「恋人……?」
「そんなんじゃないよ……でも、その子はね、死ぬときに――お母さん――と言って……でも、そう言いながら、僕のことも思ってくれたんだ。僕も同じころに死んだから。その思いは伝わったよ。生きてたころは……なにを言わせるんだよ、幽霊に!」
「ごめんなさい、立ち入ったこと聞いて」
「その子は、将門様のところへ行った。ほら、千代田区のビルの間にあるだろ」
「ああ、将門の首塚。小学校のとき社会見学で、ことのついでに寄ったわ」
「ハハ、将門様が、ことのついでか」
「ごめんなさい」
「いいよ、世の中が平和な証拠だ。将門様はね、そういう霊たちを集めて面倒を見てくださるんだ」
「その子は、まだ将門さんのところに?」
「ううん、十二年ほど前にね、僕とまどか君みたいに相性のいい女の子と出会ってね、その子がとっても心根のいい子だから、やっと元の姿を取り戻して……去年の暮れにやっと往ったよ」
「いく……?」
「あの世って言ったら分かるかな。往復の往と書く……で、往く前に挨拶に来てくれたんだ。六十何年かぶりの再会だった……」
ひとしきり、桜の花びらが風に舞った。
乃木坂さんがため息をついた……すると、乃木坂さんの後ろに、セーラー服にお下げの女の子の姿が浮かんだ。モンペに防災ずきんみたいなのぶらさげて、胸に大きな名札みたいなの縫いつけて、穏やかに乃木坂さんを見下ろしていた。わたしの視線に気がついて、乃木坂さんが振り返った。
「あ…………」
乃木坂さんが棒立ちになった。女の子が寄り添って、潤んで、熱い眼差しになった!
「抱きしめてあげなさいよ。抱きしめて! 乃木坂さん! わたしに遠慮することなんかいらないんだからさ! こんな時にフライングしなきゃ男じゃないわよ!」
乃木坂さんは切なそうに見つめるだけ……その子は、その間、しだいに影が薄くなっていく……あ、と思った。その子は急に桜の花びらの固まりになって、次の瞬間、花吹雪になり、粉みじんになって飛んでいってしまい、その花びらさえも雪が溶けるように消えていってしまった。
「そんなんじゃないよ……でも、その子はね、死ぬときに――お母さん――と言って……でも、そう言いながら、僕のことも思ってくれたんだ。僕も同じころに死んだから。その思いは伝わったよ。生きてたころは……なにを言わせるんだよ、幽霊に!」
「ごめんなさい、立ち入ったこと聞いて」
「その子は、将門様のところへ行った。ほら、千代田区のビルの間にあるだろ」
「ああ、将門の首塚。小学校のとき社会見学で、ことのついでに寄ったわ」
「ハハ、将門様が、ことのついでか」
「ごめんなさい」
「いいよ、世の中が平和な証拠だ。将門様はね、そういう霊たちを集めて面倒を見てくださるんだ」
「その子は、まだ将門さんのところに?」
「ううん、十二年ほど前にね、僕とまどか君みたいに相性のいい女の子と出会ってね、その子がとっても心根のいい子だから、やっと元の姿を取り戻して……去年の暮れにやっと往ったよ」
「いく……?」
「あの世って言ったら分かるかな。往復の往と書く……で、往く前に挨拶に来てくれたんだ。六十何年かぶりの再会だった……」
ひとしきり、桜の花びらが風に舞った。
乃木坂さんがため息をついた……すると、乃木坂さんの後ろに、セーラー服にお下げの女の子の姿が浮かんだ。モンペに防災ずきんみたいなのぶらさげて、胸に大きな名札みたいなの縫いつけて、穏やかに乃木坂さんを見下ろしていた。わたしの視線に気がついて、乃木坂さんが振り返った。
「あ…………」
乃木坂さんが棒立ちになった。女の子が寄り添って、潤んで、熱い眼差しになった!
