大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

乃木坂学院高校演劇部物語・81『桜幻想』

2019-12-30 06:17:46 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・81   
『桜幻想』  


「恋人……?」

「そんなんじゃないよ……でも、その子はね、死ぬときに――お母さん――と言って……でも、そう言いながら、僕のことも思ってくれたんだ。僕も同じころに死んだから。その思いは伝わったよ。生きてたころは……なにを言わせるんだよ、幽霊に!」
「ごめんなさい、立ち入ったこと聞いて」
「その子は、将門様のところへ行った。ほら、千代田区のビルの間にあるだろ」
「ああ、将門の首塚。小学校のとき社会見学で、ことのついでに寄ったわ」
「ハハ、将門様が、ことのついでか」
「ごめんなさい」
「いいよ、世の中が平和な証拠だ。将門様はね、そういう霊たちを集めて面倒を見てくださるんだ」
「その子は、まだ将門さんのところに?」
「ううん、十二年ほど前にね、僕とまどか君みたいに相性のいい女の子と出会ってね、その子がとっても心根のいい子だから、やっと元の姿を取り戻して……去年の暮れにやっと往ったよ」
「いく……?」
「あの世って言ったら分かるかな。往復の往と書く……で、往く前に挨拶に来てくれたんだ。六十何年かぶりの再会だった……」

 ひとしきり、桜の花びらが風に舞った。

 乃木坂さんがため息をついた……すると、乃木坂さんの後ろに、セーラー服にお下げの女の子の姿が浮かんだ。モンペに防災ずきんみたいなのぶらさげて、胸に大きな名札みたいなの縫いつけて、穏やかに乃木坂さんを見下ろしていた。わたしの視線に気がついて、乃木坂さんが振り返った。
「あ…………」
 乃木坂さんが棒立ちになった。女の子が寄り添って、潤んで、熱い眼差しになった!
「抱きしめてあげなさいよ。抱きしめて! 乃木坂さん! わたしに遠慮することなんかいらないんだからさ! こんな時にフライングしなきゃ男じゃないわよ!」
 乃木坂さんは切なそうに見つめるだけ……その子は、その間、しだいに影が薄くなっていく……あ、と思った。その子は急に桜の花びらの固まりになって、次の瞬間、花吹雪になり、粉みじんになって飛んでいってしまい、その花びらさえも雪が溶けるように消えていってしまった。
 でも、確かに人だった。温もりと、乃木坂さんへの愛おしさに溢れていた。
「せめて、せめて……名前ぐらい呼んであげればよかったのに!」
「あれは……あれは、桜が作った幻だよ。幻に……」
「想いがあってのことじゃないの……!」
 わたしの平手打ちは、虚しく空を切り、勢い余って、わたしは転んでしまった。
「意気地なし……あんなの、あんなのって無いよ……」
 泣いているわたしを、乃木坂さんが抱き起こしてくれた。
「わたしのことは触(さわ)れんの……?」
「焼き芋だって受け止められるただろ」
「わたしって、焼き芋並なの!?」
「その気にならなきゃ、なにも触れないけどね」
 椅子の背もたれを掴んだその手は、背もたれを突き抜けてしまった。まるでCGのバグだ。
「ほらね……でも、平手打ちしてくれてありがとう」
「ご、ごめんなさい。つ、ついね……」
「ううん、ああいう人間的な思いが僕たちの救いなんだよ。お礼を言うのは僕の方さ。あの……あの、もう少し、君達の側に居てもいいかなあ。今日こうやって君を呼んだのは、そのためなんだ。君の前で姿を隠しておくのが、だんだん難しくなってきて。でも、なんの前触れもなく現れたらびっくりするだろう」
「うん、心臓止まる」
「だよね」
「でも。里沙とか夏鈴とかには秘密にしとくから」
「じゃ、いいのかい!?」
「うん、三人じゃ寂しかったから。そうだ、見ていて気になることとか言ってくれる。演出とかいないから」
「任しとけ、これでも生きてる頃は演劇部……しまった」
「卒業者名簿見て、正体あばいちゃおうかな」
「そりゃ無理だよ。卒業前に死んじゃったから。それに学籍簿も空襲で焼けちゃってるしね」
「残念……あ!」

 わたしの中で、なにかが閃いた。
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乃木坂学院高校演劇部物語・80『乃木坂さん』

2019-12-29 06:23:52 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・80   
『乃木坂さん』  

 

 バルコニーに面したところに椅子とテーブル……その上には、良い香りの紅茶が注がれたティーカップがあった。

「いい香り……」
「春のゴーストブレンド」
 ヒラヒラと、桜の花びらがカップの中に落ちてきた。
「あら……」
「僕の演出」
「フフフ……気が利いてる」
 長閑に二人で笑った。
「お名前とか聞いていいですか。わたし……」
「仲まどか君だよね……僕の名前は勘弁して」
「どうしてですか……?」
 彼は、一見無造作に置かれた椅子たちに目をやった。
「僕は、たくさんの仲間達の代表だと思っている。あの椅子、みんな仲間が座っているんだ。数が足りないから、立ってるやつもいる」
「え……あなたのことしか分からない」
「そう、こんなにはっきり分かり合えるなんてめったにないんだ……みんな羨ましがってる。ここにいるのは、みんな戦争で死んだ人達。僕もそうだけどね」
「そうなんだ……」
「とりあえずは、乃木坂でいいよ。この成りだから、ここの生徒だったってことは隠しようがないからね」
「じゃ、乃木坂さん」
「ハハ、みんな笑ってる。喜んでくれてるよ」
「……こ、こんにちは。みなさん」
 わたしは、空席の椅子たちに向かって挨拶した……なんの反応もない。
「構わなくっていいって、でも挨拶してくれて嬉しそうだよ、みんな。僕たちはね、年に二三回『戦没者の霊』で一括りにして呼ばれる。あれって、切ないんだよ。みんな生きてたころは、それぞれ名前のある個人だったんだからさ。だから、たとえ乃木坂でも固有名詞で呼ばれるのはとても嬉しい」
 乃木坂さんは、とても嬉しそうに言った。こんな嬉しそうな人の顔って初めて見た。
 それまでは、一人牢獄に何年も、とてつもない孤独と切なさの中に閉じこめられやっと笑顔になった……そんな感じがした。
 爛漫な春の風情と、花びら一つ入った紅茶の香りが、それを際だたせる。
 その切なさが、ぐっと胸にきて、鼻の奥がツンとしてきた。
 わたしは思わずくり返した。
「乃木坂さん……乃木坂さん! 乃木坂さん!!」
 くり返した分だけさらに胸が熱くなってくる。
「ありがとう……なんだよ。君が泣くことないだろ」
「エヘヘ、人の名前呼んで、こんなに喜んでもらったの初めてだから!」
「いい人だまどか君は」
「あの……焼き芋落っことしそうになったとき、受け止めて窓辺に置いてくれたの乃木坂さん?」
「え……」
「ほら、携帯出そうとして、ポケットに手を入れたら勢いでスカートのホック取れちゃって脱げそうになっちゃってさ」
「そ、そりゃ……そうだけど、花柄の下着なんか見えなかったからね」
「え……見えちゃったんだ!」
 恥ずかしいより、笑っちゃった。幽霊さんでも赤くなるんだ……!
「ぼ、僕は、まだ運のいいほうなんだ」
「え、花柄のこと……?」
「ち、違うよ。ぼくはね、まだきちんとした人間の形してるだろ?」
「うん、言わなきゃ幽霊だって分からない」
「人によってはね、人間の姿で幽霊になれないほど痛めつけられた人もいるんだよ」
「それって……ゾンビみたいな?」
「アハハ、そんなの幽霊の僕が見ても怖いよ。そんなんじゃないんだ……あまりに激しい空襲の火で焼かれるとね、骨どころか魂まで焼けてしまうんだ」
「それって……」
「幽霊になってもね、キューピーのお人形ぐらいに縮んじゃって……目も鼻も口も無くなって、幽霊同士でも意思の疎通が難しくなって……むろん焼き芋を受け止めることなんかできない……」
 乃木坂さんは、遠くを見る目になった。
「乃木坂さんは、そういう人を知ってるんだね……それも、ごく近しい人……でしょ」
「……勘もいいんだ、君は」
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乃木坂学院高校演劇部物語・79『埴生の宿』

