大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

真凡プレジデント・53《拡散の果て》

2021-04-15 06:36:57 | 小説3

レジデント・53

《拡散の果て》      

 

 

  この人手不足の世の中なのに再就職先が無いんだそうだ。

 

 毎朝テレビの出身というだけで門前払いされる。

 どこのマスメディアも狼狽えている。下手に毎朝テレビの出身者を引き受ければ――おまえの所も同じか!?――という目で見られ、自社の存続も危うくなるからだ。

 マスメディアはこぞって姿勢を変えた。阿倍野内閣がいかに真摯に政治に取り組んできたかを特集番組で賛美したり、野党が無茶苦茶な追及をしてきたかを言い出した。

「メディアのみなさん、支持してくださるのは有りがたいのですが、どうか冷静になってください」

 当の阿倍野首相が控え目なコメントを出すに至っては「なんと寛容な総理大臣なんだ!」と、メディアの社長や編成局長がテレビで言い出す始末だ。

 

 悲劇が起こった。

 

 お姉ちゃんといっしょに総理番をしていた元記者が亡くなった。

 ほら、ぶら下がり取材が終わって、何度も「総理!」と呼び止めては知らんぷりして、総理は記者の呼び止めを無視して行ってしまいましたってフェイクニュースを流した人。

 仮にSさん。

 SNSで面が割れてからは、再就職どころか、Sさんは、街を歩いていると「おいS」「Sさ~ん」と声を掛けられる。

 振り返るとニタニタ笑っている人が複数いるんだけれど、呼んだ本人が名乗りを上げることは無かった。かつて自分が総理にやったことが毎日いたるところ、行く先々でやられるのだ。日を追うに従って、呼び止める人が増えてきた。

 そして、全国的に、これが流行り出した。大勢で名前を読んだり声をかけたりして、人が振り返っても無視するいう遊び、いや、イジメが流行り出したのだ。

 こういうイジメは学校が温床となり、最初は中学、やがて高校、小学校と広がり、幼稚園児まで真似し始めると、PTAや教職員組合、果ては文科省まで騒ぎ始めた。

「人に声をかける時は、相手の前に回って、人の視界に入ってからにしましょう」

 文科大臣がバカなことを言いだす。

 前に回ったからと言って、人間はAIではないので、全てを認識できるわけではないのだ。

「じゃ、声をかけると同時に手を挙げて注意喚起することにしましょう(^▽^)/」

 斬新な提案や政策で有名な都知事が、いつものノリで、こういう提案をする。

 それはいいことだ、子どもたちは教室で普通にやっていることだから、大人も昔を思い出してやってみようということになった。

 都知事のぶら下がり会見からやり始め、野党の女性議員が推奨し、国会でもやるようになった。

「五十肩のオッサンは、ちょっと辛いものがある」

 与党の重鎮が、物言いをつけると、その日のうちに都知事がアイデアを出した。

「授業中の小学生みたいにやらなくてもいいでしょ、ちょっと肩のところまで手を挙げるだけで十分ですよ。ほら、昔、蕎麦屋の出前持ちが自転車やバイクに乗って肩の所で出前のお蕎麦をホールドしてましたでしょ(^▽^)/」

 その提案で、そのスタイルが『デマエ』という言葉で表現されるようになって、軽く手を挙げることを『デマエる』というようになった。

「ご意見ご質問のある方は、どうぞデマエてください」

 絶滅寸前のワイドショーで、なんとか生き残っていた女子アナが言い始めて流行り出したのだ。

 この女子アナは、一時は都知事と並んで有名になり、二人の対談が週刊誌に載ったり表紙を飾るようになった。

 ひかし、意外なところからクレームがついてきた

「ナチスの挨拶と同じだ!」

 アジア某国のサッカー選手が言い始め、瞬くうちにSNSで広まってしまった。

「日本はナチスを礼賛している!」

「軍国日本の復活!」

「ジャパンファッショ!」

 都知事が言い出して一か月もしないうちに、世界中からファシズム復活と避難の嵐になった。

「ドイツでは、ナチスの敬礼と混同されないように、手を挙げる時は人差し指を挙げることにしています」

 ドイツ人がSNSで親切に教えてくれたのを一種のからかいと思った野党の女性党首は、記者会見で指摘されると、からかいの一種だと思って鼻で笑ってしまった。

 フン

 ニ十分後には、画像付きでSNSで広まってしまい、ドイツを先頭に世界中から非難を受けた。

 こういう風潮にうんざりした若者が、この原因の全ては元毎朝テレビのSだ! Sこそ元凶だ!

 Sさんは、もう名前を呼ばれるだけでパニックになってしまい。赤信号の交差点にフラフラと飛び出し「危ないSさん!」の声にも振り向けず、とうとう、トラックに跳ねられて亡くなった。

 ま、それは、わたしを取り巻く一連の事件が終わってからのことなんだけどね。

 

 そんなある日、お姉ちゃんは「ちょっと出てくる」と言ったまま居なくなった。

 

 ちょっとコロッケを買いに行くようなナリだったのだけど、疾走したのでは!? 両親は心配したが、パスポートの写真を知っているので「そのうち帰って来るよ」となだめておいた。

 さあ、もうじき夏休み。

 二つ角を曲がったら正門が見える。

 一つ目のビルの角を曲がって、パッと空が広がる。

 真っ青な空にムクムクと入道雲、遠くセミの鳴き声……え、セミ?

 いくらなんでもセミには早い。

 どうやら、青空と入道雲のフェイクに感覚がフライングしたようだ。

 

☆ 主な登場人物

  •  田中 真凡    ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
  •  田中 美樹    真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、いまは家でゴロゴロ
  •  橘 なつき    中学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き
  •  藤田先生     定年間近の生徒会顧問
  •  中谷先生     若い生徒会顧問
  •  柳沢 琢磨    天才・秀才・イケメン・スポーツ万能・ちょっとサイコパス
  •  北白川綾乃    真凡のクラスメート、とびきりの美人、なぜか琢磨とは犬猿の仲
  •  福島 みずき   真凡とならんで立候補で当選した副会長
  •  伊達 利宗    二の丸高校の生徒会長

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