かにうなづいた。
空は、申し分のない日本晴れ。夕べ降った雪は陽炎(かげろう)となり、その陽炎の中、トラックは、東京の喧噪の中へと戻っていきました。