2019-12-28 05:58:51 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・79   
『埴生の宿』  


 

 稽古が始まって十日ほどがたった。台詞もほとんど入って、ダンドリは分かってきた。

 でも、最初読んだとき面白かったお芝居も、やってみると難しさだけが際だってくる。
 だって、この芝居、新派、新劇、歌舞伎、狂言、吉本などなど、ありとあらゆる芝居のエッセンスのテンコ盛り。そもそも最初から、歌舞伎風の口上で始まっちゃう。

――東西東西(とざい、とーざいー……てな感じで言います)一段高うはございますが、口上なもって申し上げます。まずは御見物いずれも様に御尊顔を拝したてまつり、恐悦至極に存じたてまつります……てな感じで、かみまくり(ほんとに舌噛んじゃった)
 動画サイトで、それらしいのを見たりして研究中。前途多難のキザシ。
 そこへもってきて、あの気配……だんだん強くなってきて、このままじゃ稽古になんない! と思い始めた明くる日の昼休み。三人で、明日は潤香先輩のお見舞いしようって、中庭で相談ぶっていた。
 すると、聞こえてきた……あの『埴生の宿』
「ね、聞こえない!?」
 あんまりはっきり聞こえるんで、思わず口に出てしまった。
「え、なにが……?」
 わたしは無意識に立ち上がった。
「まどか……」
「どうしたの……」

 二人の声が遠くなっていく……気がついたら、談話室の前にいた。
 
「……埴生の宿も、わが宿。玉の装い、羨まじ……♪」
 その人は、旧制中学の制服を着て、ピアノを弾きながら唄っていた。
 窓の外は桜が満開。小鳥のさえずりなんか聞こえて、春爛漫の雰囲気……そよと風が春の香りを運んできた。
 春の香りは、桜の花びらになって頬を撫でていく……何枚目かの花びらが、左目のあたりをサワって感じで通っていって、わたしは我に返った。
「……おお、わが窓よ~楽しとも、たのもしや♪」
 その人も、ちょうど唄いきり、ゆっくりと笑顔を向けてきた。
「ごめんね、こんな誘い方をして」
「あなたは……」
「あけすけに言えば……幽霊……かな」
 あんまりのどか長閑な言いように、予想した怖さは、どこかへいっちゃって、暖かい笑いがこみあげてくる。
「……フフフ」
「よかった。怖がらせずに話しができそうだ」
「さっきまでは、怖かったんです」
「うん、だから昼間にお招きしたんだ。僕の趣味で春にしたけど、よかったかな」
「はい、わたしも、この時期が大好き」
「君は、僕の気配が分かる。このままじゃ脅かして、稽古を台無しにしてしまいそうだから、僕の方から挨拶しておこうと思って」
「でも。とても幽霊さんには見えません」
「ハハ、それはよかった」
「ノブちゃんみたいな幽霊さんもいますから」
「そうだね、ちょっと漫画みたいな幽霊さんだけど、あんな感じ」
「怨めしや~、なんてやるんですか?」
「めったにいないよそんな人。まあ、掛けて話そうよ」
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乃木坂学院高校演劇部物語・78『旧制中学の制服』

2019-12-27 06:21:18 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・78   
『旧制中学の制服』  


 

 同窓会館の方に戻ると、理事長先生といっしょになった。

「さっきは、焼き芋の差し入れありがとうございました」
「なんのなんの、ちと多すぎやしなかったかね」
「いえ、先輩方も応援に来られたんで、ちょうどよかったと思います」
「そうか、そりゃよかった」
 そこへ、みんなが、ゾロゾロ同窓会館から出てきた。
「整理完了したから、お祝いの買い出しに……あ、理事長先生。先ほどはありがとうございました」
 一礼すると、里沙を先頭に、みんなで駅前のコンビニを目指して行った。

「ほう……綺麗になったね。いや、同窓生を代表して礼を言うよ」
「いいえ、とんでも。こちらこそ……」
 理事長先生は、懐かしそうに部屋を一周すると、ピアノに向かい、静かに撫でてから弾き始めた。
「……先生、この曲なんていうんですか!?」
「『埴生の宿』だよ……知っているのかい?」
「はい……ここで聞きました」
「……そうか、君にも聞こえたのか」
「人影も見えました……一瞬、シャンデリアが一瞬点いたときに、ほんの一瞬……」
「……旧制中学の制服を着ていなかったかい?」
「それっぽかった……ですけど。きっとバルコニーのガラス戸に映った自分の影を……」
「僕も、一瞬だけ見たことがある……このピアノに寄っかかってるところを刹那の間」
「先生……」
「そのときも、かすかに『埴生の宿』が聞こえた。そうか……君にも見えたんだね」
「その人って……」
「悪いやつじゃないと思うよ。時々物音をたてたり、椅子の場所が変わっていたり。そして、ごくたまにこの曲を聞かせてくれたり……それは、こないだ話したね……そうか、君にも見えたんだ」
 理事長先生は、また、ゆっくりと慈しむように『埴生の宿』を弾き始めた。

 それから、たった三人の稽古が始まった。

 ほんとは、少し期待があった、先輩の誰かが見に来てくれないかって。

 だって、演出も舞監も、わたしたち役者が兼務。出番の少ないノブちゃん役の夏鈴が、稽古ごとに立ち位置や、演技のきっかけをメモってくれる。それを基に三人で、ああでもない、こうでもない。
 部分的にはビデオを撮ってやってみたけど、やっぱ、演出がいないとね……やってらんねえ! なんてヤケッパチのグチなどは言いませんでした……思っていてもね。
 ただ、休憩時間に、役者以外誰もいない、道具も何にも無しの稽古場……これはコタエル。
 わたしだけ、もう一人分の気配を感じてたけど、それは言わなかった。理事長先生からも話しは聞いたけど。漠然としていて、二人に言うどころか、自分で思い出すのもはばかられた……だって、怖いんだもん!!