「抱きしめてあげなさいよ。抱きしめて! 乃木坂さん! わたしに遠慮することなんかいらないんだからさ! こんな時にフライングしなきゃ男じゃないわよ!」
乃木坂さんは切なそうに見つめるだけ……その子は、その間、しだいに影が薄くなっていく……あ、と思った。その子は急に桜の花びらの固まりになって、次の瞬間、花吹雪になり、粉みじんになって飛んでいってしまい、その花びらさえも雪が溶けるように消えていってしまった。
でも、確かに人だった。温もりと、乃木坂さんへの愛おしさに溢れていた。
「せめて、せめて……名前ぐらい呼んであげればよかったのに!」
「あれは……あれは、桜が作った幻だよ。幻に……」
「想いがあってのことじゃないの……!」
わたしの平手打ちは、虚しく空を切り、勢い余って、わたしは転んでしまった。
「意気地なし……あんなの、あんなのって無いよ……」
泣いているわたしを、乃木坂さんが抱き起こしてくれた。
「わたしのことは触(さわ)れんの……?」
「焼き芋だって受け止められるただろ」
「わたしって、焼き芋並なの!?」
「その気にならなきゃ、なにも触れないけどね」
「あれは……あれは、桜が作った幻だよ。幻に……」
「想いがあってのことじゃないの……!」
わたしの平手打ちは、虚しく空を切り、勢い余って、わたしは転んでしまった。
「意気地なし……あんなの、あんなのって無いよ……」
泣いているわたしを、乃木坂さんが抱き起こしてくれた。
「わたしのことは触(さわ)れんの……?」
「焼き芋だって受け止められるただろ」
「わたしって、焼き芋並なの!?」
「その気にならなきゃ、なにも触れないけどね」
椅子の背もたれを掴んだその手は、背もたれを突き抜けてしまった。まるでCGのバグだ。
「ほらね……でも、平手打ちしてくれてありがとう」
「ご、ごめんなさい。つ、ついね……」
「ううん、ああいう人間的な思いが僕たちの救いなんだよ。お礼を言うのは僕の方さ。あの……あの、もう少し、君達の側に居てもいいかなあ。今日こうやって君を呼んだのは、そのためなんだ。君の前で姿を隠しておくのが、だんだん難しくなってきて。でも、なんの前触れもなく現れたらびっくりするだろう」
「うん、心臓止まる」
「だよね」
「でも。里沙とか夏鈴とかには秘密にしとくから」
「じゃ、いいのかい!?」
「うん、三人じゃ寂しかったから。そうだ、見ていて気になることとか言ってくれる。演出とかいないから」
「任しとけ、これでも生きてる頃は演劇部……しまった」
「卒業者名簿見て、正体あばいちゃおうかな」
「そりゃ無理だよ。卒業前に死んじゃったから。それに学籍簿も空襲で焼けちゃってるしね」
「残念……あ!」
わたしの中で、なにかが閃いた。
「ご、ごめんなさい。つ、ついね……」
「ううん、ああいう人間的な思いが僕たちの救いなんだよ。お礼を言うのは僕の方さ。あの……あの、もう少し、君達の側に居てもいいかなあ。今日こうやって君を呼んだのは、そのためなんだ。君の前で姿を隠しておくのが、だんだん難しくなってきて。でも、なんの前触れもなく現れたらびっくりするだろう」
「うん、心臓止まる」
「だよね」
「でも。里沙とか夏鈴とかには秘密にしとくから」
「じゃ、いいのかい!?」
「うん、三人じゃ寂しかったから。そうだ、見ていて気になることとか言ってくれる。演出とかいないから」
「任しとけ、これでも生きてる頃は演劇部……しまった」
「卒業者名簿見て、正体あばいちゃおうかな」
「そりゃ無理だよ。卒業前に死んじゃったから。それに学籍簿も空襲で焼けちゃってるしね」
「残念……あ!」
わたしの中で、なにかが閃いた。