大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

やくもあやかし物語・73『前髪騒動記』

2021-04-12 12:43:26 | ライトノベルセレクト

やく物語・73

前髪騒動記』    

 

 

 似てる……

 週明けの月曜日。

 日直なので日誌を取りに廊下を職員室に向かっていたら、すれ違った二人連れの三年生が呟いた。

 え?

 思ったけど、なにか会話の一部が聞こえて来ただけだと、思わず緩めてしまった歩調を戻して階段の踊り場に差し掛かる。

「あ!?」

 下から上がってきた小桜さんが、バッチリ視線を合わせて、小さく叫んだ。

「え、なに(#^_^#)?」

 小桜さんは図書委員仲間だから、臆病なわたしでも、焦りながらでも、立ち止まって聞き返せる。

「前髪上げたのね」

「え、あ、うん……」

 染井さんが入学式のお饅頭を届けてくれて、それから微妙にハイなんだ。

 黄砂も花粉も一段落で、吹く風も爽やかになってきたからかもしれない。

 それでね、ちょっとオープンマインドな気分になって、潔く前髪を左右に上げてピンで留めたんだ。

 オデコに風を感じて、自分でも、ちょっといい感じだと思った。

「……うん、似てる」

「え、え、何に?」

「ちょ、こっち来て!」

「あ、わたし、職員室……」

「時間とらせないから!」

 小桜さんは、そのまま手を引っ張って四階の踊り場まで連れて行った。

「ここだと人が来ないから」

「なに?」

「これ、見てよ」

 小桜さんは校内利用を禁止されているスマホを取り出した。

「スマホ?」

「うん、先週ぐらいから出回ってるんだけどね……うん、これこれ!」

 動画サイトを開くと、音を絞って、なにかのCM動画を再生した。

 学校の廊下を歩いている女生徒が、なにか春風の妖精を見つけたように振り返ると「見つけた!」というような表情で、それを追いかけていく。

 廊下はマトリックスみたいに波打って、それでも彼女は追いかけて、中庭に、中庭の藤の花が満開の藤棚の下を潜って、行動の裏からステージへ! ステージの袖では友だちが待っていて、手を取り合うと、二人の体が浮いて、舞台の上をクルクル回る。舞台の下には二クラス分ほどの生徒が待っていて、その子と友だちを祝福してくれて、そこから外に飛び出すとスポーツ飲料を爽やかに飲んでる。

「こ、これ……?」

「うん、中〇セナって新人なんだけど、やくもに似てる、うん、ぜったい似てるよ!」

「え? え? そっかなあ(;'∀')」

「分かってて髪あげたんでしょ?」

「え、あ、別に、そんなつもりじゃ」

「じゃ、そのままにしときなよ、とっても素敵だから!」

「え、あ、いや、そんなの(;゚Д゚)」

「いや、ぜったい、そのまま! 一時間目体育だから、もう行かなきゃだけど、いい、そのままでね!」

 それだけ言うと、小桜さんこそCMの女生徒みたいなノリで階段を駆け下りて行った。

 職員室で騒がれることは無かった。

 だって、恥ずかしいから、職員室へは前髪を下ろして入った。

 一時間目の前でよかった。

 それからは、元通り前髪を下ろしたままで放課後まで過ごして家に帰った。

 でもね、お風呂掃除しながら、前髪あげて鏡に映したら……なるほど、ちょっと似てるかも。

 でもね、廊下にお婆ちゃんの足音がして、また大慌てで前髪を下ろす。

 だって、恥ずかしいもん(;^_^)。

 

☆ 主な登場人物

  • やくも       一丁目に越してきて三丁目の学校に通う中学二年生
  • お母さん      やくもとは血の繋がりは無い 陽子
  • お爺ちゃん     やくもともお母さんとも血の繋がりは無い 昭介
  • お婆ちゃん     やくもともお母さんとも血の繋がりは無い
  • 小出先生      図書部の先生
  • 杉野君        図書委員仲間 やくものことが好き
  • 小桜さん       図書委員仲間
  • あやかしたち    交換手さん メイドお化け ペコリお化け えりかちゃん 四毛猫 愛さん(愛の銅像) 染井さん(校門脇の桜) お守り石 光ファイバーのお化け 土の道のお化け 満開梅 春一番お化け

 


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