千早 零式勧請戦闘姫 2040
05『レンチンが終わるまで・3・ゼロ戦との縁』
どうやら夢を見ている。
レンジの中でたこ焼きが回って、神楽鈴が鳴ったかと思うと異変が起こった。
カミムスビノカミ(神産巣日神)が現われて、神楽鈴を投げ渡され、邪悪な黒影と戦う羽目になった。
なんとかやっつけたと思ったら、今度は意識が飛んで体が動かない。
金縛り…………?
真っ白な中に鳥居が浮かび上がる――うちの鳥居だ――そう気づくと、鳥居を中心に神社の全景が浮かび上がる。
拝殿も本殿も今と同じなのに、社務所は写真でしか見たことのない昔の木造だ。
昔の神社?
鳥居で一礼して数名の男がやってきた。
一人は映画で見たような古い飛行服、スーツにゲートルを巻いたのやら整備士のツナギを着た者、ハンチング帽に法被姿の者。
手水舎で作法通りに手を洗い、口を漱ぐと二列に並び、真ん中のスーツ姿が鈴を鳴らす。
ガランガラン
二礼二拍手したところで停まった。
時間が停まった……いや、男たちが頭を下げて真剣に祈っているのだ。
――こんなに真剣に祈っている人、見たことないよ――
感心して見ていると、千早の横にカミムスビノカミが立った。
「この人たちは、ゼロ戦を運んでいるのよ」
「え、ゼロ戦?」
「ほら、あそこ」
カミムスビノカミが指差すと、外に景色が広がって、参道の手前の道に妙なものが見えた。
四輪の大きな台車の上に翼と胴体に分けられたゼロ戦が載っている。明るい灰色にピカピカの日の丸。
二十一型?
詳しくは分からない千早だが、貞治がいちばん感激していたので、そうではないかと思ったのだ。
でも、どうして牛が曳いてるの!?
ゼロ戦を載せた台車は、平安時代のように牛が曳いているではないか!
2040年の今日ではクラシックに見えるゼロ戦だが、それでも全金属製モノコックのレシプロ戦闘機。それが、平安時代のように牛が曳いているのに違和感とおかしさを感じないではいられない千早だ。
「名古屋の工場から九尾の飛行場まで、牛車で運んだのよ」
「なんでぇ、トラックとかあったでしょ!?」
「道路事情が悪かったから、トラックで運ぶと振動で狂いが出たり、最悪壊れることもあったからね。今もね、お参りに来てるのよ。故障が見つかったのが神社の近くだったから」
「そうなんだ」
「で、あれが初号機」
「エヴァンゲリオンみたい」
「まさにねぇ……紀元二千六百年、大陸は激戦続きだし対米英戦も現実味を帯びてきた昭和15年だからね。浦安の舞ができたのも、少しでも平和な時代が続きますようにって祈りが籠められているのよ」
「そうなんだ……」
「このわたし、神産巣日神は百年に一度、人に力を与えられるの。元々は神を産む力だけど、もう八百万というくらいに増えたからね、今度は人にその力を与える。それが、百年前の1940年だったのよ。でも、ちょうどそれをやろうとした時にめぐり合わせたのが、この人たち」
「なにかお祈りしてる」
『願わくば、この零式艦上戦闘機に無事な進発をお与えいただき、回天の力と武運を賜りますよう、開発者一同伏して願い奉ります……』
「わたしはビビッときてしまった!」
「ああ、こんなに真剣にお願いされたら……」
「ううん、わたしが人に与えようとしていたのが、これなのよ!」
タカムスビノカミが空中で指を振るうと文字が現れた。
零式勧請戦闘姫!
「え……ええ!?」
「零式とは、ゼロ戦同様に皇紀の末尾、勧請とは神を請い迎えるの意味、そして戦闘姫とは、その神の力を帯びて戦う姫巫女のことなのよ! でも、人は、その響きと同じ零式艦上戦闘機を作って、渾身の願いを捧げて来た。わたしは、その力と加護を、その初号機と、それに続くゼロ戦達に与えたの」
「それって……」
「そう、本当は、千早、あなたのひいお祖母ちゃんの葛(かずら)に授けようと思った」
拝殿で浦安の舞を舞っている巫女が浮かび上がる。
「あれ、ひいお祖母ちゃん?」
「そう、この年に制式化されたばかりの浦安だけど、一番の舞手だった」
「うわぁ……」
挿(かざし)の舞が日本一だと思っていたが、100年前の曾祖母の舞は、その上をいっていると思う千早だ。
「うん、浦安の舞が定着し、みんなに喜ばれるようになったのは葛の力が大きいのかもしれないわね」
「わたし、あんな風に舞えるかなあ……」
「無理でしょうね」
「ガク(*óㅿò*) 」
「でも、今日から千早は零式勧請戦闘姫だからね」
「ええ!?」
「よろしくね(''◇'')ゞ」
チーーーン!
その一言を残してカミムスビノカミが消えると同時にレンジが任務終了の鐘を鳴らした。
☆・主な登場人物
八乙女千早 浦安八幡神社の侍女
八乙女挿(かざし) 千早の姉
八乙女介麻呂 千早の祖父
神産巣日神 カミムスビノカミ
来栖貞治(くるすじょーじ) 千早の幼なじみ 九尾教会牧師の息子
天野明里 日本で最年少の九尾市市長
天野太郎 明里の兄