大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・ライトノベルセレクト・167『本当なら……』

2014-03-31 17:19:19 | ライトノベルセレクト
ライトノベルセレクト・167
『本当なら……』
       


 本当なら、今日が定年の日であった。

 理由を言えばいろいろあるが、要は根性無しで五年前に早期退職してしまった。
 中途退学した生徒が「ホンマやったら、今日卒業式やなあ」というのに似ているかもしれない。
 根性無しなので、言い訳をする。

 退職の三年前に発症した鬱病が治らず、ベテランカウンセラーの先生と家内に相談して退職を決めた。
 鬱病は、未だに治らず、月に一回日赤の精神科に通っている。

 日頃鬱の自覚はない。

 しかし、一カ月でも平気で家に居られたり、逆に外泊を伴う外出が出来ないこと。眠剤がないと、ほとんど寝られないこと。絶えず理由のない不安感があること。習慣化したブログの作成以外、進んで何もやらないこと……並べてみれば、やっぱし治ってはいないのだろう。

 思いつくままに書く。

 早期退職だったので、退職金は一割り増しだった。しかし、府の財政難で、その年は退職金は、軒並み一割減にされた。
 辞めた当初は、住み慣れた陸地から小舟に乗せられ、海図もなしに大海原に放り出された気分。
 海図の代わりに、B5の書類が四月一日に来た。

 願により職を免ず。

 たった八文字の文章で、わたしの教師生活は終わった。長いアルバイトが終わったような感じ。
 
 この五年で、両親が逝った。鬱の始まりは、両親の介護からだった。七十代の半ばで母が脳内出血から認知症になり、大正十四年生まれの父は、先の大戦でも招集されなかったほど虚弱だったので、老いた母の介護などできなかった。
 度重なる入退院、リハビリの付き添い通院などで、延べ九ヶ月の介護休暇を取った。いずれも担任の、それも一年生の五月から介護休暇に入ったので、職場には迷惑をかけた。

 しかし、多少の想いがある。母の体調不良はハナから分かっていたので、介護を理由に担任になることは固辞した。しかし、学校は、なんの斟酌もなく、わたしを担任に指名した。
「どうしても、あかんかったら、職員会議で動議出してください」
 管理職から、そう言われ、職員会議で理由を述べて「今年は勘弁してください」と頼んだ。
「今の大橋先生の動議にご意見……ありませんか……では、採決します」
 あっさり採決され、担任をやらざるを得なくなった。

 予想どおり、母が五月末に大腿骨折。認知症なのでベタな付き添いが必要で、介護休暇をとった。

 介護休暇をとって復職したとき、廊下で、ある分掌長が、採点ミスを詫びるように、笑いながら言った。
「オオハッサン、あんた、ほんまに大変やってんなあ」

 そして、一年おいて、また一年の担任に指名された。同じように職員会議にかけられ採決された。
 そして、前回同様五月に母が倒れて介護休暇。クラスが気になるので、介護休暇の延長はしないで、職場に復帰。その秋に鬱病を発症した。

 なんだかグチになってきた。

 同じような条件で仕事を続けておられる方は、何人もおられる。やはり、根性無しの言い訳だろう。

 わたしは、三つ上の姉と二人姉弟である。本当は四人姉弟である。長兄は、七カ月の早産で、三十分しか、この世に生存しなかった。死産ではないので、出生届と死亡届を同時に出して葬式をしてやらなければならないのだが、貧しい両親に、そんな余裕はなく。産婆さんが死産として届けた。
 兄は、ミカン箱の棺にいれられリヤカーの霊柩車で、アパートの人たちに付き添われ、神崎川の河川敷に犬の子のように葬られた。赤ん坊の頭ほどの石を置いて墓標としたが、その年のジェーン台風が墓石ごと兄の骸を流してしまった。
 あの戦争で兵役にも取られず、女子挺身隊で失敗ばかりしていた父と母の心の重しになった。

 明くる年に姉が生まれ、三年後にわたしが生まれた。

 姉は、死産と思われたが、産婆さんの懸命な蘇生措置で命をつないだ。
 わたしだけが、まともに生まれた。

 わたしの三つ下に妹がいる……はずであった。
 貧しい両親に三人目の子どもを育てる余裕が無く、この子は三か月で堕ろされた。
 女の子であったらしい。
 この妹のことは、長年秘密であった。
 わたしが高校二年の三月、学年で、たった一人落第したとき、あまりの不甲斐なさに父が言いかけてやめた。
 そして、三年の秋に担任から「卒業が危ない」と言われた時に、父は、この秘密をわたしに言った。
「本当なら、お前の三つ下に妹がおった……」

 生きていれば、三つ下の高校一年生。姉に似た小柄な女子高生の姿で、わたしの頭にインプットされてしまった。       

 わたしの作品には、十六七の女の子がよく出てくる。

 どうやら、わたしの頭か心の中に住み着いてしまったようだ。

 パソコンから、ふと顔を上げると、座卓の向こうに、時々妹が座っている。
「また、あたしのこと書いてる」
 モニターの向こうに気配がしはじめたので、ここでエンターキーを押す。


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