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乃木坂学院高校演劇部物語・77『焼き芋』

2019-12-26 06:00:45 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・77   
『焼き芋』  

 

 里沙の目算通り、談話室の掃除と整備には三日かかってしまった。

 電球は、半分だけの交換……というか半分ですんだ。LEDの電球なので、少なくてすむ。むろんシャンデリアまでは直してもらえなかったけど、稽古場の明るさとしては十分だった。ヒーターは三台。べつにケチられたわけじゃない。電気容量が三台でいっぱいになるので仕方がない。でも、これでは少し寒い、今後の課題。

 不思議なことは、なにも起こらなかった。
 わたしを除いて……なーんちゃってね。

 あの男子生徒は、あれから現れない。やっぱ、なんかの見間違い……でも、ひょっとした拍子にに気配を感じる。ほんの瞬間なんだけど視線を感じる。寂しげだけど温もりのある視線。
 その日も、ピアノを拭いていて、それを感じた。おいしそうな匂いとともに……あれ?
 ふりかえったら、立っていた……夏鈴が焼き芋の入った袋を抱えて。
「フン。ヒヒヒョウヘンヘイハラ……」
「焼き芋くわえたままじゃ、分かんないでしょうが!」
「……だって、袋からこぼれ落ちそうなんだもん……あ、理事長先生の差し入れ。あとで様子見に来るって」
 それだけ言うと、夏鈴は本格的にパクつきだした。

 わたしも、一つ頂いて手を洗っていないことに気づき。手を洗いに廊下に出たところで出くわした。山埼先輩と峰岸先輩が石油ストーブを運んでくるのに。持つべきものは先輩、これで寒さ問題は解消。
 不幸なことに、わたしは夏鈴と同様に焼き芋を口にくわえたまま。それも、口の端っこからはヨダレを垂らしながら。
「まどか、おまえってほんと、三枚目なんだよな」
 峰岸先輩がしみじみ、ため息つきながら言った。
「フヒ、フハハハハ、ヘフ」
 我ながら情けない……で、ハンカチを出して焼き芋をくるんで手に持った。
「ここ、ガスは危なくて使えないから、石油ストーブ。技能員のおじさんから」
「ありがとうございます。あ、中に里沙がいます。食べきれないくらい焼き芋ありますから、先輩たちもどうぞ」
「そりゃあ、ゴチになるか」
 山埼先輩は行っちゃったけど、峰岸先輩が振り返った。
「まどか。おまえら自衛隊の体験入隊に行くんだって?」
「え、あ……はい」
「よかったら、オレも入れてくれないかなあ。学年末テストも終わっちゃったし、めったにできないことだから」
「はい、喜んで!」
 と……言ったものの、わたしは体験入隊のことすっかり忘れていたのだ。で、片手でスカートの中の携帯をまさぐっていたら、プツンと音がしてスカートのホックが外れた。
「ウ……!」
 焼き芋を放り出し、慌ててスカートを押さえた。
 すると、なんということ。焼き芋がハンカチにくるまれたまま空中で停まった……そして、ゆっくりと窓辺の窪んだところに着地した……。
 その時感じた温もりは、焼き芋のそれだけじゃなかった。

「……というわけで、四人追加でよろしく!」
 忠クンは、まだなにか言いたげだったけど、用件をすませ、さっさと携帯を切った。
 わたしは部室に戻り、スカートを繕いながら携帯をかけていたのだ。
 念のため、下はジャージを穿いております。
 ぬるくなった焼き芋を持ち上げると、マッカーサーの机がカタカタいった。
 なんだか笑われたような気がした。
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乃木坂学院高校演劇部物語・76『男子生徒の姿』

2019-12-25 06:06:42 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・76   




『男子生徒の姿』


「「「うわー」」」

 三人そろって歓声をあげた。
 一瞬、談話室が『英国王のスピーチ』の時代のようになった。
 秩序と気品と知性、品格、そしてちょっとしたウィットに満ちた空間に。
 でも、そのシャンデリアは数回点滅して切れてしまった。
「やっぱ、ボロ」
 夏鈴がニベもなく言った。
 最後に点滅したとき……それが見えた。

 一瞬、ピアノに半身を預けるようにして立っている男子生徒の姿が。
「あ……」
「どうかした?」
「え、ああ……ううん」
「へんなの。まどか、閉めるよ」
 夏鈴が、クシャミ一つして、里沙が電気を落としドアを閉じた。

 すると、微かに聞こえた……タイトルは思い出せない。だけど、優しく、懐かしいメロディーが。
 あの子が、あの男子生徒が唄っている……切れ切れに聞こえる歌。歌詞は文語調でよく分からない。里沙と夏鈴には言わなかった。
 言っても信じてもらえないだろう……二人に聞こえている様子がないもの。
 
 それに、あの男子生徒の制服は今のじゃない。
……玄関のロビーに色あせて飾ってある旧制中学時代のそれだったから。

 わたしは、頭の中で、そのメロディーを忘れないように反芻(はんすう)した。
「まどか、どこ行くのよ!?」
「え……」
 わたしは、正門から同窓会館に戻ろうとしている自分に……初めて気がついた。
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乃木坂学院高校演劇部物語・75『同窓会館』

2019-12-24 05:59:51 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・75   
『同窓会館』  


 
 その日のうちに同窓会館に行くことにした。

 里沙がチカラコブを作った。
 なんせ、ほとんど開かずの間。掃除や整理の見積もりをしておきたいという里沙らしい想いからだ。

 下校時間を過ぎそうなので、そのまま帰れるように部室にカバンを取りにいった。
「……自衛隊の体験入隊って、なんなのよ?」
 里沙が、ドアを開けながら背中で聞いた。
「あ、あれは……夏鈴がさ、エヘヘと笑って頭掻いちゃったりなんかするからさ……」
「あんなに誉められたら、ああするしかないでしょ」
 夏鈴がフクレた。
「そうよ、それにマリ先生のことだって、まどか驚かなかったじゃないよ」
「それはね……」

 ……ありのまま全部話した。

 祝福と非難が二人分返ってきた。それも全身クスグリの刑で……すんでの所で笑い死ぬところだった(汗)。

 部室の電気を消してドアを閉めようとした。
――あの部屋は止したほうがいいぜ。
 マッカーサーの机が、そう言った……ような気がした。
「え……」
「どうかした?」
「早くしないと、暗くなっちゃうわよ」
 里沙がせっついて、今、わたしたちは「室話談」とドアに書かれた部屋の前にいる。ちなみに、部屋の看板は戦前に書かれたものなので右から読む。

