高安女子高生物語・38
〈有馬離婚旅行随伴記・3〉
「キャー!」と叫ぶ明菜の口を塞いだ。
覗き見男と思われたのは、よく見ると、芝垣の向こうの木の枝に引っかかった男物のジャケットだった。
「危うく、ドッキリになるとこやったなあ」
「……あの上着……?」
明菜は、まったく無防備な姿で湯船をあがると芝垣に向かって歩き出した。同性のうちが見てもほれぼれするような後ろ姿で、お尻をプルンプルンさせながら。
「上の階から落ちてきたんやろなあ……」
「あ、あれ、お父さんのジャケットや!」
見上げると、明菜のお父さん夫婦の部屋の窓が開いてた。
「なんかあったんちゃうか!?」
「ちょっと、あたし見てくる!」
「ちょっと待ち、うちも行くさかいに!」
うちらは大急ぎで、旅館の浴衣に丹前ひっかけ、ろくに頭も乾かさんと部屋を飛び出した。
正確には、飛び出しかけて、手許の着替えの中に二枚パンツが入ってるのに気づいた。なんと、うちはパンツ穿くのも忘れてた。
「ちょ、ちょっと待って」
明菜は聞こえてないんか無視したんか、先に行ってしもた。
「くそ!」
慌てて穿くと、こんどは後ろ前。脱いで穿き直して、チョイチョイと身繕いすると一分近う遅れてしもた。
「どないしたん、明菜?」
明菜は、呆然と部屋の中を見てた。
続き部屋の向こうの座敷から、男の足が覗いて血が流れてる。
そして、明菜の手には血が滴ったナイフが握られてた……。
「なんや……今度も、えらい手ぇこんでるなあ」
「うん、あれ、多分お父さん。今度のドッキリはスペシャルやなあ……この血糊もよう出来てる。臭いまで血の臭いが……」
「……これ、ほんまもんの血いやで!」
明菜は、びっくりしたように、ナイフを投げ出した。
「まあ、鳥の血かなんかだろうけど……お父さん」
そう言いながら、二人は部屋の中に入っていった。
「エキストラの人やろか?」
血まみれで転がってたのは見知らぬ男やった。
「キャー!」
振り返ると、仲居さんが、お茶の盆をひっくりかえして腰を抜かしていた。
「あ、あの、これは……」
「ひ、人殺し!」
なんだか二時間ドラマの冒頭のシーンのようになってきた。
そして、これは、ドッキリでは無かった。
数分後には、旅館の人たちや明菜のご両親、そして警察がやってきた。
ほんでからに、明菜が緊急逮捕されてしもた……!
手ぇにはべっとり血が付いて、明菜の指紋がベタベタ付いたナイフが落ちてるんやから、しょうがない……。
「え、うちも!?」
うちも重要参考人ちゅうことで、有馬南警察に引っ張られていくハメになった!