真凡プレジデント・51
なつきの家からの帰り道、知った人に出会う。
それも、ドシンとぶつかって、相手の胸に倒れ掛かり、ほんの一瞬気を失ったとする。手を怪我して包帯でぐるぐる巻き、ブラウスの胸には血しぶきなんか付いていたとして。
一瞬だから、すぐに正気に戻って「あ、え、大丈夫ですか?」とか聞かれる。
どうも、相手はわたしのことを忘れている気配。
ここで「お久しぶりです」とか言ってしまったら、相手は記憶の引き出しの中から『田中真凡 ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生』というキーワード。
引き出せれば良し。
引き出せなければ、「あ、いえ、すみません」とか不得要領な答えをしてオタオタして気まずく分かれる。ひっかかるので、その後記憶と記録の総ざらえをやって――ああ、あの学校訪問にやってきた……――と、思い出す。
思い出して、なんで記憶に残らなかった? とか思う。
仮にも二の丸高校の生徒会長、記憶には自信がある。それが、覚えていなかった……世の中には、こんな子もいるんだなあ……。
まるで希少動物の珍種を発見したような感慨におちいる。
そこで、失念していたお詫びやら、社交儀礼的な会話が始まる。ついこないだ学校に招いて、親しく交流した他校の生徒会長の顔を忘れているというのは、社会通念上、ちょっと失礼なレベルの失礼なので、きっと、伊達さんは持てる社交能力をフル動員して失礼を挽回しようとする。
路上で話すには、ちょっと長い話になって、通行人の人たちが注目する。まして、わたしの右手は包帯でぐるぐる巻きで、ブラウスの上にはベッチョリ血の跡が付いている。
ここは、サッサと立ち去るしかない(;゚Д゚)!
「だ、大丈夫です、失礼しました!」
瞬間で判断して、斜め横の角度でお辞儀すると、そそくさと、その場を離れた。
駅前まで来るとスマホが鳴る。
あ、伊達利宗!
やっと私の事を思い出して、先ほどの忘却の無礼を……詫びなくってもいいのに! こういう気まずいやり取りは苦手だ!
で、伊達さんのはずもなく。あの人はわたしの番号なんか知らないもんね(^_^;)。
「なにぃ、いま駅前なんだけど」
画面の発信者の名前を確認して、わたしの機嫌は180度反対を向く。
「だったら回れ右、駅前の桜屋でお弁当買ってきて。お母さん帰り遅くなるそうだから」
「あのね……」
「それから、ヤマゲンでコロッケもヨロ~」
電話の主は、駅前を都合よく誤解している。わたしは、これから電車に乗るところなのだ。
でも、それを言ったら、こっちの駅前の、グレードの高いお店を指定されて、お弁当を買わされる。
お弁当のニオイを発散させながら電車に乗るなんて真っ平なので訂正せずに「わかった」とだけ返事しておいた。
大げさな包帯は解いて、カバンでブラウスの血痕を隠しながら改札を潜ったわたしであった。
☆ 主な登場人物
- 田中 真凡 ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
- 田中 美樹 真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、いまは家でゴロゴロ
- 橘 なつき 中学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き
- 藤田先生 定年間近の生徒会顧問
- 中谷先生 若い生徒会顧問
- 柳沢 琢磨 天才・秀才・イケメン・スポーツ万能・ちょっとサイコパス
- 北白川綾乃 真凡のクラスメート、とびきりの美人、なぜか琢磨とは犬猿の仲
- 福島 みずき 真凡とならんで立候補で当選した副会長
- 伊達 利宗 二の丸高校の生徒会長