 ギー……と、歳月を感じさせる音がしてドアが開いた。

 カビくさい臭いがした。
 入って右側にスイッチがあると技能員のおじさんに聞いていたので、ペンライトで探してみた。
 年代物のスイッチは直ぐに見つかった。
 スイッチを捻った(文字通りヒネルんだ)電気は……点かなかった。何度かガチャガチャやってみた。
 廊下の明かりだけでは部屋の奥までは見通せない。
 その見通せない奥から、だれかが、じっと見つめているような気がする。
 これが理事長先生が言ってた、不思議だろうか……?
 三人で身を寄せあった。
 ――しかたないなあ。
 そんな感じで、二三度点滅して、明かりが点いた。
 しかし、点いたのは半分足らずで、部屋はセピア色に沈んで薄暗い。
 部屋の調度はピアノの場所だけが一覧表の通りで、他の椅子などはまったく違った置き方になっていた。
 さすがの技能員のおじさんも、この部屋ばかりは敬遠していた様子。
 椅子にかかった布を取りのけると、薄暗さの中でも分かるくらいのホコリがたつ。
「まずは、切れてる電球替えてもらって、大掃除……三日はかかりそうね」
 里沙が、だいたいの見通しをたてた。
「じゃ、もう帰ろうよ。なんだかゾクゾクしてきちゃったよ」
 夏鈴の声が震えている。
「風邪なんかひかないでよね。体調管理も役者の仕事だぞ」
 里沙が舞監らしく注意する。
「電球は生きてるのも含めて全部替えたほうがいいみたい。白熱電球なんか直ぐに切れちゃうよ」
「そうだね、全部で三十二個……やってくれるかなあ……ま、そんときゃ、そんとき」
「だよね」
「暖房は……スチーム。二十世紀通り越して、十九世紀だね。ヒーター四つは要るね」
 と、確認して帰ることにした。
 スイッチを切ろうとして、シャンデリアが二つあることに気がついた。
 どうしてかというと、その時になって、初めてシャンデリアの明かりが点いたから。
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まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・74『奥の院』 

2019-12-23 06:14:10 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・74   
『奥の院』  

 
 
 理事長先生は来客中なので、わたしたちは廊下で待っていた。

 通称奥の院。
 事務室、校長室、応接室と続いて左へポキッと廊下を曲がって奥の方。
 普通、生徒はこの廊下に立つこともなく卒業していく。
 待っているだけで緊張しまくり。

 やがて、廊下を曲がって、みごとな禿頭を神々しく光らせながら、とても九十歳とは思えない足どりで理事長先生がやってこられた。
「やあ、君たちか。待たせたね。さ、中に入り給え」
 マホガニーのドアを開けて、気安く招き入れてくださった。
 わたしってば、緊張と待ち時間が長かったせいで、部屋に入るとすぐにポケットから施設一覧を出した。
「あ……」
 声が出た。一覧といっしょに自衛隊のパンフ出して、落としてしまった!
 それを、理事長先生が拾ったのだった。
「ほう、君たち自衛隊の体験入隊をするのかい。なるほどね、こりゃ校長さんでも直ぐに返事をしかねるね。なんせ先生や保護者の人たちの中にはいろんなことを言う人がいるからね……そうか、君たちはここまで腰を据えて演劇部の再建に思いをいたしているんだね。こうまでして君たちは演劇部の神さまを待っているんだ……よろしい、わたしが許可をしよう。校長さんにはわたしから言っておく。校長さんや教頭さんが若ければ、一緒に行ってもらいたいとこだな。うん、しかしよく決心した。まずは誉めておくよ」
「エヘヘ……」
 夏鈴が頭を掻いたもので、引っ込みがつかなくなり、自衛隊の体験入隊が決まってしまった。
 世の中、どこで、なにが、どう転ぶか分からないもんだ。
「あのう、もう一つお願いがあるんですが……」
 里沙が、仕方なく続けた。

「構わんよ、どうぞ好きなように使いなさい」

 本編の方もあっさり許可が出た。
「ただ……あそこは、時々不思議なことがおこる。まあ、人体に悪影響を及ぼすようなことじゃないがね。一応言うだけは言っとくよ」
 それから理事長先生は、談話室の不思議なことについてレクチャーしてくださった。
 その間、お客さんが持ってこられたというケ-キまでご馳走になった。
 お茶とケーキを運んできた事務のオネエサンにも自衛隊の体験入隊を話しちゃうもんだからもう、わたしたちは腹をくくるしかなかった。
「あ、このケーキ下さったのは貴崎先生だよ。いや、女優貴崎マリとお呼びすべきか……」
 理事長先生は、わざわざ先生の名刺まで見せてくださった。そこには、こう書いてあった。
――(貴崎マリ NOZOMIプロ)そして、左半分にとびきり笑顔のドアップ。
 里沙と夏鈴は、ショックな様子だった。マリ先生のことは、まだ二人には言ってなかったのだ。
「鮮やかな転進。並はずれたジャンプ力が心にないとできることじゃない。だから、あえて君たちに見せたんだ……今は、ただ驚いていればいい。いつか貴崎先生の気持ちが、君たちの心の糧になると、わたしは信じている」

 東の窓には気の早いお月様が、良いのか悪いのか分からないわたしたちの運を予言するかのように昇っているのが見えた。フェリペで見たときと違って満月だ。
 覚えてる、夏鈴?
 狼男は満月の夜に……わたしたちも、ひょっとして変身するかもしれないわね。
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ライトノベル・乃木坂学院高校演劇部物語・73『施設一覧の図面を広げた』

2019-12-22 06:01:38 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・73   
『施設一覧の図面を広げた』  


 
 
 思いあまって、柚木先生に相談に行った。

「……わたしも、ペーペーだからね。普通教室じゃ、だめなのよね」
「ええ、机と椅子を全部出しても、舞台の半分もありませんから」


 里沙が、図面を出して説明した。手書きだけどセンチの単位まで書き込まれていて、さすがに里沙。
 事実上の部長であるわたしも負けているわけにはいかない。なじみの技能員のおじさんにコピーしてもらった学校の施設一覧をカバンから出そうとしてぶちまけてしまった。
「アチャー……」
 わたしのオッサンみたいな声に、夏鈴が手伝ってくれた。
「なにこれ……」
 夏鈴が袋からはみ出た胡蝶蘭の折り紙と自衛隊の体験入学のパンフを見つけた。
 わたしは手近に滑ってきたパンフの方をポケットにつっこんだが、胡蝶蘭は間に合わなかった。
「なんだか、ヘタッピーな折り方だね」
「どれどれ……これ折ったのは……男の人。とにらんだ」
 柚木先生まで覗き込んできた。
「こ、これは兄貴が折ったんです。お誕生祝いに。兄貴にはいろいろ貸しがあるから。アハハ、こんなもので誤魔化されちゃった」
 みんなの視線が集まる。
「そんなことより、稽古場、稽古場」
 わたしは、机の上に、施設一覧の図面を広げた。
「さすが、井上さん(技能員のおじさん)部屋毎の机の配置まで書いてある」
 先生が感心した。
「あ、ここ良いんじゃないかなあ!?」
 里沙が一点を指差した。そこには同窓会館談話室と書かれていて、ピアノと若干の椅子が書かれているだけ。広さも間尺もリハーサル室に近い。
「「「「ここだ!」」」」
 四人の師弟は声をあげた。

「……はあ、そうですか。いや、ありがとうございました。いいえ、交渉相手が分かっただけでも参考になりました」
「おじさん、なんて言ってました?」
「同窓会館の管理は。同窓会長の権限だって」
 柚木先生は、さっそく技能員のおじさんに内線電話をしてくれたのだ。
「同窓会長って……?」
「たしか、都議会議員のえらいさん……」
 先生は、パソコンを開いて確認してくれた。三人も仲良くモニターを見つめる。
「去年の春に亡くなってる……てことは……」
 先生は、同窓会の会則を調べ始めた。
「次年度の総会において、会長が選出されるまでは、理事長がこれを代行するものとする……」
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ライトノベル・乃木坂学院高校演劇部物語・72『いい台本はあるんだけど問題は稽古場』

2019-12-21 06:25:47 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・72   
『いい台本はあるんだけど問題は稽古場』 


 
「へえ……こんな芝居があるんだ!」
「道具なんにも無し。照明も転がし(舞台に直に置くライト)一つだけ」
「ハハ……笑っちゃうね!」
 
 最初の、ト書きを読んだ夏鈴と里沙の反応。
 
 わたしたちはマッカッサーの机の端っこに座って、プリントアウトしたばかりの本を読んでいた。
 本が一冊だけってこともあるけど、わたしたちは机の端っこでやるという習慣から抜けきれずにいる。ペーペーのころのまんまと言うか、マッカッサーの机に位負けしてると言うか……で、とにかく驚いたり笑ったりしながら読み終えた。
「すごいね、効果音、役者が自分の口で言うんだね。戸を開けてガラガラガラ。夜が明けたらコケコッコー!」
 夏鈴が、さっそく演ってみる。
「この、三太っての、一人で四役も早変わりするんだ。大変だね……」
 と、言いながら、もう三太という役にハマリ始めている。
 わたしは、主役の都婆ちゃんに興味があった。憎まれ口をききながら、孤独……でも、台詞は元気で小気味いい。
 夕べパソコンのモニターで読んだときに、うちのおじいちゃんやおばあちゃん。薮先生やら理事長先生やら、TAKEYONAのマスターやら、知ってる年寄りの顔がポワポワ浮かんできた。

 あらすじ言っとくわね。
 
 埼京線の、とある駅の周囲が再開発されることになって、地上げ屋の三太が腕によりを掛けて土地を買いまくる。あらかた片づいた後に残ったのが都婆ちゃんのタバコ屋の十五坪。
 三太はあの手この手で脅したりすかしたり。そこに、土地を売ったお金目当てに、日ごろ寄り付きもしない二人の息子と一人の娘が猫なで声ですり寄ってくるわけ。で、三太と三人の兄妹四人分を一人の役者が早変わり。
 都婆ちゃんは、子どもたちを適当に相手して、最後は手厳しく、全部はねつけるんだ。
 婆ちゃんの唯一のお友だちが、なんと幽霊さん!
 この幽霊さん、ノブちゃんていって、生前は女学校時代の親友。昭和二十年三月の大空襲で死んじゃった。
 で、これが笑っちゃう。一度は避難するんだけど食べかけのお饅頭思い出して戻っちゃう。そこで、お饅頭の焼ける良い匂いを嗅いでいるうちに間に合わなかったってドジな子だってとこ。
 でも、それって、勤労動員で自分の分まで残業やってくれた都ちゃんに食べさせたかったからって、ホロっとさせるとこもあるんだ。
 でも、ドジはドジ。閻魔さんに、親友に十万回のお念仏唱えてもらわなければ成仏できないって言われるの。
 で、三太との駆け引きがあった晩が九万九千九百九十八・五ってわけ。
 なんで八・五なんて半端になるかって言うと、三太に邪魔されたから。
 明くる日は無事にお念仏唱えて、無事に、あと0・五回!
 ところが、その明くる日には、なんとノブちゃんに幽霊の恋人ができちゃった!
 で、ノブちゃんは、恋人と愛を育むため、嬉しそうに成仏することを止めちゃう。だって成仏したら、恋人と別れ別れなんだもんね。そんな、友だちのノブちゃんの恋を喜んであげる都婆ちゃん……泣けちゃう。
 ところが、ところが、地上げ屋の三太と体を張った最後の勝負!
 都婆ちゃんは、こう見えても柔道やら空手の有段者。あっさり三太は負けちゃって、最後は自分が持ってきたピストルを取り上げられ、銃口を頭に突きつけられちゃう。
「さあ、最後に、末期のお念仏でも唱えるんだね」
「おいら、お念仏なんて知らねえよ」
 で、都婆ちゃん、お念仏の見本を唱えるわけ。
 ウフフ、分かった?
 そう、それでノブちゃんは不本意にも成仏しちゃうわけ。
「ミヤちゃん、怨めしや……」
 で、都婆ちゃんはひとりぼっちに……という、おかしくも悲しい物語。

 これだけ長いあらすじ言ったってことは、それだけ、わたしたちが、この本に惚れ込んだってことなのよね。
 ちなみに作者は大橋むつお……どこかで聞いたような名前だ。

「ねえ、一つ問題」

 里沙が手を上げた。大勢部員がいたころのクセなんだけど、なんか虚しい。マッカーサーの机が苦笑したような気がした。
「なによ、もうキャストは決まったようなもんじゃない」
「それはいいんだけどね。稽古場よ、稽古場」
「「あ……」」
 夏鈴とわたしが同時に声をあげた。
「でしょ。この部室だって年度末までに部員一人増やさなきゃ出てかなきゃなんないのよ。今までの稽古場使えると思う?」
 わが乃木坂学院高校には立派なリハーサル室がある。年代物だけど、舞台と同じ間尺は使いでがよかった。
 ついこないだまでは演劇部が独占していたけど、演劇部がこんなになっちゃったので、今はダンス部が使っている。ダンス部は、去年の秋にも都大会で三位に入る健闘ぶりで、演劇部からも一年生が三人ばかり鞍替えしていった。
 いまの演劇部じゃ、入り込む余地がない……。
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乃木坂学院高校演劇部物語・71『二人だけの誕生会』

2019-12-20 05:40:39 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・71   
『二人だけの誕生会』 

 

 

 マリ先生のビックリには慣れっこになっていたけど、今回ほどタマゲタことはない。

「わたし、先生辞めたから」
 ゲソの塩焼きを摘まんで、テレビゲーム一つ投げ出したくらいの気楽さで言った。

 TAKEYONAで、忠クンが精一杯の二人だけの誕生会をひらいてくれた。
 そして、観葉植物を隔てたカウンター席で高橋さんと先生がいっしょに居たのを発見シテシマッタ!
 で……思わず声をかけてしまった。
 噂では、二乃丸高校で厳しいクラブ指導をしていると聞いていた。嬉しさ半分、寂しさ半分というところだった。
 それが、先生自体を辞めてしまうという爆弾発言……それもゲソの塩焼き摘まみながら。
 高橋さんが、そのあとを続けた。
 バリトンのいい声だったので、ショックがくるのに少し時間がかかった。しかし飲みかけのジンフィーズにむせかえるには十分すぎるほどのショックだった。

「マリ先生ね、来月から、ボクの商売敵になるんだって……コンクールで審査したよしみで思いとどまらせてくれないかな」
「だめよ、たとえお日さまが西から昇っても、わたしの決心は変わらないんだから」
 先生は、ハイボールの氷を小気味よくかみ砕いた。
「先生……」
 あとは言葉にならなかった。
「先生……」
 忠クンは、わたしとは違うニュアンスでそう言った。糸の切れた凧が、同じ方向に飛んでいくジェット機を見て、お仲間と思ってしまったみたい。
 その後は、凧とジェット機が意気投合。ハイボ-ルとジンフィーズの乾杯は三度もくり返された。
 しかし、反戦芝居を作演出したマリ先生と、自衛隊に入りたいという忠クンが、どうしてこうなるかなあ……と、さすがは新進気鋭の俳優。高橋さんがこう言った。
「これが、日本人の原風景なんだろうなあ……」
 わたしには、むつかしい感想でした。


 はるかちゃんはモニターの中で、ポテチの袋を抱えながら大笑いした。
「そんなに笑わないでよね。こっちはタマゲテ、ため息つくしかなかったんだからね」
「ごめんごめん。インスピレーションで突然決めちゃうのは、まどかちゃんの専売特許だと思っていたんだけどね。居るのよねえ、こういう人……」
「もう、分かんないよ。マリ先生も忠クンも」
「でも、貴崎先生とは、しばらく会ってなかったんでしょ?」
「うん……火事で病院に運ばれて以来かな。家には一回来たみたい。わたしがインフルエンザでひっくりかえっているときに」
「そういうとこは筋通す人っぽいもんね……貴崎先生って」
「でも、わたしにはナイショだったんだよ。気持ちと状況の整理がついたら、わたしにも話すって。で、それっきり。お父さんもお母さんも、ジジババも言わないんだもんね。柳井のオイチャンに教えてもらったの。知らないふりしてること条件で」
「でもさ、きっと、その間にいろいろあったんだよ……わたしも、そうだったから分かるなあ」
「テレビに出たこと?」
「それは現在進行形だけどさ……大阪にきてからの半年がさ……わたし、秀美さんのこと許せるなんて、これっぱかしも思ってなかったもん」
「ああ、東京のお母さんだもんね。でもさ……」
「……うん?」
「はるかちゃん、ポテチおいしそうに食べるわね(……)のとこ、全部ポテチ食べてる間なんだもんね」
「こんど、わたしポテチのコマーシャルに出るの。なんだかズルズルって感じだけど。ロケは東京、それで引き受けちゃった。自費じゃしょっちゅう行くってわけにもいかないし。日程とか分かったら教えるわね……わたしの知らないところで話しが進んでくみたいだけど、プロディユーサーの白羽さんはいい人だし、マッイイカぐらいのノリでね。立ち止まっても何も進まないしね」
「たいへんだね、はるかちゃんも激変で……ところで例のお願いは?」
「あ、ごめん、ごめん。そっちのビッグニュースで忘れるとこだった。これが今夜のHARUKA放送局の大ニュース。ジャジャーン!」

 はるかちゃんが、USBメモリーを見せた。

「この中に、作品入ってるからね。今から送りまーす。題して『I WANT YOU!』とにかく……ま、読んでみて!」
 覚えてる? 元日のビデオチャットで、はるかちゃんにお願いしたこと。
 女子三人、照明や道具に凝らない芝居。はるかちゃんが演った『すみれの花さくころ』を紹介してくれたんだけど、わたしたちタヨリナ三人組。少しは力も付いてきて。もうタヨリナなんて呼ばせない!
 でも。歌がね……六曲も入ってるんで、涙を呑んで却下。
 で、わたしたちにできる、そんな都合のいい芝居を頼んじゃった。はるかちゃんとこのコーチの先生が、言ってくれたそう。
「そんな演劇部にこそ、救済の手をさしのべならあかん!」
 そんな……って言葉に少しひっかかたけど、よろしく頼んじゃった。
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乃木坂学院高校演劇部物語・70『誕生日おめでとう』

2019-12-19 05:58:30 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・70   
『誕生日おめでとう』 


 
 
 それからの潤香先輩は、少しずつ回復の兆し。

 病室は胡蝶蘭の造花と貴崎イエローの洗い観音さまを洗ったハンカチでいっぱいになった。


 その日の夕方、忠クンからメールが来た。
――誕生日おめでとう。誕生日のお祝いをしたいので、よかったら返事ください。

 で、わたしたちは定期で行けるTAKEYONAの一番奥の席に収まっております。
 テーブルの上には、とりあえず「海の幸ホワイトソ-スのパスタ」が載って、ジンジャエールで乾杯したところに、サラダとチーズのセットがやってきた。
「やっと同い年だな」
「うん。四捨五入したら二十歳だぞ!」
 自分で言ってドッキリした。二十歳って重くて嬉しい年齢……実際にはもう少しかかるけど、あっという間なんだろうなあ……忠クンの顔が眩しく見えた。
 十六歳というのもなかなかの歳だ。ゲンチャの免許もとれるし、その気になれば、ウフフ……結婚だってできちゃうぞ。目の前の糸の切れた凧は、まだ二年しなきゃ……ジンジャエールってノンアルコールだったわよね?
「これ、ささやかな誕生日のお祝い」
「え、こんなにご馳走になってんのに」
「大したもんじゃないから」
 ……大した物じゃなかったけど、心のこもったものだった。折り紙の胡蝶蘭。
「今日の誕生花なんだよな。本物は高くて手が出ないけど。オレ必死で折ったから」
「ううん……本物より、こっちがずっといい。だって、これだったら枯れることないもん」
「そか……そう言われると嬉しいな。なんだか、まどか十六になったとたん口が上手くなったな」
「心から、そう思ってるんだよ」
 クチバシッテしまった。目が潤んできた……いけません。フライングはしません!
 封筒に、まだなにか入っている……これは!?

 リングでもラブレターでもありません。念のため。

 それは自衛隊体験入隊のパンフレットだった。

「忠クン……これは?」
「高等少年工科学校は反対されてあきらめた。で、一回体験入隊だけでもって思って……あ、誘ってるわけじゃないんだぜ。一応知っておいてもらいたかったから」
「そうなんだ……」

 そのとき、観葉植物を挟んだカウンター席から、聞き覚えのある声がしてきた。
「え、マリちゃん、本気かよ……」
 この品のいいバリトンは、忘れもしないわ。

 コンクールで乃木坂を落とした高橋誠司……!
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乃木坂学院高校演劇部物語・69『胡蝶蘭と黄色いハンカチ』

2019-12-18 06:12:58 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・69   

 



『胡蝶蘭と黄色いハンカチ』


「遅いなあ……もう三十秒も遅れてる」

 里沙がぼやいた。
「仕方ないよ、お誕生日祝いかさばるんだもん」
 夏鈴を弁護した。
 潤香先輩の誕生日は日曜だったので、わたしたちは病院のロビーで待ち合わせしている。
「あ、君たち乃木校の……」
 潤香先輩のお父さんとお母さんが並んでエレベーターから出てきた。今まで看病されていたんだろう。
「よく来てくれてるのね。紀香が言ってた。本当にありがとう」
「いいえ、潤香先輩はわたしたちの希望の星なんです。それで、わたしたちの方こそ、先輩に力をもらっているんです」
 里沙とは思えない上手な挨拶。里沙ってアドリブのきかない子だから、本心。わたしみたいなのがペラペラ喋るよりはよっぽどいい。
「今日は先輩のお誕生日なんですよね。おめでとうございます」
 少し後悔した。今年の誕生日はそんなにめでたくもないことなのに。やっぱ、わたしは口先女だ。
「覚えていてくれたのね、ありがとう!」
「いま、親子四人で、ささやかにお祝いしたとこなんだよ!」
 ご両親で喜んでくださって、一安心。
「さ、どうぞ上がってやってちょうだい。紀香も一人だから喜ぶわ」
「もう一人来ますんで、揃ってから伺います」
「そう、じゃ、わたしたち、これで失礼するけど。ゆっくりしてってちょうだいね」

 夏鈴が入れ違いにやってきて、やっと潤夏先輩の病室へ。

「えー! こんなのもらっていいの。高かったでしょう!」
 一抱えもある胡蝶蘭……の造花に、お姉さんは驚きの声をあげた。
「いいえ、造花ですし、お父さんの仕事関係だから安くしてもらったんです」
 夏鈴が正直に答える。
「知ってるわ。ネットで検索したことがある。考えたわね、病人のお見舞いに鉢植えは禁物なんだけど、造花ならいけるもんね。おまけに抗菌作用まであるんだもんね。だれが考えたの?」
「はい、わたしです!」
「まあ、夏鈴ちゃんが」
「それに、潤香先輩が良くなったら、これを小道具にしてお芝居できたら……いいなって」
「ありがとう、里沙ちゃんも」
 おいしいとこを、二人にもっていかれて、わたしは言葉が出ない。自然に潤香先輩に目がいく。
「先輩の髪の毛、また伸びましたね」
「そう、宝塚の男役ぐらい。もう、クソボウズなんて言えなくなっちゃった」
「先輩って、どんな髪にしても似合うんですね。わたしなんか、頭のカタチ悪いから伸ばしてなきゃ、みっともなくって」
 里沙と夏鈴が同時にうなずく。あんたたちねえ……!
「ハハ、そんなことないわよ。あなたたちの年頃って、欠点ばかり目につくものよ。どうってないことでも、そう思えちゃう。わたしも、そうだった……潤香もね」
「色の白いの気にしてたんですよね……こんなに美白美人なのに」
「なんだか……眠れるジャンヌダルクですね!」
 わたしってば、ナーバスになっちゃって、自分がいま思いついてクチバシッタ言葉にウルっときちゃった。
「ジャンヌダルク……なんだか、おいしそうなスゥイーツみたい」
「人の名前だわよ。グリム童話に出てくるでしょうが!」
 二人がうしろで漫才を始めた……と、そのとき、潤香先輩の左手の小指がピクリと動いた!
「……いま、指が動きましたよ!」
「うそ……潤香…………潤香あ!」

 そのあと、お医者さんがきて脳波検査をやった。微かだけど反応があった。
「実はね、昨日貴崎先生がいらっしゃったの……」
 脳波計を見つめながら、紀香さんが口を開いた。
「誕生日だと、両親も来るし、あなたたちも来るかも知れないって……前日にね」
「先生……どんな様子でした?」
「先生は……普通よ、元気で明るくって……そうだ!?」
 紀香さんは、ベッドの脇のテーブルの引き出しから一枚の黄色いハンカチを取り出した。それは、紛れもなく、神々しいまでの貴崎イエロー!
「そう、貴崎先生がね。お祖母様のためにね、巣鴨のとげ抜き地蔵に行って洗い観音さまを洗ったハンカチ。お祖母様は腰だけど、潤香のことを思い出されてね、潤香のためにね、このハンカチで観音さまの頭を洗ってくださって……ほんの、おまじないですって置いていかれたの。で、あなたたちが来る直前に潤香、汗かいてたから、これでオデコ拭いて……でも、あなたたちも胡蝶蘭の造花持ってきてくれたわよね!」
「これは、今日の誕生花が胡蝶蘭だったから……」
「そんなに誇張して考えなくても」
 また、うしろで絶好調な漫才が始まった。
 そこに、知らせを聞いたお父さんとお母さんが戻ってこられて、病室は嬉しい大混乱になりました。
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乃木坂学院高校演劇部物語・68『部活の帰り道 乃木坂にて』

2019-12-17 06:22:28 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・68   





『部活の帰り道 乃木坂にて』


 話しは前後しちゃうんだけど、『風と共に去りぬ』を観た部活の帰り道、乃木坂に立ったわたしは夕陽を浴びてスカーレットオハラみたいに背筋を伸ばして歩いていた。
 ヴィヴィアンリーがパン屋さんのウィンドウに映って……どう見てもジュディーガーランドの(それもガキンチョのころの)セーラー服。
 どうも、この鼻がね……と、凹みながら思い出した。

 もうい~くつ寝ると、お正月……は、とうに過ぎちゃったけど、わたしの誕生日!
 そいでもって、わたしの記憶に間違いがなければ……。
「ねえ、潤香先輩の誕生日って?」
 さっさと前を歩いている里沙に声をかけた。
「今月の十七日」
「やっぱし……」
「そうよ、まどかの誕生日と重なってんの」
 そのとき、坂の下の方から夏鈴が、携帯を握って走ってきた。
「ねえ、話しついたわよ!」
「夏鈴て、普通に歩くとトロイのに、携帯で話しながらだと速いんだね」
 里沙が冷やかした。夏鈴はおかまいなしに喋り続けた。
「半額でいいって、お父さんが話しつけてくれてさ。そんかわり、あさって、自分でとりに行かなきゃなんないんだけどね、部活終わってからにするね。お誕生日も大事だけど部活もね。なんたって三人ぽっきりなんだからさ」
「あ……なんだか、気を遣わせちゃって。ハハ、もうしわけないね」
「「なにが……?」」
 二人がそろって、言った。
「え……わたしのお誕生祝いのことじゃ……アハハ、ないんだよね」
「あたりまえでしょ、わたしも夏鈴も去年だったけど、なんにもしてもらってないわよ」
「だって、そんときゃ、まだ知らなかったんだからさ」
「そんなこと言う?」
「入部の自己紹介で言ったわよ」
「え、ええ……そうだっけ」
「ちゃんと記録してあるわよ。わたしってアドリブきかないからさ」
「夏鈴は覚えてないわよね?」
「そんなことないわよ。わたしって継続的な努力は苦手だけど、最初だけはきちんとしてんだから」
 この自慢だか自虐だか分からない夏鈴。こやつにさえ対抗できないまどかでありました。


 はるかちゃんは他にもいろいろ教えてくれた。

 基本的に、ウソつきになるテクニック……といっても、ドロボウさんの始まりではない。
 役者の基本。
 マリ先生は、型とイマジネーションを大事にしていた。だから、知らず知らずのうちに、貴崎流というか、乃木坂節というのが身に付いていく。
 良く言えば、それが乃木高の魅力だった。悪く言えばクセ。むろん悪く言う人なんてめったにいない。コンクールのときの高橋さんという審査員ぐらいのものだった。
 もっと後になって分かったことなんだけど、大学の演劇科にいった先輩たちは、そのクセから抜け出すのに苦労したみたい。
 いずれにせよ、その型を教えてくれる先生がいないのだから、自分たちでメソードを持たざるを得ない。
 で、その最初がウソつきになるテクニック。
 だれにウソをつくかというと、自分に対して。
 まあ百聞は一見にしかず。ということで、はるかちゃんが演ってくれたことを録画して再生。

 はるかちゃんが、針に糸を通しハンカチを縫った……ように見えた。
 でも不思議、アップにしてみると針も糸もない。マジック見てるみたい。
「簡単なことよ。両手の人差し指と親指をくっつけるの。で、じっとそこを見つめて、左手が針、右手が糸と思うわけ……するとこうなっちゃう」
 三人でやってみる……ナルホド、ナルホドと納得。
 こういうのを無対象演技というらしい。

 日を追う事にむつかしく、でも面白くなってくる。
 卵を割ったり、コーヒーを飲んでみたり。
 何日か目には、五人で集団縄跳びをやって見せてくれた。むろん縄は無対象。
 わたしたちは三人しかいないので、隣の文芸部を誘ってグラウンドで六人でやってみた。
 なんという不思議。簡単にできちゃった。
 みんな見えない縄を見ている。体でリズムをとって、回る縄に入るタイミングを計っている。
 縄が足にひっかかると「アチャー」 ぎりぎりセーフだと「オオー」ということになる。
 野球部やテニス部が、感心して見ているのが嬉しかったのよね。
 チャットでそれを言うと、はるかちゃんは我がことのように喜んでくれて、こう言った。
「それが演劇の基本なのよ。縄跳びが戯曲、演ったなゆたちゃんたちが役者、で、感心して見ていた野球部とテニス部が観客。この、戯曲、役者、観客のことを演劇の三要素っていうのよ」
「これ、やっぱり白羽さんのNOZOMIプロで習ったの?」
「ううん、クラブのコーチに教わったの」
「いいなあ」
 で、詳しくは、はるかちゃんの『はるか ワケあり転校生の7ヵ月』を読んでくださいってことでした。
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乃木坂学院高校演劇部物語・67『三学期最初のクラブ』

2019-12-16 06:08:17 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・67   
『三学期最初のクラブ』 

 
 
 
「なんか、赤ちゃんのお手々みたいだね」

 これ、三学期最初のクラブでの二番目の言葉。

「おっす、アケオメ」
 これが一番目。で二番目は、わたしが手のひらに乗っけてたそれを見た里沙の感想。
「ヒトデのミイラ」
 これは夏鈴の感想。例外的に里沙の方がデリカシーがあった。

 で、その赤ちゃんのお手々のような、ヒトデのミイラみたいなものの正体は。
 マルチヘッドフォンタップと申します。
 何に使うかというと、テレビやオーディオに繋いで、最大五人まで同時にヘッドフォンが使えるという優れもの。

 で、なんで、新学期早々の部活でこれが必要だったかと言うと、以下の通りなんです。

「じゃあ、テレビとデッキ運ぶよ」
「「「おー!」」」
 と、元気はよかった……しかし現物を目にするとため息。別にイケメンを発見したわけではないんだ。
「どれでも好きなの持っていきな」
 技能員のおじさんは、フレンドリーに言ってくれた。
「どうせなら、おっきいのがいいよね」
「十四型なら、持てるけど……」
 わたしたちは、テレビの品定めをしていた。
 地デジ化した後、学校中のアナログテレビが使えなくなり、倉庫に集められれていた。
 いずれ廃棄になるんだけども、デッキに繋げばDVDのモニターとして使えるので、技能員のおじさんが倉庫にとっておいた。それをいただきにきたってわけ。
「やっぱ、この二十八型だよね」
 夏鈴が、お気楽に指差した。
 でも、重さは、お気楽ではなかった。三人がかりでやっと台車に載せてゴロゴロと押していった。
「はあ……」
 三人そろってため息をついた。わたしたちの部室は、クラブハウスの二階にある。階段の幅も狭く、上と下に一人ずつ付くしかない。
「「「無理……!」」」
 これも三人そろった。
「テレビ運ぶのか?」
 その声に振り返ると、山埼先輩が立っていた。先輩とはジャンケン勝負以来だ。

「ここでいいか?」
 山埼先輩は、なんと一人でテレビを持ち上げ、マッカーサーの机まで運んでくれた。
「……観ることから始める。いいんじゃないか。マリ先生がいないんじゃ、今までみたいな芝居はできないもんな」
「機材もないし、人もいませんから」
 取りようによっては嫌みな里沙のグチを、先輩はサラリと受け流した。
「まあ、事の始まりってのは、こんなもんさ。ま、力仕事で間に合うことがあったら言ってくれよ。オレとか宮里は慣れてっから」
「先輩たちは、どうしてるんですか」
 ペットボトルのお茶を注ぎながら聞いた。
「二年のあらかたは、G劇団に流れた。あそこ、うちの卒業生が多いから、違和感ないし。でも、ここに居てこそデカイ面できたけど、大人の中に入っちゃうとペーペー。勝呂だって、その他大勢だもんな」
「ま、事の始まりってのは、そんなもんですよ」
「ハハハ、そうだな。おまえらもがんばれや」
 そう言って、お茶を一気のみして爽やかに行ってしまった。

 DVDプレイヤーは、パソコンの方が便利だろうと、柚木先生がお古を無償貸与してくださった。
 一応柚木先生が正顧問。でも、自分は演劇には素人だからと、部活の内容には口出しされない。先輩たちとも先生とも良い距離の取り方。
 明朗闊達、自主独立。久方ぶりに生徒手帳の最初に書いてある建学の精神を思い出した……正確には、里沙が呟いたのに、わたしと夏鈴がうなづいたってことなんだけどね。

 それから、わたしたちは観まくった。

 古い順に、『風と共に去りぬ』『野のユリ』『冒険者たち』『スティング』『ロンゲストヤード』『ロッキー』『フットルース』『ショーシャンク』『クリムゾンタイト』『ラブアクチュアリー』『プラダを着た悪魔』『最高の人生の見つけ方』『インヴィキタス』『パイレーツロック』『英国王のスピーチ』『人生ここにあり』
 いずれも、不屈であり、我が道を行き、不利な状況を打ち破るお話ばかりで、広い意味で、お芝居って、人を元気にさせるものなんだと感じた。
 とても全部について感想言ってる余裕はないけど、『人生ここにあり』は笑って、大笑いして、大爆笑! なんだか「馬から落ちて落馬して」みたいな言い方だけど、その通り。イタリア映画で言葉なんか分からない。字幕みてる余裕もないんだけど、とにかくダイレクトで伝わってきた。ストーリーは、まだ観てない人のために言えないけど。

――クラブを続けてよかったんだ。きっといいものが創れるんだ!

 そう確信できたことは確か。

 ちなみに、これらの映画は、はるかちゃん経由で、大阪のタキさん(チョンマゲのオーナーシェフの『押しつけ映画評』を門土社で連載やってるおじさん)のお勧め。
 で、DVDの大半は、はるかちゃんのお父さんからの借り物。
 非常に経済的なクラブ運営に、里沙でさえほくそ笑んだ。だって使い残した部費を年度末にはパーっと使えるでしょ。
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